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遊星からのダンジョンX  作者: コーヒーメーカー
24/29

顛末について

 俺が目を覚まして一番に目についたのは、見知らぬ天井だった。

 昔読んだことがあるようなフレーズだったが、体験してみると普通に怖い。なんで意識が途切れてるんだ?

 少しの間ぼーっとその天井を見てから、枕の上で頭を振ってみる。

 右を見る。レースのカーテンに、その前にある椅子、無機質な窓枠。サイドボードの上に電話。

 左を見る。クローゼットの扉、眠り猫のような細目でメガネ越しに俺を見る白衣の医者、白い壁。

 内装自体はよく行くビジネスホテルそのものだが、うん、普通に怖い。


「目が覚めたかい?」


 猫目の医者がおちょくるような口調で話しかけてくる。ハーフカットにしたウェーブの掛かった髪と、その皮肉った口調はいつもどおりだ。


「…何やってんです、水城先生?」


「おーおー、起きて早々挨拶だね? 折角知り合いが訪ねてきたのに」


「人の横に立って無言で観察してくるような知り合いには、これくらいで十分でしょう?」


「可愛げがないねぇ、全く。そこはおばけだぁ!とか、驚いたリアクションをするところだよ?」


「そういうサプライズは間に合ってますよ。そういうのは、あー、他の人間にやってください」


 他の患者と言いかけて、それもだめだなと思い直して口をつぐむ。

 つまらなさそうに口を尖らせるこの医者は水城寧々。俺の知り合いの医者で、千代ちゃんの主治医だ。専門は外科で、都内のあちこちの病院で勤務医をやっている。なんでいるんだ?

 色々聞いたほうが良さそうだと思って俺が体を起こそうとすると、その指が触手のようにしなやかに伸びてきて俺の喉元を押さえつけてベッドに体を固定する。苦しい。


「…何するんです?」


「まあまあ、まずは寝てなさい。君の名前は?」


「あの?」


「君の名前は?」


 細目の奥で爛々と輝く目が、有無を言わさない迫力を放っている。大人しく答えろということらしい。


「…赤羽修司です」


「努めてる会社は?」


「ハウトゥーコーポレーション」


「年はいくつ?」


「28」


「彼女は?」


「今は…、これ必要あります?」


「最後のは特にはないな。判断もできるか。うん。まあ、起きてもいいよ?」


 するりと喉元を抑えていた指が引っ込んでいく。そのまま白衣のポケットに手を突っ込んで、窓際の椅子へ移動して足を組んで座り込んだ。顎で自分の前の椅子を指す。起きて座れということらしい。

 起き上がって部屋を見回すと、泉田ビジネスホテルの見慣れた内装だった。


「…本当にどうしたんです? なにか飲みます、っていうか、ここどうしたんです?」


「お構いなく。それより体動かして。どこか違和感ないかい?」


「違和感?」


 試しにあちこち動かしてみるが、至っていつもどおりだ。むしろ調子がいい気もする。


「…特には無い気がしますが?」


「うん知ってる。一回CTとレントゲン撮ったけど、全然問題なかったし、触診しても全く何もなかった。健康そのもの。良かったね?」


「はあ…」


 だからどうしたんだ?

 というか、いつの間に水城先生の健康診断なんて受けたんだろう?

 腑に落ちないが、ひとまず座れと言われた椅子に座る。そこに置いておいたらしいカルテに書き込みを始めた水城先生も、なぜか首を傾げていた。


「…なんで俺ここにいるんです?」


「色々聞きたいだろうね。ただ私も答えられることは少ない。私もよくわからないからだ。京一くんに呼ばれてね」


「アイツに?」


「うん。随分慌てた様子でね。診療時間も終わってたからね。ヘリコプターで移動なんて、ドクターヘリのとき以来だったよ。そしたらなんでかこの近所の設備の整った病院に連れてかれて、君の診断をしてくれって言われて、診たのさ。診た感じ健康そのものの君をね」


「…なにか言ってました?」


「いや? 申し訳ないけど、今は話せないって言われた。まあ、けが人も病人もいなかったから気が楽で良かった。それで目が覚めたら意識検査だけしようかと思って起きるのを待ってたわけ」


「はぁ…」


 アイツが慌てるって相当だけど、何があったっけ?

 たしか、ダンジョンのスキル検証とか言うのに参加して、中を歩き回って、帰ろうとして…。


「ああ…」


「なんかあったのかい?」


「まあ、色々と…」


 どこまで説明してもいいのかわからないから、言葉を濁す。

 最後の記憶は、すげーすげーと騒ぐ若い男だ。場所は自衛隊のダンジョンの駐屯地で、貴重品を取りに行ったところだったか。最後に受けた衝撃は、いつだったか車にはねられたような衝撃だった。だが、あそこでそんな衝撃を受けるようなものはあったか?

 俺が悶々としていると、水城先生がゆるゆると首を振る。


「あんまり変なことに巻き込まれないほうがいいよ? 自衛隊なんて、随分物騒じゃないか?」


「まあ、色々ありまして。…京一のやつは?」


「んー、いま朝の9時でね。ずっといて邪魔だったから、あさごはん食べてこいって追い出したんだ。君はどうする? ルームサービスでも頼むかい?」


「あー、いえ、動けるんで食べに行きますよ。先生もどうです?」


「そうだね。なんか利用料無料とか言われたし、ご一緒しようか」


 先生から部屋の鍵を渡され鍵をかけて外に出る。

 泉田ビジネスホテルはどこも一階に食堂ラウンジがある。降りていってみると、京一が重原さんと同じテーブルについてなにか話し合っていた。

 俺が近づいていくと、京一が一瞬ホッとしたような顔をして重原さんを制して黙らせる。なんだ?


「おはよう?」


「…ああ、おはよう。目が覚めたか?」


「まあな」


 気づかわしげに京一が見てくるのだが、なにがあった?

 一緒にいいかと聞くと、重原さんが立ち上がって、頭を下げる。ほぼ90度だ。俺が目を白黒させていると、頭を下げた下から重原さんの声が聞こえる。


「この度は本当に申し訳ありませんでした」


「は、はぁ…」


「ひとまず、私はこれで。赤羽さん、失礼しますね。あとで、また正式に謝罪に向かいますので」


「ああ、はい…?」


 なにがあったかもわからずに返事をすると、重原さんは一瞬をおれを上から下まで見つめて、感心したようにうなずいて去っていく。本当になにがあった。


「…なにがどうしたんだ?」


 ひとまずモーニングセットを注文して食べている間も、京一はずっと気まずそうにしていた。コッペパンにサラダにスープと目玉焼きというわかりやすいメニューだ。

 こいつがそんな態度でいる事自体が珍しい。

 訳を聞いてみると、気まずそうに水城先生の方に目を向ける。くだらなさそうに水城先生が鼻を鳴らす。

 

「一応、言っておくが、私にも聞かせてもらうよ?」


 そういってニンマリと笑う。

 こうなると水木先生は頑固だ。伊達に千代ちゃんの原因不明の頭痛を見てきた人ではない。

 そうやってしばらくお互い睨み合っていたが、あの京一が先にため息を付いた。千代ちゃんの件があるからもとより頭が上がらないのだ。

 

「…一応、オフレコで頼みますよ?」


「本人がどうするかはともかく、私はこのよくわからん診断の訳を聞かせてもらえば文句はないよ」


 そう言って腕を組んで椅子にふんぞり返る。この人がこういうなら特に問題はないだろう。

 京一を目で促すとため息を付いて、重い口を開いた。


「…今回はすまん。こっちの管理不足だった」


「いや、というか、なにが起きたかわからないんだけど、本当になにがあったんだ?」


「…覚えてないのか?」


「まったく」


 俺が言うと、京一は少し俺を見てまたため息をつく。


「…お前、昨日、あそこで吹っ飛んだんだよ。それで、まあ、なんだ、大怪我して、な」


「大怪我?」


 ジャムをつけるためにコッペパンをちぎろうとした手を止めて、まじまじと見る。

 どこも痛くないしどこもおかしなところはない。水城先生が太鼓判を押したのだから実際そうなんだろう。だけど、怪我した?


「どこもおかしなところはないぞ?」


「そりゃ治ったからな…」


「ちょっとちょっと、なに言ってるかわからないんだけど? 私の誤診だって言うのかい?」


 訝しげに水城先生が眉をひそめ、いつもの細い猫目がギラリと開かれる。そりゃ、怪我はないと太鼓判を押したところに怪我してしましたじゃ機嫌も悪くなるだろう。

 京一は首を振った。


「いや、そうじゃないんですよ、水城先生…。先生には、治ったかどうかの診断をしてほしかったんです。実際、万が一もありましたから…」


「要領を得ないね?」


 続きを話せというように睨む水城先生に、京一はぽつぽつと話し始めた。

 どうも昨日、俺はある人物と衝突事故? を起こしたらしい。だが、あの衝撃はどう考えても人間とぶつかった感じじゃなかったと思う。何年も前、車にぶつけられた時と同じレベルだった。

 それであの駐屯地にいた自衛隊の医官が見たところ、両手骨折の重症だったらしい。頭も打っていて、危なかったそうだ。聞けば聞くほど水城先生の機嫌が悪くなる。


「それ、緊急手術が必要な話だよね? え、何ヶ月前の話しだい?」


「昨日です」


「でもなんとも無いぞ?」


 その話が本当だとして、下手すると年単位のリハビリをするレベルだ。だが俺はこうして普通に朝食を摂っていてもなんともない。それじゃおはようからお休みまで介護生活だ。


「…いや、その、な。試しちゃったんだよ…」


「なにを?」


「ちょっと特殊なポーション」


 どういうことだと聞いてみると、京一から実にらしい、そしてよくわからない答えが返ってきた。なにを試したって?


「いや、あそこじゃもう結果は出てるんだ! マウスを使った実験の段階でな。仕組みがわからないだけで…」


 俺が眉間にシワを寄せると、どんどん尻すぼみになっていく。

 どうもあそこでは、多少の怪我ならポーションを使って治していたらしい。すでに何人か、骨折をポーションで治したりしていたとのこと。そして、俺にもそれを使ったらしい。

 水城先生がどんどん不機嫌になっていく。

 

「…安全性のよくわからないものを私の患者に使わないでもらいたいのだが?」


「本当に申し訳ないもない。いや、俺も本当は気休めのつもりだったんだ。それが…」


 京一が首を傾げながら俺を見る。


「…多少治ることはあったんだが、流石にここまで治ることは今までなかったんだ。正直、こっちも戸惑ってる」


「…それ、治ったっていうのか?」


「わからん。それで水城先生に来てもらったんだ。お前の主治医だし…」


「少なくとも、私が診る限り、君は健康そのものだ。その話が本当だとして、君本当に違和感ないのかい?」


「ええ、まったく…」


 そんな事があったとして、作り話だと言われたほうが納得できるレベルだ。


「まあ、治ってるから、いいんじゃないです? と言いたいんですがね…」


 俺としては怪我がないならそれでいいと言えるのだが、水城先生はぶつぶつ言っている。


「…副作用はとかどうなってるんだ? というか薬事法…、いや、治ってる、治ってる?」


「まあ、そのへんは京一、お前がなんとか話しておいてくれよ?」


 こうなった水城先生を納得させるのは難しいだろう。訴えるつもりはないが、法律違反どれくらいだ? 面倒なことは勘弁してほしい。


「もちろんそっちはこっちで対応する。今回は本当に済まなかった」


「別に構わないよ。なにが起きたか全くわからないしな」


 俺からすれば寝て起きたら死にかけて治ってましたと言われても何が何だか分からない。なんとも無いなら別にいいだろうと思うんだが。というかだ。


「俺はなんでそんな目にあったんだ?」


 あそこにトラックが突っ込んできたわけでもないだろう。そんな大怪我をするって、一体何があった?


「いやー、その、な。ほら、お前言ってたろ? スーパーマン」


「ああ」


「お前、そのスーパーマンにぶつかったんだよ」


「は?」


 京一が言うに、あの貴重品保管庫に来ていた件の人物が出てこようとしていて、俺がたまたまよそ見をしながらそこへ入っていこうとしたときに起きた事故だったのだとか。


「どんな事故だそれ?」


「どんなといわれてもな。本当にただぶつかっただけなんだ。それでな」


 気まずげに京一が言う。


「あとで本人から謝罪があるから、会ってやってくれないか?」

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