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遊星からのダンジョンX  作者: コーヒーメーカー
16/29

大学見学について

 有給をとって、俺は千代ちゃんとともに、車で奥多摩の山奥を訪れていた。泉田理工大学に行くためだ。

 後ろについてくる千代ちゃんを連れながら事務室に行くと、話を通しておいた顔なじみの事務員を呼んでもらう。


「すみませんね、田端さん。急な話で」


「いえいえ、理事長に泣かれちゃいますからね…」


 そういって田端さんはいつものように困ったような笑いを浮かべた。

 田端さんは泉田理工大学の四十絡みの事務員だ。何年使っているのかわからないくたびれたスーツと、くたびれた表情。今日も世間のドタバタなど関係ないといわんばかりにいつものように大学で迎えてくれた。

 最近だと、京一の無茶振りに泣きついてきた理事長に会うために来たとき以来だ。少し世間話をして、今日の要件を伝える。


「…今日は、大学の案内とのことでしたけど、そちらの方で大丈夫ですかね?」


「…塩屋千代子です。兄が、その、…お世話になってます」


「ああ、塩屋准教授の妹さんですよね。話は聞いてますよ」


 千代ちゃんがビクビクしながら頭を下げると、そう言って田端さんはくたびれたように笑う。


「たしか、今季からの前期後期カリキュラムで、後期入学されるそうですね。ようこそ、泉田理工大学へ。職員を代表して、歓迎させていただきます」


「あ、ありがとうございます」


 お互いにお辞儀をしあい、相変わらず表情の硬い千代ちゃんをみて、田端さんは俺に向かって首を傾げた。


「…本当に、塩屋准教授の妹さんなんですか?」


「できた子でしょ? 本当なんですよ」


「お顔は確かに似てますが、なるほど」


「兄がご迷惑をおかけしてます…」


 そう言って頭を下げる千代ちゃんに、慌てて田端さんがとりなしていた。

 改めて見ると、似ているが似ていない。田端さんが驚くのもわかる。

 黒髪に鳶色の目と人形のような整った顔立ちは共通だが、京一はいつも片意地悪い顔で、千代ちゃんは無表情に近い。付き合いが長いから何を考えているかわかるが、京一を見たあとだと千代ちゃんの無機質な感じはびっくりするのだろう。


 こんなことを改めて経験することになったのは、千代ちゃんの大学見学についてくることになったからだ。

 結局、警戒はするが、特段の勧告などは出さないままに、日数だけが過ぎている。対策は検討中だそうだが、会社を休むも、学校を休むのもご自由にとなってしまったのが現状だ。今朝も記者会見では誰かが日替わり生贄になっていた。

 世の中がそんななか、泉田理工大学は、めげずに通常のカリキュラムを行うのだとか。奥多摩の山奥にそれなりの敷地を持っていて、ほとんどが近隣に住んでいるか、学生寮に入っている学生ばかりなのもあってか、影響もそこまでではないため、そうだ。それなので千代ちゃんの大学見学も、約束通り行くことになったわけだが。


「…千代ちゃんは、理工学部だっけ?」


「ええ、理工学部の、情報工学ですね」


 田端さんの案内で敷地内を歩きながら、大学の施設を見て回る。数年前にできたばかりの新校舎は、どこも随分デザインに凝っているらしい。ラウンジやベンチにも見たところそれなりの学生がいて、なにか話しながら行き来しているのが見えた。中には登山に持っていくようなリュックなんてものを持っているのもいる。

 そんなのを見ながらしていた俺たちの会話を聞いて、田端さんが意外そうな顔をする。


「塩屋准教授の妹さんなら、やっぱり生体工学かと思いましたが、違うんですね?」


「もともと、そういうのが好きでしたから…。家でも、プログラムを組んだりしてます」


「ほお、そのお年で…。どんなものを?」


「投資プログラム、ですかね…」


 そう言って俺の影に隠れるようにしながら、千代ちゃんが田端さんに言葉を返す。田端さんは顎に指を当て、考えるように上を向く。


「なるほど、たしかにそれでしたら、ここで学ぶことも多いでしょう。ゲーム理論、カオス理論の教授もいますから、お話を聞いてみてもいいかもしれませんね。経済学部もありますのでそちらで専門の話を聞くのもいいでしょう」


「…ありがとうございます」


 消え入るようだが、しっかりと会話はできているらしい。ほぼ三年間、限られた人間としか会話していなかったから心配していたが、これなら大丈夫そうだ。

 俺はその会話に挟まれながら歩くのが今日の仕事だ。田端さんも千代ちゃんの様子を見ながら会話してくれるからありがたい。

 そんなことをぼつぼつ話しながら、大学の講堂や情報工学の教授が組んだというスパコン、機材などを見せてもらった。

 

「…と、情報工学ですと、こんな具合ですかね? 他にも他学部の講義も、興味がある所があれば申請していただければ受講も可能です。文系学部は、都心の別棟になります。なにか、ご質問はありますかね?」


 一通りの説明が終わり、三人で大学内に併設されたカフェで一息つく。千代ちゃんはさっきから田端さんが話す内容を一生懸命メモっていた。

 メモの内容を見返し、大丈夫と思ったのか、千代ちゃんは一つうなずく。


「…たぶん、大丈夫だと思います。ありがとうございます」


「いえいえ、優秀な学生のサポートは事務室でも徹底されてますから、何かあればお申し付けください。うちの大学の基本方針です。赤羽さんもよくご存知でしょう?」


「相変わらずですか」


 昔から変わらないフレーズに、思わず苦笑が漏れる。

 田端さんは柔らかい笑みを浮かべながら、それでも深くうなずいた。


「うちは泉田グループがもともと創始した大学ですからね。『優秀なものには恩恵を』が社是ですし」


「京一…、塩屋准教授の件はありがとうございました。相変わらず、なようですが」


「いえいえ、塩屋准教授はご活躍なさってますよ。…さすがは月子社長の御学友でしょうか?」


「そういう問題ですかね…」


 泉田理工大学はわかりやすいシステムでできている。

 活躍するために邁進すれば援助がもらえて出世するし、何もしないやつはそのままだ。評価方法としては、学会での研究の評価、世間での評判など。

 努力の結果は金とポスト。いくらでも作ってやるから、できる限り突っ走れと言った、ある意味わかり易い仕組みだ。優秀な学生は、そのまま泉田グループに入社したりもできる。

 

「まあ、そんなわけですので、やりたいことがありましたら、事務室に専用の相談室があります。そちらに来ていただければいくらでもお話は聞かせていただきます。…こんなものでしょうか?」


「あの、日によっては家庭での講義受講もできる、と聞いたのですが、そちらは聞いても大丈夫ですか?」


「ええ、もちろん。たしか、体調が優れない日があると聞いておりますが?」


「最近は大丈夫なんですが、これからも、となるとどうなるかわかりませんので」


 千代ちゃんが心配そうに言っても、田端さんは気にした様子もない。コクリとうなずく。


「そちらもしっかり対応させていただきます。プログラムをなさるなら、ご家庭でパソコン端末はお持ちですよね?」


「はい」


「でしたら入学後になりますが、家庭用の講義閲覧ページがあります。そちらをご覧いただければ大丈夫です。うちは出席日数での単位取得がありませんので、単位等は試験さえ受かっていただければ問題ありません。研究等を単位として認める制度もありますので、そちらも後でご相談いただければ」


 そう言ってニッコリ笑う。千代ちゃんも、一番の懸案事項だった出席日数が問題にならないのを聞いて安心したらしい。

 ここの大学は良くも悪くも実力主義一辺倒だ。礼儀なんてくだらない、文句があるなら実力で示せを地で行っている。泉田グループの権勢もあってか、それをここ五十年近く通している。

 その分、変わり者も多いが、実力のある人間には居心地のいい大学としてその筋では有名だ。だから京一もあの年でここでは准教授だ。それもあって、まあ、千代ちゃんなら大丈夫だろう。

 話が一段落ついてお茶にしていると、田端が気づいたように顔を上げた。


「…で、お二人は、このあとどうされるんです?」


「どう、とは?」


 いきなりな話題の転換だったが、田端の目線が意味ありげにラウンジから出ていくリュックの学生に向けられていた。

 ああ、なるほど。


「…見物がてら、ダンジョンの出現とやらを見てみようかと。見られるかはわかりませんがね?」


「やはりですか。今日、と聞いたときにそうなんじゃないかと思ったんですが」


「多いんですか? ああいう学生」


 リュックを背負った学生が新たに入ってくる。それを見ながら俺が言うと、田端は悩ましそうな唸り声を上げた。


「多いですね。それはいいんですが、流石にいきなりあんなわけのわからないものに飛び込むというのもどうかと思うんですが」


「やっぱりそうなりますか…」


 いきなり無策に飛び込む学生が多いのか? 俺が言うと、田端さんはうなずく。


「本当でしたら、サバイバル講座でも開こうということになったんですが、待ちきれないようでしてね。まあ、規制の話もありますし、あせる気持ちもわからなくもないんですが」


「ああ、そっちでしたか…」


「うちは未知に対して寛容です。私も昔は色々ありましたからね―――まあ、うちは奥多摩にありますから、距離がある程度近いのもあります。場合によっては専用の講座と研究に資金を出そうかと会議で議題に上がってますよ」


「なるほど」


 やはり泉田関係はダンジョン研究を推進しようという感じにまとまっているらしい。大学がこれなら、元締めは泉田さんこと、月子社長だ。

 彼女が絡んでいるなら、間違いなく商売になる何かを始めるのだろう。そしてそれなりに大きな話になる。

 俺が考え込んでいると、隣りに座っていた千代ちゃんがおずおずと手を挙げる。


「あの、つまり、ダンジョン関連で支援が受けられる、ということですか?」


「ええ、流石にどの程度危険があるかわかりませんので、そこを調べてからになるとは思いますが」


「そうですか…」


 そう言って千代ちゃんまで何かを考え始めている。この間ステータスが倍近くあるとか言ってたが、何を考えてるのか…。

 二人で唸っていると、田端さんが穏やかな笑みを浮かべる。


「まあ、そんなわけですのでダンジョン関連ではこれからうちの大学ではオープンに行こうとなってますよ。私も、年甲斐もなくすこし興味が湧いてましてね」


「田端さんがですか? 昔は色々あったとは聞いてますけど」


「ええ、南米とかね…。まさかこんなところで新しい冒険の可能性なんてものに出くわすとは思っていませんでしたから」


 そう笑う田端さんは、どう見ても四十絡みのおじさんだ。そんな人からこんな言葉が出るとは思わなかった。


「意外そうですね、赤羽さん」


「いやぁ、私の方は、これからどうしようかと考えるのに手一杯でして」


「最近の若いもんは…、とは言いませんがあなたはもう少し冒険心をお持ちになったほうがいいですよ? 昔からですが」


「…それをいわれますと辛いんですが」


 田端さんは俺が泉田理工に入って以来の付き合いだ。昔のことを言われると弱い。

 いたずらっぽく笑う田端さんは何を考えているやら。


「まあ、それよりも、です。どこかでダンジョンの出現を見学できそうな場所はありませんか?」


 昔のことを下手に思い出されても困る。俺の話にすこし意地悪気な笑みを浮かべてから、考えるように顎を擦る。


「あの場所は本当に街中ですからね。正直、見物するなら他の野次馬のように近づくしかないでしょう。すでに自衛隊が張り込んでいるようですし」


「やっぱりそうするしかないですか」


 出現場所は特定できている。取り壊し予定だったマンションの地下駐車場らしい。ただそこにどんな物ができるのか、それがわからない。結局辺り一帯を自衛隊が封鎖しているらしい。


「私としては、民間にもちゃんと開放してくれると嬉しいのですがね。それが危険かどうかはともかく。こう、私の心情として」


「そうですね…」


 チュートリアルであれだけの騒ぎだ。本物のダンジョンがどんなものかわからないが、どこかが独占というのでは面白いことにはならないだろう。

 それが危険かどうかは二の次として、間違いなく面白いものがある。

 俺も…。


「赤羽くんも、楽しそうですね」


「そうでしょうか?」


「まあ、前よりはマシだと思いますよ? あなたの場合、慎重すぎて冒険心が欠けてますからね。それくらいで丁度いいでしょう」


 そう言って面白そうに笑う。

 

「まあ、これから先を考えますと、あれは良い商売になりますよ。少なくとも、泉田グループの方ではそれなりの投資をするつもりでいますから、もしよかったら話だけでも聞いてみたらいかがです? と、月子社長から聞いてます」


「あー…」


 どうやら来ることもお見通しだったらしい。でもなぁ…。


「私が、泉田さん…月子社長苦手なの知ってるでしょう?」


「ええ、ご本人がその自覚があるのがなお質が悪いタイプですね」


「言いますね…」


「私としては見ていて楽しいですからね。それに昔からの付き合いですから」


 そういって話が一区切りつくと、では時間ですのでと立ち上がって去っていく。曲者ばかりの泉田理工の事務員だ。やはりいい根性してるらしい。

 さて。


「一応、大学見学は終わったわけだけど、千代ちゃんどうする?」


「そうですね…」


 なにかまたメモを取り始めていた千代ちゃんは、それをおいて少し唸った。

 一応今日の予定としては、このあと現場視察、というか、観察に行こうかとなっていた。

 出現時間が今回は書いていないのだ。満月の云々というのが登る頃なのか、登って暫く待つのか知らないが、できる瞬間を見ようと思うと、どこかで待ち受けなければならないだろう。

 

「とりあえず、行ってみます? これです」


「ん?」


 千代ちゃんがスマホを向けてくる。

 それはなにかのSNSで、現地集合と書かれている。


「なにこれ?」


「今やってるダンジョン出現見学会です」


「いや、そうじゃなくてね」


 そこには写真が載せられて、そこに映る景色は、まるでまつり会場のような騒ぎだった。

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