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第一話 紫の上

 光を探して歩いていたら、光に出逢った。


 自分でも何を言っているのかよくわからないけれど、本当に光のように美しい青年だった。膝の上に二歳くらいの男の子を乗せ、ぼんやりと縁側から見える雪景色を眺めている。

 外の景色は美しいけれど惹かれるような景色ではなく、私ははっと我に返りその青年に向かって声をかけた。


「あのぅ、もう新年会始まってますよ? 寒いですし中に入ったらどうですか?」


 青年は私を一瞥し、ふっと笑みを零す。そして「ごめんごめん」と軽く謝って


「じゃあ、この子だけ中に入れてくれる?」


 と、男の子を抱き上げて私に託した。


「貴方はどうするんですか?」


 腕の中の男の子は温かく、外にいても平気だというのはなんとなくわかる。


「終わるまでここにいるよ。嫌いなんだよね、あの空間。君も居づらいでしょ?」


 ただ、それはよくわからなかった。


「えぇっと、私、ただのバイトなので」


「バイト?」


「はい。新年会限定アルバイトで、伯母に頼まれて来ました」


「あぁ、君、藤子とうこさんの姪なんだ」


 見事に伯母の名前を言い当てた青年は、私の腕の中で気持ち良さそうに眠り始めた男の子を見て納得したように頷く。


「君いくつ? もし良かったらその子の母親になってあげてよ」


 そしてへらへらと笑いながら、冗談なのか本気なのか判断しづらいことを平気で言った。


「無理ですよ。まだ十六なんで」


「世の中には十六歳で結婚して子供を産んだ人だっているんだよ」


「へぇ。すごいですね、その人」


「でしょ」


 青年は視線を落として積もった雪を見つめる。けれど多分、本当は何も見ていないのだと思う。空っぽな映し鏡を見ている、そんな感じだった。


ひかる


 それが何を指しているのか考えなくてもよくわかった。振り返ると、青年と変わらなそうな年齢の男の人と小学校低学年くらいの男の子がいる。


「やっと本家に戻れたんだから顔ぐらい出しなさい」


「別に頼んでない」


 光と呼ばれた青年は、何故だか拗ねた子供のようにぶっきらぼうに答えた。


「光兄様」


 それに物怖じせずに話しかける男の子は、真っ直ぐに彼を見つめていたけれど


「俺はお前の兄じゃない」


 光さんは男の子を拒み、立ち去ってしまった。


冷羽れいは、あまり気にするな」


「……朱凰すおう兄様」


 そこで私は思い出す。彼はこの家の次期頭首――朱凰様と、彼の異母弟で私の従姉弟の冷羽だ。

 冷羽とは初めて会うけれど、幼くともわかるその美貌は藤子ちゃん似に見える。けれど、どことなく光さんにも似ているように見えた。


「光が何か迷惑をかけたかな?」


「あ、いえ。大丈夫です」


「そう? じゃあ、夕霧ゆうぎりは僕が預かるから君は仕事に戻りなさい」


「あの、光さんって誰ですか? 私、あんな人がいるって聞かされていないんですけど」


 この家の男の人は、頭首様と朱凰様しかいない。だからてっきり、あの人が朱凰様だと思っていたのに。


「光はついこの間までこの家と縁を切っていた僕の異母弟だよ。ちなみにその子は息子の夕霧だ」


「光さん、結婚しているようには見えませんでしたけど……」


 ぼんやりしているし、軽そうだし、空っぽだし、子供っぽいし。夕霧だって甥か何かだと思っていたのに。


「嫁は二年前に亡くなったよ。十年前と比べてだいぶ家族が減ったから、仕事はほとんどないだろうけど……せいぜい頑張りなさい」


「え? あ、はい。頑張ります」


 とても大切なことをあっさりと口に出した朱凰様は、私から夕霧を受け取り冷羽と共に広間へと戻っていった。

 その軽さは光さんと瓜二つで、顔立ちはまったく似ていないのに兄弟なのだと思わせる。その冷酷とも受け取れる軽さで告げられた奥さんの死は、すべて今の光さんを見ていると合点がいった。


 若くて顔が良くて家柄も良い。頭は知らないけれど、こんな物語の登場人物のような人がこの世に存在しているだなんて。

 その上子持ちで奥さんを亡くしているって、聞く人が聞いたら一瞬で恋に落ちてしまいそう。


(まぁ私はまだ十六だし……)



『もし良かったらその子の母親になってあげてよ』



 ないな、と思いかけて不意に思い出した。けど、十六歳に手を出したら普通に犯罪だし奥さんに悪いとも思う。


「仕事しよ」


 呟いて、縁側から逃げるように台所へと向かった。





「仕事? ここの人手は足りてるよ、他所行きな、他所」


「……はぁ」


 追い出されてしまったら、途方に暮れるしか道はない。仕事を求めて屋敷を徘徊していると、またあの縁側で光さんを見かけた。


「何してるんですか」


 猫のように気ままかと思えば、しっかりと自分の居場所を把握している犬みたい。


「それはこっちの台詞じゃない? どうしたの、サボり?」


「求職中です。仕事ください」


「それを俺に言ってどうしろと。そんなことより藤子さんのメアド教えてよ」


「そんなことじゃないですし嫌です」


「じゃあ君クビね」


「訴えますよ?」


 光さんはまたへらへらと笑って頭を掻く。その動作はやけに老けて見えた。


「じゃあ君の名前でいいや」


「じゃあってなんですか」


 なんだかちぐはぐした人だなぁ。このままこうしていても仕事が貰えないような気がして私は息を吐く。


ゆかりです」


 名乗ると、「へぇ」と光さんは驚いたように目を見開いた。


「聞いておいて『へぇ』ってなんなんですか」


「いや、そう言う紫も『へぇ』って言ってたからね」


「うっ」


 なんなんだこの人。人の揚げ足を取って。


「あの、名乗ったんで仕事ください」


「熱心だね、若いのに。じゃあそこの俺の部屋を掃除してよ」


「掃除でいいんですか?」


「年末にやるの忘れてたんだよね」


 なんなんだこの人。


 私は呆れ、渋々と返事をする。そこのと指された部屋の襖を開けると、辛うじて人が生活できるほどの空間以外はゴミで溢れ返っていた。振り返ると、ニコニコ笑顔の光さんが無言の圧をかけてくる。

 私は渋々と中に入って襖を閉めた。


「何から手をつければいいんだ」


 本当につい最近まで縁を切られていた人の部屋なのだろうか。恐る恐る奥へと進むと、くしゃっと渇いた音を立てた何かを踏んでしまった。


「うわっ」


 驚いて足を退けると、音の正体は手紙だった。しかも一枚どころの話ではなく、大量に床に散乱している。こういうのを見ると、気持ち悪くなってしまって綺麗に並べてしまうのが私という人間だった。


「あれ?」


 途中で手を止め、その中の一枚を凝視する。何か変だと思ったらそれは光さんが誰かに宛てた手紙だった。なんで本人の部屋にあるのだろう。よくよく探して並べてみると、光さんが誰かに宛てた手紙は合わせて四通あった。

 逆に、光さんに宛てられた手紙は五通ある。それも出された時期が早い順番に並べ替えてみると、交互に出されていたことが判明した。


(しかも全部女の人からじゃん)


 呆れ、どんな口説き文句を書いているのか気になって――私はつい、興味本位で読んでしまった。

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