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遊星からのダンジョンX  作者: コーヒーメーカー
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とある組立作業について

 

「こんなものを作ったなんて信じられないな」


 部屋を見渡せる椅子に座りながら、高浜は素直にそう思った。そう思ったから、そのまま口にした。

 周りで呆れたような視線を感じたが、今はそんなことはどうでもいい。そのくらいには気分が良かった。


 ここは、『HOPE』プロジェクトの日本支部、その建造担当部署だ。この部屋は通称で司令室と言われている。

 体育館ほどの大きさの部屋、その壁一面に巨大なモニターが設置されている。その前には何人ものオペレーターが、それぞれモニターを見ながら手元のコントローラーでなにがしか作業している。昔のアニメの宇宙戦艦。そのブリッジのような部屋だった。

 高浜の席はそれを一望できる、一番高い席だった。横に大画面のパソコンが置かれたシンプルながらも使い心地の良い自分の椅子のことを、高浜はいつも司令官席と呼んでいる。何故かいつも呆れられるが、いい名前じゃないか。


 そんな椅子に座った高浜は気分が良かった。その原因はいま壁一面の巨大なモニターに写っている、宇宙空間にある『HOPE』の勇姿だった。


 それは巨大なロケットだ。

 全長358メートル、直径37メートルの超巨大構造物。

 長さだけなら東京タワーよりも大きいそれを、我々は宇宙空間で組み立てたのだ。そう思うと気分が良かった。だからそう言った。すぐに近くでコーヒーを入れていた職員からツッコミが入った。


「うちだけじゃありませんけどね…」


「そういうのは言わぬが花なんだよ。いちいち水を指すんじゃない」


「そうは言われましてもね…」


 呆れたように首を振ると、その職員はまた作業に戻るために離れていった。

 まったく、と思う。こういう時に水を指すやつは出世できないというのが高浜の持論だ。上司の空気を伺ってこそというのもあると思う。

 いまそれを言ってやっても良かったのだが、今やると自分がまずいことになるのでそっとしておいてやる。あとで説教だ。ただ彼は頭痛持ちだ。下限はしよう。ここでやっている作業中、それを妨げるのは絶対にやってはいけないことだ。分別のある自分に感謝することだ。


 高浜は内心そう折り合いをつけると、改めて自身の席から部屋を見渡した。

 それぞれのデスクに座った作業員たちは、全員もとはVR用のゴーグルをつけ、専用のグローブを使って作業をしている。それだけ見るとここがなにかのゲーム会場のように見えるが、行われているのは人類初の試みだ。


 ここにいる職員は、全員『HOPE』の組立作業の作業員たちだ。

 地球の命運を担う『HOPE』だ。何か間違いがあってはならないので、とにかく重い責任がのしかかる。

 だからイライラなどで間違いはあってはならないし、そうしないように常に注意を払ってきた。実際に罰則まであるのだ。我慢するしかない。

 それの成果が、いよいよ完成するのだ。もともとしがない一技術職の自分としては、大した出世だと思う。自分の手に終える仕事で良かったとも言える。


『TOWER』は三年前に観測された小惑星だ。

 それだけなら珍しいものでもないらしいが、問題だったのはその軌道だ。

 それは地球に一直線に向かっている。このままだと直撃は免れないコースをたどっているらしい。

 大きさもまずかった。おおよそ円柱状の形をしたそれは直径約10キロ、長さが40キロ。重さに関しては材質が判然としないらしいが、最悪の鉄製だった場合、おそらく十万トン前後。

 ちなみに恐竜を滅ぼした隕石で大きくても直径15キロだったそうだ。

 それが現代の地球に降ってくる。

 そのための『HOPE』建造任務だった。責任重大なのだ。


『HOPE』の目的は、『TOWER』の撃墜だ。

 そのために考案されたのが、半径50キロを更地にできる威力の核ミサイルだ。

 具体的に言うと、『TOWER』のまえで数発の弾頭に展開して複数回爆発する仕組みらしい。

 これに全人類の希望がつまっている。

 これに失敗すると人類に明日はない。

 だからこその責任だ。正直おもすぎて胃が痛い。

 何一つ間違えられないが、その難易度は理不尽と言えるレベルだ。


 なにせ東京タワーより大きな、中身も詰まった構造物だ。

 地球から打ち出すなんてできないし、そもそもそんな巨大な物体を作ることすら難しい。仮にできたとして発射の不安要素を増やすだけ。宇宙空間にある標的の『TOWER』を撃ち落とすには正確に動作してもらわないといけない。なにひとつ間違えられないくせに、不安要素しかない。


 そのために考えられたのが、宇宙空間での建造だ。

 宇宙なら重力がないため構造計算はかなり省略できる。場所も取らない。巨大構造物を地上に作るときの一番の問題が解決するのだ。発射の時の余計な衝撃もないだろう。


 そういわれればそうか、となるが、実際できるかと言われれば無理というものだ。大量の物資をどうするか、どうやって組み立てるか、人員はどうする。そもそもできるのか、できるとして方法はなど、考えればきりがない。


 だが、それも『HOPE』プロジェクトは、どうにか解決してしまったらしい。軍事施設やら、世界最高峰の頭脳やらがいい仕事をしたと高浜は聞いている。


 方法としては、それなりに荒っぽいやり方が取られた。

 まず大量の資材をとにかくロケットやスペースシャトルで宇宙空間に放り出す。おかげで世界中のロケット発射場は大混雑だった。

 そして、そうやって宇宙空間に放り出した資材を、資材のコンテナに付けた噴進装置や、マニピュレータ、または同時に送り込んだロボットで一箇所に集め、それを組み立てるのだ。


 高浜の新しい仕事は、この組立作業の責任者だった。

 二年前、最初にこの仕事をやれという辞令を聞いたときは、まともにできるか不安でしかなかった。


 高浜はもちろん宇宙飛行士ではない。

 二十八年務めた会社では、発電用ガスタービンの組み立て作業責任者だった。航空力学くらいはかじっているが、大半の人類と同じように地球上から出たこともない。いくら同じ大きな精密機械とはいっても勝手が違う。会社の命令でなかったら逃げ出していただろう。何でも本職の人はまた別の部分を組み立てているのだとか。それで白羽の矢が立ったらしいが、ド素人に何ができる。

 いつも行っている居酒屋で人知れず泣いた自分は悪くないと、今でも思っている。


 そう思っていたのだが、それでも、なんとか高浜はやり遂げてしまった。

 それを可能にしたのは、このプロジェクトのために用意された専用ソフトのUIやロボットがすこぶる優秀だったからだ。これが人員の問題を解決した。


 今実際に宇宙空間で作業しているのは、高浜たちの動きをそのまま再現してくれるロボットだった。

 まるで宇宙空間でも自分の手足のように動かせる、資材とともに送り込まれたロボットだ。なんでもどこかのメーカーがこのプロジェクトのために開発した特注品、一台あたり戦車並みの金額がするそうだ。それを一人一台貸し与えられている。もとは危険地帯の地雷撤去なんかの技術らしい。


 これの技術はすごい。

 ゴーグルで宇宙のロボットから見える仮想空間を投影し、ワイアーなどで手触りの感覚まで再現するコントローラである手袋をつかい、まるで地上にいるかのような感覚で組立作業が行える。移動は担当箇所を記憶したAIが噴進装置を使って自動でやってくれる。地球に近づきすぎて落ちるという事故もない。


 特にこのゴーグルは、カメラでスキャンし、どこにどのパーツをはめればいいか、それはどのコンテナから持ってくればいいか、すべて指示してくれる。

 これのおかげで高浜たち地上の技術者は、今までやってきたのと同じような作業をするだけで宇宙での巨大ミサイル建造ができるようになった。下手をすると地上でやるより重さがない分楽だったかもしれない。

 高浜も何度かやっているが、溶接もネジ締めも地上のそれと全く同じ感覚だった。どういう仕組みかはいまいちわからないが、できるならば仕事をするだけだ。


 もちろん、『HOPE』の建造をしているのは、この日本支部だけではない。この仕組みのおかげで世界中から人員の調達ができている。

 世界中のあちこちの拠点で、輪切りにしたミサイルを作り、それをドッキングすることで『HOPE』として完成をみるのだ。


 ここは日本の宇宙開発機構から発射された部分の一部を組み立てている部署だ。ここの他にもアメリカ、ロシア、ヨーロッパ、中国、世界中のロケット発射場の近くにこういった拠点何箇所も作られ、それぞれ組立作業をしている。

 それでも足りないのでいくつか新しく発射場を作ったほどだ。世界中の工場が、そこに発射される部品を供給し、世界中の高浜のような技術者がそれをロボットを使って組み立てている。

 さきほどの部下が言っていた事自体は間違いではないのだ。

『HOPE』は世界が一丸となって組み立てている。


 そしてそのドッキング作業も、高浜たちの担当していた部分はたった今終わったのだ。これに関してはロボットのオートパイロットで、高浜の目の前のパソコンでコマンド選択からのエンターだけで終わってしまった。そんな簡単な作業で、高山たちはやり遂げてしまったのだ。


 今まで実際に作って見つかった不具合の訂正や、それによる納期の遅延に悩まされたのが嘘のようだ。不安になったこともあって自分でなんとか構造計算や、実際にどういう仕組なのか調べたりしたが、それで実際何事もなく動くらしい。こんな仕組みを作ったのがどこの研究室か知らないが、本当にいい仕事をしたと思う。


 今やっているのはドッキングのときに問題が起きていないか確認する作業だ。AIのスキャンで行われるそれは、いつものように順調だ。それももうじき終わる。


 高浜はそれが誇らしくて仕方ない。自分たちはやり遂げたのだ。

 あと少しで、『HOPE』は完成する。

 世界の『希望』は、船出の時を待つだけだ。


 今日は少し良い居酒屋に行こうと、高浜は心の中で店の名前を検討していた。




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