外科医が最重要視するもの
ある日、黒衣に身を包んだ私は町外れの樹海へやって来ていた。
よく見慣れた場所だ。
しばらく待っていると、数人の老若男女が集まってきた。彼らは、私のサイトに集まってきた自殺志願者。今回は、私にとって十三回目の集団自殺の会。
私は全員が揃ったのを確認すると、自分の前に置いたコンテナボックスに乗せたスマートフォンに向かって言った。
「……全員、揃いました。ヘヴンズキー様」
そのタイミングに合わせて、スマートフォンから加工された声が聞こえてきた。
『諸君、よく集まってくれた。我が名はヘヴンズキー。魂を導く者である』
「そして私は、ヘヴンズキー様のお手伝いをさせていただいている『ヒグラシ』と申します」
もちろん、電話の声の主は私。あらかじめ録音したものを遠隔操作してこのスマートフォンから鳴るように細工し、私が『ヘヴンズキー』と『ヒグラシ』の一人二役を演じているだけだ。
「それではみなさま、このコンテナボックスの上にある小瓶を一つずつ持ってください」
この小瓶の中身は、トリカブトの粉末を水に溶かしたもの。多少苦しみはあるものの、その致死率は高い信頼を得ている。本当は外科医の特権を使って科学薬品を用意した方が話が早いのだが、先人のようなリスクは冒したくない。
「どうぞ、小瓶の中身をお飲みください。みなさまが全員亡くなられたのを確認した後、私が責任を持って遺体を焼却し、埋めておきます。安心して、みなさまの生涯を完遂してください」
私がそう言うが早いか、次々と自殺志願者が倒れていった。よっぽど待ちわびたものだったのだろう。
立っている人間は、あと四人。
そのとき。
『茜、明日菜、いるのか? いたら返事してくれ!』
遠くから、男性の声が聞こえてきた。それに驚いた残りの自殺志願者達は、慌てて木や草むらの陰に隠れた。
数秒後、一人の男性が現れた。
「どこだ! あっ…………」
「……」
私の前に現れた男性は周りに転がった数々の遺体を見回すと、顔を真っ青にしてひざまずいた。
「う……うわぁぁぁっ!」
「……」
当然だろう。私にとっては見慣れた……いや、望んだ光景だが、一般人にとっては異常なものだろう。
「い、嫌だ……もう誰かを失うのは嫌だ!」
「少し静かにしていただけますか。ここは神聖な場所なので」
「だ、黙れぇっ! ここに……ここに娘達が来ているはずなんだ!」
娘と言われても。
「いない……いない! どこだ! どこにいるんだ! 俺が迎えに来たぞ! さあ、一緒に帰ろう!」
……彼の発言から察するに、先ほど急いで隠れた四人の中にいた二人組の女性達のことらしい。……わかったところで教えないが。
「ハァ、ハァ……。……君が……君がそそのかしたのか、娘達を!」
「…………私は上の命令に従っているだけなので、お答えできません」
こういう時、空想の人間を仕立てあげていればいくらでも言い逃れができて便利だ。
「……人殺しめ」
「……」
「君はなんとも思わないのか! 罪のない人間が死んで…………大切な人達がいなくなっても!」
「……さあ」
「俺は……俺は生きていてほしいんだ、二人に……」
「……」
また、こういう奴か。
本人の気持ちも理解せずに、ただただ一方的な願望をぶつける親族。
水上つむぎも、そんな親族に振り回されて……。
しばらくの間しらばっくれていると、男性は「ここには、いないのか……?」と呟いて帰っていった。
男性を見届けてから、私は周囲のかたづけを始めた。
草むらの陰には、二つの遺体が転がっていた。私が男性の相手をしている間に、ことを済ませたのだろう。
ただ……二人だけ。
「ふっ……はっ、はっ、はっ……」
「大丈夫、大丈夫、大丈夫…………」
男性の娘らしい二人組だけは、木の裏で寄り添い合いながら震えていた。小瓶は地面を転がり、中身は全てこぼれてしまっていた。
「……もう、彼はいなくなりました」
「「ひっ!」」
「ご安心ください、ヒグラシです」
「あ、あぁ……」
「ま、マジで怖かった……」
少し安堵したようだが、それでも二人組は小刻みに震えていた。
「……予備の小瓶ならあります。飲みますか?」
「……」
「……」
「……どうされましたか?」
「……あ、茜さん。早く飲みましょう! もうこんな人生終わりにしましょうよ!」
「……助けなきゃ」
「……え?」
「……助けなきゃ、邑様を」
「…………」
「あの男の呪縛から逃れて、邑様が幸せになるのを見届けるまでは……オレは、やっぱり死ねない……」
「………………」
……やれやれ、これは長くなりそうだ。
「…………ヘヴンズキー様から、一つ提案があります」
「……提案、ですか?」
「な、なんだよそれ……」
「……お二人のお名前は? ハンドルネームではなく、本名の方です」
「わたしは……桜田明日菜です」
「オレは……茜。佐久間茜だ」
「…………それでは、桜田明日菜さんと佐久間茜さんには死んでいただきましょう」
私は、本人の意志を尊重する。
本人が望むのであれば……私は、それを支援する。