初エンカウントについて
「って、お前、あれモンスターか?!」
「そうだぞ?」
のんびりと答える京一だが、何をやってくれてるんだこいつは?
今は手持ちに武器になるようなものはない。おまけに今は背中に荷物を背負った状態だ。
「まあ、そんなに慌てるな」
慌てる俺に対して京一はぼんやりとスライムを見たままだ。
スライムはゆっくりとこちらに距離を詰めてくる。ゆっくりと…。
「…ん?」
「気づいたか?」
俺を面白そうに眺めていた京一がニヤリと笑う。ムカつく顔で。
そう、スライムは、のんびり動いているのだ。
「…なんだあれ?」
スライムは草の上をのたのたとこちらに向かってくる。
大きさはボーリング玉ほどで、見た目は透明色のウミウシと言った感じだ。動きはナメクジに似ていて、ちょっと気持ち悪い。ちなみに距離は全く縮まっていない。サティファのテロップで見たより、実物はなかなかグロテスクらしい。
「モンスターとの初エンカウント、どんな感想だ?」
「…なんか思ってたのと違う」
「だろうな。最初に突っ込んだ自衛隊も同じようなこと言ってたよ」
なにか思い出したのか、京一がクックと喉を鳴らす。
「一応、あれがこのあたりの注意点だな。結構な数がいる。水たまりだと思ったら、足にまとわりついていたって被害が多数だな」
「何だ、それ?」
「なんだと言われても、そうだとしか言えないな。そんなもんだ。で、対処法な」
すたすたとスライムに近づくと、京一はおもむろにブーツの足先をスライムに突っ込んだ。べちゃっと粘性の高い音がする。
「…大丈夫なのか、それ?」
「大丈夫かどうかで言われると、大丈夫じゃないな。こいつ、気にする程じゃないが、酸性があるんだ。ブーツをだめにしたくなければ、あんまりお薦めはできないな」
「…お前が今やってるのは?」
「これが一番手っ取り早いんだ」
そんな身も蓋もないことを言って京一はしばらく足先でスライムを弄ると、蹴り飛ばすようにスライムからなにかの塊を蹴り出した。それはスライムとの粘液の色を少し濃くしたようなビー玉のような物体だ。
蹴り出したそれを足で転がしながら、俺の方に持ってくる。粘液の塊のほうは
グチャリと潰れていた。
「これだ。こいつを踏み潰せばいい」
「…そのエグい摘出作業のあとにか?」
「方法は任せるさ。なんか対処法研究してるのもいるから、そっちに聞いてみたらどうだ? …ま、そんなことはどうでもいいんだ。踏み潰せ」
「これを?」
いきなりエグいことを言っている自覚はあるんだろうか?
京一の目には、いつものように一点の曇りもない。
「ま、正直言っちまうとな。ステータス研究の方は、こいつをしばらく踏み潰す作業になるんだよ。だから慣れといてくれ」
「全く理解できないんだが、どういう理屈だ?」
「いや、ヘルプの方に書いてあったろ? ステータスはモンスターを倒すことで成長するって。そのモンスターがこれだ」
だから倒せ。そういうことらしい。
京一の研究内容として、実際にモンスターを倒してステータスが成長するのか、その理屈はどういうことか、実際に効果があるのか。それを調べたいらしい。そしてその結果は、すでにある程度出ているのだとか。
「最初に中を探索した隊員なんだがな、すでにある程度効果が出てるんだ」
「スーパーマンにでもなったのか?」
俺はその言葉を冗談半分で言ったつもりだったのだが、対する京一は真顔になった。おい。
「…いや、実はな。一人、それが否定できないのがいてな」
「そんなに効果があるのか?」
「いや、あれは特例だな。他の自衛官も大なり小なり効果はあったが、目立ってるってだけだ。ちょっと不運があってな」
あの京一が珍しく言いにくそうに頬をかいているが、何があった。というかだ。
「お前、そのスーパーマンになりかねない実験を一般人をモルモットにしてやるつもりか?」
「いったろ、目立って効果があったって。倒すことがあるってだけで、積極的にモンスター討伐なんてさせねーよ。そうすれば効果の範囲も、ちょっとした運動できる一般人になるかな、程度になるはずだ」
「よく通ったなこの計画…」
普通の役所でこの企画を通そうと思ったら、寝言を言うなと説教を食らう程にはガバガバな気がする。もし本当にスーパーマンになるようだったら警察が黙っていないだろう。いや。
「だから警察が積極的なのか?」
「正解。だからさっきから言ってるだろ、これは測定で、過程を明らかにするのが目的って。そんなもん見ちまったもんだから、連中がビビっちゃったのさ。だったらせめて仕組みくらい知っておきたいってところだろう。背中のそれも監視装置兼ねてるんだ」
「なるほどね」
もし被験者が変な暴走をしておかしなことになっても、監視付きなら犯罪者予備軍になっても手は打てるというわけか。もし食い逃げ犯がアスリート並みの脚力で逃げるようになったらおまわりさんも苦労するだろう。サティファが言うに拳銃のたぐいも弾けるようになるという話だし、それこそ商売上がったりだ。
「監視装置って、何してるんだ?」
「ステータス測ってる」
脳は測定装置とか言っていたのに、GPSなのか。なんだか肩に食い込んできた気がするチュックを背負い直して聞いてみると、京一は足でスライムの核を遊びながらさらりと言った。この男、何を言った?
「なんて?」
「だから、ステータス測ってるんだよ。それで計測して、背中につないだ記録装置で記録取ってる。測るだけだから、後で計算が必要だがな」
つまらなさそうに言っているが、開いた口が塞がらない。
背中と頭に圧倒的な違和感を提供してくれるこれは、どうやら今のトレンドグッズ候補らしい。もし、自分しか見えないステータスが視覚化できれば、間違いなくあちこちから引っ張りだこだ。見た目はダサいことこの上ないが。
「…ま、そういうことだ。つーわけで、遠慮なくこれを踏み潰してくれ。その瞬間の記録がほしい」
「…相変わらず、お前すごいよな」
「色々あったからな、ほれ」
妙にそっけない様子で、コツンと硬質な音とともに俺の方にスライムの中身を蹴ってよこす。
見た目はビー玉そのものだ。
「最初は結構力込めてやらないと潰せないからな、思いっきりいけ」
試しに俺も足でいじってみると、感触までビー玉だ。だがそのビー玉は遠目で見ても、中身がぐにゃりと粘体のように動いている。
「不思議なもんだな…」
「生物学者が頭を抱えるからな。地球上のあらゆる生物分類のくくりに収まらない。どういう仕組なのか調べたくて、いまもそいつらをバラバラにして歩いてるよ」
「とんだスプラッタだな…」
スライム専門の解体業者ってなんだろう。そんなくだらないことを考えていたからだろうか。
ぶちゃりと、その玉から粘液が溢れ出した。
それはまさに生き物そのもののように、染み出し、形を作り、俺の足にまとわりつこうとする。
「言い忘れてたが、そいつ、時間かけすぎると再生するぞ?」
「そういうことは先に言え!」
まだ足の下にあった硬質な感触を頼りに力を込めると、めきゃっという音が足先から伝わってきた。それとともにまとわりつこうとしてきた粘液が力をなくし、ブーツをベッタリと汚してくれた。
「それで、"討伐完了"ってな。どうだった? 新鮮な体験だろう?」
「…まず、情報不足でやりたいとは思わないな。武器とかないのか?」
なんだか余計な疲れが出た気がする。新鮮な体験なのは間違いないが、新鮮すぎて跳ね回って、飲み込むのにも苦労しそうだ。
「まあ、そういうのが欲しけりゃ、木刀でももってこい。で、どうだ?」
「どうだって言われてもな…」
足にまとわりつく粘液を空を蹴って振り払う。あえて言うなら、気持ち悪いくらいだが…。
そう思っていると、その粘液が光りに包まれる。
「…お?」
その光はふわりと広がって。溶けるように消えていく。足のベタつく感触まで綺麗サッパリ消えてしまった。
光が消えて、ぽうっと、腹の奥が熱くなるような感覚があった。
「…どうだ?」
「いや、どうだって…」
その感覚はすぐに消えた。さっきのが違和感が気の所為だったんじゃないかないかと思うくらいだ。
「最初はそんな感じでな。なんか体が温まる感じだろう?」
「気のせいじゃないのか、これ?」
「ちょっと違うんだな」
悩むように腕を組み、俺の様子を京一が観察している。
「やっぱり見た目の変化はなかったか。いや、でも…」
「何をブツブツ言ってるんだ?」
「ああ、ちょっとな…。実はそれで確かに変化してるんだ。それをその背中の装置で記録してる。ちょっとステータス開いてくれ」
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NAME:赤羽 修司
LP:――
MP:26
STR:15
VIT:13
INT:11
DEX:14
AGI:14
SKILL:ナビゲーター召喚
QUEST:☓
(HELPMENU)
――――――――
言われて、久しぶりにステータスを開いて確認してみるが、特に変化はないように見える。いつものブルスク、いつもの表示だ。そういえば、『ダンジョンの出現条件』も変化がなかったのだったか。いまは次のヘルプの開示条件がネット話題のトレンドだ。
「…特に変化はなさそうだぞ?」
「ん。やっぱりそうか。まあ、5、6匹前後倒さないと変化ないんだよな」
「…5,6匹くらいで変化あるのか?」
それかなり急なんじゃないだろうか? 今の俺だと、ネズミ退治で訓練できてるような感覚だぞ?
だが、京一の顔は浮かなそうだ。
「…もうちょっとこう、劇的なやつがほしいんだよな。お前、もうちょっと、こう、強敵倒してくんない?」
「それを一般人に求めるなよ」
「もっと劇的な変化がないと、今の精度だとイマイチでな…」
しばらくそうやってブツブツ言っていたが、考えを振り払うように京一は首を振る。結局考えがまとまらなかったらしい。
「…考えるのはあとだな。そいじゃ、案内再開するぞ? スライム見つけたらさっきみたいな感じで処理してくれ」
「それは、いいのか?」
さっきの道にもどりながら周りを見回すと、さっきの水たまりのようなものがそれなりの数広がってるのが見えた。この数を見つけて潰すなんてしていたら、すぐに5、6匹なんて言ってしまいそうだが。
「だから言ったろ。そんな劇的な変化はないって。ステータスのどれかが1上がるかどうかなんだ。だからこそ困ってるんだが、まあ、いい。とりあえず川まで行くから、そこまで行ったら、帰ってくるぞ」
「遠足かよ」
なんとも煮え切らない気持ちで、俺は京一のあとをついて歩いていった。
ちなみに川に着く頃には、すっかりスライムの処理に慣れてしまう程度には狩れた。
そのたびに腹の底が熱くなるような感覚に襲われたが、それもだんだん慣れてしまった。
これ本当に大丈夫か?




