経過について
「と、まあ、外はそんな調子だな」
足の下に粘性の感触が広がり、ふわりと光が広がる。腹の底の熱の広がりがあ収まるのを感じて、俺はため息を付いた。
「随分好き勝手やってるな?」
最近のニュースの裏側について世間話をしていたところだ。最近はニュースを見ても政府批判と言うか、そういう記事ばかり出ているが、ダンジョンとかここの扱いがどうなったのか気になっていたのだ。
つまるところ、上を身動きできなくして好き勝手やってるんじゃないか。
「そのへんは、お嬢様とかの化け物連中の手腕だな」
手元のカルテのような用紙に書き込みながら京一が話して笑っている。なんというか、ため息しか出ない。
ここにはいろいろな利害関係があるらしい。たしかに俺の負った重症を一瞬で治せる薬なんてものがあるなら、金のなる木もいいところだ。そして、ポーションだけじゃない。
俺がドロップでもらった短剣にしたってそうだ。調べてもらったところ、なんの変哲もない鉄の短剣だったらしいが、それだけで本当なら大騒動だ。
なにせ『鉄』だ。資源を掘り尽くした島国で『鉄』が取れる。それだけでも目の色を変える人間はいるだろう。ヘルプメニューが言うには、不治の病も治せる薬もあるのだとか。古今東西、死にかけの大富豪なら大金を積みかねない。
そういった諸々をうまいこと絡み合わせて操縦しているらしい。
これでため息をつかないほうがおかしい。
いろいろなものを込めたストンプで、また一匹スライムを踏み潰した。そのタイミングで京一が話しかけてくる。
「これで、今日の1サイクル目の20匹だがどうだ?」
「ちょっと待て」
なんの感慨もなくステータスを開く。前はしっかりと意識しなければわからなかったのに、最近は息をするように画面が開けるようになっていた。
――――――――
NAME:赤羽 修司
LP:――
MP:30(+2)
STR:19(+3)
VIT:15(+1)
INT:16(+4)
DEX:15(+1)
AGI:16(+2)
SKILL:ナビゲーター召喚
QUEST:☓
(HELPMENU)
――――――――
ここでスライム踏みを日課にするようになってから、5日ほどが経っている。1サイクル20匹を目安に踏み潰し、またスキル出ろーと念じる。そのたびに記録をとる。これを朝の9時から5時まで繰り返す。
結果自体は出ているらしいのだが、未だにスキルが使えたという話は出ていない。芒野さんの顔色が悪いが、この件締め切りとかあるんだろうか?
俺のステータス申告を書き込んで、京一はふむとうなずいた。
「やはり、お前の場合はそんな感じか」
「こういうのって、なんか傾向とかあるのか? 戦士とか、魔法使いとか?」
「いちいち例えが古いな。いまはテクニックタイプとか、パワータイプとかいうらしいぞ?」
「うちの研究員はそんな分類だったんだよ。で、どうなんだ?」
「うーん、まあ、あるな。あっちのやつ見ればなんとなく想像つくだろ?」
そういってボールペンで俺たちが立っている先を指す。
そこには俺達と同じような一団がいた。
「ふ、ふっ!」
「あー、清水さん! ストップです! ストップ!」
森をスライムを探しまわって動きながらスライムを踏み潰す、清水こと『フライス』がいた。あっちの木の陰からこっちの木の陰と駆け回り、見つけたそばから潰していく。ちなみにカウントは今日も俺の倍はやっている。
もちろんまだまだ常人の動きだが、あきらかに初日の動きとは違う。初日は一般的な運動不足の社会人という印象だったが、動きに切れが出てきた。付き添いの研究員がカウントするのに手こずっている。
「…あれほど俺は早くは動けないな」
「お前の場合はパワータイプって感じだからな。朝の問診でも聞いたが、なんか問題起きてないか?」
「話したとおりだよ」
そんなに何度も話したい話じゃないのだが、京一がいやみったらしくニヤニヤしている。
「いいじゃないか。お手軽な筋トレができて」
「この歳で筋トレしてもな」
たしかに、ステータスを上げて不調になるようなことはなかった。どちらかといえば検証班の検証不足だ。
ステータスを上げると、ある程度生物学的な体に干渉するらしい。有り体に言ってしまえば筋肉がついたのだ。往診に来ていた水城先生もびっくりしていた。
「いいじゃないか。だらしない体の中年オヤジじゃなくて」
「そういう問題かね?」
また1サイクルスライム踏み潰し歩きをはじめるが、明らかにここでの初日に比べて動きやすくなった体を実感する。ここまで効果があると、流石にちょっと怖いと思う。
もっと早く気付けと思ったが、京一たちなど検証に加わった第一班はどうもINTの伸びが顕著らしい。それで他のステータスのことに気づくことが遅れたのだ。だからといって頭が良くなった気はしないと言っていたが、実際はどうなんだか。この様子だと、まだわからないことが多そうだ。
「どうしたんです、赤羽さん! 浮かない顔じゃないですか!」
ぼんやりと考え込んでいると、飛び込むようにして『フライス』が近寄ってきた。その顔は輝きに満ちている。
「…ちょっと考えことをね。フライスくんは元気だね」
「いや、こんな爽快なのははじめてっすよ! 俺TUEEE状態!」
そう言ってキラキラ笑う。イケメンというわけじゃないが、愛嬌のある顔だ。ここでなにかの実況者とかとは何人か顔を合わせたが、愛嬌が強いのが多いらしい。
「爽快、か。なるほどね」
「赤羽さんは違うんすか?」
首を傾げながら『フライス』がずずっと寄ってくる。近い近い。
すこし引きながら、ふむと少し考える。
「俺としては、よくこんな風になるもんだって関心のほうが強いかな?」
少なくとも、俺の知っている人間はこんな生き物ではないはずだ。生物学の教科書を生半可に知っている身としては、これがなにかの間違いだと思えて仕方ない。
だがこれは現実であり、地下にこんな空間まで作ってしまっている。こんなことをできるナニカ。それは何なのか。
「難しいこと考えてるんすね?」
「そうかな?」
「俺はこの状態が楽しめれば万事オッケーです! じゃ、もういちサイクルしてくるんで!」
ピッと手であばよとでも言うように挨拶して、『フライス』はどこかに駆け出していく。その後を研究員が息を切らして駆けていった。
その後姿を京一が呆れたように見ていた。
「…なつかれたか?」
「どうなんだろうな? 最初の頃よりは、随分話しやすくなったが」
最初のころは、随分ゲーム実況からダンジョンのこと、何故かラノベから転生についてなどといった具合に脈絡のない話を振られた気がするが最近は等身大な話ができている。彼はなによりこの状態を楽しんでいるらしい。それはそれでありだと思う。
また一匹、近くにいたスライムを見つけて踏み潰していると、少し離れたところにいる影が見えた。俺が目を向けるとさっと視界から外れる。どこの特殊部隊か。
「…千歳さんは大丈夫なんだよな?」
「ああ、調整は終わってる。だから問題ないはずなんだが…」
京一がそう言って苦笑する。
千歳さんの調整は、本当に一週間とかからずに終わったらしい。どうやったのか知らないが、少なくとも日常生活に問題ないようにはなったようだ。
それで早速俺の護衛についてもらったのだが、何を思ったか、遠巻きについてくるだけだ。朝に挨拶をして、それから遠くに陣取って無言でついてくる。京一がOKを出したんだからそのへんも問題ないはずなのだが、何があったのか。
「後で話すか」
「そうしてやってくれるか。これは俺じゃ無理だ」
そういって首を振りながらまたメモ帳をペラリとめくる。そうして首を振った。
「本当なら、千歳さんにスキルを試してもらえると嬉しいんだがな…。まさか、チュートリアルダンジョン封鎖の弊害がこんなところに出るとはな」
「公務員はあれからスキル習得ができないんだって?」
「ああ、上が通達出したからな」
チュートリアルダンジョンは危険かもしれないから封鎖だ。ならば、その中身もまた危険因子かもしれない。ならそれをみだりに扱ってはならない、というのが公式的な政府見解だ。
その玉突き理論のため、政府関係者はスキルを習得できなくなってしまった。もちろん隠れてやろうとすればできるはずだが、流石にそこにはなにかの仕切りがあるらしい。京一としては凄まじいステータスを持っている千歳さんにこそスキルをためしてほしいらしい。
「お前は人を見るとモルモットにする癖をなんとかしたほうがいいと思うがな…。それにしても落ちないな?」
「なぜかな…。ドロップテーブルでもあるのか?」
「そんなゲーム、…みたいなもんかこれ?」
「さてな?」
京一が悩むように首を傾げるのは、スライムを倒した結果についてだ。俺が後ろを振り返ると、ポーションの小瓶が数本、ケースの中に入れられている。俺と『フライス』のスライム討伐のドロップ品だ。
1サイクル20匹。そのあいだに、平均でポーションが1本出る。あの光が散ったあと、ぽんと地面にポーションが落ちているのだ。どこから落ちるのかと倒すたびにいつも目を凝らしているが、何度やってもわからない。今度赤外線センサーとカメラを用意する予定だ。
「謎が謎を呼ぶっていうのは、こういうのを言うのかね?」
「面白いだろ?」
くくっと皮肉げに京一は笑うが、その点は否定できない。
実際、スライムしか出てこないようなダンジョンだが、それだけでこんなにわけのわからない自体が山程出てくる。
システムの不具合、流通の不具合、法律の不具合。そういったものは仕事の上で何度も見てきたし、何度も相手取ってきた。だが、そんなものを相手にするより圧倒的に面白い。
「ただ、解明のための手がかりがな…」
「なくはないだろう?」
「そりゃな…」
こんな事態になった一番の原因はわかっている。ステータスが出たその日に地球に飛来したアレだ。
「その間がないから、なんとも言えないんだよな」
ただ、その間を繋げられるかと言われると、どうかなと思う。すでに不思議に不思議が重なって、なにが起きているかシッチャカメッチャカだ。
「…ん?」
何匹もまたスライムを潰す作業に疲れて一休みしていると、森の中を自衛隊の隊員がキャンプに向かって走っていくのが見えた。
「なんだろ?」
俺は首を傾げて、ペットボトルの水を飲み込んだ。




