届かない、悪魔のささやき。
今回は、『ゆりんぐ』本編と繋がるお話です。
「ふぅ……」
私が使わせてもらっている診察室のイスに座っている私、蜩まどかは、小さく溜め息をついた。
「お疲れですか、蜩先生?」
ちょうど奥の部屋から出てきた、看護士の楢井琴音に今の溜め息を聞かれたらしい。
「いえ……大丈夫です。ありがとうございます」
「そうですか……? ここ数日、大きな手術が重なっていましたから……。先生も、体調に気をつけてくださいね?」
「……そうですね」
「そうですよ」
「…………さてと……次の方を呼んでください」
「……はい。……水上つむぎさん、どうぞー!」
楢井琴音が待合室に向かって呼び掛けると、水上つむぎが診察室へと入ってきた。
「こんにちは、蜩先生」
「こんにちはつむぎちゃん。調子はどう?」
「……相変わらず、ときどき記憶がよみがえってきます」
「そう……」
……ああ、早く息の根を止めて楽にしてあげたい。
すっかり人殺しが日課になってしまった私にとっては、こんな思考にも簡単に至ってしまう。
……いや、この考えは良くない。彼女の意志に……私のポリシーに反する。
私はさりげなく首を横に振り、思考をリセットした。
「どうか……したんですか?」
「い、いえ、なんでもないわ。……えーと…………採血と採尿の結果は……異常無いみたいね。心臓の音、聴くわね」
◆
「……これで、今日の診察はおしまい。また来週、いらっしゃい。先生待ってるから」
「はい、ありがとうございます」
「……あ、先生これから休憩だから、ロビーまで送るわね」
そう言って私と水上つむぎは立ち上がり、診察室からロビーへと続く廊下を歩き始めた。
そのとき。
見知った顔の少女と、今日精神科から退院した木隠墨子の二人組とすれ違った。
見知った顔の少女は、私の顔を見るなり、ニヤリと口角を上げて……。
「お仕事ごくろーさん、先生」
周囲の喧騒に掻き消えそうな小さな声で、私にささやいた。