シードクラス
なぜ今こんなことになっているのだろうか?
ただいま俺は一人の美少女と対峙している。
それも、凶器的なほどの鞭を片手に持たれて。
「認めませんわ!そうそうにこのクラスから立ち去りなさい、ケダモノ!」
目の前の美少女は俺にその鞭を向け明確な敵意のもと威嚇する。
いや、予想していなかったわけじゃない。だが予想を遥か上回っていたようだ。ここまで酷いものとは。と同時に少し落ち込む。
俺はクレイアとの約束通りこのクラスにいる子達に危害を加えることは無い。
それはたとえ相手側から攻撃されたとしてもだ。しかし、狼見たく牙をむき出しながら今にも襲いかからん美少女にどう対処したものか。
淡い藍色の長髪、金色の瞳、どこぞのお姫様のような顔立ち。まるで童話の世界から飛び出してきたような、そんな絵に書いたようなお嬢様が学園の制服を着ている。それでも様になってるから美人というのは恐ろしい。
「ちょっと!聞いてますの!?」
「あ、あぁ、すまない。少し見とれていた」
「み、みとれて?何をおかしなことを言ってますの?それよりも早くこの教室から立ち去りなさい!」
俺の率直な意見に少し動揺しつつも、やはり警戒は緩めずここから出るように促してくる。俺はこの詰んだ状態から救出を求めるべくサユキ先生に視線をやるが…。
「まぁ、頑張りたまえ」
と、半ば諦めたような応援ゼリフだけを吐いて俺から視線をそらした。
気のせいかその口元は少しニヤついていたがな。俺は小さくため息を吐いて目の前の美少女と対峙することにした。
「入ってきたばっかでまだ名乗ってなかったな。俺の名前は蔵馬鳴瀬、気軽に鳴瀬と呼んでくれ」
「誰もあなたの名前なんて聞いてませんわ。…フラウ、フラウ・チェスカトールですわ」
「その割にはちゃんと返してくれるんだな」
「これは大事な人から習ったことですから。それに淑女たるもの礼儀には礼儀で返しますわ」
そう、俺の返答にスカートの裾を掴み小さくお辞儀をする。
そうか、この子がフラウか。クレイアの手紙で書いていた通りの子だ。気が強く、責任感がありみんなを守ろうとする姉的存在。まずはこの子から説得しないとあとのクラスメイトを説得するのは難しいだろう。
「安心したよ」
「なにを、ですの?」
尚も攻撃態勢のまま姿勢を崩さないフラウを見ながら、俺は少しだけほっとする。
「まだ話せる余地があるってことに」
「元々、話し合うつもりなんて私にはありませんわ。ここに来る男子は皆等しくケダモノですから」
「どうしたら認めてもらえる?」
「最初から認めるつもりはありませんわ」
このまま続けても拉致があかないだろう。それでも、俺は諦められない。このクラスに入ったからにはこのクラスに馴染む必要がある。断然、そちらの方が約束を果たせやすいからだ。
それに、クレイアからはこの子達の生い立ちを聞かされている。それを俺は知ったのだ。だからこそ、余計諦める訳にはいかない。
そんな、両者一歩も引かない中。一人の女子生徒が手を叩き真ん中に割り込んでくる。
「はいはい、そこまで」
プラチナブロンドのセミロング、綺麗に透き通るような蒼い瞳、少し幼さが残っている童顔。フラウよりも身長は少し低く160センチと言ったところか。肩にはさっきまで耳にかけていたヘッドホンがかかっている。
その子は俺とフラウを静止するように立ち塞ぐ。
「ソラナさん!あなたが誰よりも男子の恐ろしさを知っているはずですわ、何故止めるのです!」
フラウの焦る表情にソラナと呼ばれた少女は笑顔で答える。
「えと、鳴瀬くんはきっとここの男子達と同じようなことはしないと思うからかな」
「なんでそう言いきれますの!」
「うーん、それはね」
そう言いかけてソラナは首だけ後ろに振り向き俺を見る。
何故だろう、最初にこの子と見た時になにか懐かしいものを感じた。なんというか、初めてあった気がしない。それに、この子の情報はクレイアの手紙に書いてなかった。要はクレイアやフラウよりも後に入ってきた子になる。
「この人はそんなことをしないと確信があるからだよ」
俺の推測を他所にソラナは続ける。俺にとってはまさに救済手というやつだ。ただ、そんな彼女に疑問は生じる。
「なぜそう確信できるんだ?」
責められてるのはもちろん男子である俺だ。そんな俺がこんな質問をするのは少しばかしおかしいだろう。けれど、現状フラウのように戦闘クラスの男子は警戒せざる得ないほどの存在でありそういう状況なのだ。
それなのにソラナは警戒をするどころか俺に手を差し伸べている。罠の可能性というのも充分にありえるが。
「んとね、なんて答えようかな…」
ソラナは言葉にしづらいのか悩む。
それとも、神格の力でそういうのが見通せるとかならまだ分かるとか?それもそれで怖い力ではあるが…。なんにせよ、不確定要素は取り除く必要が出てくる。
そう思考しているとソラナがこちらを凝視しているのに気づく。
「顔になにかついてるか?」
「ううん、なにも。ただ…」
「ただ…?」
「やっぱりそうだよねって思っただけ」
「なにがだ?」
「さぁね〜」
ソラナは何が言いたかったのか、俺に背中を向ける。何がそうだったのか俺には全くわからないんだが。
「証拠ならこれから見ていけばいいよ。そうだね、一週間。一週間の間に鳴瀬くんが私たちの誰か一人でも傷つけるようなら私もフラウちゃんの味方につくよ。でもそうでないなら、ちょっとは鳴瀬くんを信用してもいいんじゃないかな?」
ソラナの提案にフラウはむぐぐと顔をしかめる。そんなフラウを見てソラナはまたこちらを見る。その際にウィンクされた。そんな彼女の仕草に少しドキリとする。
うーん、ソラナという人物は調べる必要がありそうだな。
「…わかりましたわ」
フラウはソラナの提案に折れたのか、力無くそう承諾した。だが、次には思考切り替え俺に指を刺し警戒を緩めず忠告する。
「ですが!もしそこのケダモノが私達になにかしようものならその時は私の死の氷の中に永遠に閉じ込めますわ!いいですわね!?」
そんな迫力のあるフラウに俺は少したじろぎ頷く。元々、ここにいるクラスメイトたちを守るためにもこの世界に、この学園にやってきたのだ。
そんなことは決してしない。
「あ、あぁ。わかった、俺は君たちを傷つけない。絶対だ」
「その言葉、裏切ったら許しませんから」
フラウは俺に最後の釘を刺して自分の席へと戻る。そんなフラウの姿にソラナは小さくため息を吐いて自分も席に戻るのだった。
「さて、話し合いは終わったか?」
サユキ先生はここが頃合だろうと割って入る。もっと早く仲裁しに来て欲しかったんですがね。
「それじゃあ鳴瀬、改めて自己紹介を頼む」
サユキ先生はそんなことは気にせず、涼しい顔で何事もなかったかのように続ける。
この教師、ほんとに信用していいのだろうか?
わかりました、とだけ言って俺は改めて教卓の真ん中に立ち、扇状に広がった教室を見渡す。教室の広さの割には生徒の数は少なかった。その代わり全員女子だが。生徒数は俺を含めてたったの七人だと聞いている。だが、今この教室にいるのは六人、一人足りないのだ。
俺は小さく咳払いをした自己紹介を始める。
「それじゃあ、改めて。俺の名前は蔵馬鳴瀬、見ての通り日本人だ。神格にはまだ目覚めたばかりでどんな力を発揮するのかはよくわかってないがとりあえず攻撃系とだけわかった。そのためここに転入してきた。ここのルールについてはよく分からないがこのクラスに馴染むため一生懸命頑張るつもりだ。もちろん、ここにいるみんなとは仲良くしたいとも思ってる、これからよろしく頼む」
俺は最後に礼をする。そんな鳴瀬の姿を見てクラスメイト達はどう思っているのか?今の鳴瀬にはまだ良くわからないがそれでもめげずに頑張っていくつもりだ。
約束のためだけじゃない、俺自身がそうしたいから。
俺の自己紹介が終わり、区切るようにサユキ先生が指示を出す。
「そうだな、まず一つだけ鳴瀬には教えておこう。ここではカタカナ、ローマ字が共通語になっている。それと、筆記やほかの人に名前を出す時は自分の名前だけでいい。苗字はつけるな。いいな?」
「はい」
「それじゃあナルセ、先生としてもこれから宜しく頼む。君は恐らく、私が初めてまともな会話ができる男子生徒だと、そう思っているよ」
「それは褒め言葉ですか?」
「もちろんだとも、君の席は一番真ん中だ。くれぐれも先生の期待を裏切らないようにな」
「もちろんですよ」
サユキ先生はこれでもかと釘を刺してくる。まぁそれほどに男子という存在は危険なのだろう。俺は指定された、一番中央の席に移動する。その後ろにはひと目でわかるほどの美少女がいた。それも日本人の。
綺麗な、大和撫子のような黒髪を後ろで短くポニーテールに縛っており、凛と整った顔たちは正しくと言ったほどの美少女。しかし、その瞳は俺を睨んでおり少し居心地が悪い。
まぁ、仕方の無いことだけど。
「これからよろしく」
「あぁ、よろしく」
彼女はそう短く答えてくれたが睨む目はやめない。俺は小さくため息を吐いて席につく。
だが、そんな席でも救世主はいた。
「これから宜しくね、ナルセ君」
「あぁ、さっきはありがとうな」
そう、俺の隣にはさっきのピンチを助けてくれたソラナだ。まぁ、その反対側にはフラウがいるのだが。
今にも噛みつきそうな顔をしている。
全員と仲良くなるには時間がかかるだろうなぁ〜。
少しだけ、卑屈になるのだった。