謝罪について
「いいですかぁー! なんにも考えないでください! ただひたすらスキルが使いたいって念じてください!」
例の祠のある丘の片隅に、芒野さんの元気な声が響ている。一番端に陣取ったつもりなのだが、ここまで響くというのはすごい。言ってることはどこかのインチキセラピーみたいだが。少し離れた森で、何かがバキバキ言っている。
「…なあ、これ大丈夫なのか?」
「まあ、しょうがない。ぶっちゃけ今手探り状態だからな」
アウトドアで使う折りたたみの椅子に座って手元の紙に何かを書き込みながら、京一が眉間にシワを寄せている。俺はぼんやりと目の前のステータス画面を見ながら、頭の奥でサティファ出てこい、出てこいと唸っている。これ効果あるのか?
「効果云々で言えば、多分あるぞ?」
「そんなもんかね?」
納得できるような、そうでもないような、よくわからない気分だ。
俺たちは早速というか、スキルの使用実験とやらに参加していた。それで全員集められて芒野さんからちょっとした説明を受けたあと、ここでうんうんうなっている。
ちらりと周りを見回すと、遠くでちらほら俺と同じように草原に突っ立って、唸っていそうな被験者たちがいる。全員合わせて十数名と言ったところか。これが全員何かしらスキルを持っているのだとか。また遠くで轟音が鳴った。
「…それにしても、本当に大丈夫なんだよな?」
「そのはず、だがなぁ…」
京一が心配そうにいい、俺は頭の中で念じながら、自分の手を眺める。
そこには全くなんともない手があるだけだ。
聞いた話では、結構な骨折具合だったらしいのだが、普通に動くし、何がどうしたということもない。水城先生も大丈夫だと言う。それが昨日の今日だ。意味がわからん。
「同僚が、申し訳ありませんでした…」
「ああ、いえ、大丈夫ですので…」
後ろのフル装備な迷彩服の大男、牛田さんが恐縮したようにしているのに、かえって俺が恐縮してしまう。一応、護衛任務的に黙りきりだったのを気楽にしてくださいと言ったのは失敗だったかもしれない。今度は発破音のようなものが響く。
「それにしても、まだ掛かりそうですね…」
「…お恥ずかしい限りです」
さっきから遠くに響く大音響の元を知っている身としては、複雑な気分だ。ちなみに他の被験者にはちょっとした土木作業をしていると伝えられている。実際それは間違いないし、やっているのは土木作業で間違いない。それが目的か、結果かという違いだけだ。音を聞いて京一が首をふる。
「もはや人が出せる音じゃないな」
「うーむ…」
俺以外の被験者は、全員観察要員が一人に自衛官が二人ついている。俺のところだけ一人だ。別にいいんだが、しばらくこの状態が続きそうだ。朝のやり取りを考えると頭が痛くなる。
「千歳楓三等陸曹です」
ホテルを出て駐屯地に行くと、重苦しい表情の重原さんに迎えられた。そのままダンジョン内に案内されて、なぜか研究者のテント村と正反対の方に連れて行かれたのだ。何故かテントが一張だけ出ていて、そのテント内には地面の上にそのまま正座する女性自衛官が一人。
「…あー、はじめまして? 赤羽修司です」
謝罪に行ったことはあったが、謝罪される立場なんて滅多なことじゃなかった経験だ。
頭の後ろで髪を結んだ凛とした人で、結構な美人だ。キツそうな吊り目だが、その目が思いつめたようにこっちを見ている。すごく気まずい。
重原さんが重々しく口を開く。
「…今回の経緯について、先に説明させていただきます」
「え、ええ。お願いします」
重原さんが言うに、どうも彼女こそが、京一の言っていたスーパーマン、らしい。スーパーマンなんて言うからてっきり男かと思っていた。
なんでも、彼女はここに突入した第一陣の一人なんだそうだ。そこで経緯は省かれたが、凄まじいいステータスを手に入れるに至った。それを生かして、例の森に切り開かれた道なんかの土木作業をしていたのだとか。
「…中隊長。ここからは、私の口から説明させていただきます」
「千歳三等陸曹?」
死刑に向かう囚人のように静かな声だった。なんだか知らないが、重原さんと千歳さんの視線がガツンとぶつかり合う。一瞬のあと、二人して俺の方に視線が来て、圧迫感がすごい。ほとんど気圧されるように俺がうなずくと、重原さんがコクリと小さくうなずいた。
ここからは千歳さんが説明を引き継いだ。
もちろんそんな事ができるようになった身なので、かなり慎重に動いていたのだが、あの日はトラブルの処理に向かった帰りだったそうだ。そして、あの日彼女は気が急いていたらしい。俺もトラブルと言う名の妙なものに巻き込まれた経験は多いので気持ちはわかる。そして、京一が言う大怪我とやらにつながったのだとか。
俺が呆けながら聞いていると、いつの間にか重原さんまで千歳さんの隣に正座して、そして。
「この度は本当に申し訳ありませんでした」
なんかもう、頭が地面に埋まりかねない勢いで頭を下げた。
いつだったかコンビニ店主に土下座させる迷惑客が話題になったが、人に土下座させるってかなり胃に悪い気がする。というか、これ何かあって下手すると俺のほうが不利じゃない?
しばらく呆然とそれを見ていたが、気まずいったらない。
「…まあ、とりあえず、頭を上げてもらっていいですか?」
「…失礼します」
そう言ってそろりと二人は頭を上げるが、思いつめた感が半端じゃない。いや、たしかに色々まずいのはわかるが。
「…正直な話をさせてもらうと、私自身状況がわからないんで色々質問させてもらいたいんですが、大丈夫ですか?」
「もちろんです」
「ああ、じゃあ改めて、その千歳さん? が昨日の衝撃の正体ってことでいいんですか?」
「そうです」
言われて昨日の衝撃を思い出すが、あれは人間の衝撃じゃなかった気がする。
まじまじと千歳さんを見るが、座っていてもわかる結構な大柄の人だ。だが、だからといってそれくらいであの衝撃が来るか、と言われるととてもそうとは思えない。
「…本当ですか?」
「試しますか?」
千歳少し小首をかしげるので、俺もうなずいて返す。まさか何かの事故の責任を押し付けられてるわけじゃないだろうな?
俺がそんな邪推を考えていると、失礼しますと言って千歳さんは一旦テントを出ていく。少しして戻ってきたとき、手にこぶし大の石を持っていた。
「すこし、離れていただけますか?」
「はあ…」
「ふっ!」
ピシン、とムチでも鳴らしたような破裂音がして、千歳さんの手の中の石が破裂した。
耳元を破片が飛んできて、空気を切る鋭い音がした。
「…流石にあれ見せられたらなぁ」
「上がびっくりしたのもわかるだろう?」
京一が苦笑しているが、笑い事じゃないと思う。
千歳さんは理由はともかく、ステータス値の最低値の伸びがかなり多いらしい。
そもそもなんでそんな事ができる人があんなところにいたのかといえば、昨日、彼女は先行の偵察任務から帰ってきたばかりだったそうだ。そこで何かしらトラブルにあったのだとか。
その先行任務中にスライムを倒し、ステータスが伸び、ステータスが伸びるから動きが良くなり、それでさらに任務でスライムと会敵して倒してステータスが伸びを繰り返しといった具合で、気づいたらあんな事になっていたのだとか。上司よ、もっと部下を見よう。
流石に伸びすぎたステータスに危険を感じ、これから対策をしようとしていたとき、たまたまあそこにいた俺と正面衝突したらしい。
「…で、本当によかったのか? あの人に護衛任せるなんて言って?」
「そもそも俺がその怪我の自覚がないからな」
相変わらずサティファ出てきてくれと考えながら口だけ開く。
俺としては、意識が飛んで目が覚めて、気づいたら謝って人がいたというような認識だ。そんな事もあったんですかねと言った具合で、別に気にすることもない。大怪我したというのも、傷一つ残っていないのだから自覚がない。
不幸な事故でしたね、今後はお互い気をつけましょうというのがいいところだ。だからそれで済まそうとしたのに。
「なんであんなに必死だったんだ?」
「まあ、色々あるのさ」
そう言って京一が首を振る。
それで済まそうとしたら、今度は向こうが食い下がってきたのだ。それでは気がすまない、なにかできることはないかという。
自衛官が民間人を殺しかけたとか、そういうマスコミ云々の面倒を気にしてるのかなと思っていたのだが、そういうことではないらしい。
最後は吊り目に涙まで浮かんできて、仕方ないからそんなに強いなら期間中の護衛をと言ってみたのだ。千歳さんの処罰云々の話まで出てきたが、そういう形に残るものは絶対あとあと面倒くさくなってくるので断った。
ただ、それではそれで手を打とうということになるかというと、そういうわけにも行かならしい。
流石にそんな膂力の持ち主をそのまま復帰というわけにも行かず、彼女自身の制御が効かないというのでトレーニングと言うか、制御訓練のようなものをしてからになったらしい。一ヶ月でできるものなんだろうか? そのへんは、結局京一が来て、口添えしてくれた。
「一応俺が様子見ながらやってるから、そこまではかからんさ。一週間で終わらせる」
「別にいいんだけどな。俺はそんなウロウロするつもりもないし」
気のない返事をしながら京一に適当に答える。相変わらず轟音を放つ音が聞こえる。
ちらりと見れば、牛田さんは少し離れたところで相変わらず俺の護衛をしてくれているらしい。そしてうるさいから、多分、こっちの話は聞こえてない。
「で、お前は何を調べてるんだ?」
「何がだ?」
手元の紙を書く手を止めず、こちらも見ずに京一が言う。口元には笑みを浮かべ、表情一つ動かさない。図星か。
「お前やましいことがあると、目を見なくなるよな」
「…すまん」
「別にいいんだけどな。変だと思ったんだよ。お前がこんなキテレツ案件に首突っ込むなんて」
そもそも、なんでいきなり京一が来たのかがわからなかったのだ。
こいつは優秀だと世界では言われているが、日本では言われていない。こういう妙な事案にはたいてい、日本では有名な学者のほうが呼ばれやすい。そういう意味では、京一に話が来るはずがないのだ。
もしこれに参加するなら、自分から行くしかない。そのためにあまり馬が合わないはずの泉田さんを引っ張り込んで、無理やりこの件に首を突っ込んでいる。
もともと、例の学部長の件も含めて世渡りをやるタイプではない。それがこんな腹芸の局地みたいなところにいるのがおかしいのだ。要は、なにか目的があるのだろう。
「…気になるか?」
「そりゃな」
なんでこんな似合わないことをしているのか、気にならないといえば嘘になる。推測はできるが。
「…千代ちゃん絡みか?」
「…」
つついてやれば、黙り込む。当たり。
ならいいだろう。
「別になんでもいいけど、お前無茶するなよ?」
そう言ってやると、初めて京一がこっちを向いた。わかりやすい。それでけ見て、スキルのことに意識を向ける。
何をやっているかは知らないが、千代ちゃん絡みならそこまで悪いことではないだろうと思う。あとは、前みたいに尻拭いしないで済むことを祈るばかりだ。少しばかり、情報が要るかも知れない。
横で境地の鼻歌が聞こえ始めたのを聞きながら、遠くの爆音に思いを馳せる。
まあ、何にせよ。会社で面倒な吊し上げにあっているよりは、友人? のことで頭を悩ませる方がいくらかマシだな。
―――さて、これからどうしようか?
相変わらずのブルスクステータスを眺めながら、俺は頭を捻っていた。




