出現観測について
―――なんでこんなことに。
杉崎淳一は目を細めて1000メートルほど先で突然立ち上った光の柱を見ながら、内心毒づいていた。
ここはダンジョン出現ポイントという最前線だ。そして自分はただのAD、だったはずだ。
入社1年目。本当なら、こんなところにいるはずがない人物だ。本人もそれをよくわかっていた。本来の人生設計では、こんなところに立つはずはなかった。映像系の専門学校を出て、将来的にどこかの局で大人しく働ければ、くらいの気持ちだった。結局テレビ局こそ叶わなかったものの、なんとか映像制作会社に入り、そこからコツコツやっていこうというのが今の目標だった。
それが、なぜこんなところに立ってしまっているのか。
―――あのハゲ、覚えてろよ。
杉崎は今日こんな事になった原因を作った上司を、心から呪っていた。
もともと、杉崎の入った会社は下請けの映像制作会社だ。もともとはどこかの局や、場合によっては役所関係の資料映像なんかをつくっていた。上司が言うに、その中のお得意先からの発注だそうだ。その縁で、何故かこんなことをするハメになっている。もちろんその上司はいない。
「…杉崎、いつでも動けるようにしておけ」
撮影を始める前に杉崎に声をかけてくれたのは、この貧乏くじを引いたクルーたちの中でも年長の大石だった。もとはどこかの局のカメラマンだったらしいが、いまではすっかり落ちぶれてというもっぱらの噂だ。杉崎自身はいつも怒鳴っていて怖い人という印象しかない。
その大石はさっきから険しい顔で、この突然の光に対応するべくカメラを操作している。さっきまでの光量にあわせたのでは明るすぎて見れたものじゃないだろう。杉崎としては、音響スタッフなどに何かあれば対応するためにスタンバっている、のだが。
「いやぁ、すごいねこれは」
さっきから撮影の邪魔になる、この男は何なんだろうか。
女の人形のような端正な顔に意地の悪そうな笑みを浮かべ、格好はその顔に似合わない作業服にブーツ。光が立ち上った瞬間から楽しそうにそれを見て、ブツブツなにか言っている。おかげでマイクの野島がさっきからイライラしっぱなしだ。
この男は来たときから謎だ。
話が通っていると言われて来てみれば、自衛隊に話が通ってなかったとかで待たされている横をゆうゆうと規制線の中に入っていき、なにか偉そうな人物と話していた。
邪魔をするなと窮屈に撮影場所を決めている最中でも、フラフラと出現予定箇所になっているマンションを歩き回ってなにか書き留めていた。
どこかで見た顔なんだが…。
そしてある程度時間が経って暇になったのか、今度は撮影クルーの方によってきたのだ。邪魔になるのでと言いくるめて追い返すと、邪魔にならないギリギリを見極めて意地悪く笑っている。なんなんだ一体。こういうとき怒鳴り散らしそうな大石は、なぜか男の顔を見て納得したようにうなずいていた。
「ねえ、君どう思う?」
そう言って、つぶやくのをやめた男がくるりと顔だけ向けて話しかけてきた。だから話しかけてくるなっての。
「あの、ほんと、他行ってもらえませんか? 撮影の邪魔になるんで」
コレでトチれば怒鳴られるのは俺達だ。成功すれば美味しいところを持っていくのは上司だ。不毛な仕事を淡々とこなしたいのにいちいち癪に障る。
そんな杉崎の気持ちを知ってか知らずか、その答えさえも男は面白いらしい。喉をクックと鳴らす音がする。
「うんうん。やっぱりそうだ。その反応が普通だ。縄張りを張って、そこを死守しようとする。人間らしい反応だ」
「ほんと、いい加減にしてくれませんか? こっちは仕事なんですよ?」
「こっちも仕事だとも。ああ、そうだ。カメラの配置って、さっきのままなんだよね?」
「話聞いてます?」
またブツブツつぶやき出した男に周りに助けを求めるように目をやっても、誰も彼もが光の柱を見るのに夢中だ。誰か代わってくれ。
懇願するような気持ちになりながらもなお男は食い下がってくる。
「で、どうなんだい? カメラの配置は?」
「ああ、もう、さっきと一緒ですよ…」
さっき寄ってきたときは、先輩のADが捕まって何故かカメラの配置について根掘り葉掘り聞かれていた。
何かの会議の資料らしく、できるだけ取り漏らしの内容に言われているので狭い範囲だができるだけ視野は広範囲にしてある。なんとか交渉して、マンションのすぐ近くにも一つだけ設置できた。その配置はさっきのままだ。
そう答えると、男はまたなにか小さい声でぶつぶつとつぶやいた。
「…となると、やっぱりそうなるか。まあ、いいや。ありがとう」
そう言ってくるりと背を向けると、自衛官たちがまとまっているところに向かって歩き出す。と思ったら、また首だけ回してこっちを見た。
「ああ、それと、多分災害対策本部の誰か向けの資料だと思うけど、地面を映してる部分はカットしないほうがいいよ?」
「はい?」
そんなことを杉崎に言うだけ言って、塩屋京一は自衛隊のテントまで歩き始めた。後ろで例の若いADがぶつぶつ文句を言っているのが聞こえていたが、そんなことはどうでも良かった。さっき言った一言は一応サービスのつもりだったのだが、不満たらたららしい。
テントまで戻ると、迷彩服に身を包んだ長身痩躯の男が睨むように京一を迎えてくれた。
「…お戻りですか?」
「うん、ありがとう。いやぁ、最近のブラック企業は恐ろしいね。下手するとここ死ぬよ?」
「だから死んでもいい人材を送っているのでは? 本来でしたら、あなたにもここには居てもらいたくないのですが?」
「君も口さがないね。せめて心が傷まないとか言いようもあるだろうに。だから俺みたいなのの面倒見るように言われちゃうんだよ」
そう言って楽しげに喉を鳴らす京一に、小諸三等陸曹はつまらなさそうに鼻を鳴らした。少しその様子を見てまたおかしげに笑った京一が、なんでもないことのように尋ねる。
「…それで、そっちはどうするんだい?」
「実物を確認後、破壊可能かどうかの検証作業を行うことになっています」
「うんうん、検証作業は大好きだ。炸薬の使用許可も?」
「降りているとのことです」
「なるほどね…」
また光の柱に目を向けながら、京一はくるりと頭をひねる。ここまでは予定通りの流れだ。
良くも悪くも、ダンジョンは今までの物理法則が通用しない『なにか』だ。相手にするのはハイリスクハイリターンの博打そのもの。だから考えることを放棄した人間には一層怖く見えるし、そういった人間のなかにちょっとばかり先走るのがいるのも、わからなくもない。
今日ここに展開している部隊には、ダンジョンの破壊許可が降りている。この『ダンジョン破壊作戦』とでも言うものは、まだ報道すらされていない、対策委員会のごくごく一部が知っているだけの極秘任務だ。実はすでにチュートリアルダンジョンで何度か試されてもいるらしい。
本当だったら、今日も検証すべき研究員たちにも内密で破壊して、『廃墟』を自衛隊が安全確保したあと研究員たちが研究する、という手はずだったらしい。京一はたまたま泉田の漏らした独り言を聞いて、ただなんとなく来ただけだ。
「ちなみに、その炸薬って現れたらすぐ確認して使っちゃう感じ? 例のヘルプメニューの攻略手順ではなく」
「実物確認の後、部隊突入後に危険と判断の後に使用することになっています。攻略手順に関しては、従う必要はないの判断です」
「つまり現場判断で適当に壊せってことね?」
血中ホルモン作用や脳波と違って自衛隊の仕組みは今ひとつだが、結局ここの部隊も貧乏くじらしいというのは京一にも理解できた。この小諸という男の顔が更に険しくなったあたり、外れではないだろう。
「…しっかし、収まらないね」
光の柱が現れてもうすぐ13分が経過しようとしている。この間のチュートリアルダンジョンとかいうのに比べて、時間がかかっている。
最初はマンションの敷地の中に光の線が走り、そこにステータスやヘルプメニューでもおなじみの文字が書き込まれた。そして光の柱が立ち上り、それから13分。この間のあれが本当に一瞬で、それこそ部屋に住んでいた人間が気づかないうちに終わったことを考えれば、あまりに長い。
「…仕様が完全に違うか?」
京一がまた思考の海に沈もうとしていると、横から邪魔をする声がかかった。
「塩屋研究員は、ダンジョンの破壊に反対ですか?」
見れば小諸が相変わらず険しい顔で京一を睨むように見ている。なんだって?
「いや、別に壊したければ壊せばいいんじゃない?」
「は?」
京一の投げやりな答えに呆気にとられたらしい。呆然とする小諸をよそに京一は色々可能性を検討しながら続ける。
「いや、俺もね、そんなことはどうだっていいのよ。当面の目標は、妹の頭痛の原因を解明して治すことで、ダンジョンは、まあ…、ちょっと必要な寄り道なわけ。だから壊したいっていうのがいるなら、どうぞ自由にってね」
「…塩屋研究員は、ダンジョンの研究に非常に熱心だとうかがっていましたが?」
「熱心だよ。必要だからね。それに妹も興味あるって言うし。自分の研究に熱心じゃない研究者は居ないでしょ?」
何を当たり前のことを言ってるんだこいつは?
「…あの、ダンジョンの破壊に反対だから、ここに来たのでは?」
「出現の瞬間ぐらいは見ておきたいでしょ? というか、危険なら破壊するのもやむなしじゃない? 妹がいつ突っ込むかわからないからね。誰が好き好んで身内を危険にさらすんだい?」
邪魔くさく思いながら考え込んでいると、徐々に光が収まっていくのが見えた。
「…やっとお披露目か」
完全に光が晴れるまで17分24秒。発生は19時15分、収束は19時32分。時間を計測して、メモ帳に書き込む。そして懐から望遠鏡を取り出して、改めて出てきた廃マンションを観察する。
「外観は、ほぼ変化なしか?」
築35年の、ボロい以外はどこにでもあるようなマンションだったはずだ。それは光に包まれる前と後で、見た目の変化はないように見える。さて、どこが変わったのか?
「塩屋研究員。では私は手はず通りに、部隊と合流させていただきます」
また声をかけられて振り向くと、さっきと同じ位置に小諸がわけがわからんという顔で立っていた。こういう律儀なところが自衛隊なんだろうか。
「ああ、好きにしてくれ。ま、頑張って」
「失礼します」
適当に挨拶をすると、小諸は敬礼して去っていく。それを見送って、京一は改めて首を傾げた。
どうも自分は泉田の金儲けの尖兵か何かと勘違いされていたらしい。俺だって身内をわざわざ危険の中に放り込みたくないという人情くらいある。もし危険に突っ込むとしても、少なくとも自分は放り込む場所の難易度測定くらいはちゃんとする。
京一としてはあの『お嬢様』と一緒にされても困るのだ。今回は利害が一致しているだけだ。
おそらく小諸は口は悪いが根は悪い人間ではないのだろう。ただ少し頭が固い。『ダンジョンを知りたい』と、『ダンジョンを利用したい』がイコールではないというのが理解できなかったのだろう。
自分のような民間人が危険に近づくことを好んでいなかったようだし、そういう意味では危ないものは壊してしまえという、単純な手に訴えたがるのも一理ある。
例えそれが物理法則から逸脱したものであれ、昔から怪獣に突撃するのは自衛隊の役目だ。大いに結構だと思う。
「まあ、それも…」
そこで言葉を切って、首を振る。
何事もやってみなければわからないものだ。試す前からありえないというのは、科学者としてありえないスタンスだ。試してくれるというのならやってもらいたい。
ただそれでも予想を考えてしまうのは仕方ないだろう。
チュートリアルダンジョンが壊れたという話は、一つも聞いていない。そして、"相手"はこんな町中にダンジョンを配置した。他の5つも、大なり小なり都市のど真ん中だった。
この3つの要素だけで十分予想できる。
誰が言い出したのか知らないが、まず間違いなく爆薬程度で破壊するなんて不可能だろう。
「付き合っていく必要があるってことが、理解できなかったかね?」
京一は首を振りながら、光の収まったマンションに向かって歩き始めた。




