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遊星からのダンジョンX  作者: コーヒーメーカー
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希望ととあるサラリーマンについて



『HOPE』、それはおそらく人類が最も希望を寄せた、核ミサイルの名前だった。


 名前のとおりの『希望』だ。

 アメリカでもヨーロッパでも中国でもアフリカでも、ネット回線がつながっている文明圏では、世界中がその核ミサイルに希望を託している。

 ちなみに日本では不謹慎と言われてもゆるキャラまで作られた。それが世界的に受けが良いというのだから世も末だ。

 世界は希望のもと、一つになっている。


「なんて物騒な博愛精神だ」とは、口の悪い知り合いの医者の言葉だった。

『HOPE』とその原因、『TOWER』のおかげで、今年はここ数年で最も紛争の起きていない年と言われているらしい。こころもちか、物騒なニュースも最近はあまり聞かない。良かったといえば、よかったのだろうか。


 よく行く飯田橋のラーメン屋。五月にしては夏のように暑い日だった。

 クーラーの効いた、狭苦しいラーメン屋のカウンターでメッセージに『お大事に』と返信すると、俺はゆっくりチャーシュー麺を啜った。視界の端には例の『HOPE』のゆるきゃらの『ほーぷくん』とかいうダサい、色あせたポスターが貼ってあるのが目についた。

 その希望の詰まったプルトニウムだか、ウランだかの塊について解説する、先輩のスマホから流れるニュースサイトの音声がBGMだ。何度食べても思うが、あっさり目の醤油味はやっぱり一番だと思う。


「まったく、こんなご時世でも仕事仕事。日本人は勤勉だね」


 そんな言葉が隣の巨体から降ってくる。

 俺が隣を見上げると、営業ついでにお昼に誘ってくれた花山先輩がコップの水をちびちび飲み、合間にスープを啜っていた。

 さっき一緒に頼んだ特盛りラーメンはすでにその大きな腹に収まったらしい。行儀悪くカウンターに頬杖をついて、物憂げにスマホを覗き込んでいる。

 正直、2メートル近くの身長と100キロ超えのその巨体は、この狭い店内ではかなりの圧迫感を出している。その表情まで重苦しいから余計にそう感じる。俺は口に含んだ麺を少し噛んで飲み込んだ。


「…好調なうちが花じゃないですか? 今の社長、基本的に作れば売れるんだってタイプですし、なぜ忙しいのかをそもそも理解してないでしょう?」


「まいっちゃったよ。営業部としてもこれ以上は無理だって部長も言ってるんだけど、聞く耳持ってくれなくてね」


「いいんじゃないです? おかげで取引先の評判も落ちてますし、開発部でももっと効率を上げろって社長が毎日つば撒き散らしてます。…そのうち飯塚常務あたりがクーデターでも起こすんじゃないですか?」


 社長の顔を思い出して、思わず舌打ちが出た。

 つい一年ほど前、突如として就任してしまった

先々代社長の息子。早いところいなくならないかな。そう思ってしまう程度には、今の社長を俺は嫌っていた。今の状況のせいもあるだろうが、余計な仕事を増やされたのもそれに拍車をかけていた。


 うちの会社はつい最近まで、猛烈な忙しさに見舞われていた。毎日来る大量の発注、それを捌くだけでもひと苦労な毎日だった。そのため売上は絶好調だ。

 ただ好調であれば、いずれまた不調が来る。この絶好調も、もうじき終わる予定だ。そのため売上は確実に落ち込む。

 それ自体は別に問題ない。今の事情だとどうしようもない。現金ストックも増えて、また新しいヒット商品が出ればいいね、で、以前なら終わるはずの話だ。だが、新しい社長はそれが気に入らないらしい。どうにか売上を維持しようと躍起になり、意味もないのに会社中でお寒い、気勢ならぬ奇声を上げている。その余波をモロに食らっているのが、俺と花山先輩だ。

 こんな事態とは無縁だったはずなのに、どうしてこうなった。

 飯塚常務の話を聞いて、花山先輩がため息をつく。


「…そんな簡単にいけば世話ないよ。飯塚常務だとやりそうだから怖いけど」


「というか、やると思いますよ。今回の件、なんかやたらと気にしてましたし、なんか泉田さんと話してましたよ?」


「怖い怖い。素晴らしき愛社精神?」


「単純に今の状態が気に入らないんじゃないです? 本当だったら、うちの会社、こんなことになるはずないんですから」


 もともとうちの会社は、マイナーブランド家電を売っている比較的最近できた会社だ。

 要は名前は大して有名ではないが、安心安全日本製というブランドと省機能、特化機能、少量生産だからそれなりに安くできるというのを強みにやっている。少し前のメイン商品は美容効果に特化したドライヤーと、大容量で一回の充電でなんども使えるスマホバッテリー。あると便利だが、大衆受けはしないような隙間産業を狙っている。

 俺―――赤羽修司―――が入社したのは、そんな会社だ。


 いろいろな分野の機械商品が扱えてそれなりに楽しかったからというのが入社理由だ。給料はそこまででもないが、入って六年、それなりに頑張ってきたと思う。

 そんな会社だからいつもなにか新商品を開発、模索しているのだが、そのうちの一つ、大容量のデータを安定的に接続できるwifiルーター、通称『繋がるくん』がバカ売れしてしまったのが、この妙な事態のきっかけだった。


 本来はゲーマー用につくったものだ。本人もプロゲーマーを自称する研究員が、ケーブル接続に打ち勝つとか言い張ってカスタマイズして作ったやつだ。

 なんとか商品として体裁は整えてあるが、ウチの製品としては値段もそれなりに張る。ゲーミングノートを狙ったそうだが、正直そんなに数は売れない予定だった。頑張って五百も売れればもとは取れると花山先輩と話していたレベルのやつだ。


 そんなものが二年前、突然1万個単位で注文が来たのだ。

 電話をとった受付の島田さんはなんども聞き直していた。聞き直したところ、それを向こう二年安定供給してくれなんて言ってきやがった。当時は島田さんがおかしくなったんじゃないかと、会う人間全てに医者を勧められたほどだ。


 もとが中小企業なのだ。そんな生産能力はない。自社の小さい工場だけでは回らず、委託生産に手を付けた。その時はほうぼうの工場に頭を下げて生産をお願いして回ったのものだ。それで知り合い子の見舞いにいけなくなって、当時は随分バタバタした。またむちゃしてるんじゃないだろうか。


 これがここ二年の大騒ぎだ。

 本当ならこれで終わって、めでたしめでたしとしたいところだが、厄介なことにこれは日々の業務の話だ。そう簡単に終わってくれない。

 今度は唐突な社長交代のせいで、厄介事が回ってきた。今の生産状況をほかの商品でも維持しろというお達しだ。社長就任の挨拶がそれだった。何いってんだお前というのが感想だった。


 まず、うちの商品は基本数が売れない。あの『繋がるくん』が異常なのだ。正直そんなことをしても在庫を積むだけだ。それをやれという。上の連中はやりたがらず、回り回って、社長から直接ご指名が来てしまった。くそくらえと思う。


 そもそもこういうのは自分のような下っ端の仕事ではないはずだ。色々折衝しなければならないから、俺の権限では片付けられず、一件片付けるだけで何度も報告会議で一週間から数ヶ月近く時間を取られる。おまけに自分の仕事もしないといけないのだ。


 その上うまい具合に生産を維持できると、社長のありがたいお言葉が一時間ついてくるプレゼント機能付きだ。今の景気のいい状態を維持するにはうんぬんと言う話が酔ってもいないのに二ループはする。

 一時間あれば打ち合わせの電話が一本はかけられ、俺は定時に帰れるはずなのだが。


「赤羽くんはそういうところドライだね」


 やる気のなさそうな声でそう言って、相変わらず花山先輩はだらしない姿勢でため息を付く。ここ一年ほどで、すっかり見慣れてしまった姿だった。

 二年前までだったら、信じられないような姿だ。二年前は食事が終わったらそのまま仕事の資料を取り出して読むような、営業部のエースを張るワーカホリックだった。今日はついでにいうと機嫌も悪い。


 そんな雰囲気なのは、おそらく今日の取引が水泡に帰したのが原因だ。

 花山先輩も俺と同じく、生産の維持交渉をやっている一人だ。今日は一緒に行って、やりたくもない新商品の生産を頼む予定だった。それが全てパーだ。今日の社長のお言葉は二時間行くだろう。

 忌々しそうにスマホを見ながら、花山先輩は小さく舌打ちをした。


「……まあ、これに関しては、今日の取引先のセリフが全てだよね。あの工場も、みーんな、魂抜けたような顔になっちゃって…」


 そう言って、眉間のシワをもみほぐす。今日の取引がおしゃかになった原因は単純だ。工場の担当者が今の発注ロットを終えれば、工場をしばらく休むと申し出てきたのだ。


 もちろんそんなのは、本来だったら非常識極まりない申し出だ。

 しかし今の御時世では、珍しい姿ではない。

 他にも似たようなことを言い出した取引先は数件ある。だからこのwifiルーターは生産を順調に縮小できており、そのたびに社長の小言が長くなる。


 販売営業部長も承知の上だ。所詮はまたか、で済む話なのだが、これでまた社長にくだらない話を聞かされる時間が増えてしまった。むしろそっちのほうが頭がいたい。


 大方、無茶ぶりはしていなかったかとかなんとかで身に覚えのないことでなじられるのだろうが、別にうちの会社の無茶な注文のせいではない。工場側のほうで、こんな時勢だからという判断だ。うちの会社だって去年社長が唐突に交代してしまったのだ。そんな話は今どき珍しくもない。

 俺は花山先輩と一緒に行ったときに見た、取引先の疲れた表情とその台詞を思い出した。


「『来年も地球があったらね』ですか…」


「そう言われちゃ、こっちは何も言えないよ…。誰だって死ぬかもしれないなんてときくらいは好きなことしたいさ」


 眉間にシワを寄せたながら言った花山先輩は、スマホに視線を固定したままだ。

 先輩の見ているニュースの内容は、ここ数年年全く変わりばえしない内容のものだ。最近は周知徹底という理由で、ちょうど俺たちの昼休みの時間はいつもあらゆる情報媒体でまったく同じ情報が流されている。

 最初こそ熱心に調べたが、俺の手元に来るレベルの話はどれを見ても内容が全く変わらない。その程度の話なら、腐れ縁の一人に話を聞いたほうが早いせいかすっかり興味がなくなってしまった。

 

 黙々とラーメンを啜り始めると、花山先輩も、所在なさげにスマホに集中する。今は事情が事情だから鬱々としているが、だからといって何かしてくるわけでもない。そういう細かいところは気にしないスタンスは花山先輩のいいところだと思う。おかげでゆっくりとラーメンを堪能できる。これが高萩先輩などだったらくだらない話で麺が伸びてしまうところだ。


 五枚あるチャーシューのうちの一枚をとって食べると、相変わらずここのは美味い。とろけた脂が最高だ。

 先輩のスマホではもう今年に入ってずっと流され続けている、『TOWER』と名付けられた天体のニュースが始まっていた。


『TOWER』は、三年前に見つかった小惑星だ。

 それ(、、)を見つけたのは、アメリカの天文マニアだった。


 三年前、アメリカの荒野に居を構える彼は、その夜も自分が天体に名前をつけることを夢見て、夜空に望遠鏡を向けていた。

 自宅にわざわざ観測室を作る程度には熱心だった彼は、よくある定点観測というのに熱心だった。世界中の天文学者が大体の天体に名前をつけてしまっているのだから、とにかく深く、遠くを見るのが大事なのだと思って実践していたらしい。スナイパーの如き忍耐力が秘訣だそうだ。


 実際それで一つ未発見の天体を見つけて、すでに名前をつけている実績もあったそうだ。だから余計に力も入ったのだろう。

 だからその日もまた秘訣を実践しようと、すでに一月ほど見続けていた同じ夜空に、その日も何ら代わり映えなく目を向けた。きっと今日こそはまた新しい発見があると信じて。

 その少しあと、彼の絶叫は一キロ先にある隣の家まで響いたそうだ。


「ほんとうにくるのかな…」


 スマホを見続けていた花山先輩が寂しそうな表情でポツリと言った。

 大きい背中を丸めているせいか、どこかしょぼくれて見えた。

 周りでも同じようにラーメンを食べ終えた客たちが、同じようにスマホに視線を落とし、先輩と同じような、寂しげな表情を浮かべている。全員、同じニュースを見ているようだ。この時間はしょぼくれた顔の人が多くなる。もう見慣れてしまった光景だ。


 ただネジリ鉢巻を巻いた店主だけが、眉間にシワを寄せたしかめっ面で手際よくラーメンを作っている。誰かが特盛スペシャルを頼んだようだ。

 俺は山のような量の麺が鍋に放り投げられていくのを横目に、手元の丼の麺を食べ終えた。あとはチャーシューだ。


「…まあ、そのための『希望』じゃないですか」


 チャーシューを口に放り込みながら言ってみて、自分でも空々しいなと思う。


『HOPE』という核ミサイルのスペックは、五〇キロ四方を更地に変えられる威力があるという、人跡未踏のキワモノだ。


 それは世界中の軍隊、宇宙開発機構、物理学者、技術者、資金、あらゆるものをつぎ込んで、今も宇宙空間で出番を待っている。時が来れば、それは人類の希望を乗せて宇宙へと旅立つのだ。そして目的を遂行できれば、希望は未来へと続いていくだろう。


 そしてうちの会社が忙しくなった原因の一端でもある。うちの必要性に疑問を持つルーターを山ほど買い込んだのは、この『HOPE』プロジェクトの関係者だ。

 だから本当なら、応援してやるのがうちの会社としては正しい姿なのかもしれない。実際社長は社長室に横断幕まで作っている。


 だが俺の中では、なぜかひとかけらもそんな気が起きないのだ。これに関しては人受けが悪すぎるのであまり言わないが、正直言ってかなり冷めた目で見ている自覚がある。


『希望』という名前も悪いのかもしれない。

 なぜなら『HOPE』は、それは所詮希望(、、)に過ぎないことを誰もが理解しているからだ。親はそれを使って子供をあやし、政治家はそれを使って明日の生活を説く。そして、それが嘘になるかもしれないとみんな知っている。


 それなのに結局、なにもかも『HOPE』次第なのだ。結果が出るのは八月だったか。

 そう思うと何かが引っかかる。


 正直今でもこれは夢なんじゃないかと思うことがある。それくらいに現実感がなかった。

 朝テレビをつけても、昼にニュースサイトを見ても、夜に電光掲示板を見てもやっているニュースはすべて同じ。

 まるでできの悪い悪夢のようような光景。みんなこれが悪夢であってほしいと思っている。思いたがっている。


 二年前の国連で行われた世界首脳同時記者会見なんていうとんでもイベントがなければ、それに向けての世界共同プロジェクトの『HOPE』なんてものを実際に予算を組んで実行に移さなければ、いつぞやのノストラダムスの大予言よろしくの与太話になっていただろう。

 そうでなければ『TOWER』なんて言うものによって、地球が滅びそうになっているなんて、いったい誰が信じるものか。


 最後のチャーシューを口に放り込んだ俺は、ちらりと先輩のスマホに目を向けた。ちょうど番組は、いつもどおりの見慣れた『TOWER』の全体予想図を写している。


「いつ見ても、印鑑みたいだよね…」


 俺が食べ終わったことを見もせずに確認した花山先輩が間の抜けたセリフをつぶやき、俺は黙ってうなずいた。実際そうとしか言いようのない姿だからだ。


 そのスマホの画面には、『TOWER』の全体予想図が写っていた。

 天文家たちが口を揃えてそれは『柱』だといったという、あとでインパクト重視でTOWER()と名付けられたそれ―――ただし直径約10km、全長約40kmの、日本人の俺たちには特大の印鑑といったほうがわかりやすい円柱形の巨大な物体。その3Dモデル。


 そんな間抜けな姿こそ、『TOWER』とか呼ばれているものの正体。

 そして、『HOPE』が狙っている標的。

 約一年後には地球に落下してきて、人類を滅ぼすと言われている、恐怖の大王の姿だった。


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