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遊星からのダンジョンX  作者: コーヒーメーカー
10/29

部屋の魔改造について

 

 一瞬、何が起きたのか、わからなかった。


 慌てて手をついたから顔こそ打ち付けなかったものの、テーブルに体ごといった衝撃はかなりのものだった。手のひらが痛い。


 思わず周りを見回す。

 そこはいままでと変わらないリビングだ。さっき戸田と連絡していたとき見ていた光景と変わらない。あんな衝撃を与えるようなものは見当たらない。さっき持ち上げようとしたコーヒーカップが、そのままテーブルに置かれている。


 俺はまじまじとコーヒーカップを見つめた。

 先ほどと変わらないコーヒーカップだ。飲み終えて、底に少しだけコーヒーが残っている。それだけのなんの変哲もないカップだ。

 今度は腰を据えて、カップに手をかける。


 カップはまるで接着剤で貼りつけたかのように、びくともしない。両足に力をこめ、大根でも引っこ抜くような姿勢で力を込めても同様だ。

 これだけ力を込めたらテーブルが持ち上がりそうなものだが、そのテーブルも動かない。握りつぶす勢いで力を込めてみたが、びくともしない。


「…マジか」


 常識の範疇で考えれば何が起こったのかわからなかっただろうが、厄介な事にさっき後輩からすでに報告を受けていた。

 さっきのとおりなら、チュートリアルダンジョン、というやつだ。

 さっきのセンサーをもう一度確認する。一番近いやつだ。


「…嘘だろ、おい」


 部屋の隅、パソコンデスクの下だ。色々機材を詰め込んでいたデッドスペース、ルーターの奥から青い光が漏れている。

 屈んで見てみると、写真で見たままの水晶玉が置いてある。

 流石にこれは考えてなかったぞ。


「…どうしたもんかな」


 試しに部屋を見て回る。

 先程のカップは相変わらず動かない。底を拭ってみると、残りのコーヒーが手についた。固定されたものと、そうでないものがあるようだ。


 カップと同じように、どこか面で接着していたものは動かせなくなっている。ただ戸田が勝手に廃屋に入ったように、ドアや引き出し、そういうもとから動くものは動く。閉じ込められるような事態にならなくてよかったというべきか。


 外に出てみると、他の部屋も明かりこそ点いているものの、うちのような騒ぎになっている様子はない。何人か外をウロウロしてるのが見えたが、どうやら戸田と同じようなのがいるらしい。うちの部屋だけなのか?


 少し考えて、時間を確認し、隣の部屋のチャイムを鳴らした。すぐにインターホンから返事が帰ってきた。


「はーい」


「夜分遅くにすみません、隣の赤羽です」


「あー、赤羽さん、ちょっとまってね」


 しばらくごそごそと音がしていたが、やがて鍵が開き、隣の住人、鹿島さんが出てきた。不思議そうに首を傾げている。


「こんな時間にどうしたの?」


「いや、こんな日で、なんだかそこら中騒いでますからね。起きてらっしゃるようだし、足、大丈夫かな、と」


「ああ、大丈夫大丈夫。流石に二度目も驚いて転んだりしないって」


 そう言って苦笑するジャージ姿の鹿島さんは、ポンポンと足のギプスを叩いてみせた。

 鹿島さんは、俺がここに越してきてからの顔見知りだった。ただのお隣さんなのだが、引っ越しのときに手伝ってくれた気のいいおじさん、といっていいのか、そういう人だ。よく遅くまで起きている。

 最近は例のステータス騒ぎのときに突然出てきたそれに驚いて、足をくじいたそうだ。


 申し訳ないが、それを口実にさせてもらった。


「なにか、変わったことありませんか? なんか後輩からすごいことになってるってはしゃいだ連絡が来ましてね」


「あー、赤羽さんのところもか。テレビで言ってるけど、うちも若い衆がはしゃいでるよ。動画騒ぎとか勘弁してほしいんだけどねー」


 こんな時間に訪ねた俺にも嫌な顔ひとつせず対応してくれるあたり、できた人だと思う。


「一応、そのへんはおとなしくしてるみたいですけどね。そっちも大変ですか」


「ああ、上はこれからどうしようかって頭抱えてるだけだし、下ははしゃぐしでこれからどうなるかねぇ…」


「どこも同じですか…。うちも似たようなもんですよ」


 話しながら部屋の様子を伺わせてもらう。

 部屋の構造はうちと同じだ。リビングまで一本廊下があって、そこからユニットバスにつながる1LDK。幸いなことにリビングのドアはあけっぱなしだ。テレビが付いていて、どうやらビールを飲んでいたらしい。鹿島さんは単身赴任だったはずだ。鹿島さん本人にも、部屋にもおかしなところはない。


「大丈夫そうならいいんですが、また何かあったら言ってください」


「この間は悪かったね。荷物部屋まで運んでもらっちゃって。今度なにかお礼させてもらうよ」


「いえ、お気になさらずに。お騒がせしてすみませんでした」


 適当に会話を切り上げて部屋に戻る。そのときに反対の家を様子だけ見てみたが、騒いでいる様子はなかった。

 鹿島さんの様子も、異変が起きている様子はない。

 ひょっとして、うちの部屋だけか?

 電気を消して、点けてみる。これも問題ないらしい。

 少し考えていると着信音が鳴った。名前を見ると戸田だ。もう十五分経ったらしい。


「はい、もしもし」


『主任、終わりましたよ!』


「無事にか?」


 興奮気味の戸田。聞かなくともどうやら無事に終えたらしい。よくもまあというかなんというか。若干脱力感に襲われる。


『はい! 無事に終わりました! というか、本当にチュートリアルですね。武器をもらって、アイテムもらって、模擬戦闘があってっていう感じです。あと、ヘルプに新しい項目が開放されましたね。『ダンジョン出現について』って』


「ヘルプに?」


『どうも、ヘルプメニューっていうより、クエストツリー? みたいな感じですね、これ。名前と中身があってませんけど』


「クエストって、別に項目なかったか?」


 確か、黒塗りになっていた項目だ。ステータスにはばつ印も点いていた。

 俺の言葉に戸田が唸り声を上げる。


『そのはずなんですが、現状開かないじゃないですか。それで、こっちをそのクエスト的な感じで使えるみたいでやってみると、報酬ももらえるみたいです』


「報酬?」


『ええ、主任も一回やってみたらいかがかと。木刀とか、ポーションとか、ほんと初期装備みたいなのですけど、それでも結構すごいですよ』


「木刀とかポーションなんて、最初の町で売ってるアレじゃないのか? というか、ん?」


 というか木刀って、銃刀法違反とか大丈夫なのか? 軽犯罪法の方だったか?

 俺の悩みは興奮した戸田に通用しないらしい。


『それでもすごいですよ? なんかなにもないところから宝箱が現れて、その中に入ってるんです。そんなわけなんで、結構面白いことになりそうですよ? 主任もよかったらこっち来ません?』


「ちょっと、今それどころじゃなくなりそうだ。大丈夫そうなら良かった。他にわかったことがあったら、教えてくれ」


『本当にどうしたんです? 来てくれるかと思ったんですけど?』


「あー、ちょっと気になることになってな」


 話すべきか少し悩んだが、戸田の情報収集能力は期待してもいいかも知れない。さすがに今回の事態は困る。後で京一にもかけなきゃいけない。あいつのことだから喜んでくるだろう。


『今まで気づかなかったんですか?』


 俺が話をすると、戸田が呆れるように言う。

 こいつにこんなことを言われる日が来るとは思わなかった…。


「うるさい。お前が時間になった途端かけてきたんだろうが」


『でも、そうですか…。逆に美味しい展開ですね』


「ポジティブだな…」


 口でそう言いながら、正直、俺も内心で若干ワクワクしてしまっている。

 どういう仕組なのか、試してみたいというのはある。


『ここはもう、ダンジョンで一攫千金するしかないんじゃないです?』


「実際できそうなのか、それ?」


『実は、もう『ポーション試してみた』的なのが動画に上がってまして、それを見るとちょっとした騒ぎになりそうですよ?』


「…それ、自分の体で試したやつか?」


『です。さすがに魚で試して、その後で自分で試したみたいですけど、切り傷が一瞬でふさがりました。ちょっとびっくりですよ、これ。イカサマなんじゃないかって炎上してますけど』


「最後の一言が余計だな」


 その炎上動画とやらは簡単に見つかった。

 海外の化学系の動画タレントらしい。もともと車の爆発のさせ方や断熱材の燃やし方なんて斜め上の実験を撮影して、それを上げてというのをやっていたようだ。今回はそこからさらにハメを外したらしい。

 まず自分に切り傷を作る。そして、それにタレントいわく『ポーション』をかける。小瓶に入った、緑色の液体だ。液体がかかったところから、みるみるうちに切り傷がふさがっていく。

 どういう原理だ。早速それが本物か、偽物かで大炎上中だ。動画投稿者いわく、自分で試してみればわかるそうだ。そしてそれが本物だと保証しようとのこと。


「ふむ…」


『さっきの、ヘルプの新しい項目によると、あと数日くらいでダンジョン開放されるらしいです。これが本当なら、もっと面白いものが出てくるかもしれません。とりあえず、チュートリアルだけでもやってみたらどうです? それがどうなるかわかりませんが』


 なんでもないことのように言いやがる。会社はどうする。思わず唸り声が出た。


「…危険は?」


『今のところないですかね? 敵のチュートリアルで出てきたのもただのマネキンでした。それと打ち込み稽古するだけで、友達もいたから簡単でしたね。場所が狭いのが玉に瑕でしたけど』


「ふむ…」


『ナビゲートしてくれる、妖精? みたいなのが出てくるんで、それに従えば大丈夫です。終わったら消えちゃいますけど、結構可愛かったですよ』


「なるほど…?」


 これを用意したやつは、やはりそれなりに親切なんだろうか?

 本当に危険がないかはわからないが、一回やってみるのも手だろうか?

 どうせ同じ部屋だし。手間がなくていい。


「…ありがとう。また何かあったら教えてくれ」


 そう言って電話を切る。

 あとで何か礼をするとして、今はこっちだ。

 広域災害対策委員会のホームページを確認するとそっちは案の定落ちていた。SNSの方を見てみると、こっちは数分ごとに更新されて、現在確認中となっていた。

 これだと従来の対応では間に合わないだろう。

 京一のやつが嘲笑っていそうだ。


 とりあえずまだ入るなとも、チュートリアルを試すなとも勧告が出てないのは確認できた。


 だから、ひとまずは仕方ない。一応の理論武装をして、寝室から昔使っていた木刀を持って例の水晶玉の方に行く。

 穴だらけでもひとまず禁止されていないなら大丈夫だろう。それより人の家を勝手に改造してくれたなにかを一回試してみたい。

 そう好奇心に言い訳を付ける。


 そんな気持ちで、俺は水晶玉に手を伸ばした。


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