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第三話 朝顔

 拝啓 源光みなもとひかる


 君が頭首の伯父様から勘当されて、もう五年が経ちましたね。今でもその理由を聞くと驚きます。

 まさか、一つ年下の女の子のことを本気で好きになってしまったせいで一族から名を消されただなんて。本当に今でも信じられません。


 そんな君も大人になって、今度お父さんになるそうですね。葵生あおいちゃんから直接聞きました。

 葵生ちゃんの家族も、六年前に頭首の伯父様から勘当されたばかりでしたね。勘当された者同士の縁談が進んだのは、とても早かったと聞いています。


 葵生ちゃんは家族全員だったけれど、君は一人だったから行く宛がなくて困っていて。お父さんが頭首の伯父様に内緒で君を家に泊めたことを昨日のことのように覚えています。


「泊めてくれたのが朝顔あさがおのところで良かったよ。叔父さんに『ありがとう』って伝えておいて」


 その言葉が一番強烈でした。今でも葵生ちゃんに会うと笑い話として毎回毎回話しています。その度に葵生ちゃんは


「光は馬鹿だねぇ」


 と笑ってくれるのです。

 私も、馬鹿みたいだなぁって当時から思っていました。


「そんなの私に言ってどうするの? 自分から直接お父さんに言いなよ」


 私が叱るように言うと、君は拗ねた子供のような表情をしましたね。これもいい笑い話のネタです。


 葵生ちゃんは当時の君の話を聞くことが大好きで、この前会った時も君の話ばかり聞きたがっていました。

 私はそんなことよりも、目立つようになった葵生ちゃんのお腹の方が気になります。そのことを無理矢理聞くと、葵生ちゃんは恥ずかしそうに笑っていました。


「予定日はいつなの?」


「クリスマス辺りかなぁ」


「じゃあ、二人とも勘当されてなかったら新年会で会えたかもしれないんだ」


「そうなるね」


「えー。じゃあ私、新年会じゃなくて葵生ちゃん家に行こうかなぁ」


「そんなことしたら頭首の伯父様に怒られるよ? 光の件もあるんだし、朝顔のところまで勘当されちゃう」


 葵生ちゃんの言うことも一理ありました。私はいつも直感で動いて、それをいつも止めてくれるのが葵生ちゃんです(君と初めて会話をした日もそうでしたね)。


「そうかもだけど、そんなことしたら一族全員があの家から消えていなくなっちゃうじゃん」


「そうだねぇ。残ってるのは朝顔のところと六城むつき伯母様のところと……伯父様の正妻と朱凰すおうくん、冷羽れいはくらいだものね」


桐子とうこさんは亡くなっちゃったし、冷羽のお母さんの藤子とうこさんは使用人辞めちゃったし……」


「寂しくなったね」


「そうだよ。新年会に行ってもつまらないだけなんだから」


「じゃあ、楽しみ? この子が産まれてくるのは」


 葵生ちゃんは、自分のお腹を擦りながら尋ねました。確かに家族が増えることはとても楽しみです。ですが、あの葵生ちゃんと君の子だと思うととても変な感じがしました。


 私たちが初めて会話をしたあの時、葵生ちゃんと君との間には嫌な空気が漂っていました。君はもう忘れてしまっているみたいですが、誰がどう見ても仲良し家族とは言い難い関係でした。


 勘当された者同士ならば納得せざるを得ませんが、従兄弟姉妹同士で一番君と仲が良かったのは私だという自負があります。

 朱凰くんは近寄り難く、葵生ちゃんと葵生ちゃんのお兄さんは壁を作っているような感じで、秋好しゅうこと冷羽は年が離れ過ぎています。一時期だけとはいえ、一つ屋根の下で暮らしていた私が君と一番仲が良かったのは言うまでもないでしょう。


 そう思うと、少し悔しいのです。


 私と君はそういう関係ではなかったけれど、悔しいって思ってしまうのです。だから早くいい人を見つけて、子供を産みたいです。

 縁を切られた二人との関係を、子供を通じて繋がっていたい。そんな気持ちで結婚するのは悪いことでしょうか?


 目の前にいる葵生ちゃんはとっても幸せそうです。好きな人と結婚できた葵生ちゃんが羨ましいです。そんなことを思いながら私は笑いました。


「もちろん楽しみだよ。名前はもう決まってるの?」


「ううん、まだ。光と相談して決めないと」


「そっかぁ。じゃあさ、名前が決まったら教えてよ」


「うん。朝顔には一番に教えてあげる」


「やったぁ! 葵生ちゃん大好き!」


「あはは、私も朝顔が大好きだよ」


 二人で抱き締め合っていると、葵生ちゃんのお腹の子が私を蹴りました。なのできっと、元気な子が産まれると思います。


 君が留守にしている間、君の家にも遊びに行きました。リビング一面のベビーグッズには驚いたなぁ。なんだかんだで二人は一族から愛されて、お腹の子は二人から愛されているのだと思いました。


 よく見ると秋好と冷羽のお下がりがあって、葵生ちゃんと二人で笑ってしまいました。冷羽のお下がりはわかります。藤子さんはそういうものをちゃんと持っているような人ですし。

 ですが、秋好のお下がりは本当におかしくて。六城伯母様はそういうものをすぐに捨ててしまいそうなのに、よく十三年もとっていたなぁ、と。


「光のお下がりはないの?」


 好奇心で葵生ちゃんに尋ねてみましたが、葵生ちゃんが「ない」と言ったことだけは残念です。


「桐子さんが持っていた物は全部弘世ひろよ伯母様が捨てたらしいもんね」


 君はこんな話嫌がるかもしれませんが、捨てずにもう少しだけ読んでください。

 私と葵生ちゃんは年が近く、従兄弟姉妹の中では一番仲が良いと自負しています。女の子同士だし、なんでも話せる仲なのです。


 そんな葵生ちゃんにも話していないことが、実は一つだけあります。それは私と君が一つ屋根の下で暮らしていた日々の思い出です。

 君は難しい年頃のせいなのか、一緒に暮らしていてもなかなか家に帰ってこない時期がありましたね。そのこと自体は葵生ちゃんにも話していました。ただ、四年前に藤子さんの妊娠がわかってから君は人が変わったように真っ直ぐに家に帰ってきましたね。


 桐子さんに似ている藤子さんが妊娠したからでしょうか。君は妙に大人しかったように思えます。

 その時、もしかしたら君は藤子さんのことが好きだったのではないか、と思うようになりました。


 違っていたら恥ずかしいけれど、そう思えば思うほど否定できなくなっていくのです。君は頭首の伯父様が嫌いだと言うけれど、桐子さんのことが嫌いだとは一度も言いません。


 思えば藤子さんがいた新年会の年は、ずっと藤子さんのことを見ていたような気がします。

 伯父様と藤子さんは結婚できませんが、君と藤子さんはできます。だから、このことを葵生ちゃんが知ってしまったら、どう思うのだろうと思うのです。


 君はこんな私の考えを鼻で笑いますか?

 それとも、認めてしまって藤子さんのところに行きますか?


 葵生ちゃんは本当に君のことが大好きです。この手紙は捨ててもいいけれど、葵生ちゃんとお腹の子だけは絶対に捨てないでください。

 君が例の女の子を簡単に捨てることができたように、葵生ちゃんとお腹の子を簡単に捨ててほしくない。


 それだけが私の願いです。





 拝啓 源朝顔様


 つい先日、朝顔の言う年下の女の子からも手紙が届きました。最近はメールじゃなくて手紙が流行っているんですか? 葵生に便箋を出すように頼むと、「また手紙?! これ以上何かを書くならしまった場所くらいちゃんと把握してよね」と怒られてしまいました。普段は勝手に触るなと怒るのに、聞いたらこれです。


 葵生の家族が勘当された時はいい気味だとも思っていたのですが、まさか俺まで勘当されるとは思ってもみませんでした。


 今となっては勘当されて良かったと思っています。朝顔や朝顔の両親のことは好きですが、父親や弘世さん、朱凰のことは好きにはなれません。むしろ嫌いだと言っても過言ではないと思います(ここだけの話、葵生や葵生の家族のことも嫌いでした)。

 礼を直接言えなかったのは、好きだからです。決して嫌いだったからではありません。嫌いの中にある唯一の好きだからこそ、照れくさかったのです。


 だから、朝顔がどれほど俺の話を笑い話にしても怒りません。朝顔の話は、どんな話でも面白いから大好きです。ただ、葵生に聞かれても俺の話はしないでください。普通に恥ずかしいし、葵生には何も知られたくありません。


 なので、葵生が恥ずかしがっていたと言う子供の話をしてみようと思います。

 この前病院に行ってようやく性別を知ることができました。男の子だそうです。


 女の子じゃなくて良かった。女の子だったら、葵生に似て気が強くなりそうで怖かったから本当に良かった。そう思って今も胸を撫で下ろしています。女の子は、葵生と朝顔、それと夕咲ゆささんだけで充分です。

 夕咲さんというのは葵生の兄の奥さんで、多分俺と葵生の結婚式の時に一度会っていると思います。


 男の子で良かった理由はもう一つ。冷羽と年が近いからいい遊び相手になる。そう思ったからです。が、冷羽は父親に溺愛されているのでいくら藤子さんとの間の子供でもなかなか会えないかもしれません。それはすごく残念です。

 新年会は嫌いですし、もう参加できる身分でもないですが、多分冷羽に会えるのはもうその場しかありません。朝顔の気持ちはすごくよくわかりますが、ここは我慢して新年会に行ってください。父親のせいで朝顔が会いたがっている人たちに会えないのは俺も残念ですが、冷羽と遊んでくれると嬉しいです。


 話が自分の子供から冷羽に映ってしまったので、戻します。確かに、俺と一番仲が良かったのは朝顔です。

 朱凰は論外、葵生兄妹も論外、秋好にはよく避けられ、冷羽に会ったことはほとんどありません。その代わり、朝顔にはほとんど毎日のように会っていた時期がありました。あれは確か四年くらい前のことです。


 縁は切られても、俺と朝顔は本当の姉弟みたいだった。だから子供がいなくても、俺たちは繋がっています。それに、朝顔だったら急がなくてもいい人は絶対に見つかると思います。だからと言って、決して朝顔の気持ちを否定しているわけではありません。朝顔がどんな選択をしても俺は朝顔の味方ですが、焦り過ぎて俺と葵生みたいな夫婦関係にならないように気をつけてください。


 昨日も、晩御飯のことで葵生と喧嘩をしてしまいました。原因はカレーの中に入っていた人参です。

 朝顔とは何度も食事を共にしているので知っていると思いますが、俺は人参が大嫌いです。葵生には結婚当初から言っていましたが、実際に人参が入っていたのは昨日が初めてでした。


「これから子供が産まれてくるんだから、好き嫌いしないでよね!」


 それが葵生の言い分でした。ですが、俺が一番嫌いだと言っている人参を食卓に出すのはどうかと思うのです。ピーマンだったら我慢して食べていました(カレーの中にピーマンが入っていたら嫌ですが)。

 朝顔は葵生の好きな人が俺なのだと狂ったようなことを書いていますが、考え直してください。これは絶対に好きな人にやる行為ではありません。ただの嫌がらせです。


「それに、手伝わない方が悪いんだから文句言わないの!」


 腹が立ちましたが、人参は嫌なので今日はちゃんと手伝いました。キッチンはそんなに広くないのですぐ隣に葵生がいます。普段はこんなに近くなることがないので、変な感じでした。もしかしたらたまにはこういうのもいいのかもしれません。

 今度遊びに来たら、葵生と一緒に何かを作ってみようと思います。朝顔にはいつもお世話になっているので、礼ができたらと思うのです。


 先ほど喧嘩をしたと言いましたが、その後すぐに子供の名前の話になりました。気が早いとも思いましたが、今日を逃すといつこの話題になるかわからないのでしばらく話しましたがなかなか前に進みません。

 俺たちの両親は、どうやって俺たちの名前を決めたのでしょう。最近よくそう思います。ちなみに、お腹の子供は朝顔を蹴ったのではなく葵生のことを蹴ったのだと思います。朝顔を蹴ったら俺が許さないので、大きくなってもし蹴られたら俺にちゃんと言ってください。


 今リビングでこの手紙を書いていますが、おんぼろアパートなのでリビングもそんなに広くなく普通に生活していても狭いです。

 でも、ベビーグッズに囲まれているこの環境は嫌いじゃありません。愛されているのかはわからないけれど、感謝はしています。この一族も、案外捨てたものじゃないのかもしれません。それに気づけただけでも葵生と結婚した甲斐がありました。


 冷羽には会えないけれど、冷羽のお下がりが手元にあるのはなんだか擽ったいです。ていうか、俺のお下がりなんか探さないでください。あったら恥ずかしくてすぐに捨ててしまいます。が、何が書かれていても俺は朝顔からの手紙を捨てるつもりはありません。


 だから、少し真面目に答えてみようと思います。

 確かに俺には、朝顔の家になかなか帰ってこない時期がありました。そして、俺には当時好きな人がいました。


 花南かなんではありません。朝顔でもありません。当然葵生でも、花南とつき合う前につき合っていた女性でもありません。薄々気づいていると思うので、正解を言います。

 その人は、朝顔の言う通り藤子さんです。藤子さんのことは、藤子さんがあの家に使用人として雇われた時からずっと見ていました。俺の母親に似ていると言われ続けた藤子さんのことを、意識せずにはいられませんでした。


 それが恋愛感情になってしまったのは、当時です。

 家から勘当され、藤子さんに会えなくなってようやく気がつきました。毎日会っていたから毎日会いたくて、自宅に帰ろうとしていた藤子さんを呼び止めて、色んな場所に行って話をしました。


 そして、冷羽が産まれてしまいました。


 最初は自分の子供だと思いましたが、真っ先に父親だと名乗り出たのはご存知の通り俺の父親でした。

 藤子さん本人は違うと言っていましたが、声だけはいつだって大きい父親です。いつの間にか一族全員がそれを信じていて、俺は藤子さんを信じられなくなっていました。


 そこからは朝顔の知る通りです。鼻でなんて笑えません。藤子さんは使用人を辞め、冷羽は父親の手の中に渡ってしまいました。


 藤子さんも冷羽も守れなかった俺に、藤子さんの元へと行く資格はありません。

 葵生がどれほど俺のことを想っていようが、関係ありません。行く資格がないのだから、葵生とお腹の子供を捨てることなんてできません。


 これ以上過ちを犯したくない。こんな俺を知ってもまだ姉でいてくれるのなら、最期まで見ていてください。そして、いつものように叱ってください。

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