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悩めるデビル・ドクター

 ヒグラシによる死者が百人を超えて少し経ったある日、新たな患者がやって来た。


「患者は浦塚爽和うらつかさわさん十七歳。高校で陸上部に所属しており、部室へ向かう途中、階段から転落したようです。左足に大きな損傷が見られます」

「すぐに応急処置を始めましょう」

「お姉ちゃん、お姉ちゃんっ!」

「妹さんですか? お姉さんの手術を始めますので、椅子に座ってお待ちください。ひぐらし先生、お願いします!」

「お願い! お姉ちゃんを助けてください!」



 ◆



 親族から聞いた話だ。


 少女、浦塚爽和うらつかさわは陸上の、それも短距離走の界隈では名の知れた人物で、将来を有望視されていた、らしい。世界規模の大会でも、準優勝の成績を持つ猛者なのだそう。


 そんな人物の、突然の選手生命の危機。彼女の周囲が騒がないはずもなく、連日病院の前にはメディアがごった返した。


 自慢になるが、私なら彼女の左足を完全に治すのはもちろん、それまで以上の力を発揮させるまでにはできる。今までに手にかけてきた人物達の遺体で何度も様々なシチュエーションを想定して訓練し技術を磨いてきた私は、並大抵のベテランをも凌ぐ経験を持っていると自負している。まあ、生きている人体での練習はほとんどしていないが。



 ◆



 一通り処置が終了し、浦塚爽和うらつかさわは無事退院した。今では、怪我をする以前と変わらない状態にまで勢いを取り戻していると親族から連絡があった。


 その矢先だった。浦塚爽和うらつかさわが神妙な面持ちで私を訪ねてきたのは。


「どうしたの、爽和さわちゃん」

「……ひぐらし先生。……私が手術を受ける前に、あなたに言いましたよね。『人殺しだ』って」


 ……ああ。そういえばそんなこともあった。


「……先生ですよね? 妹を……爽理さりを殺したのは」

「……なんのことか、わからないわ。急に何を言うの?」

「とぼけないで!」


 少女は、目に涙を浮かべて激昂していた。病院の屋上に、彼女の叫び声が広がる。


「先生、私に黙っていましたよね? 妹が日本でほとんど症例の無い血液の病気にかかっていたこと。そして、私が入院した直後にそれが発覚したこと。わざわざ両親に根回しして、私の耳に入らないように」

「……確かに、爽理さりちゃんは難しい病気を発症していたわ。でもそれは、爽和さわちゃんに自分の治療に専念してほしかったからで……」

「嘘だ」

「嘘じゃないわ。本当よ?」

「じゃあどうして、あなたほどの医者が妹の治療に失敗したの?」

「私は確かに医者だけど、神様じゃない。失敗だってするわ。悪いとは思っているけれど。助けられなくて、ごめんなさいね」

「……やっぱり、気づいていないんですね。……私が、先生と爽理さりの会話を聞いていたこと」

「…………」


 これは迂闊だった。彼女との「契約」を聞かれていたとは。私も人殺しとして、まだまだ未熟なのか。


「……どこから、聞いていたの?」

「……爽理さりが、『私を殺してください』って言っていたところ」


 ……なんだ。本当に最後の最後の部分だけか。


「…………そんな証拠が、どこにあるというのでしょう」

「……!」


 私は「ヒグラシ」として、少女と対峙することにした。


「録音でもしていたのですか?」

「それは……急なことで、していなかったけれど……。でも、私は聞いた。確かに。どうしてかわからないけど、爽理さりがあなたに自分を殺すように頼んでいたところを!」

「……証拠が無いのでは、私の悪事は証明できませんね。だからご両親にも信じてもらえなかったのではありませんか?」

「………………っ!」

「話はそれだけですか? それでは、私はこれで」

「待っ! 待って! 許さない。絶対に! 先生の……あんたのしたことを、必ず証明してやる!」

「どうぞご自由に。……でも、最後に『良いこと』を教えてあげましょう」

「…………良いこと?」

「……誰のおかげで、あなたは今、そこに立てているのでしょうか」

「……恩を売っているつもり?」

「そしてもうひとつ。……あなたの治療費、そして手術費用。あれはどこから湧いて出てきたのでしょうか」

「……えっ?」

「それだけ言えば、あとは想像に難くないでしょう。とても仲が良いのですね。あなた方姉妹は。……体を重ねて愛し合うほどに」

「……あっ、あぁ………………」


 浦塚爽和うらつかさわがその場に座り込んでしまったのをよそに、私は屋上から立ち去った。



 ◆



 仕事帰りの車の中。私はハンドルを握りながら、録音していた音声を聴いていた。



『……全ての準備は整いました。あとは私がわざとあなたの治療に失敗するだけです』


『ありがとうございます、先生。…………これで安心して、お姉ちゃんの治療費になれます』


『後悔しませんか?』


『しません。この身を使って、大好きなお姉ちゃんを助けられるんです。お姉ちゃんの未来を守れるんです。後悔なんて、するはずがありません』


『そうですか』


『……でも先生、約束してください。絶対に、お姉ちゃんを助けるって』


『ええ、必ず』


『もし先生がお姉ちゃんを助けられなかったら、呪い殺すから』


『……その時は、私の魂を地獄の閻魔大王にでも差し出しておいてください。……では、最後にお聞きします。あなたは、どうしてほしいのですか』


『私を……殺してください』



 あなたも罪な人だ。

 あなたが助けた人が、あなたを想って泣いているのだから。


 レコーダーの停止ボタンを押して、私はひとつ深呼吸した。


 誰かの人生が、親族やそれに当たる人物の身勝手な決断で左右されるなんておかしい。本人の人生は、本人が決断するものだ。だから、私は冷酷な心で依頼人の望みを叶える。


 ……けれど、殺してしまってよかったのか。私のやり方では、本人からその答えを聞くことはできない。その特性故に、私の行動が本人にとって望み通りの結果になったのか、一生わからない。


 私は、「心ある悪魔」という言葉を胸に、今もまだ、悩んでいる。

次回から、別のキャラクターの物語に移ります。

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