人が死に、誕生する瞬間
約一ヶ月後、私はとある山奥のコテージに来ていた。
医者ではない、『ヒグラシ』という存在として。
黒衣を纏った私は、紅茶を飲みながら明日の手術の手順をイメージトレーニングしつつ、待ち合わせ相手を待っていた。
しばらくして、コテージに待ち合わせ相手がやって来た。
「……」
「……」
「……遠くまで来ていただき、ありがとうございます。どうぞ、おかけください」
その待ち合わせ相手とは、この間の二人組。桜田明日菜さんと佐久間茜さん。
「……あれから、いかがお過ごしですか?」
「まあ、ぼちぼち」
そう言うのは、佐久間茜さん。
「……少しだけ、気が楽だったような……それでも不安なような……。不思議な感覚でした…………」
そう言うのは、桜田明日菜さん。
「それで……」
「……本当に、あんなことできたのか…………?」
「ええ。少し苦戦しましたが、なんとか。……これが、お二人の新しい保険証です。といっても偽造なので、実際に医療サービスを受けることはできませんが。その場しのぎくらいはできるでしょう」
「……本当に、新しい名前になったんですね…………」
「……裁判所に申請して『名前を変える必要がある』と判断された場合、戸籍や名義を変更することができる制度が日本にはあるのです」
「……ドラマの中だけの話だと思ってたぜ…………」
私が二人に提案したこと。それは、本人達を社会的に抹殺して、別人として過ごしてもらう、というもの。
彼女達は、元々死ぬためにやって来た。
しかし、目的があるのなら…………本人達の意志の実現を目指す。それが、私の理念。
誰かの行動に、他人の勝手な意志が干渉することは、絶対にあってはならない。
「……ところで、お二人のその喋り方に関してですが……」
「……?」
「なんだよ……?」
「……喋り方、口調というのは、人間のアイデンティティーとして重要な要素です。それを変えることで、より別人らしさが出て…………周りの人間を欺くことが、よりやりやすくなるでしょう」
「…………そう、ですね……」
「……めんどくさ。……でもまあ、やってやるか」
そう呟くと、元「佐久間茜さん」はゆっくりと立ち上がって、叫んだ。
「ぎゅいーん……どっかーん! みんな、こーんにーちはー! 私は、『緒久間明梨』だよー!」
なにかを吹っ切るように、佐久間茜さん……もとい、緒久間明梨さんはオーバーな動きと声で自己紹介した。
……うるさかった。
「……はぁー。お前がそうするなら、わたしも……いや、アタシも……こんな感じでやってやるか?」
それまでのオドオドした態度を一変させて、飄々とした物言いで桜田明日菜さん……もとい巣原椎名さんはニヤリと笑った。
……驚いた。
確かに言い出したのは私なのだが、それでもここまで対応できるものなのだろうか。……これも、人間の潜在能力なのだろうか。
「……話は、それで終わりか?」
「……はい、以上です。…………それでは、良き第二の人生を。そして…………死を望む者達に、静かな眠りを」
「ん、サンキュ。行くぞー明梨。いつまでふざけてんだ?」
「ひっどーい! 真面目にやってるのにー!」
「はいはいわかったわかった」
こうして、私はまた二人、人を殺したのだった。