内部について
目の前にひろがる大自然をしばらく呆然と眺めていたが、ふと気になって後ろを振り返る。そこには岩が積み重なった小さな祠のようなものができていた。そこを堺に草むらと、見慣れたコンクリートが綺麗に別れていた。
「…どうなってるんだ?」
「すごいだろこれ?」
そう言って京一が俺の横でニマニマと笑っている。
「ま、スキル云々で役所周りが本格的にスキルとかを信じたのは、これを見たからさ。どうなってるんだか、まるでわからん」
「あれって、空か?」
空に広がる青空を見つめるが、雲がのんびりと流れるどこにでもあるような青空が広がっている。だが、ここはマンションの地下駐車場を通り過ぎた先にあったはずだ。そんなところに、こんなスペースはないだろう。
「本当ならそのあたりも調べたいんだが、今はちょっとばかり難しくてな。ひとまずそのへんの説明もするから、こっちに来てくれ」
そう言って京一は慣れた様子で丘を降り始める。俺はひとまず黙ってついていくしかなかった。
連れて行かれた先では、さっきも見た自衛隊のテントがいくつも貼られて、小さいテント村のようなものができていた。さっきのものより規模が大きいかもしれない。こちらもやはり歩哨らしい自衛隊員が何人か立っていたが、雰囲気がマンションの方と少し違う。
「何やってるんだ、あれ?」
「俺の同類だよ」
俺達と同じような迷彩服を着た数人が、ポリ袋をブンブン振っている。空気を取り込みたいのか、袋が膨らむとそれの口を縛って急いでテントの中に駆けていく。スコップで地面を掘り返しているのもいるし、一生懸命テントの近くに合った木を叩いたり葉をむしっているのもいる。見ようによってはかなり挙動不審だ。だが、京一の同類なら話はわかる。
「…大気やら土中やらの成分表でも作るのか?」
「そんなとこだ。正直知ってることを探すほうが難しくてな。どいつもこいつも血眼だよ」
「そりゃな」
新種、になるのか知らないが、未知なものがそのへんに転がっているのだ。小学生でも第一発見者になれる環境に来れば、はしゃがない学者はいないだろう。それにしても一心不乱に見えるが。
テント村の中に入りいくつかのテントが覗けたりしたが、どこでも自分のデスクにかじりついて紙になにか書き込んだり、試験管を覗いていたりとかなり異様だ。というか、どういう集まりだこれ?
「一応、政府の研究機関とかの連中で固めるはずだったんだがな。ちょっとばかり問題が起きちまってな、割りかし変人が集まった感じだな」
「変人、ね?」
「俺を見るなよ。自覚はあるがな」
そう言って肩をすくめると、テント村の中でも真ん中の方にあるものの一つに入っていく。
俺が続いて中に入ると、そこは他のテントと変わらない、シンプルな内装のテントだ。なにかのメモ用紙が散乱した折りたたみのデスクがあり、椅子があり、乱雑に数式や化学式の書かれたホワイトボードがある。隅の方にはいろいろな機械類が置かれた棚があった。
「さて、今日やることを説明するとだな、さっきも言ったが案内だ」
「ここを案内するのか? つーか、ここって、あーどうなってるんだ?」
一度座り心地の悪い折りたたみ椅子に京一と向かい合って座ると、京一は微妙に分かりづらい地図らしきものが書かれた一枚の紙を渡してきた。
「まあ、これが今日案内する範囲だな、わかるか?」
「…これで分かれって?」
中央にさっき出てきた祠。おそらく丘らしきものが描かれ、その麓にこのテント村。その先に、川があって滝がある。だが。
「なんで手書き?」
その地図は手描きだった。木や祠が微妙にファンシーに描かれている。だが、一番肝心な正確性というのがまるでない。これだと子供の落書きだ。一応北がわかるのが救いか?
「ここ、の問題っていうか、それが原因でな。まだ測量ができてないんだ」
「はぁ?」
なんだってまた?
俺が眉をひそめていると、京一が苦笑気味に原因を話してくれた。ここが、どこなのか、それがわからないのだという。どういうことだ、それは。
「お前、ここが地理的にどこかわかるか?」
「…いや?」
物理的な話をしてしまえば、まずあのマンションの地下ではない。空が広がり、川が流れ、草木が生い茂っている地下ってなんだよ。あえて言えば謎空間なんだろうが、それだと何かはわからない。
「ついでに言えば、俺達が出てきたあの祠も裏は何もないぞ? それこそワープとかそんな感じだな。物理学者も理屈はわからないから聞くなよ?」
「…ワープ、ね」
「法学者が頭抱えちまってな。国のほうはこれ以上手が出せる、出せないで茶をすすりながらグダグダ話してる」
「それで測量もできない、と」
もし他所の国の領土で勝手に他国が測量をしてましたなんてことになったら、常識的に見れば国際問題になってしまうだろう。京一いわく、頭が固い役所としては、これ以上は状況がわからないとなんとも言えないとのこと。要はお手上げらしい。
「だから地図とかもできる限りなんかあったときのために証拠は残したくないって上が言い出してな。それでそんなもんになった」
「大丈夫なのか、それ?」
状況証拠とか、現実問題迷った場合とか。
俺が言っても京一は肩をすくめるだけだ。
「まあ、あの祠が目立つから、迷って帰ってこれなくなるってことはないだろうな。法律云々で言えば、だめだろうな。正直役所方面は今までの常識に無理やり当てはめる方向になってるから、役に立たんと思っとけ」
「おい…」
「正直、状況がいままでの常識とかけ離れすぎててな。さっき言ったが、現状何一つわからん。役所の連中は混乱してるし、それこそ緊急の暫定措置でなんとか対応してる有様だ」
「おいおい…」
歩哨の自衛隊もまずいだろうが、そこは重原さんの責任なんだとか。要はあの契約書自体、なかなかハッタリの塊だったらしい。おい。
「…まあ、辛気臭いことはどうでもいいんだ。それよりこれからの話しをしよう」
「色々言いたいことはあるが、今回は目をつぶってやるよ」
「珍しいな、お前が小言を言わないなんて」
「いちいち気にしてるのが馬鹿らしくなってきたからな」
正直、後で逮捕されないなら特に気にする必要がない気がしてきた。
要は偉い役人も、京一のような天才でも、この状況は手に余るわけだ。なら俺のような一介のサラリーマンがいちいち考えていてもしょうがないだろう。
何より、それだけじゃつまらない。
「で、俺は何をやればいいんだ?」
「私がスキル研究の副責任者になります、芒野芳佳です! よろしくおねがいします!」
挨拶をされた俺は、ぽかんとしながらその声を張り上げる人物を見下ろしていた。テント村から少し外れた場所だ。
京一からこの空間を案内されたが、正直、案内と呼べるものだったのか。
まず、行って問題ない場所だが、この丘の、草原になっている場所限定だそうだ。そこから先に行く場合は、最低でも二人以上で行動、必ず発煙筒を持ち、片方は信号弾を打てる人間を伴うことと言われた。
テント村はやはり研究施設ばかりらしく、給水所と食堂のテント以外にはあまり入らないように言われた。まあ、そこはいいんだが。
「もう少し、遠くまで行けないのか?」
「行ってもいいんだが、それをする前に、色々調べたいんだ。だからこれつけろ」
そう言って隅の棚においてあった機械を、束にして持ってきた。ガラクタの山かと思っていたそれは、幾つものケーブルとヘルメットと機械が絡んだ塊だった。
「何だそれ?」
「脳波の計測装置と、ヘルメットを組み合わせてみた。多少は見た目はマシだろう」
「それをつけろ、と?」
「なんのためにリュックも渡したと思ってる? 一応、迷子になったとき用に非常食も入ってるが」
そう言いながら、手際よく俺の頭にフードのようなものをかぶせ、ヘルメットを被せ、そこに電極をつないでいく。自分の妹にもやっていたせいか、流石に手慣れているらしい。というか。
「これ、千代ちゃんに使ってたやつじゃないのか?」
「そうだぞ? アイツの診断にも使ってたが、これはケーブル式だ」
そう言いながら毛元の機械に俺の頭から伸びたケーブルをつなぐと、それをぽんとリュックの中に放り込む。精密機械はもう少し慎重に使え。
「あとは、お前がこれを背負えば準備完了だ。特になにか書く必要はないぞ?」
「…ありがたいんだか、ありがたくないんだか。つーか、これ体力いるんじゃないのか?」
「体力はいるが、お前のステータスなら特に問題ないだろ? 俺が把握してないわけ無いだろ」
「無駄な信頼をありがとう」
そうして頭の不快感と、ズシッと方に食い込むリュックの感触を感じながら、京一から促されてテントから出た、その途端に出会ったのがこの芒野という人物だ。
「あなたが赤羽修司さんですね! お話は聞いてます!」
「は、はあ…」
そういう芒野はずいぶん小さい人物だった。たぶん、どんなに頑張っても高校生くらいにしか見えないが…。なんでこんな元気なんだ。
「相変わらず、お前はうるさいねぇ。もう少し静かにできないのか?」
「いいんです! 初対面の方には、明るく元気にいくって決めてるんです」
京一がからかい、芒野が言い返す。
なんだか混沌としてきた。
「…赤羽修司です。えーと、スキルの方の研究ですか?」
俺が話しかけると、ぐりんと芒野が首を向ける。こわ。
「そうです! 今回は実験の参加ありがとうございます!」
「それは、まあ、構わないんですが、えっと、私はスキルの方の実験に参加するんですか?」
「そうです! …ただ、並行してステータスの観測実験も行います」
「俺がねじ込んだんだ」
なんとも不満そうな顔をする芒野に、赤羽がニンマリとした顔をする。おい。
「お前、また勝手なことやってるんじゃないだろうな?」
「違う違う。ただ、今回のこれは、必要なことでもある」
「悔しいんですが、…非常に悔しいんですが! ちょっと事情がありまして、その装置が便利なことは認めざるを得ないんですよね…」
そう言ってじろりと芒野は京一を睨む。もちろん京一はどこ吹く風だ。ひらひらと手を振っている。
「まあ、お互い自己紹介も済んだみたいだし、今日はひとまず修司の案内だ。一旦これでおしまいでいいか?」
「なんだって、あなたに横槍入れられなきゃいけないんですかね?」
「しょうがないだろ? 実際、やるとしたら明日っからだ。ついでにあれも一回体験させなきゃならないんだ。今日は見逃せ」
そうやってしばらく睨み合っていたが、ふいっと芒野がそっぽを向いて、また明日と俺にだけ挨拶して互いに別れた。なんだったんだあれ。
京一がテント村から離れていくのについていくと、苦笑を浮かべながら京一が口を開く。
「いやぁ、アイツも面白いやつなんだがな」
「誰なんだ、あの人?」
「言ってたろ、今回の研究の副責任者だって」
「若くないか?」
京一も人のことは言えないだろうが、あの芒野という人物はそれ以上に若そうに見えた。大抵、日本の責任者なんてもっと年をとっているやつがやるものだ。
「あいつ、国立の研究所の職員でな。もとはもっとお硬い研究してたんだが、色々あって今回のプロジェクトのお鉢が回ってきた感じだ。たぶん、お前がここに通う間の、実質の責任者になるか?」
「…複雑そうだな」
「まあな」
そう言いながら、ぐいぐいと京一は森の方に向かっていく。目印代わりなのか、木を派手なカラーテープで巻いたらしいゲートが設置してあった。その前にも一張のテントがあり、小さなコンテナとテーブル、そしてその前に立つ数人の隊員がいた。
「さて、重要なのはここからだ」
隊員に書類を渡し、京一は信号弾を受け取っていた。大丈夫なのか聞くと、特例の手続きをしたと言われた。
「ここじゃ、だいたい特例だ。もし持てるようになっても人は撃つなよ?」
「俺も持てるのかよ。なんでもありだな」
「正直、これがないと遠出の時に困るんだ。そら、行くぞ」
そう言って、京一は木組みで作られたゲートを通る。ゲートの奥は木を伐採したばかりなのか、即席の道が作られていた。
「一応、迷わないようにここが道になってる。多少でも安全に行きたけりゃ、このゲートから道沿いに迎え。川とつながってる。一応言っておくと、下手すると、死ぬぞ?」
「軽く重い話をするな。…何が危ないんだ?」
まだ土が掘り起こされたばかりの道をグイグイと京一が進んでいく。周りを見回しながら言う。
「死ぬっていうのは、脅し文句だ。こういっておけば、普通のやつならまずこの道から外れないだろうからな。一般人用に考えたんだが、どうだ?」
「普通のやつなら大丈夫なんじゃないか?」
普通は死ぬぞと言われてそっちには行かないだろう。
「最近はそうだとは言えないから困りもんでな。まあ、対策はしてるが、どうなるかね。…ああ、いたいた」
そうつぶやいたかと思うと、京一は無造作にヤブをかき分けて道から外れる。唖然とする俺にくいくいと手招きでついてこいと言っていた。
「…さっきのセリフの説得力が一気になくなったぞ?」
「お前は常識的だからな。正直、入ったくらいならすぐには死なない。それで、お前に見てもらいたい物があったんだよ」
「ん?」
とある木の根元を京一が指で指す。
それは見た目は普通の木だ。草の大地、根を張って空に伸びる木。あえて言うなら、地面に水たまりがある。
「なんだ?」
「実は、危険がないってわけじゃないっていう原因があれでな。一応教えとかないとお前みたいに気づかないだろう?」
「何がだ?」
「だから、あれだよ」
京一はそこらに転がっていた石を無造作に、水たまりに向かって放り投げた。
普通なら水たまりに放り込まれて、ぽちゃんとでも音がするはずの石。
放物線を描いて飛んでいく石は、水たまりの上で、ぽんと跳ねた。
「…何だあれ?」
「だから、あれさ。まだ名前はついてない。でもまあ、あえて付けるなら、やっぱり定番だろ?」
石をぶつけられた水たまりはもぞもぞと動き出し、徐々にその表面が盛り上がって、球形に近い形を取り始める。その形は、俺でもよく知っている定番だ。
京一がいたずらっぽく笑った。
「やっぱりどこへ行ってもRPGの定番はスライムだろ?」




