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色彩の白 (1)  作者: 風見 優
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色彩の白

色彩の白


 全てのものには色がある。

 日常的に使うもの、日頃目にする建物はもちろん、色鮮やかな景色も多数点在する。

 そして同様に、人にも様々な色がある。

 肌や目の色といった視覚的なものだけでなく、性格や能力といった目に見えない色も沢山ある。そしてそんな色を認識している、認識できる人間だからこそ、自分が好きな色は必ず存在する。

 あれも好き、これも好き。好きな色が一杯ありすぎて一つに絞れない、そう考える人もいるが、本心から好んでいる色は例外なく一色しかない。二つ以上存在していることは決してない。

 この色を見ていると心が落ち着く。特に理由はないけれどこの色の服をよく買ってしまう。形は違えど、人は意図せず自分が好きな色に惹き付けられている。

 そして人とは少し違った力を持つ魔法使いにとっても、色は非常に重要な役割を担っている。礎と言ってもいいほど大事な要因だ。

 魔法使いが使用できる魔法の種類、属性などは自分の好きな色に大きく左右されている。もちろんやる気や知識、人並み以上の強い覚悟等個人差はあるが、それでも色で決められた属性を変える程の力は持っていない。魔法に対する色の影響はこれほどまでに大きい。

 そしていくら自分の色を把握していたとしても、すぐに自分の好きな色に応じてその系統の魔法が使えるようになるわけじゃない。満足に使えるようになるまでには踏まなければならない手順がいくつもある。

 まずは教育方面。いくら自分に魔法の素質があったとしても、使いこなせるだけの知識がなければ弾けないけど持っているギターのようになってしまう。音は出せても、音楽は奏でられない。

 そして次に体力作り。どんな魔法でも、精神と体力を消費する。消費するエネルギーは使う魔法の大きさや精度、種類によって様々だが、あまりにひ弱だと魔法は満足に扱えない。貧弱な魔法使いは悲しい事に、創作の世界にしか存在しない。まあ個人差もあるだろうから、体力がない者でも使えるには使えるが、連続使用や大型魔法は厳しいだろう。

 最後に必要なもの、そして恐らく一番重要な要素。それは何事もやり遂げる覚悟とたゆまぬ努力。魔法の動力源ともいえる、精神力。これを養わなければいくら知識や体力があったとしても魔法が発動しない時だってある。これは講義で散々言い聞かせられた事だ。魔法は一日二日で使えるような簡単で便利な代物じゃない。今まで何もしてこなかったやつが突然魔法能力が開花することは残念ながらない。いや、正確にはそういった事例がないだけで否定はされていないが、その確率は宝くじを一枚買って当てる程確率が低いだけだ。そんな事が起これば確実に大きなニュースとして取り上げられるだろう。

 最後、とは言ったけれど俺たち学生には実はもう一つ重要なステップがある。魔法使いになる為の、最後の関門だ。ここで失敗すればいくら他の要素が揃っていたとしても、自分が思い描いていた魔法を得られない、或いは魔法使いになれないことも考えられる。

 それが魔法試験。

 その名の通り、これは俺たち学生が将来どのような魔法を使う事になるかを決定、示唆する為の試験である。この結果を受けて今後受ける授業の内容が変わってくる。今日はその魔法使い生命を大きく左右する大事な日だ。ミスは決して許されない。そして俺はその試験室へと続く列に今並んでいる。

 一人、また一人と試験室に呼ばれ入室していく。皆俺と同じように険しい表情をしている。無理もない。俺も今同じような顔をしているのだろうからな。

 試験が実施されるあの部屋の中には試験官が一人と周りに教員が数人いるらしい。試験官の前には机と椅子が一脚。そしてその机の上には大きく透き通った水晶が置いてあるという。

 試験内容の概要は既に伝えられている。

 マンツーマン形式で行われる試験で、俺たち受験者が受ける質問は単純な問題がたった一つという一見試験だとは思えない内容となっている。一問しかないという点からその一問にどれだけの重みが込められているのかが見て取れる。その設問というのがこれだ。

「あなたの好きな色は何ですか?」

 正直最初にそれを聞いた時は腰が抜けそうになった。幼稚園の時に聞かれたような事をこの歳になって面接官に真剣な眼差しで聞かれるんだ。何かの冗談かとも思った。

 しかしこの問題に、嘘偽りなく答える事ができれば難なくこの関門を突破できる。単純明快、これほど簡単な試験問題は他にないだろう。普通に筆記試験するよりも数段楽な試験になっている。

 しかしこれには大きな罠が二つ存在する。

 一つ目の罠はこの試験の前から着々と用意されている。

 高校三年になってようやくこの魔法試験の受験を許されるのだが、その試験の前に俺たちはずっと魔法についての講義を受けていた。その内容にはもちろんこの試験の事も含まれている。

 そこで俺たちは知った。この試験での答えが、今後の俺たちの魔法使いとしての人生を左右することを。どんな色を選べばどのような属性魔法寄りになるのか。それらを全て頭に叩き込んだ。

 しかしその知識があるからこそ、簡単に自分の好きな色を答えられないと考える者も少なくない。どんな理由や目算があっても、自分の心に嘘をつく事は決して許されない。それも前述した情報と共に教わった。

 本当に嘘を貫き通せないのか、確証はないがその可能性は限りなくゼロに近いらしい。今まで嘘を見抜き通せなかった事は一度もないとはその教員の弁だ。。

 そしてもう一つの罠。

 正直罠と呼ぶのはどうかと思うが、問題は自分が本当に好きな色を把握しているかどうかだ。

 いくら自分が嘘をついていないつもりでも、本心と違えばそれは嘘をついた事になる。そしてその嘘は確実に発覚する。どんな言い訳も聞いてはくれないようだ。

 しかし一番怖いのは、自分が気付かない間に好みが変わってしまっていることだ。これだけは、正直どうしようもない気がする。その時はもう諦めて受け入れるしかないだろう。

 だから俺たちは自分が本当に好きな色を把握する為の授業も受けた。授業内容は高校一年生がやるとは思えないもので、時間内に校内周辺を歩き回り直感的にこれと感じたものを持ち帰ってきたり、好きなもののスケッチを描いたり、好きな食べ物をデパートから一つ買ってきたりと様々だ。そうやって自分の好きな色を把握しようという授業だったのだが、正直そこでは完全に把握したとは思わなかった。

 試験で決して嘘をついてはならない。

 それだけは耳にタコができるくらい聞かされた。

 もちろん試験で自分を偽るのは悪い事だが、理由は決してそれだけじゃない。講義によると、言葉は心の中で思っている事とほぼ同等の影響力を持つらしい。この試験は、自分の発した答え、つまり言葉から判断するので、その説明には納得がいった。嘘は言葉から生まれてくるものだから。

 最期に、もしその言葉が嘘だと判断された場合。

 先程自分の思い描く魔法を得られない、もしくは魔法使いそのものになれないと言ったけれど、実際のところ正確な事は分かっていない。ただ言われているのは、自分の総体的な魔法力が下がり、実戦で使えないような汎用性の乏しい魔法属性が与えられたり、最悪魔法の素養が無くなってしまう等の効果があるということだ。それほどのリスクを背負って、嘘をついてまで理想の魔法属性を得ようとするのは、さすがに分が悪いと考える者が多い。俺もそれには同意せざるを得ない。そもそも色と魔法属性の関係性の講義を聞いた後も、特に嘘をつくつもりはなかった。そんな事を考える余裕するなかったからな。

 ただ問題は、今自分が頭に浮かべている色は、本当に自分の好きな色なのか。それだけはいくら考えても確信が持てない。考えれば考える程好みが揺らいでしまう。自分は考えれば考える程空回りするタイプだと思っているので、正直当たって砕けろの精神でこの試験に臨んでいる。

「次の方、どうぞ」

「はい!」

 緊張している間に俺の番まで回り、重い足取りで大部屋へと向かった。廊下には俺の後ろで自分の番を持つもの達、試験を終え自分の魔法に納得して嬉しがっている者や悔しがっている者もいる。後者の人たちが少し羨ましい。はやくこの緊張感から解放されたい。

 中に入ると、そこは俺が予想していた雰囲気とは全く異なった間取りになっていた。

 まず、全体的に暗い。部屋の四隅には紫の炎が焚かれた灯籠が配置されてあり、試験官の前の机に淡いオレンジの光を放つランタンが一つ置かれてあるが、それでも一つ一つの光が弱過ぎて部屋全体を照らすまでに至っていない。

「どうぞお座り下さい」

「はい、よろしくお願いします」

 迎えられ俺は設けられた椅子に腰掛けた。試験官と周りを囲む監査官に見守られ、より一層緊張感が高まる。禍々しい空間が広がり、嫌な圧迫感さえ感じる。

「試験番号135の遊飼生侍ゆかい・せいじですね。規約は覚えてますね?」

「えぇ、大丈夫です。問題ありません」

 規約はただ一つ、嘘をついてはならない。規約とも言えない程単純で、それ故に明快。単純に受けるだけなら小学生、幼稚園児でもできるだろう。

 普通に考えればこれほど楽な試験はない。単純に考えられる状況であれば、だが。

 こんな緊張した空間で周りから監視され、不安定な光に照らされながら質問されるといくら一言で済む応対でも否応なく慎重になってしまう。

 もしかしたら答え以外にもなにか査定基準があるんじゃないかといらぬ疑念まで抱いてしまう。本当に好きな色を答えるだけでいいんだろうな。間違えてないだろうな。何度も確認したはずだがやっぱり不安要素は消えない。

「それでは試験を始めます。宜しいですか?」

「はい」

 いよいよだ。ようやくここまで辿り着いた。俺の運命を決める瞬間が、もう目の前まで近づいている。

 俺の好きな色。俺を表す色。これから人生を共にする色。それは……

「では聞くぞ、お前の色は何色だ?」

「えっ?」

 突如聞こえてきた明らかにさっきの試験官とは違う野太くくぐもった声。試験官の辺りから聞こえてきたのは確かだが、その発信源までは捉えられなかった。せっかく答えを用意していたのに、突然違う声が聞こえたものだから一瞬忘れそうになった。これも越えなければならない妨害行為の一種なのか。

「だから、お前の色は何色なんだって聞いてるんだ」

「えっ、まさか、これが喋ってるのか?」

 驚いた事に、この声の発信元は目の前の水晶玉だった。てっきり試験官から問われると思っていたので、これにはさすがに驚きを隠せなかった。冷静に考えてみれば、魔法があるのだから水晶玉が喋っても別に気に留める事でもないのだが、この緊迫した状況で急に喋りかけられると困惑するものだ。

「おう、お前、この試験官が面接すると思っていただろう。まあ別に珍しくもないが」

「で、ですよね。びっくりしました。でも大丈夫です。もう落ち着きました」

「そうか、ならもう一回問うぞ。お前は、何色だ?」

「俺は……」

 大きく息を吸い込み深呼吸してから、俺はこの時の為に何年も費やして辿り着いた答えを、水晶に告げた。

「白、です」

「白か。どれ、調べてみる……か!?」

 すると水晶は急に素っ頓狂な声をあげた。さらに今までにない眩い光を放ち始め、俺は思わず腕で光を防いだ。

 水晶は続いて誤作動を起こしたかのように意味不明な言動を始め、「シシシッシシロッロロロロロロ!!!! ススススキナナナイロロロロロはシロロロロ!!!!!!」などと言い放ち明らかにバグリ始めた。輝きはより一層強くなり、薄ら目を開ける事も叶わない。

「な、なにが起こっている!?」

 これはさすがに試験官達にも不測の事態なのか、あたふたとしているのが声色で分かる。

(俺は、間違えたのか!?)

 今までずっと悩み続けて、ようやく見つけた答えは、俺の心と相反してしまったのか。様々な思想が頭をよぎり、俺を余計に不安にさせる。しかしこの状況、その不安が的中したとしか思えない。

 教員達が慌てふためく中、さらに信じられない事が起きた。

 今まで眩い光と意味不明な言葉を発するだけだった水晶から、いきなり信じられない程の突風が吹き荒れ、俺は椅子に鎮座したまま壁際まで押し戻された。閉じていた扉も開け払われ、さらに廊下の反対側の窓ガラスまで豪快に割れ散った。突風が顔を強く打ち付け、呼吸さえも困難な状況になってきた。

「何が、起こってるんだ!?」

 次から次へと起こる摩訶不思議な現象の数々に動揺を隠しきれない。もしかしたら魔法の素養を失う以上の事が起きるかもしれない。

 命の危険さえ感じた俺は急いでその場を離れようとするが、突風に耐えるだけで精一杯だった。まるで台風の暴風域に立たされている感覚、少しでも動けば飛ばされる、そう確信した。

(ダメだ……風が強過ぎて息も苦しくなってきた……助け……て……)

 呼吸困難により意識も段々と薄れていき、視界が揺らぎ始める。周りが騒ぐ音も次第に小さくなっていき、まるで自分がこの世界から隔離されていくような感覚に陥った。

 こんな事になるなら必死になって魔法使いなんて目指さなければ良かった。そんな後悔の念を抱きながら、俺は意識を失った。



 翌日。

 今日も登校日だ。しかし今日は昨日とは違う。俺たち高校三年生にとって、今日は魔法使い見習いとして初めて学園生活を過ごせる、記念すべき日と言えるだろう。登校している三年生の顔はこれからの学園生活への期待感を如実に表していた。

 そんな笑顔を見る度に、俺は途端に目を背けたくなってしまう。

 結論から言えばあの日、俺は結局魔法属性を与えられなかった。

 友人から聞いた話だとあの後事態の収拾に追われた教員達は急遽試験を中断し、部屋を移して一時間後に試験を再開したらしい。結局本当の試験官であった水晶は壊れてしまったが、替えの水晶がいくつかあるらしく、それを代用して試験を続けたらしい。俺が目を覚ましたのは気絶してから5時間後で、その時には既に試験は終了してしまっていた。再試験を申し込んだのだが、原則として一人に一回しか機会が与えられない決まりのようで、不測の事態があったとしてもその決まりは変えられないという融通の利かないこと。おかげで俺は魔法を使えないままこのまま三年生を続けなければならなくなった。周りじゃこれからどんな練習をしようだとか、お前はどんな感じの魔法になったんだとか、盛り上がっているというのに俺は完全に蚊帳の外に放り出されてしまった。これほど最悪な気分になったことはない。

 残酷な事に、それでも時は歩みを止めてくれない。日常は目まぐるしく変わり、人は日々成長する。人は日々成長するというのに俺は足止めを食らう事を余儀なくされている。それもいつ動き出せるか分からない程長期間にわたるだろう。何せ俺は、今まで目標として来た魔法使いになるという夢を奪われ、平凡な学生に戻ってしまったのだから。

 昨日のあの時から俺はずっと悩み続けている。

 あの試験で、何を間違えたのか。何がいけなかったのか。どうすればあのような結末を回避できたのか。一晩考え続けたがさすがに一晩では理由なんて思いつかなかった。

 嘘は、ついていない。いたって自分に正直に答えたはずだ。そこに問題はない。

 問題があるとすれば、それはやはり、自分の心との整合性だろう。把握し切っていたと思っていたその慢心が、このような結末を招いた。そうとしか考えられない。

(そういえば、俺なんで白が好きだと思ったんだっけ?)

 そこで俺は考えてみた。一体どこからその間違った答えを持ち出して来たのか。その原因を探ってみる事にした。

 きっかけは恐らくあの課外授業。己を知るために設けられたあの時間。そこに確実に俺を陥れた何かがあるはずだ。

 記憶を探り、懸命に責任の所在を探した。俺に白だと思わせたもの。時間がかかるかと思ったが、それは意外と早く思い出す事ができた。

 ……それは、俺の目の前に広がっていたからだ。

(そうか、あの雲のせいか、白だと思ってしまった理由は)

 確かあの時、俺はあの雲のように何にも捉われず、自由に空に浮かんでいたいと願っていた。でももしかして、俺は『別のもの』に見惚れていたんじゃないか。そう、例えば。

(あれは雲の方じゃなくて空の方だったのかなあ)

 白い雲になりたかったのではなく、もしかして広大な『青』空に憧れていたんじゃなかろうか。今更ながら、本当今更ながら、そんな疑いが浮上してきた。もっと早く気付いていれば判断を誤らずに済んだかもしれないのに。

 後悔先に立たずとは、こういう状況を表すのだろう。どちらかというと八方塞がりに近い気もするけど。今からどこに向かえばいいか分からなくなってるし。

 とりあえず向かう先は、花菱高等学園。これまでに数々の優秀な魔法使いを輩出してきた50年の歴史がある魔法使いにとっては名門の学園だ。入学するには魔法資質を見入られなければならないという一般人にはどれだけ努力しても入る事を許されない学校。だから入学試験には一般の学力テストに加え魔力テストなるものも実施される。これは昨日行われた魔法試験とは違い、純粋に魔力が存在しているかを確認するだけのテストだ。そこである一定の数値を出せなければたとえ一般テストで高得点を出しても入学を認めてもらえない。

 なんとか入学出来た俺も、近々この高校を中退するかもしれない。

 高校三年生にもなってこういう事を言うのもなんだが、正直俺が今の高校に通い続ける事に意味はないように思える。と言うのも、この試験の後俺たち三年生は本格的に自分が持つ力の解放、制御、操作、精度と質の向上など様々な方面へ展開していくからだ。残り一年足らずでこれら全てを修得するのは到底無理な話だが、それでもこれからの一日一日は今まで以上に大切だったりする。教師達が言うには魔法とは感覚で覚えていくものらしく、知識などは最初の二年で覚えているはずだから一年でも充分使いこなす事ができるらしい。そうらしい。

 今の俺は、力のないただの学生に過ぎない。そんな俺が何人もの魔法使い達に囲まれて同じ授業を受けたとしても、悲しくなるだけで何の意味もない。それなら少し遅いが大学受験又は一般企業に就職する為に一般高校に転校した方が懸命じゃないだろうか。魔法使いになって世の中に貢献、還元したいと夢が潰えた今、その選択肢しかないと思う。

 考えている間に校門を抜けた俺は、ひたすら下を向きながら下駄箱に差し掛かっていた。

「ちょっと! そこのあなた、止まりなさい!」

 何故こんな学校を選んでしまったのか。もう自分の事を棚に上げて学校側の責任にしたい。俺は何も悪くないと信じていたい。

 後ろで女子が誰かに叫んでいるが、他の人の口論が気にならない程、精神的に参っている。そうやって何も考えずに口論できる事がどれだけ幸せな事か、君達はいずれ理解するだろう。何この悟りを拓いた感じ。

「止まりなさいって言ってるのよ! この無礼者!」

 朝っぱらから何痴話喧嘩してるんだか。本当に幸せ者だな、後ろの二人は。俺もあんな風に何の心配もなく晴れた気持ちで登校できたらな。まさか高校を卒業する前にこんな悟りを拓くなんて、思いもしなかった。高校を卒業すればどれだけ学校が楽しかったが分かるわよ、なんて母さんから聞いてたが、どうやら卒業しなくても気付くものらしい。

「い、いい度胸ですわね……あなたがそういう態度を取るのでしたら、私にも考えがありますわ!」

 これからの生活の事を考えると、腹の底から何かが沸き上がってくる感じがした。その正体に気付いた俺は、すぅっと息を大きく吸い込み、頭を少し下げ小さく溜め息を吐いた。

「はぁ〜」

 落ち込んでいたのも束の間、後頭部を冷たい物質が擦れた。頭の上に何が乗っかっているのか把握できなかったが、身の危険を感じた俺はいち早くその場を離れ、後ろを振り向いた。

 そこでようやく気が付いた。俺に訪れていたのは魔法使いとしての人生の終わりだけではなく、生命活動そのものの危機であると。

「ふん。まずは私の一撃を避けた事は褒めてあげますわ」

「あ、これはどうも。いや、そうじゃなくて。危ないじゃないか! そんな鉄棒突き刺したら!」

 犯人はどうやらこの眩しいばかりの金が特徴的な鉄棒を握っている黒髪の少女のようだ。少女とは言ったが俺の身長とほぼ変わらない。

 どこか気品溢れる制服を身にまとった少女は、非常に可愛かった。ハーフなのだろうか、大きくくっきりとした碧眼に強気な眼差しと姿勢はこの国ではあまり見ないタイプだ。そのいかにも強気な口調はどこかのお嬢様のようでもある。俺のお嬢様のイメージも普通なのかどうかは怪しいものだが、どこか気品もあるのは確かだ。

 一方、周りは止めようともせずただ一定の距離を保ち続けていた。関わりたくないという気持ちが全面に出ている。すると少女は何の悪びれた様子もなく、

「刺さらないわよ、尖端尖らせてないから」

「いや、それでもあれだけ速く突いたら刺さるでしょ、尖ってなくても結構細いし」

 材質は違うが、細さでいえばフェンシングで使われるフルーレに似ているがそれよりは少し太めだ。そこまでのしなりがあるのかは分からないが、恐らく彼女が持っている得物は魔法で作られたものだろうから、変形も自在なのだろう。

「あなたが悪いんですのよ? あなたが私が話しているところを横切っていったのだから。挙げ句の果てに私の言葉を何回無視したと思って?」

「あぁ、あれ俺に言ってたのか。それは悪かった。じゃあ話を続けてくれ」

 謝罪の言葉を言い残して去ろうとしたが、校門の辺りで少し気になる光景を目撃した。

 一人の男子学生が、なにやら膝をついてガクガク震えていた。目には薄ら涙も浮かべているのが窺える。一体彼に何があったというんだ。今この場で俺以上に絶望的な状況にいるやつはいないと思うんだが。というか一番泣きたいのは俺なんだが。

「なぁ、もしかしてあれは、お前が?」

 その男子学生を指差しながら問いかけると、少女はあっけらかんと肯定した。

「あぁ、あれのことですの? それなら私が優しく振って差し上げましたの」

「そうなの? あいつ、すげー泣いてるけど」

 男子生徒はさっきまで頑張って堪えていたものが俺の言葉で一斉に溢れだした。よほどキツい言葉で罵られたのか、それとも振られた事実が彼には相当ショックだったのか。後者ならこの男子生徒がただの勘違い男だということになるが、恐らく前者の方だろう。まあ彼女の事は知らないが、少し会話してみて性格に少し難があることは分かった。正直、取っ付きにくいタイプだ。

「付き合いたいと仰るので少し実力を試したのですけれど、一瞬で決まってしまったので少し苦言を呈しただけよ」

「実力を試したって、その金棒で?」

「あなた、私を鬼かなにかと勘違いしていませんこと?」

 まあ確かに金棒と呼ぶには少々細すぎるからな。それに棘も付いてないようだし。というかもし棘があったらさっき完全に肉が抉れていただろう。その辺は良心的な武器と言えよう。

「まあ悪かったな、邪魔しちゃって。じゃあゆっくり話の続きをしてくれ。俺は早々に退散することにするよ」

「お待ちなさい。どうやら反省の色が見えないようですね。私を無視する事がどういう事なのか、その体に教え込んでさしあげますわ」

「お前はどっかの有名人様なのか?」

「あ、あなた……私を知らないと仰りますの?」

「初対面だからね。知らなくても不思議じゃないだろ?」

「そ、そうですの……私もまだまだですわね。それなら当初の予定通り、その体に教え込み覚えさせなければいけませんね」

 何故あんな恐い顔をしているんだろう。俺なんか地雷踏んだ?

「おい、バカ! お前何言ってんだよ。いいからさっさと謝れ!」

 耳打ちしてきたのは俺の親友の波田陽二はた・ようじ。今までいろんなバカを一緒にやらかしてきた悪友だ。噂ごとが好きな波田は隙さえあればいろんな情報を俺によこしてくるが、そんな事に興味がない俺は耳を貸した事が一度もない。

 そんな情報通の波田が、今真剣な表情と声で俺を説得しようとしている。

 俺も馬鹿じゃない。別にケンカを売ってるわけじゃないし売れる身分でもない。

「なんだよ波田。あいつ有名人なのか?」

「お前本当にバカなのか? あの人は、この学校の創設者の孫娘で現学園長の娘の花菱調波はなびし・しらはだぞ!」

「へぇ。そりゃ確かに有名人にもなるな。俺知らなかったけど」

「確かに教えたぞ、一年の、しかも入学式の時にだ」

 俺と波田は入学式に知り合った。情報集めをしていた、と波田は言っていたが女子生徒にビンタを食らって地面に叩き付けられたところに俺が偶然居合わせたのが友達になったきっかけだ。

 その時の事を思い返すと、確かに創設者の孫娘が入学してきたとかなんとか言っていた気もしなくもないが、そんな話憶えているはずがない。それにいくら有名人だからといって、これまでに面識がないんだから一目見るだけじゃ気付かない。

「あなた、準備は宜しくて?」

「あぁもうダメだ。遊飼、お前何とか謝るか逃げ切るかしろ!」

 花菱が貫く構えを取ってすぐ波田は俺の横から離れていった。いくら悪友と言っても厄介ごとには巻き込まれたくないということか。なんと薄情なやつだ。

 一瞬、本気で謝ろうかとも思ったが、謝るにも遅すぎる気がして途中で止めた。やっぱりここは……

「分かったよ波田。忠告、ありがとな!」

 俺は勢い良く振り返り、全速力で駆け出した。後ろから聞こえてくる怒声なんて気にもかけず、ただ闇雲に駆け抜けた。

 この花菱魔法学園は思いのほか広い。在籍している生徒数も多く、設備は充実している。恐らくさっきの花菱の家は相当なお金持ちなんだろう。羨ましい限りだ。まあ敷地を広くとれるのは田舎だからという理由もあるだろうが、鬼ごっこするには充分すぎる面積だ。

「待ちなさいと、言ってるでしょ!」

 ふと振り返ってみると、花菱は懸命に追いかけてきていた。相変わらずあの物騒な武器を握って、走ってきている。

 距離を離す為に前方に意識を集中しようとしたその時、花菱の持っていた武器が揺らぎ始めた。足を止めずそのまま眺めていると、尖端が尖っていき、見る見るうちに俺とその棒の間が縮まっていく。

(縮まって? それってもしかして、伸びてる!?)

 尖端が足下に突き刺さり、慌てて踏まないようにした途端足がもつれて盛大に転んでしまった。やはり俺の思った通り、彼女のあの金属性の魔法は伸び縮みが自在のようだ。まあ本物の金属を使ってるって訳じゃないからな。

「はぁはぁ……ようやく追いつめましたわ」

 剣先を突き立てられ、俺は身動きが取れなくなる。やっぱり魔法が使えるって卑怯だな。

「一般人相手に、魔法を使うのは反則じゃないか?」

「一般人? 何を言ってますの? あなたも使えるのでしょ?」

 その言葉は、俺の心にぐさりと突き刺さった。もしかすると今彼女が持っている槍に刺されるより突き刺さったかもしれない。物理的攻撃の精度も高いのに精神攻撃も鋭いのか。さすがは創設者の孫娘というとこか。

「あぁ、俺さ。実は使えないんだよね、魔法」

「どういうことですの? その制服は三年生のもののはず」

 彼女の言う通り、三年生の学校指定の制服には、一、二年生とは違う箇所がある。例えばブラウスなら、両肩に赤い縦線が縫い付けられてある。セーターなら毛糸の色が異なり、上着なら色と材質が違う等、明らかに三年生を下級生とを分けている。理由は幾つかあるだろうけど、恐らくその一つとして下級生に警告する意図が含まれている。下級生が間違って三年生にケンカを売らないようにあらかじめ三年生であると知らせておかないと、根性が据わっている一年とかが酷い目に遭ってしまう。それを未然に防いでくれている部分もある。

「三年生、ではあるんだけどね。あの試験の後も、俺は魔法を使えないんだ」

「使えないという事は、あなたまさか、試験で嘘をつきましたの?」

「そんなわけないだろ? 俺だって真面目に答えたさ。でも俺は、あの水晶に拒まれた」

「そう、それは大変ね」

「まさか吹っ飛ばされたり意識まで持ってかれるとは思わなかったけどね」

「あなた、もしかして遊飼さんじゃなくて?」

「俺の事知ってるのか?」

「私の家じゃあなたの話で持ち切りでしたのよ? 検査水晶を壊した初めての人だって」

「そうだったのか」

 どうやら俺も彼女に負けじと知名度を上げているようだった。至って不名誉な覚えられ方ではあるが。俺だって魔法使いになりたくなくて失敗した訳じゃない。

 何だか急に花菱の視線が哀れんでいるように見えて泣けてきた。そんな可哀想なものを見るような目をしないでくれ。頼むから。

「それではあなたこれからどうしますの? このままこの学園に通い続けますの?」

「それは……多分無理。ここにいたって、もう俺の夢は叶わないから」

「ではこの学園をお辞めになるの? この学園には並大抵の素質がなければ入学は許されないはずよ?」

「なんかの間違いだったんじゃないか、なんて思い始めてるんだよね、この学園に入学できたのは。本当は素質なんて、最初からなかったんじゃないかなって。初対面の君にこんな話をするのもおかしいけど」

「ねぇ、本当に使えませんの?」

 花菱はここでようやく魔法を解除し、俺は鋭い剣先から解放される。というか俺そこまで脅されるような事したか? ただちょっと居合わせたタイミングと場所が悪かっただけだと思うのだが。

「無理だよ。君も知ってるだろ? あの試験の後、俺たちは神託を受ける事になってる。まああの水晶から受けるんだから、本物の神様からってわけじゃないんだろうけど。俺が聞いたやつらからはちゃんと水晶から魔法とその使用条件を教えて貰ったと聞いている。俺の場合は水晶が壊れちまったから聞くに聞けなかったってわけさ」

 友達の話を受けて、どれだけ絶望したか。今まで生きてきた中で、あの時程自分を嫌いになった時はなかった。しかし不思議と涙は出なかった。恐らく後悔より自分を戒める気持ちの方が強かったから。

 でももうどうだっていい。俺はこの学園を去り、一般の高校に転入する。校長に転入を申し入れる今日こうして登校してきたんだ。本当なら登校もしたくなかった。

 本当は登校している間もまだ転入すべきかどうか決めかねていた。でもこれでようやく決心がついた。

「でも本当に使えませんの?」

「しつこいな、そう言ってるだろ?」

(何故そこまで疑ってかかる?)

 俺は彼女の反応が不思議でならなかった。もしかしてこれは精神攻撃の続きなんじゃないかとさえ思ってしまう。しかし敵意は感じない。それにまだ警戒しているならさっきの魔法をしまわない。

 彼女の意図を読み取ろうとしていると、花菱の方から切り出してきた。

「私から申し上げますと、あなたはこの学園の生徒以上の力を持っている。そう思いますの」

「そう言ってもらえるのは嬉しいけどね、慰めにしかならないよ。それに何を根拠に……」

「あなたは、私の一撃を避けて見せたじゃありませんか?」

「何言ってんだよ。あんなのただの偶然だったし、それに魔法を使った訳じゃないだろ?」

「なら試してみますか? 私の攻撃が、まぐれなんかで避けられるかどうか?」

 なんなんだこのお嬢様は。こんな平凡未満の生徒なんて放っておいて授業に行けばいいのになんでわざわざ俺なんかにかまうんだ。

 素質を見出した、なんて彼女は言っているが言われている本人にその自覚がないんだから普通に考えて素質なんて無いだろう。漫画の世界じゃ自覚がない主人公がふと自分の真の力に目覚める、なんてシーンもあるが、実際何かの拍子に魔法が発動するなんて事あるわけがない。魔法を使うにはそれ相応の手順と条件があるんだ。

「いいよそんなの別に。授業遅れるよ? 俺は関係ないけどそれだけ自由に魔法を使える君なら授業出ておいた方が良くない?」

「別に私はいいんです。家で魔法を習っていますからここの授業は必要ありませんの」

「あ、そう。そりゃ凄いね〜。じゃあなんで学校来てんの? 暇つぶし?」

「人を暇人のように言わないで下さる?」

 実際暇人だろう、と返したいところだったがこれ以上言うと無慈悲な制裁を食らいそうだったので伏せておいた。

「じゃあなんで来てんの? 昨日魔法受け取ったならもう充分じゃないの?」

「ふふん。よく聞いてくれましたわね!」

 なんだか急に誇らしげになる花菱。なにか崇高な目的を持ってこの学園に来ているのかもしれない。彼女が持っている財力と魔法の素養。それらを踏まえれば凄い目的を持って来ているに違いなかった。

 教えてくれそうな雰囲気なので期待して待っていると。

「私の目的は一つ! この学園に存在する私を楽しませてくれる程強い魔法使いと戦い、勝って勝って勝ち続け、強くなるのです!」

 ……まさかの回答だった。

 どんな崇高な目的が飛び出すかと思いきや、まさかの戦闘狂タイプだった。戦いに快楽を覚えるのか、などと背筋が寒くなるような想像をしてしまう。もしかして深く関わるには危険な人なんじゃないだろうか。

「そっかー、そりゃあ大変だねー。それじゃあ俺はこれで」

「あなた、私の相手をしませんこと?」

 いかん、本格的に絡まれた。

 出来るだけ感情を殺して当たり障りのない会話で抜けようと思っていたのにそんな策略は彼女には通用しないようだ。面倒臭い。

「いやいや、さっき話したろ? 俺は魔法が使えないんだって。そんなやつと戦って君に何の利益があるっていうんだ?」

「特にないでしょうね」

「ってねえのかよ! てっきり何かあるのかと思っちまった!」

 自分で言ってて若干悲しくなる。まあ魔法が使えない俺なんて相手にしてもなにも学べないからな。というか俺は誰かを教える立場にはいない。

「私はただ、確かめたいだけですの」

「確かめる、何を?」

「果たして私が感じた可能性はただの勘違いなのか、それともまだ原石の状態なのかを」

「真剣に考えてくれるのは有難いが、勘違いだからそんなに深く気にしない方がいいよ?」

 しかし言い終わると同時に、花菱は再びあの武器を取り出していた。今度は槍みたいに尖ってはいないが、あの細長い鈍器で殴られれば痛い事には変わりない。

「勘違いかどうかは、私が判断するわ」

「自分の事は自分がよく分かってるんだけどなあ。どうしてもそういう方向に持っていきたいのかなぁ」

 ここは、再び隙を突いて逃げるしかない。

 それは分かってはいたが、しかし今回はそう簡単に逃げられないかもしれない。なにせ一回逃げるところを見せたんだ、俺が再び逃走することは当然警戒してくるだろう。そして恐らく彼女程の魔法使いならば逃げる対象への対処も容易だろう。

 その証拠に、もの凄く俺の周りに気を配っている。俺の逃走経路となり得る道を探っているんだろう。本気で魔法を使えない一般人をボコるつもりなのか?

 それにしても本当眩しい程の金色だ。これで選択した色が金じゃなかったらあの試験の必要性を疑うね。

「あのぅ、花菱さん。どうにかして戦闘を回避できる方法ってありませんかね?」

「そんな選択肢、私が許すとでも?」

「なんでだろうね、初対面のはずなのにそんな事させてくれないってことは確信できるね」

 彼女の殺気を肌身に感じる。まあ殺す気はないんだろうけど、確実に青あざは出来るだろうな、数個。いや、青あざだけで済めばいいけど、骨の数本は持っていかれそうな雰囲気だ。

 さて、本当にどうしたものか。逃げ場は沢山あるように見えて、実は一つも残されていないのかもしれない。

 俺は一度、あの棍棒(あの時は槍だったが)が伸びるところを見ている。だから彼女の攻撃範囲は、視界の範囲内と一緒ということだ。厄介すぎるだろ。

 別に倒そうなんて思ってないのに、なんでここまで考えないといけないんだ。

「行くわよ!」

 それに考える時間さえ与えてくれないし。思考させない戦い方は魔法使いとして素晴らしい技能の一つだとは思うけど、人として話し合うことも大事だと俺は思うんだよね。

 しかしそんな文句を垂れていたところで現実は変わらない。こうして彼女が物騒な武器を持って向かってきているのだから、俺も冷静に対処しなければ、無駄に痛い目を見てしまう。というか普通に登校していただけなのになんでこんな状況におかれているんだ俺は。

 花菱はいきなり顔に向けて横に振り抜いてくるので片手で受け止める、ことはせず体を反らしながら棍棒を上に跳ね上げる。俺が一撃を去なしたことに花菱は再び驚いた表情を浮かべるが、それでも攻撃の手を緩めない。

 今度は突きに転じた花菱に、俺はギリギリ交わすので精一杯だ。別に反撃の手を考えているわけじゃなく、ただこの場から退散したいだけなのに彼女は俺の行動を戦闘態勢と捉えている。彼女、本当に隙がなく、面倒臭い。

 視線は常に俺の方に向いていて、全くぶれていない。凄い集中力だな。迷惑なことこの上ないが。

 いっそ為されるがままボコボコにされてみるか。そんな考えもよぎったが、俺はコンマ一秒でそれを否定する。なんでわざわざ痛い目を見ないといけないんだ。自分は人並みに負けず嫌いだとは思うが、人より勝ち負けに執着する方だとは思わない。だけどこれは勝ち負けの問題じゃない気がする。誰だって痛い思いはしたくないはずだ。

 魔法さえ使えれば。またあの絶望感が俺を襲った。

 魔法さえ使えればこの場を乗り切る方法を考えられるのに。魔法さえ使えればこんな沈んだ気持ちにならず平和に学園生活を過ごせたのに。考えれば考える程負の感情へとシフトする。おそらくこの状況で考える事じゃないだろう。

 いいから考えろ。攻撃を躱しながら、突破口を探し出せ。言い聞かせるように何度も脳内で繰り返すが、攻撃の方に意識を注がないと今にもあの突きを食らってしまいそうだ。というか今避けられてるのは奇跡に近いのではないだろうか。

「この程度だと避けられますのね。じゃあ少し速くしますわよ?」

 俺が彼女の言葉に反応したと同時にさらに速度を増した鉄棒が顎付近に飛んできた。咄嗟に避けられないと判断した俺は両手で素早くカバーし、衝撃を緩和する体勢に入った。

 一瞬フェイントの可能性も疑ったがそんな事はなく、両手を通じて凄まじい衝撃が俺の顎を襲った。打点が少し低かったせいか、衝撃で俺の体はふわりと浮かび、数メートル飛ばされ背中から着地した。下が岩場とかじゃなくて本当によかった。尖った岩でもあれば死んでた可能性もあるな。

 というか手加減してたのかよ、あれで。俺はこれでも魔法使いになる為に武道を少し嗜んでいたんだが相当速かったぞ、前の突き。しかも少し速くするとか言わなかったか? ということは今よりさらに速くできるってことだよな。

 ……逃げることもできない気がしてきた。魔法も使えない一般人から彼女から逃げ果せることなんてできるのか。

「痛って……ていうか無手のやつ相手に武器ってのは卑怯なんじゃないのか?」

「相手が男ですから問題ないでしょう?」

「いや、俺魔法も使えないんだから単純に数えて今二つ分ハンデ背負ってるよね? 仮にその武器で男女差を埋めたとして、こちらは魔法も使えない状況なんだ」

「うーん……それもそうね。確かに平等じゃなかった気がするわ」

 苦し紛れの言い訳を垂れてみたが、なんか納得してもらえた。これでどれか一つは削ってくれるかもしれない。どれか一つでも減れば俺が逃げられる確立はぐんと上昇する。

 ていうか女が男を相手するのは不利なんじゃないかとかいろいろ言われているが、魔法使いなら女子も柔道や合気道のような相手の力を利用した武術を学んでいたりするんだからそこまでの差はないんじゃないかと俺は思う。だいいち魔法が使えるならそこにもう男女の差はない。

「それじゃあ武器はなしにするわ。これで問題ないでしょ?」

「あぁ」

 やっぱり魔法の方を外す事はなかったか。まあ魔法を外せば俺に容易に逃げられてしまうと考えたんだろう。

「この武器は手放すわ。でもこれは私の魔法で作り上げてるものだから魔法を使うという事はこれと同じような武器を作れるということになるわね」

「せこいな、考え方が」

「そう言うと思って私も考えたわ。だから私は武器を作る魔法は使わないわ」

 すると彼女は宣言通り、棍棒を消滅させた。一応武器の方は放棄させる事に成功した。しかし魔法を使わないとは言っていない。一向に状況が好転したとは思えない。

 恐らく彼女の色は金。金色に関係のある魔法って他になにがあるんだ。

 棍棒を消滅させた花菱は、徐に財布を取り出した。そこからありったけの硬貨を取り出し、言い放った。

「あなた、もしかして私の色は金だと思ってませんか?」

「え、違うのか?」

「ふふっ、まあそう思うわよね。一応金色の槍と棍棒を使ってましたし」

「そうだけど、でも色を変更することなんて出来るはずがない」

 俺たちは選んだ色に応じたその色と深い関係のある魔法を貰うはずだ。だから色を変える事などできないはず。

 色を選んだからといって別に魔法が一色に統一される訳じゃない。しかし選択した色は使う魔法の五割以上の割合を締めなければならないという規約が存在する。だから彼女は金色の魔法使いだと思った訳だが。

「あの試験の時、私は確かに他の者と同様に色を選んだわ。でも私にはあの時二つ目の選択肢が表れたのよ」

「二つ目の、選択肢?」

 そんな話、聞いた事がない。俺たちは色を聞かれる事しか習っていない。二つ目の選択肢……一体どんな内容なんだ?

「あなたは受けなかったようね、二つ目の質問を。まあ無理もないわね、その質問を受けられるのは真に認められた者だけなのだから」

「真に認められた者……優秀な生徒だけってことか。納得だな」

 俺は魔法さえ与えてもらえない落ちこぼれだからな、聞いていないのも納得できる。しかしそんな情報、授業でも教えてくれなかったぞ。

(秘匿されていた? それとも把握していなかったのか? どちらにせよ、俺には関係のない話だっただろうけど)

 果たして成績優秀者だけに許された特権なのか、精神的に成長した者だけが開けられる次のステップへの門なのか、はたまたあの水晶の気まぐれで発生するレアイベントなのか。経験していないので何とも言えない。真に認められるって俺たちの何を見て判断されるんだろう。

「特別に教えてあげるわ、私が選んだ、魔法の本当の属性を」

 凄く親切なお嬢様だった。普通人に自分の手の内を明かすだろうか。弱点をさらけ出しているようなものじゃないか。それだけ俺は下に見られてるって事なんだろうが、今は情報が欲しい。少し悔しいがここは甘んじてこの屈辱を受けよう。

「私の本来の魔法色は黒。でも私は別に黒の魔法しか使えない訳じゃないの。第二の属性と言うべきかしら、本当の属性は炭素。炭素を含む物質を自由に構築して思うがままに操る事ができるのよ。先程の槍や棍棒も炭素で構成されているわけではないけれど魔力で炭素と同じような特性になっているわ。本当の物質を何もないところから構成できる訳じゃないですし」

「魔法を解除すれば全部魔力に戻るからね。でもまさか炭素を使っていたなんて、そんな話、聞いた事がない」

「あら、そうなの? 私はお父様からこの第二種魔法のことは聞いていましたからそこまで驚きはしませんでしたわ」

「学園長は、知っていた?」

 学園長はこの第二種魔法という俺たち生徒が知らない情報を得ていた。にも拘らずそれを現場の教師に伝えず、その結果俺たち生徒にもその情報は回ってこなかった。

 教師達は本当に知らされていなかったのか、それとも知っていたが秘匿するよう指示されていたのか。考えれば考える程謎を深まっていく。一体何がどうなっているんだ。

「お父様も認められた数少ない人ですからね。他の人が知らなくても無理はないでしょう。それに他の人に教えたところで、何の意味もないでしょう? 知っていて対策できるようなものじゃないでしょうから」

「確かにそうかもな。でも知っていればさらに頑張ろうと思えるもんじゃないか?」

「無駄だと思いますわ。頑張ったところで結果を変えるのは容易ではないわ。第二種魔法は努力や知識量が反映されるものじゃないですから」

「必要なのは、持っている才能ってことか」

 勉強や努力で培った知識や体力、それらは全て持って生まれたものには勝てない、逆らえない。努力なんて、するだけ無駄。それをあの水晶は伝えたかったのか。

 反論はしたい。俺も出来る限りの努力はしてきたつもりだ。夢見た魔法使いとしての自分になる為に勉強や体術を会得するために時間を割いてきた。血を吐くような思いをしたのかと聞かれれば決してそんな事はなかったが、それでも精一杯の事はしてきたと思う。そんな俺の苦労も、結局才能がなければただの徒労に終わってしまうのか。結局素質のあるやつだけが前に進めるのか。そんな言葉だけで、納得しろと言うのか。

 納得なんて、できるはずがない。でも、今の俺には何もない。第二種魔法どころか、普通の魔法さえ使えない。反論する事もできない。

「そういうこと。では、続きをしましょうか?」

「確かに、才能がなかったのかもしれない。努力が足りなかったのかもしれない。覚悟ができてなかったのかもしれない。でもそれなりに頑張ってきたやつらを、ただ才能がなかったからお気の毒でした、そんな一言だけで済まされるのは我慢できない。努力も報われない時はある。時の運で左右される運命だってある。だけど、無駄な努力なんてありはしない」

 何を急に語りだしてるんだ俺は。何を、熱くなっているんだ。

 試験の取り決めをしたのは彼女じゃない。彼女に感情をぶつけても、意味がない事は分かってる。

 でもなぜか我慢できなかった。全ては才能だなんて言われて、俺はいてもたってもいれなくなった。感情だけで動くなんて、俺はまだまだ修行が足りないな。

「才能がある人は大抵努力をしているものよ。だから凡人が天才と同じくらい努力をしても決して追いつくことなんてできないわ」

「普通に考えたらそうだな。だけどその凡人の努力が無駄だと思うのか?」

「だってそうでしょ? いくら第二種魔法を得ようとしても資格のない人がいくら頑張っても無理なのだから」

「そうか。分かった。前言を撤回しよう」

「前言を、撤回?」

「やっぱり武器も魔法も制限しなくていいよ。俺も逃げるのをやめる。君が望むなら、俺は正々堂々向かいあうよ」

「急に変わったわね。でも宜しいのかしら? 怪我をするかもしれませんよ?」

「別にいいよ。倒せばいいんでしょ?」

 魔法使いを相手に、絶対的な強者を目の前にして俺は正直萎縮していた。絶対的不利な状況の中、俺は全力で逃げようとしていた。

 でもやっぱりそれじゃダメなんだ。後ろを向いてばかりじゃ、俺は今までの自分を否定する事になってしまう。戦術的撤退も結構だが、撤退してばかりじゃいずれ占領される。弱い自分に、心を占領されたくはない。攻めの姿勢も必要だ。

 それが果たして今なのかどうかは甚だ疑問だが、それでも俺の決意は揺るがない。

 恐らく、俺は花菱を倒せない。手も足も出ないかもしれない。殺される事はないだろうが、それでも打撲などの大けがをする可能性は高い。しかし抗う事は必要だ。死に物狂いになっても食らいつく。どれだけ無様でも、前に進まなきゃならないんだ。

 なんで今頃になってこういう事に気付くかな。もし試験前に気付いていれば状況が変わったかも知れないのに。

 と、とにかく今は目の前の相手に集中しよう。

「急にやる気になってくれたのはいいのだけど、倒せると本気でお思いなのかしら?」

「いいや、全然」

 そこは即答で返した。そんな自信があるなら最初から逃げ腰になっていない。

 男なら、戦わなくてはならない時がある、なんて立派な台詞を吐ける場面じゃないけどここは意地でも粘ってみせる。

 思えば俺は会得する前から魔法という夢のような力に頼ろうとしすぎていた気がする。あの時、仮に魔法を貰っていたなら俺は確実に自分の力に驕り、他の人を見下すような人間になっていたかもしれない。だからといって魔法を貰えなかった事に納得した訳じゃないけど。

「でも証明はしてみせるよ。たとえ魔法がなくても、一撃くらいは入れられる事を」

「それは楽しみね。早速始めましょうか?」

「おう。今度はこっちから攻めるぜ。怪我しても裁判沙汰にはするなよ、払えないと思うし」

「しないわよ、怪我なんて」

 再び棍棒を構築し両手で強く握りしめる。今度は金じゃなく地味な茶色になっている。第二種魔法の話は本当らしい。別に疑ってたわけじゃないけど。

 彼女が棍棒を俺に向ける中、俺も対抗するように構えを取る。

 さて、ここからどうやって一発お見舞いしてやるかを考えなくちゃなんだけど、正直何も策が浮かんでこない。手合わせしてみて分かったが、魔法抜きでも彼女の攻撃スピードは尋常じゃない。一発でもまともに食らえば相当なダメージを受けるだろう。骨が軽く数本持ってかれそうだ。

 別に彼女の骨を折ろうとか、青あざをつけてやろうとか、そこまでの事は考えていない。彼女はどう思っているか分からないが、俺の証明方法は至って簡単だ。

 彼女の手を地に着けさせる。それだけで俺の目的は達成される。やる事は簡単そうだが、実行するのは相当な難易度になっているだろう。

 手っ取り早く決まりそうなのは足払いだが、モーションが大きいとすぐに避けられてしまう。それに一回外すとそれ以降は警戒されて、成功率はがくんと下がる。

(一発勝負ってことか)

 仮に失敗しても、他の方法を考えればいいんだが、戦闘が始まればまともな思考ができなくなる。今のうちにできるだけ方法を考えておくのがベストだ。

 後は投げ技くらいだが、どちらにせよ接近しなければ話にならない。どうやら動体視力と脚力だけでどうにかするしかないみたいだ。改めて魔法抜きでの戦闘の辛さを思い知らされる。魔法が使えないってだけでここまで選択肢が絞られるのか。

 しかし狭い選択肢の中でも最善の策は確実に存在する。判断を誤らなければ出来る事は必ずある。

 睨み合いを続ける中で、俺は彼女が取り得る攻撃パターンの幾つかを挙げてみた。

 まずはあの棍棒。純粋な魔力で形成されたあの武器は、彼女の思うがままに操る事ができる。伸ばしたり尖らせたり、拡散させる事も簡単だろう。確実に注意しなければいけない点だな。

 次に体術。彼女は槍術に長けているようなので、速い突きにも気を付けなければならない。突いてきてからの武器の変形も考えられる。避けた後も気を張っておかなければそこにつけ込まれる。

 やはり一番気を付けなければならないのはあの伸縮性もあり柔軟性も兼ね揃えたあの槍だろう。突きからの薙ぎ払いの二段構えはもちろん、軽く薙いだ後、こちらが後ろに退いた後の隙を突いてくる可能性もある。いや、それ以前に使える魔法がまだあの槍の変形だけだと決まったわけじゃない。取れる戦術はまだいくらでもある。

 俺が今できる分析はこれが限界だろう。少し手合わせはしたが、やはりまだ絶望的に情報が足りない。情報を得る為にもここは攻めにいくべきだろう。

「じゃあ、遠慮なく行かせてもらうよ!」

「いいわよ、完膚なきまでに叩きのめして差し上げますわ!」

 開戦の合図と共に、俺は走り出した。

 一秒も経たぬ間に例の棍棒が分裂し、幾つもの細い槍が出迎える。

 真正面から受けるのは至難の業なのでここは大きく回りながら接近するチャンスを窺う。走り回っている間にも後ろから何本も迫ってきているので足は止められない。一応少しずつ近づいてはいるんだが、さすがに大きく近づく事は許してはくれない。

「走り回るだけなのかしら? それがあなたの言う攻めというものなの?」

「煽ってくるねぇ。これでも、結構考えてるつもりなんだけど!」

「なら近づいてみなさいよ。それともあなたの足掻きはその程度なのかしら?」

「言ってくれるね。でも確かにこれじゃ様子見にもならないな。なら一回試してみるかな!」

 俺は90度回転し再び花菱に向け走り出した。もちろん彼女も正面から何本もの棍棒を伸ばしてくる。俺は体を横に向けながら何とか躱し、第一波をやり過ごす。

 なぜ第一波という言い方をしたか、それは花菱が先程伸ばしてきた棍棒を一旦切り離し、触手のように新たな棍棒切り目から拡散させてきたからだ。一般人に対してする攻撃じゃない。本当に容赦ないな。

(そういえばあいつの魔法は炭素で出来てるんだよな。炭素も集まればダイヤのように固くできるけど、そこまで凝縮させる時間はないはずだ。となるとこの伸びた棍棒、そこまでの強度はないはず)

 それなら、と俺は意を決し迫り来る塊に勢い良く腕を振り下ろす。すると棍棒はそのまま地面にめり込み、そのまま霧散した。どうやら花菱が切り離したようだ。

 しかしこれであの攻撃を去なせる事が分かった。対処はできる。

 大分距離も縮まった。後はこの触手のような攻撃を叩き落としながら接近すれば足払いも夢じゃない。勝利が現実味を帯びてきた。

「決着つけるぜ!」

 顔を見れば分かる。彼女は明らかに動揺している。俺が彼女の魔法を生身で受け流したことがショックだったようだ。魔法を過信しすぎたな。

 でも立て直す時間は与えられない。与えれば俺の敗北に直結する。だから悪いけど少しの隙も見逃せないんだ。真剣勝負なんだから仕方ないよな。

 我に返った花菱は再び例の拡散型棍棒を繰り出してくるが、一度見破った技は基本的に通用しない。俺は全てを受け流し、前進し続ける。気付けば花菱はもう眼前にまで迫っていた。

(ここまで近づけば俺の体術も通る!)

 絶好の、そして恐らく唯一の好機。見過ごす手はない。

 俺は彼女の武器を持っている方の手を握り、そしてその流れで彼女の足をかける動作に入る。

 この試合、完全に貰った。本当にそう思った。別に油断していた訳じゃない。ちゃんと彼女の行動には気を配っていた。しかし。

「くぅっ……さっきの棍棒が、巻き付いてきた?」

 突如腰回りに違和感を覚えたが時既に遅し、俺はいつの間にか体をあの伸びる棍棒で固定されてしまっていた。

(一体どうやって、彼女にこんな事を仕掛ける暇は……)

 そう思ったが、俺はすぐ勘違いをしていた事に気が付いた。

「こいつはさっき俺が叩き落としたやつか」

「正解よ。後ろも確認せずよく分かったわね」

「前方はちゃんと注意してたからな。攻撃が来るとすれば上か後ろからかだろう。でも触手はまず下の方から腰辺りを巻き付いてきた。そうなるともう後ろからしかないだろ」

「冷静に分析できているようだけど、捕まっている事実が変わるわけじゃないわよ?」

「その通りだな。ここまできてまた魔法に泣かされるなんてな。本当卑怯なまでに力の差が出るな」

 せっかく目の前にまで勝利が見えていたのに、また諦めなきゃいけないのか。

 試験を受けた日。俺は長年の夢だった魔法使いとしての社会への貢献、正確には警官になりたいという願いを昨日捨てた。魔法という人知を越えた能力に魅せられ、魔法使いの警官たちに憧れ、親に頼んで決して安くない入学金と留学する為の援助を受けた。並大抵ではない覚悟でここまで来たというのに、結局諦めてしまった。

 もう二度と同じ轍は踏まないと俺は昨晩涙を浮かべながら自分に誓った。なのに俺はまた諦めようとしている。同じ絶望的な状況に直面し、また俺は足踏みする事になるのか。

 いや、違うはずだ。足踏みなんてするつもりはない。それに状況もあの時とは違う。

 夢を諦めたからといって、全てを諦める必要はない。むしろ一つの事を諦めたのだから、代わりに違う事を一つ達成できなければ釣り合わない。長年の努力の結晶を捨てたんだ、なら一回くらい目の前の絶対的強者を倒す事くらい許してくれてもいいんじゃないか。

 それに、まだ勝利の目が失われたわけじゃない。こうして俺はまだ、彼女の手を握っているんだ。絡み付いている触手も左右から来てくれたおかげで縦には振れないが横に振るくらいの隙間はある。これが突破口だ。

「でも俺だって諦めたわけじゃないんだぜ?」

「強がったところで状況は変わらないわよ?」

「いや、別に変えなくてもいいんだよ」

 締め付けられてはいるが足はちゃんと地面に着いているし膝上からしか巻き付かれていない。条件は揃った。

 俺は握った手を強く左に引いた。油断していた花菱は逆らえないままおぼつかない足取りで引っ張られる。その流れを殺さないまま可能な限り高さをつけて今度は右に振る。急に足腰のバランスを崩された花菱はそのまま腕を振った方向へと押しのけられ、予め移動させておいた右足に足をとられ為す術無く倒れ込んだ。それと同時に俺を取り囲んでいた炭素の塊も霧散し、体の自由を取り戻したところを見ると、さすがに集中力が切れると魔法も維持できなくなるらしい。まあ当たり前か。

「どうだ、魔法がなくても意外と戦えるだろ? それを証明する為にちょっと手荒な真似をしちゃったけど、大丈夫? 怪我はない?」

「大丈夫ですわ、お構いなく」

 何事もなかったように立ち上がり付着した土を叩き落とす。そこまで強く振り回したわけじゃないからダメージはそこまで大きくないはずだけど、お嬢様だから泥をつけられた事に対してプライドが傷つけられて激昂するかもと思っていたけれど、どうやら偏見で人を見ていたようだ。そこは反省しないとな。

「ついでに謝罪もしておきますわ」

「謝罪?」

「一応謝っておきますわ。確かに人の強さはその人が持っている魔法や能力だけじゃないわね。あなたと戦ってみてようやく分かった気がするわ」

「なんだ、案外素直じゃないか。もっと融通の利かない我が侭お嬢様かと思ったけど。俺もこの場を借りて謝罪しとく。ごめんな」

「ふふっ、なぜあなたが謝っているのかしら? 面白い人ね」

「面白い人って言われたのは初めてだな。まぁ面白い者同士、仲良くしようぜ!」

 仲直りの証として、俺は右手を差し出した。彼女も俺の意図を読み取り、倣って右手を差し出す。こうして固い握手を交わす二人。

(なんだ、意外と話せば分かり合えるやつじゃない……か!?)

 分かり合えたと思った途端、俺の体はふわりと浮かび、見事な弧を描き背中から地面に激突した。俺の視界は途端に青空で埋め尽くされ、中心に花菱の満面の笑みを浮かべた顔がそこにあった。

「一応やられた事を返しておくわ。私も油断していたけれど、あなたも油断しすぎよ?」

「本当、いい性格してるな。痛てっ」

「ふふっ、お互いにね。ほら、立って」

「転ばしておいて立て、か。スパルタだな、お嬢様は」

「お嬢様……ね。まあいいわ。それより遅刻するわよ?」

 何か微妙な反応を示したが、すぐにいつもの表情に戻った。いつもの、と言ってもまだ知り合って一時間弱ってところだろうけど。あれ、一時間弱経ってるって事は既に……

「始業時間、とっくに過ぎてるよね?」

「そうよ。もう三十分も前から」

「知ってたなら言えよ! まあ元から出るつもりもなかったから特に意味はないけどさ」

「それで、あなたはこれからどうしますの?」

「決まってるだろ? 学園長のとこ行って俺の転入先探しを手伝ってもらってその交渉をしてもらえるよう頼み込む。この学園を卒業しても魔法がなければ就職は難しいだろうしその前に卒業できないだろうからね」

「それなら私も一緒に行きましょうか?」

「どうして君が来る」

「あら、私のお父様なのだから私が頼めば多少の事は聞いてくださいますわ。もしかしたら再試験だって受けられるかも」

 余計な事はするな、と本当は言ってやりたかった。

 俺は必死の思いで現実を受け入れ、諦める事を決めたんだ。それなのに彼女の言葉は俺にいらぬ希望を植え付けようとする。決めた覚悟を揺らがせる。

「哀れみでそう言ってるなら俺は遠慮したいな。別に君が学園長の娘だって知ったから話したわけじゃないし」

「そう思われたのなら心外だわ。私は同情したからこんな提案をしてるんじゃないのよ。そうなってしまったのはあなたの責任ですから、あなたが何とかするべきです。ですが、手助けになるのならと提案してみただけよ」

「そ、そうか。悪かったな。でもやっぱり遠慮しておくよ。あの試験はもう……受けたくない」

 また失敗した時の事を考えると、再試験なんて受けたくない。

 もう一度絶望するのが恐い、というのもある。でもそれ以上に、あの時に残ったトラウマが強い。息ができなくなるほど風が吹き荒れ、精神が持っていかれそうな感覚。あんな体験、もう二度とごめんだ。

「そう。でも私も着いていくわ。面白そうだから」

「なんだよその理由。まあいいけどさ」

「じゃあ行きましょうか」

「なんで乗り気なんだよ」

 ひょんな事から俺よりも乗り気な学園長の娘、花菱を引き連れ学園長室に向かう事になった。

 何故彼女がこれほどまでに俺に関心を持ったのか、その理由は全く以て不明だが話してて楽しいやつなので一緒にいて悪い気はしない。

 それに学園一の有名人だけあって、容姿は良い。花菱にはもちろん言わないが、タイプである事には間違いない。というか可愛い女子を嫌いな男子なんていないだろう。学園のマドンナ、なんて言い方は少し古い気がするが、いろんな意味で男子の注目の的になるのも納得できる。

「ボーッとして、どうかしました?」

「いや、ちょっと緊張してきただけだよ。学園長に会うのは初めてだからな」

 このタイミングで話しかけられる事は想定してなかったけど、意外とすぐにそれなりの言い訳を思いついた。言い訳だけ上手くなってもなにも嬉しくないけど。

「そんなに緊張しなくてもお父様は噛み付いたりしませんわ」

「まあ同じ人だろうから野犬のようにいきなり噛み付いてくるとは思ってないけど、でも確か君と同じ『認められた』人なんでしょ?」

 彼女が話していた第二種魔法を受け継いだ人物。花菱もそうだが、彼女のお父さん、つまり学園長もその数少ない第二種魔法が使える一人らしい。そんな偉い人に俺みたいなやつが謁見できるのか心配になってきたが、今更考え直す事もできない。

「そうですけど、お父様はああ見えて気さくですからそんなに縮こまらなくても大丈夫よ?」

「俺は入学式の時しか見た事ないけどね。顔もそこまで覚えてないし」

 朧げに顔は浮かんでくるが、正直遠目だったし眠たかったこともあって若干強面だったことしか覚えていない。怒られる事をした覚えはないが不本意ながら水晶を破壊した件もあるので会いにいくのは少し恐い。

「大丈夫よ。何かの時は私もいるから怒られる事はないわ」

「思考を勝手に読むな。エスパーかよ」

 表情に出ていた可能性もなくはないが、彼女程有能だと人が考えている事も簡単に読めそうで恐くなる。

 俺は軽く花菱家恐怖症になりそうだった。



「すみません、学園長に俺の転入の件について話したいんですが……」

「遊飼さんですね。少々お待ち下さい」

 学園長室に続く廊下のフロントの係員に謁見する時間があるか聞いてみた。どこかの会社かよ、と思ってしまう程学園には不釣り合いなフロントにはその係員が一人だけという寂しい限りな外観だが、頭上には眩しいばかりのシャンデリアが吊り下げてある。土地の無駄遣いだろ、とはさすがに言えない。広過ぎて待っている間も落ち着かない。

 係員とは言ったが、俺にはどうしても老執事にしか見えない。黒のタキシードを羽織った大層な髭を生やしたじいさんなんて、もう執事確定だろ。これで派遣社員さんとかで時給で座らされてるとかなら俺の中の執事のイメージを一新する。

「遊飼さん。学園長がいらっしゃるようなので進んでもらって結構ですよ」

「あ、どうも」

 どうやら承諾して貰えたようで、俺たちは学園長室に入る許可を頂いた。一体どんな人が待っているのか、程好い緊張感と恐怖感が混じり合う中、俺たち二人は学園長室前まで辿り着いた。

「学園長、遊飼です。入室しても宜しいでしょうか?」

「入りたまえ」

「失礼致します」

 一言断ってから見えないところでお辞儀をし、ドアノブに手を掛けた。実際はそこまでの重みはないと思うが、なぜかそのドアが岩のように重いと感じた。

 待っていたのは幅二メートルはある高級感の滲み出るデスクで作業している一人の男性。このいかにも威厳のあるスーツ姿の男性が、花菱の父親であり、この学園の長のようだ。

「時間を取らせて申し訳ありません学園長。実は転入の件を学園長に取り計らってもらえないかと思いまして尋ねてきた次第なんですが」

「そんな畏まらなくてもよい。君はうちの生徒なんだから、何事にもどっしりと構えてなさい」

「はい。ですが学園長に失礼な言動は……」

「気にするな。それで、転入の話というのは?」

「はい。その事なんですが。学園長もご存知かと思いますが、自分はこの前の試験で失敗し、魔法を取得できませんでした。壊してしまった水晶はもちろん後日弁償しようかと思いますが、このままではこの学園を卒業できる見込みもありませんし、出来れば近所の普通の高校への転入を認めてもらい、話をつけてもらえればと思いまして」

「水晶を……あぁ、君があの遊飼くんか。話は聞いているよ。昨日うちでも話題になってね」

「娘さんに聞きました。有名人らしいですね、自分は」

「調波に? そういえば調波、お前が何故ここにいる?」

「さっき知り合ったのよ、お父様」

「調波、母さんがいない時はパパと呼んでくれよ」

「……そうだったわね、ごめん、パパ」

 恥じらいながらパパと呼ぶ花菱。俯きながらもじもじする様は何というか非常に、可愛い。完璧に見える彼女も、こんな表情をするのかと目を疑ってしまうが、学園長の前なので固い表情は崩さない。

 それにこの人、見かけに寄らず娘に甘々なのか。人前で『パパと呼びなさい』なんてなかなか言えることじゃない。親バカに見える、なんて口が裂けても言えないが。

「遊飼くん。水晶の件は気にしなくて結構ですよ。その件については私も詳しい話は聞いています。故意に破壊した訳じゃないのでしょう?」

「それは……はい。壊すつもりはありませんでした。正直、自分でも何が起こったのか良く理解していなくて。理解出来た事と言えば、試験に落ちた事くらいで」

「そうかい。君にも分からないか。面白い事もあるもんだねぇ」

 その口ぶりからすると、学園長ですらあの事の真相を知り得ていないようだ。教員達もあの焦り様だったし、完全に不測の事態だったに違いない。わざわざ俺の時に起きなくても。

「あれは私も不思議に思っていてね。水晶が壊された事はあっても、壊れたことはこれまでに一度もなかったんだよね。私もすぐに向かったんだけど、凄かったらしいね当時の風。向かいの窓ガラスなんて木っ端みじんに飛び散っていたよ」

「はい、自分もそれで気を失ってしまって。気付いたら保健室にいて」

「そうかい、それは大変だったね」

「パパ、実はその事で話があるんだけど」

「なんだ調波。お前には関係のない話じゃないのか?」

「そうなんだけど、どうにか彼に再試験を受けさせてやれないかな?」

(余計な事はするなって言っただろ! なんで再試験の話題を持ち挙げたんだよ!)

 今すぐここから引きずり出して問いつめたいところだが学園長の娘にそんな事はできない。しかし俺はちゃんと余計な事は喋るなと言っておいたはず。彼女が俺の言う事を聞くとは思わないが、その話題は今の俺には少しトラウマになっているから出来れば持ち挙げて欲しくなかった。

 しかし話が挙がってしまったものは仕方がない。学園長には俺の気持ちをちゃんと伝えておかないと後で大変な事になるかもしれない。

「学園長、そのことなんですが、自分は再試験を望んではいません。それに先生からは既に再試験の実施は行えないと聞いています。あれは全て自分の未熟さが招いた結果だと重く受け止め、納得したつもりです」

「納得……本当にこんな結果で満足しているのか?」

「満足、はしてません。でも納得はしてます。これが、自分の限界だったんです」

「限界、か。じゃあ確かめてみるかい?」

「確かめる、ですか?」

 訝かしげに学園長を眺めていると徐に引き出しから何かを取り出した。それを慎重にデスクの上に乗せた。

「それは、あの時の水晶! 直ったんですか?」

「いや、あれは壊れたよ。この水晶は替えのものなんだけど、意識は共有しているよ、前の水晶のと」

「意識を共有……と言うとあの試験の時の事も覚えてるって事ですか?」

「それは、彼に直接聞くといい」

 ふっと緩んだ笑顔を浮かべ背中を向ける学園長。するとタイミングを見計らったようにあの声が聞こえてきた。

「よう、一日ぶりやな、兄ちゃん。元気にしてたか?」

「元気なわけあるか。お前のせいで散々な思いをしたよ」

 敬語を使っていない事には気付いたが今更どうでもいいような気がしたので訂正はしなかった。それにこいつさえいなければ成功していたかも知れない、そう思うと敬語なんて使ってやるもんかと意地を張ってしまっていた。

「というか壊れても意識共有って。あの時と同じ水晶なのか? それとも兄弟かなにかか?」

「兄弟はおらん。あの時と同じ個体と考えてもらってええで」

「そうか。なら幾つか質問してもいいか?」

「答えられる事なら何でも答えたるで」

「俺は結局、試験に落ちたのか? もう魔法は使えないのか?」

 諦めたはずが、情報が手に入ると分かった瞬間、急に諦めきれなくなっていた。絶望しても尚、希望を求めていた。

 仮に水晶から無慈悲な宣告を受けたとしても、俺はそれを受け入れる覚悟を決めていた、と言いたいところだが、一日じゃさすがにそこまで強くはなれない。泣き崩れる事はないだろうけど、落ち込むくらいはするだろう。落ち込み具合は水晶の言葉選びに左右されるけど。

 しかし返ってきた言葉は意外なものだった。

「いいや、兄ちゃんは別に試験に落ちたわけやないで。でも通ったとも言えへん。それを判断する前に俺が不具合を起こしちまったからな」

「不具合?」

「つっても動作不良とかやあらへんからな。俺が兄ちゃんの適性を見ようとした時急におかしくなってもうてな。言葉は悪ぃが、兄ちゃんの中を覗き見しようとした瞬間頭に強大な魔力やら呪文のような意味不明な言葉が流れ込んできてな。さすがにまずいと思って意識を切り離したんやけど、どうやらそん時に暴走しちまったみてえでな。あん時は悪かったな」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。理解が追いつかない。つまり俺の中に魔力の流れを感じた、そういう事なのか?」

「ま、そうなるな。どんだけの力が秘められてるかまでは把握してへんけど、他の魔法使いどもと同じ位はあるんやないか?」

「そ、そうなのか……そうか」

 俺に、まだ魔法を使えるチャンスがある。その言葉を聞けただけで、何だか救われた気がした。

 まだ希望がある。それを知っただけでもこれからの人生頑張れる。夢を諦めず、前に進む事が出来る。しかしその為に知っておかなければならない事が一つある。

「も、もう一つ。答えられないかもしれないが、俺の魔法の発動条件とか見れなかったか?」

「悪ぃな、前にも言ったがちょっと見ようとしただけで頭に膨大なジャミングがかかってな。大した情報は引き出せへんかったんや。まあただ一つ言える事は、他のやつにはない、面白い事が起こりそうやってことくらいやな」

「酷く曖昧だな。まあ情報がないなら仕方ないか。つまり発動条件は自分で発掘しろ、そういうことだな」

「これでもまだ学園をやめるつもりなんか? 今ならまだ取り消せるんやで。そうやな?」

「あぁ、そうだ。だからこの話は聞かなかった事にしてもいい」

 水晶の問い掛けに学園長が応じた。

 俺が転校しようと考えたのは魔法が使えなくなったからだ。しかしその前提が覆った以上、転校する必要性もなくなった。俺にはまだ、この学園に残りやれる事がある。

「学園長。すみません。やっぱり俺、この学園に残りたいです。今やっと、やらなきゃいけない事も見つかりましたから」

「そうか。頑張ってくれ。期待しているよ」

「はい! 有り難うございました!」

 深く頭を垂れて敬意を表した。学園長には感謝しきれない程の恩ができた。そんな彼の期待を、裏切れるはずがない。

 今まで以上に気合いを入れた俺は、晴れた気持ちで学園長室を後にした。これからやる事はいっぱいあるが、とりあえず。

「まずは、遅刻した事を謝る事から始めようかな」

「じゃあ私も付き合うわ」

「はぁ? 別にいいよ。それにクラスだって」

「さっきお父様から聞いたのだけど、どうやら同じクラスみたいよ」

「マジで? いたの?」

「叩きますわよ?」

 真顔で言われ一瞬ぞっとした。俺一人に覚えられてない事になぜそこまで拘るのかは分からないが、この手の話題は禁句っぽい。これから何回か口を滑らす事もあるかもしれないけど、なるべく気をつけておこう。

「悪い悪い。でも、ちゃんと覚えたから。花菱さんの事」

「そ、そう?」

 今までは気にした事もなかったが、学園長の娘なんてそう簡単に忘れられる肩書きじゃない。これだけ印象が強ければさすがに物覚えが悪い俺でも記憶に残っている事だろう。

 いろんな意味で彼女は俺に強いインパクトを与えた。主に物理的にだけど。頭に残ってるっていうより体に刻み込まれたって言い方の方が正しいな。

「そんじゃあまあ、怒られに行きますか」

 朝から心機一転、やる気に満ちた俺にとって、先生のお小言なんてゲームの弱パンチ程の威力もない。楽に乗り切ってみせる自信がある。しかし怒られるのは確定事項なので叱られる準備はしておこう。



 不思議と俺は怒られる事はなかった。

 お叱りの言葉が飛んでくると踏んでいた俺は、呆れ顔を一つ見せるだけですんなりと入室を認められた事が不気味で仕方なかった。何のお咎めもなしで席につけるとは思っていなかった。

 どんな力が働けばこのような事が起こるのか。考えた時、答えがすぐ近くにあることに気が付いた。

(そっか、花菱と一緒にいたからか)

 この細身の男性教師にとって、そして恐らく他の教師達は学園長の娘に対して強く出る事が出来ないんだろう。そしてそんな恐い学園長の娘と一緒に入ってきたから先生の方も叱るに叱れなかったんだろう。こちらとしては嬉しい誤算ではあるが、先生には少し同情してしまう。

「おい、生侍。これは一体どういうことなんだ?」

「どういう事って、何がだ、陽二」

「どうしてお前が幸せそうに学園長のご令嬢と一緒に入ってきたのかってことだよ」

「幸せそうな顔はしてなかったと思うけどね。まあいろいろあったんだよ」

「どんなフラグを立てれば天下の調波様とお知り合いになれるんだよ」

「うーん、死に物狂いでぶつかれば受け止めてくれるよ」

「お前ら、本当何したんだよ?」

 思い出して、俺は遠い目をしてしまう。常日頃から「学園中の女子全員と知り合いになる!」なんて豪語している波田も俺の顔からいろいろ察したらしい。羨むことなく、ただ同情の視線を送ってくる。

 特殊な性癖の持ち主でもない限りあそこまでされて上機嫌でいられるやつはいない。

「そんで? お前これからどうすんの? この学校やめるって昨日言ってたけど」

「あぁ。昨日は相談乗ってくれてありがとな」

「気にすんなって。俺とお前の仲だろ」

 相談できる人が少ない俺は、縋るように陽二に連絡した。朝の1時だというのに即座に出てくれて、夜中に電話するような非常識な俺に真摯な態度で話を聞いてくれていた。いい加減なやつではあるが、頼りになる時もある。

 でもおかげで昨日はいくらか救われた気がした。あのままこいつに電話せず一人で抱え込んでいたら今日学校に来なかっただろうし、本当の事を知る事もなかった。俺が希望を持てるのも、陽二がいてくれたからというのも大きい。気にするな、と彼は言うが、陽二が思ってる以上に力になってくれたのは事実。正直感謝してもしきれないくらいだ。

 しかしこれ以上言うと陽二の事だから「助けてやったんだから後でナンパ付き合えよ」と言い兼ねないのでここで止めておく。それに陽二自身が気にするなと言ってくれている事だし、ここは素直に彼の好意に甘えていいだろう。後でなにか飯でも奢ればそれで満足するだろうし。

「俺、結局ここに残ることにしたよ」

「へっ、マジ? どんな心境の変化なんだ?」

「うーん、まあいろいろあってね。何があったかは昼飯の時にでも話すけど、結論から言うと、どうやらまだ諦めなくてもよくなったみたい」

「つまり、魔法が使えるようになったって事か?」

「それはまだ使えないけど。でも近い将来使えるようになるかもって。まあいつまでかかるかは分からないけどね」

「そっか。良かったな! 俺もまた一年お前と過ごせると思うと嬉しいぜ!」

「また一年、宜しくな」

「おう。また二人でナンパ行こうな」

「たまにお前雰囲気ぶっ壊すよな。それに行った事ねえよ」

 友情が織りなす感動の場面、なんて俺たち二人で作れるわけもなく、しかしこれが俺たちの日常の風景。テレビで特集されるほどの熱い友情はないが、これが俺たちの友情の形なんだ。

「でもどうすんだよ授業。今まではなかったけど絶対入ってくるだろ、魔法の課外授業。実戦訓練とかもあるかもだぜ?」

「そこなんだよなあ、問題は」

 ここに残ると決めたのはいいが、このまま何の進展もなく時間ばかり食っていくと確実に俺の成績表に0点が並ぶ。そんな事になればせっかく転がってきたチャンスを棒に振ることになる。それだけは何としても避けなければならない。

 しかし、はっきり言って何一ついい考えがない。張り切って学園長室を出たが、あの水晶の言葉を聞いて元気が出ただけで、結局のところ状況は何一つ変わってない。

「なあ、どうすればいいと思う?」

「何も考えてねえのかよ! まあ昨日の今日だから仕方ねえけど。一応俺の情報網で関係しそうな情報は仕入れておくけど、さすがにそこまで力になれるとは思えん」

「だろうな。まあ手伝ってくれるだけで助かる。頼りにしてるぜ」

「だから頼られても困るって。でも俺も出来る限りの事はしてみる。後は魔法科の授業が本格的にならない事を祈るだけだが」

 するとちょうど先生が件の説明を開始したので俺たちは一時的に会話を止めそちらに集中した。

(三年生が魔法を取得してまだ一日も経ってないんだ、本格的な授業とか実戦形式での課外授業はまだまだ先だろ)

 俺は最低でも一ヶ月位は先だろうと思っていた。しかし先生から聞かされたのはとんでもない情報だった。

「お前達は昨日の試験で各々の魔法を得たはずだ。しかしお前達も知っての通り、魔法という力は非常に強力で危険なものだ。人を助けたり導いたりする力ではあるが、同時に傷つけるものでもある。ある地域では小規模ではあるが魔法戦争をしていたりと、非常に扱いが難しい代物だ。お前達はまだろくに使い方も分かっていないだろうが、秘めているものは大きい。だから早く扱いに馴れてもらわなければならない。突発的な事故を未然に防ぐ為にも、お前達には一日でも早く自立して立派な魔法使いとして社会に羽ばたいて行ってもらいたい。よって来週の金曜日は丸一日魔法科の授業とする。各自、迷惑にならない程度に自分の魔法について良く調べておく事。それが来週までの課題だ。別にノートで提出しろとは言わないが、メモを取る事を奨める」

 来週。先生は確かにこう言った。

 来週の金曜日。今日から丸一週間。

 それまでに俺は自分の魔法の事を把握しておかなければならない。

 情報ゼロからのスタート。状況が一気に苦しくなった。

「おい、大丈夫か?」

「正直、無理かも」

「まあ普通諦めるよな、この状況じゃ。でも焦らず頑張ってこうぜ。いつだって俺がサポートしてやるから」

「なんか頼もしく見えるな、今のお前」

「つっても俺ができるのは情報をかき集める事と、参考にならねえかもしれねえけど俺自身の経験からの助言くらいだがな」

「そんなやつが一人近くにいるだけでも心強いよ」

 とは言ったものの、本当に切羽詰まってきた。陽二の情報網を軽視してるわけじゃないが、陽二の言う通り有益な情報が手に入るとは限らない。結局のところ、俺が自力で何とか突破口を見つけ出すしか方法がないように思える。

 先生に相談するという手もあるが、再試験も認めてくれなかったんだ、まともに取り合ってもらえるとは思えない。

 一応最後の手段として学園長に助けを乞うという手もない事はないが、でも対応できるなら学園長程の人ならとっくにやっている。そうしないのはできないからか、俺を試しているかのどちらかだろう。よって学園長に助けを求める事はできなさそうだ。

 一番手っ取り早いのは水晶にもう一回見てもらう事だがそれも残念ながら却下だ。再試験を認めてもらえないってのもあるが、第一あの水晶はもう俺の中を見れないだろう。見ようとした時凄まじい電流が流れたとか言ってたし。

 やっぱり自分でなんとか見つけなきゃならないのか。待ち受けているであろう途方もない苦労を考えると、溜め息を吐かずにはいられなくなる。

 絶望しかけていた時だった。

 コツッと後頭部に何かが当たる感触を覚え振り返る。

 陽二の顔を窺うものの、頭を横に振っているのでどうやら陽二の仕業ではないようだ。まあ流れからして陽二がいきなり俺の頭に何か投げる事はない事は分かっていたが、方向が同じだったのでつい見てしまった。

 陽二は無言で下を指差すのでそのまま頭を下げてみると、そこには一つの紙飛行機、ならぬ紙ロケットが落ちていた。というか紙をどうやって折ったらこんな円錐状に仕上がるんだ。作者は凄い技術の持ち主に違いない。

 何らかのメッセージが書かれているかもしれない。俺はそれを拾い上げ辺りを見回してみる。しかし誰一人として(陽二以外)俺の方を見ていないので、どうやら間違ってここに飛んできた訳じゃないらしい。送り主も顔を伏せたままということになるが。

「なんて書いてあるのか読んでみろよ」

「あぁ。ていうかこれどっから飛んできた?」

「分からん。俺も一応黒板に集中してたから。でも俺の顔を横切って行ったぞ」

 俺たちは窓際の席なので送り主は俺の後ろの列で扉側、又は中央辺りの誰かという事になる。

 犯人探しは後だ。まずは内容の確認だ。

 破らないように慎重に解き(後でもう一回組み立てる為に出来るだけ折り目を潰さないように)開封した。

(生侍、放課後屋上に来なさい)

 大層な入れ物の割に、書かれてあった文書はその一文だけだった。

 ……しかしまぁ、たった一文だけで送り主がここまではっきりするのも珍しい。いや、色が強すぎるのか。

 でもあいつが俺に何の用があるのか。タイミングからして一週間後の授業のついてだとは思うけれど、彼女はそこまで俺の心配をするだろうか。

 仮に俺の話をするとしても、それは恐らく興味本位でだろう。でも今は一人でも多く考えてくれる仲間が欲しい。

「どうやら放課後に緊急会議があるらしい」

「はっ? なんだそれ?」

「どうだ、お前も付いてくるか?」

「なんで俺がそんな訳の分からん会議に付き合わなきゃなんねえんだよ。俺は情報収集で忙しくなるってのに」

「一応言っておくけど知り合うチャンスだぞ、例の人と」

「それってまさか、花菱調波か!?」

「あぁ。滅多にないチャンスだと思うぞ?」

「くっ、確かに魅力的な話だな。でも情報収集の方が疎かになるかもしれないぞ?」

「お前に期待していないって訳じゃないけど、そう簡単にいい情報が入ってくるとは思えない。それならお前も一緒に対策を考えてくれた方が俺にとっても、そしてお前にとっても得。まさにWin-Winだと思わないか?」

「言われてみれば、確かにそうだな。焦るよりもまずいろいろ考えてから行動した方が効率もいいだろうしな。よし、乗ったぜ」

「オーケー、じゃあまた放課後にこの話をしようぜ」

「分かった。でも情報は今のうちから検索かけとくぜ」

「恩に着る」

 くよくよしてたって仕方がない。今は前だけ見て進めるだけ前進するのみ。行き詰まったらまたその時考えてなんとかする。行き当たりばったり上等。

 ……今後の為の会議はするけどね。

 とにかく、足掻けるだけ足掻くしか手はなさそうだ。



 そして放課後。

 俺は呼ばれたとおり屋上に陽二を連れて向かった。屋上への扉が開いているか不安だったが、なぜかいつもドアノブにかけられている鎖は外され、角に移動されていた。

 色も銀色から金色に変わっていたので、犯人が誰なのかは一目瞭然だった。

 扉を開け放つと、やはりそこには一人の女子生徒が立っていた。

「ちゃんと来てやったぞ」

「遅い。5分待ったわ」

「それくらい大目に見てくれよ」

「まあいいわ。それで、そこの人はどなた?」

「紹介するよ。俺の友達の波田陽二。俺に協力してくれてる」

「ど、どうも。こいつの親友やらさせてもらってます、波田です。よろしく」

「何緊張してんだよ」

 全然いつもの陽二らしくなかった。初対面だろうが、誰にでもはきはき喋るくせに花菱相手だと急にたどたどしくなった。学園長の娘だからなのか。親友やらさせてもらってますってどんな自己紹介だよ。

「まぁいいわ。私があなたを何故呼び出したか分かってるでしょ?」

「一応ね」

「じゃあ早速始めましょ。時間はあまりないわ」

 俺たち三人は向き合うように三角形を作り会議を始めた。議題はもちろん、一週間後の魔法実技をどう乗り切るか。主に俺が。というか多分二人は問題なく突破できるだろう。

 問題は魔法が未だ使えない俺にある。

「それで、自分の魔法のイメージは浮かんだの?」

「数時間で見つけられれば世話はない」

「あなた、本当に考えてたの?」

「失礼な、授業も聴かずに必死に考えてたさ」

「授業くらい真面目に聞いときなさいよ」

「どっちなんだよ!」

「お前ら、いい加減漫才じみたやり取りはやめて本題に入ろうぜ。何の為に集まったんだよ」

 陽二に言われなくてもこっちはそのつもりだった。乱したのはどう考えても俺じゃなく花菱の方だ。だからこの言われようには納得できない。

 しかしそんな事でわざわざ文句を言っていてはそれこそ話が進まなくなるのでここは我慢しておくことにする。

「それで陽二、なんかいい情報入ってきたか?」

「いや、残念ながら見る限りそれほど有益な情報はまだ入ってきてない。まだ集め始めて6時間ってとこだからまだ広まってないのかもしれない。もう少し待たないと何とも言えねえな」

「そうか。まあ何か引っ掛かればいいな程度で待つしかないな」

「俺、信用されてねえのか!?」

「別にお前の情報網を侮ってるわけじゃ……ってちょっと前に似たようなやり取りしたな」

 話が全く進まない。切羽詰まってる割に緊張感がまるでない。俺にも同じ事が言えるのだが。

 しかし考えてみるとある疑問が生まれた。それは俺たちが今会議をしている理由にも直結する、明かしておかなければならない重要な疑問だった。

「なぁ、ところでこの魔法科の授業だけどさ、できなかったら何か重い罰でも科せられるのか? そこんとこ俺よく理解してないんだけど」

「……知りたいの?」

 まるで知れば後悔するような言い方で花菱が聞いた。もしかして本当に退学レベルの処分が待っているのか。想像するだけで身震いが止まらない。

 ゆっくりと重い口を開く花菱が一言こう告げた。

「罰は、何もないわ」

「やっぱり退が……くじゃないのか? てか何もないのか!?」

 溜めて言い放った割に内容は大した事じゃなかった。俺の無駄な高揚感を返せ。

「だったらこんな会議みたいな事しなくてもいいんじゃないの? そりゃ俺も早く魔法が使えるようにはなりたいけどさ、焦ってやるものでも」

「甘いわね。そんな考えだから試験も落ちるのよ」

「落ちてねーよ! そりゃ確かにいろいろあったけどさ、でも落ちてねーから!」

 少なくとも俺はまだこうして学園にいるわけだしあの試験に落ちたなんてありえない、と思いたい。仮に俺が試験に落ちたことになっているなら教員側からなにかお声がかかるはずだ。だから今のところはセーフのはずだ。

 でも花菱が言う罰がなくても気を付けなきゃならない理由はなんだろう。

 気になったので冗談は置いといて話を聞く事にした。というか何回も言うが話を脱線させているのは俺じゃない。

「確かに実技で魔法が使えなくてもなんの罰則もないわ。補習くらいならあるかもしれないけれど、あるとしてもその程度よ。でも本当に恐いのは教師の方じゃなくて生徒の方よ」

「生徒? どういうことだ?」

「想像くらいできるでしょ、何が起きるか。いじめられるのよ、ほぼ確実にね」

「いじめ? まあ起きる可能性はあるだろうけど、なんで確実に起きる、なんて分かるんだよ?」

「考えてもみなさい。昨日まで普通の学生だった人たちがいきなり魔法なんていう力を手にしたのよ。そしてあなたが魔法を使えない事を知ればその人達はどうする」

「自分の魔法の実験台にしたいと思うやつが出てくると?」

「少なくともそう考える者もいるはずってことよ。もちろん軽く嘲笑するだけに留まる人たちもいるでしょうけど」

 それは確かに恐い。退学処分も恐いが、物理的に被害に遭うのもそれはそれで恐い。何回恐いって言っただろう。

「真剣に対策考えようか」

「そうでしょ?」

「てか俺は最初から真剣に考えようとしてたけどね」

「言い訳ばかりね、女々しい男」

「女々しくて結構、事実を述べてるだけだから」

「お前、いい加減しつこいぞ」

「だから俺のせいじゃないって!」

 なんで陽二には全て俺が悪いように見えてるんだろう。あまりにも理不尽すぎやしないか? いや、単に花菱が悪いと言えないだけなんじゃないなかろうか、怖くて。

「それで本題だけど、何か良い案はないのかしら?」

 切り出してきた花菱に、俺は少し考えつつも精一杯の答えを返す。

「案と呼べるもんじゃないけど、当てずっぽうにいろいろ試してみるしかないんじゃないかな。自分の魔法が何色なのかははっきりしてないけど、あの水晶の話じゃ俺の魔力はまだ消えたって訳じゃないらしい。それなら試験で答えたように魔法色が白だと仮定してそこからいろいろ試してみるしか」

「そう簡単にいくかしら。知ってるでしょ? 魔法にはそれぞれ発生条件があるのを」

「それは……分かってるけど」

 仮に色だけ分かっていても、発生条件を把握していなければ発動しない。本来この条件は試験に合格していればあの水晶から教えて貰えるはずのもの。しかしその水晶が把握できない以上、自力で探っていくしか方法はない。

 しかし期間は一週間。絶望的に時間が足りない。せめて一年位は欲しいところだ。その頃には卒業してるけど。

「じゃあお前はなんかあるのか? エリート様ならそれはさぞ良い解決法を知っているのでしょうな」

 今までの仕返しもあるので少し上から目線で聞いてみる。もしかしてこういう物言いが陽二の言う真剣味の無さなのだろうか。さすがにこの辺にしておくか。また文句を言われるのも癪だ。

「一応幾つか方法は浮かんでいるわ。でも基本的にはあなたの器量の善し悪しで決まるから確実な方法とは言えないわ」

 花菱もそれなりに言い返してくるかと思ったが案外普通に返してきて少し驚いた。若干最後に皮肉られた気もするがこの際そんなことはどうでもいい。

「それでもやれる事をやるしかない。教えてくれ」

「分かったわ。それじゃあまず一つ目ね」

 途端に緊張感が高まり、たまらず生唾を飲む。一体どんな無理難題を課せられるのか。それは果たして俺にできることなのか。でもどんな事を言われようとも今の俺にやらないという選択肢はない。

「まず出来る事と言えば、深い森の中で一週間過ごす」

「次の選択肢でお願いします」

 彼女の提案を聞き、俺はすぐさま決行を諦めた。いきなりそんな事言われて、「分かった、ちょっと森籠もりしてくるわ」なんて言える訳がない。

 第一サバイバルスキルがない俺が樹海に一人でいればそれは確実に死亡フラグだ。

「一応補足しておくけれど、有名な魔導士達は皆一人で山籠もりとか孤島で自分と見つめ合ったと聞くわ」

 俺たちが使う『魔導士』という言葉は『魔法使い』とは少し違う。魔法使いとは俺たち生徒のような魔法をようやく手に入れた(俺を除く)者たちや魔法をある程度使いこなせる者達の事を指す。このある程度、という言葉が俺たちにとって一番難しい線引きとなる。魔導士とは魔法使いよりもさらに上の者達、つまり魔法理念を改革した者、新たな魔法理論を展開した者、あるいはごく一部だが魔法を使い世界を大きく変えた者たちの総称だ。ただ使えればなれるというものではなく、その後何をしたかでこう呼ばれるかどうかが決まる。数は少ないが、これまでの戦争で大きな戦果を挙げた者にも与えられた。これにはまだ人々は議論しているようだが。

「そうは言うけどだな、いきなりそんな事言われても俺にはできないだろ。ハードルが高すぎる」

「だからあなたの器量次第って言ったのよ。私もあなたにそこまで出来るとは思ってないわよ」

「その言われようはあれだが、でもさすがに自殺行為だな」

「そう思ったから幾つか代替案を用意しておいたわ」

「な、なんかすまねえな、俺の事なのに」

「私に一撃を加えた、そのお礼みたいなものよ。それに本気の貴方と戦ってみたいから」

「その言葉だけを聞くとこんなお嬢様が発してるとは到底思えないな」

 頭が良くて、実力もあり、それに美少女。これだけのプラス要素がありながら、致命的な欠点が一つだけある。それがこの戦闘狂染みた性格だ。どうやら周りには上手く隠せてるらしいけど。彼女の性格を知れば近寄ってくる男子も格段に減るだろう。

「で、その代替案だけど、正直言ってどれも森籠もりに負けず劣らずの難易度なのよね。この中じゃ森に籠るのが一番簡単なんじゃないかって思うくらい」

「まあ甘くないとは思ってたけど……さすがに厳しそうだな」

「えぇ、厳しいわよ」

「でも、やるしかねえんじゃねえか?」

 携帯端末に目を通しながら陽二が言い放った。

 確かに陽二の言う通り、どんな事でもやるしかない。どんな、事でも。

 しかし一人で森籠もりは、さすがにハードルが高すぎるんじゃないか。下手をすると俺、死ぬ事になるんじゃなかろうか。

「そうは言っても陽二、今から何の準備もなく一週間森に行け、はさすがに無理だろ?」

「まあ普通に考えて自殺行為だな。俺なら絶対に行かねえ」

「だ、だよなぁ」

 まあ普通はそうだろうな。誰だってそんな命の危険性のある懸けなんてしたくない。俺だって本当はごめんだ。

 でも今は他に打つ手がない。自分で闇雲に探すより、一人で誰も頼らず生き抜いて自分を見つめ直す事は、非常に有効な手段だと思う。

 しかし一週間だ。短いように聞こえるが実際行ってみると相当長く感じるだろう。その分充分考える時間があるとも言えるが、恐らくその間は自給自足に日々になるだろう。さすがに一週間分のご飯なんて持っていけないからな。それに今日から行くとなるとそんなに準備はできない。リュックに目一杯詰め込んでも二日分くらいにしかならないだろう。後は現地調達するしか道はない。

 もちろん俺は森で遭難した時の知恵なんて持ち合わせていない。どれが食べられるキノコと毒キノコなのか、判別なんてできない。松茸やスーパーで並んでるやつくらいなら分かるかもだけど。

「それなら別の方法でサバンナのど真ん中でライオン達と……」

「よし、分かった」

「きゅ、急にどうしたのよ」

 意を決した俺は気付けば花菱の声を遮り言い放っていた。先程なにか嫌な内容の代替案が聞こえた気がするが気に留めない。

「俺、ちょっと自分探ししてくるよ」

「えっ? お前今なんて……」

 恐らくちゃんと聞き取れていただろうが陽二はそれでも聞き直してきた。

 今ならまだ戻れる。「やっぱりなんでもねえや」と言えばなかった事にしてくれるだろう。

 でもやり遂げる覚悟は必要だ。今うじうじ悩んでいたら時間の無駄だし、本気でやり直すと誓った事が嘘になってしまう。

 後に退けないならどんな道でも前に進むしかない。親に相談すれば反対されるかもしれないけど、俺はもう立ち止まっていられない。

「森に籠って少し自分とちゃんと見つめ直してくる」

「……本気か?」

「頭が狂ったと思った?」

「いや、お前らしいと思ったよ」

 止められるかと思ったが、陽二は笑いながら俺の肩に手を置いた。

「どうしてもやるんだな?」

「方法が他にないだろ?」

「よし。じゃあ俺もその方向でいろいろ模索してみるわ。もしかしたら少しは手助けできるかもしんねぇ。まず森籠もりに必要なものを出しとくよ」

「助かるぜ」

 本当に陽二がいてくれて助かった。恐らく数分で必要なものをリストアップしてくれて入手方法もだしてくれるだろう。今日から行くとなると悠長にネットで検索してられない。

「でもそうなると問題はどこに行くか、だな」

「それなら私に任せてくれて構わないわ」

 一番重要な問題をどうするか考えるよりも先に花菱が名乗りを上げた。どうやら森籠もりを提案したのにはそれなりの理由があったようだ。

「ちょうどいいとこ知ってるのか?」

「えぇ。ここからすぐの場所よ」

「この近くにそんな大きい森なんてあったっけ?」

 ここに通い始めて二年になるが、記憶上そんな森はこの辺りには存在しない。見落としていない所がない限り。

「あるわよ。準備が整ったら案内してあげるわ」

「そ、そうか」

 この口ぶりじゃ本当にそんな森が近くにあるようだ。信じ難いことだけど。

 ここで俺は一つ大きく咳払いしこの会議を纏めにかかる。

「一応これで方針は決まったかな。後は俺が準備を済ませるだけか」

「あぁ。一応ハイキングに行く際の必要な物のリストアップはもう終わってる。近くの店を何軒か回れば揃えられるはず」

「ありがとう。じゃあ俺は早速家に帰ってお金引き出してくるわ」

「買い物、俺も付き合うぜ」

「私も同行するわ。終わり次第森に案内するから」

「そうだな。お前もいろいろとありがとな」

「本気のあなたと戦うためよ」

「そ、そうだったな」

 その場しのぎの言い訳なのか本心から来ているものなのか、恐らく後者の方だろうがそれでも彼女と出会えていなければ俺はここまで頑張ろうと思っていなかっただろう。

 出会い方は最悪だったが。

 しかしこれで俺の計画は決まった。

 この一週間の間に必ず俺の魔法を探り出し会得してみせる。今まで以上に覚悟を胸に秘め、俺は叫んだ。

「よし、じゃあ行くか!」

 苦笑いする陽二と鬱陶しげに見つめてくる花菱を尻目に、俺は颯爽と商店街、の前に自宅へと赴いた。



 陽二が立てた買い出しプランなだけあって無駄な時間を費やさず小一時間でキャンプに必要なアイテム一式を揃える事ができた。俺が知らない抜け道を幾つも潜り抜けて最短ルートをひた走った結果日が落ち切る前に済ませてしまった。というかあんな道確実に登校時と下校時には使わない。

 そうして俺たちは今再び学園長室の前まで来ている。

 何故一日に二回もここに来なければならなかったかを説明すると、全て花菱に任せたらこうなった。

 準備が整ったら森へ案内してくれると約束してくれた花菱だったが、いざ集まってみると俺たちが案内されたのはその森ではなく今朝お邪魔したこの重厚で高級感のある扉の前だった。

「まさかこのドアが木製だから森にいるような感覚になるでしょ、なんて言わないよな?」

「それギャグのつもり?」

「ちげーよ。でもなんで学園長室に用があるんだ?」

「いいから私に任せて」

 本当に彼女に任せて大丈夫なのか少し心配になってきたが、彼女の顔は至って真剣なのでもう少し彼女に任せてみることにした。

「お父様、私です」

「調波か。開いてるぞ」

「失礼します」

 そして俺は再びその部屋に足を踏み入れた。後ろを振り返ってみると陽二の顔が少し強張っているのが見て取れる。やっぱり学園長様に会うのは緊張するよな。俺だって二回目だけどまだ緊張が抜けないからな。

「調波、母さんがいない時はパパと」

「ごめんなさい、パパ。今日は頼みがあって来たの」

 どうしてもパパという呼び名だけは譲れないらしい。というか友達が横にいてもお構いなしだな。それに花菱も馴れてしまっているのか、全く動じる事なく本題に入った。これだけ馴れているって事は恐らく何回も同じやり取りが過去にあったんだろう。譲らない学園長も学園長だが花菱もそれくらい快くやってあげればいいのにと思ってしまう。俺にとっては心底どうでもいい事だけど。

「今日は頼み事が多いね。まあいいさ。それで? 頼みとはなんだい?」

「彼を、あの森に案内して欲しいの」

「あの森って、まさか天衣の森か?」

「が、学園長。その『てんいのもり』って何なんでしょうか?」

 聞き慣れない名前に俺は思わず聞き返してしまっていた。少し無礼かとも思ったが今朝学園長と話した感じではそんな事を気にする人ではない事は分かっていた。

 すると学園長は少し驚いた様子でこちらを一瞥し、少し無言で考えた後に立ち上がった。

「どうやら君は天衣の森の事を知らないようだね」

「はい。初耳です」

「そんな人をあの森に案内するって事はそれ相応の理由があるんだろうね、調波」

「はい」

 俺に話が来たかと思えばすぐに花菱に向き返る学園長。というか俺にはその森についての説明は一切なしですか?

 考える間もなく答える花菱だが、事態が飲み込めてない俺と陽二を軽くいない者のように扱いながら話を進めてないか?

「面白い。確かにいい作戦かもしれないな」

 花菱はそのまま全ての計画を学園長に打ち明け、楽しそうに学園長が頷いていた。あれ、行くの俺ですよね?

「あぁ、すまない。そういえば君にはまだ何も教えていなかったね」

 全てを知った学園長はここでようやく俺の存在に気付いた、というより思い出し、花菱との会話を切りこちらに向き直った。酷いです、学園長。

「天衣の森というのは少し特異な場所でね、ここから車で数十分の所にあるんだけど、でも誰でもそこに入れるって訳じゃないんだ」

「セレブ御用達のリゾート地か何かですか?」

「はっはっは! 違う違う、そんなのじゃないよ。特異ってのはそういう意味じゃなくて、『普通』の人は入ったら出られないからいつも検問とか見張り役が配置されてて認可されてる人かその人の仲介がなければ一般人は入れないようになってるんだよ」

「なんだか物々しい場所ですね。でも本当なんなんですその場所? 人工的に作られた研究施設か何かですか?」

「そう思うだろ? 実はこの場所は最近発見された謎の多い森でね、どうやら自然のものらしいんだ。私が認められているのもその森の研究チームに出資してるからなんだけど」

 聞いた話からすると何らかのパワースポットに近い気がする。要するにそこまで広大な森ではないけれど一度迷い込めばいくら走り回っても同じ所をグルグル回り脱出できない仕組みなのか。

「でも普通の人は入ったら出られないと言う事は魔法が使える人なら出られるって事ですよね」

 学園長が放った、『普通の人なら』という言葉。それが引っ掛かり俺は重ねて尋ねていた。

「その通りだよ。その仕組みも良くは分かってないんだけどね。どの程度の魔力が必要なのか、それもまだ判明してない訳だけど、一応出る方法があるというのは事実だよ」

「そうですか……」

 つまり、俺がその森に入り魔法を得る事ができなければ最悪迷いに迷って死に、運良く目覚めれば晴れて森から脱出する事に成功し魔法使いとしてのスタートを切る事ができる。至って簡単な仕組みだ。

 ここまでは理解できたが、まだはっきりさせておかなければならない事が幾つもある。その森に入る前に知っておくべきだろう。

「あの、それでなんですけど……」

「すまない。後は移動中でいいかな? 今からということならなるべく急いだ方がいいだろう」

「そ、そうですね」

 そうして学園長は携帯で車を呼び出し、十分もしないうちに俺たちは乗り込んだ。4人がゆったり座れるリムジン(恐らくは自分の車だと思われる)は非常に居心地が良かった。移動中とは思えないゆったり感と静かさ、恐らく運転手の腕も相当なものなのだろう。

 俺は結構くつろいでいたが、横では陽二がこれまた固くなり目が彷徨いていた。さっきから緊張しすぎだろ、お前。気持ちは分からなくもないが。

「そうそう、話の続きだったね。まだ質問があるんだろ?」

 学園長は再び話を戻し、俺も聞こうとしていた質問を彼にぶつける。

「はい。それでなんですけど、その森には野生動物や水を確保できる所はあるんでしょうか?」

 サバイバルに必須である水と食料。今俺が鞄に入れているのはせいぜい二日分の食料なので、一週間になると自分でいろいろ探しまわらなくてはならない。もし仮に文字通り木以外何もないとなるとその地点でこの計画は破綻する。

 しかし俺の心配は意外とあっさり取り払われる。

「ははは! 安心してくれていいよ。動物は何匹か確認されているし小さな湖もあるらしい。水源がどこなのかはっきりしていないけど、少なくとも塩水ではないらしい」

「そうですか! それは助かりますね」

 一応これで条件は整った。後は俺がなんとか道を切り開いていくしかないのだが、ここまで来てさすがに緊張してきた。貰い損ねた魔法を得る事しか考えずにここまで突っ走って来たが、ここに来て少しずつ自分がどれだけ無謀な事に挑戦しようとしているのかを自覚し始めてきた。友達が、友達と言えるか正直微妙なラインな少女が、さらに学園長までもが自分の力になってくれている。ここまで来てやっぱり無理ですと引き下がる訳にはいかない。自分を極限まで追い込めば何か見えてくるんじゃないか、そんな安易な考えでこんな事にまで発展してしまったけれど、果たしてこれが最善策だったのか。自分の命を懸けてまで得たいものなのか。

 浮き上がってくる疑問が悩みへと変わり、俺を締め付けていった。

 こんな大事な時になに自問してるんだ俺は。今出来る事に集中しないといけないのになんで余計な考えばかり浮かんでくるんだ。

 いや、その答えは分かっている。

 さっきも言ったように、俺に迷いがあるから、精神が未発達だから集中力が散漫しているんだ。まあその精神を鍛えるというのもこの一人キャンプには含まれてるわけだけど。

 でもこれは命を懸けた作戦。少しでも迷いがあればそれこそ命取りになりかねない。

 命……取り?

 よく考えてみると、矛盾しているんじゃないか? あの森の体制と、今俺が考えている状況と。

「学園長、一つお尋ねしたいんですが……」

「もう幾つも尋ねられてると思うが、いいぞ。なんだい?」

「今から行く天衣の森というのはその研究グループの監視下にあるんですよね」

「そう言ったな、確かに」

「自分はそこに一週間程いるつもりなんですが、もしかして一週間の間自分も監視下に置かれるんじゃないですかね?」

 天衣の森は研究者達が厳戒態勢を敷く程大切にしているそんな所にどこの馬の骨かも分からない俺を学園長の仲介有りとはいえ監視もせず一人で件の森に居座らせるだろうか。研究に躍起になっている彼らからするとそれは考えられない。別にその森をどうこうするつもりはないが、少なくともその森にある資源のいくつかを分けてもらわなければならない。貴重な研究材料であるその迷いの森をなるべく手つかずのまま保存しておきたいはず。それなら命の危険性はない。

 いや、しかしそれならもしかしてこのキャンプの話自体なしになってしまうのではないか? なんだか雲行きが怪しくなってきた。

「そのことか。いや、確かに監視下にあると言ったが、実は全てを監視下に置いている訳じゃないんだ」

「どういう意味です?」

「つまりだね。その森の中の様子をチェックしている訳じゃないんだ。できないと言った方が正しいね」

「つまり監視しているのは外だけだと?」

「その通りだ。内部の映像はカメラを持参して撮影したものを持ち帰る事はできるけどそこに監視カメラを設置して常時監視する事はできないんだ。どうやら周りに特殊な磁場が発生して電波や魔力が通らないらしくてね。でも……」

「でも、なんです?」

「恐らくこの件は少し交渉してみないと了承してもらえないかもしれないね」

「やはり、保持する為ですか」

「私たちにとっても大事な研究材料ですからね。不測の事態がないよう慎重に事を進めなければなりませんからね」

 やはりそこが一番の問題になるだろう。もしかすると人類の進化に一役買うかもしれない研究なんだ、そう簡単に認めてくれるはずがない。ここまでして貰ってもやっぱり無理なものは無理なのだろうか。

 半ば諦めかけていたその時、学園長が俺の両肩を掴んでこう言った。

「しかし、これも大事な生徒の為だ。私も全力で交渉させてもらうよ。君には期待しているからね」

「が、学園長……」

「その代わり、絶対帰ってきなさい。いいですね?」

「は、はい! 頑張ります!」

 この人の為にも精一杯頑張ろう。急に力が湧いてくるような気がして俺は一転、前向きな姿勢で臨む事ができた。

「さぁ、着いたよ。ここが天衣の森だ」

 検問を抜けた先にその天衣の森は存在した。警備員が数人配置されまるで今から犯行予告した怪盗が現れそうな雰囲気だ。

 警備員の後ろには見事なまでに生い茂った草木。夕方に近い事もあって奥の方は覗き込めないが、恐らく朝になったとしてもどんな小さな空間も埋め尽くさんとする配置された木々で見通せないだろう。

「花菱だ。主任と話がしたいのだが」

「ようこそいらっしゃいました花菱様。主任はこちらです」

 警備員の一人に話しかけている学園長は誘導されるように建物の中に入っていく。俺のキャンプの交渉をする為だ。

「すまないが遊飼くん、少し主任とお話してくるから少しそこで待っていてくれないか。すぐ戻ってくる」

「分かりました。お願いします」

 本当に優しい人で良かったと心からそう思う。規則のせいで再試験は受けられなかった時、正直なんて融通の利かない人なんだと思ったけれど、一生徒の為にここまでしてくれるなんて思ってもみなかった。俺は心の中で深く感謝すると共にお詫びの言葉も連ねていた。直接彼に伝えるべきなのだが、一応面と向かって侮辱した訳じゃないので謝罪は心の中で留めておく。

「にしても凄い所だな。なんつーか、情報収集したくなるな」

「やっと喋りだしたかと思いきや。そんなに気になるなら研究チームに入れてもらえよ」

「どうしようかな」

「マジかよ」

 冗談で言ったつもりが割と真剣に受け止めていた。本人も結構乗り気だし、もしかすると本当になってしまうかもしれないな。

「何無駄口を叩いていますの? そんな腑抜けたままでは本当に死んでしまいますわよ?」

「腑抜け……てるつもりはないけど、まあ確かに緊張感が足りなかった気もする。悪かった」

「分かればいいのよ」

 なんでこいつは口を開けば辛口評論しかできないんだ。理解できない。

 言動は理解できないが、残念ながら彼女の言葉も一理あるので反省すべき点は反省する。

「しかし、いよいよって感じだな」

「まだ許可が下りると決まったわけじゃないわ」

 花菱に厳しい現実を突き付けられるも、俺は「それでも」と言い返す。

「ここまで来れただけで、いや、連れてきてくれただけでも本当に有難いと思ってるよ。俺一人じゃ絶対こんなとこまで来れなかったし、それに昨日までは俺自身諦めてたし」

「そうね、私があの時叩き伏せていなければ今頃もっと腑抜けたダメ男に成り下がってたわね」

「花菱も修正しなきゃいけない点がある事をそろそろ自覚した方がいいんじゃないか?」

 否定しきれないのが余計に腹が立つ。彼女にも、俺自身にも。割合は6:4くらいで花菱の方にだけどな。だけど不思議と苛立ちはしない。仮にも恩人だからな、まだ感謝の気持ちの方が強い。

「ちょっと気になったんだけどよ」

「ん? どうした陽二」

「この森って、確か電波通んないんだよな」

「そう言ってたな。確か魔力もだったな」

「じゃあさ、俺がいい情報を見つけてもお前に送れないわけだよな」

「……そうなるな」

 盲点だった。

 目の前の事に必死過ぎてそこまで頭が回らなかったが、学園長の言うように特殊な磁場が森の周りに張り巡らされているなら当然通信なんてできるはずがない。現に監視カメラのデータを送れないらしいから、携帯も当然使えないだろう。

「一応集めとくか? 一週間後、もしお前が無事出られたならその時は既に魔法が使えるようになってるけど」

 確かに陽二の言う通り、もし許可が下りてこの森で修行して、この森を自力で出られたならそれは俺が魔法使いとして生まれ変わる事を意味する。そうなると陽二の集める情報ははっきり言って意味がなくなる。

 しかしこれ以上陽二に迷惑をかけるのも正直気が引ける。こいつだって自分の魔法を得たのは昨日だ。いろいろと研究したい事だってあるだろう。そこまで考えた結果、俺は当然のごとく一つの選択肢を選んだ。

「いや、やっぱりいい。お前は自分の事に集中してくれ。通信できないんじゃいくらお前が頑張ってくれても徒労に終わる確率が高い。それならそれぞれ自分の為に時間を割く方が得策だと思う」

「情報が送れないんじゃ仕方ないよなぁ。でもお前は大丈夫なのか?」

「俺なら平気だ。本当は俺一人で解決しないといけない問題だったんだ。ここまでしてくれただけでも充分だよ。ありがとう」

「まあお前がそう言うなら……」

 少し心配そうな顔を浮かべる陽二。何回も言うが、本当にいい友達を持ったよ、俺は。

 そんな話をしている間に学園長が話を終えて帰ってきた。俺たちは不安げな面持ちで彼からの言葉を待った。彼の言葉が、今後の自分の人生を左右する。

 自分の心音が聞こえる。明らかに鼓動が加速している。今までに感じた事のない緊張感に気持ちが追いつこうとしている。

 生唾を飲み、運命を学園長に託した。

 すると学園長が右手がすぅーっと胸の辺りまで上げる。視線は完全に右手だけに集中し、微妙な動きにまで敏感に反応する。一体何をするつもりなのか。

 考える間もなく、その右手がさらに動き始める。

 広げていた手がゆっくりと形を変え、親指と人差し指の先が段々と近づいていく。人差し指が丸みを帯びていき、人差し指がとうとう親指の腹とくっつく。

 あれは、丸? それとも数字の六なのか?

 一瞬そんな考えが過ったが、すぐに後者の方を切り捨てた。

「学園長、もしかして……」

「交渉、成功だ」

「「うっしゃ!」」

 気付けば俺は陽二と同じタイミングで叫んでいた。華麗にハイタッチを決め、改めて自分の幸運を喜んだ。

「いやぁ、結構苦労したけどなんとかオーケーしてもらえたよ」

「本当にありがとうございます!」

「一応君を研究材料の一つとして加える事になるけど、心配しなくても君とは接触しないし、仮に息絶えそうになっても手出しはしないらしいから」

「それは、喜んでいいのかどうか分かりませんが、でも許可が下りたのは嬉しいです」

 死人が出ても気にしないって相当なことだと思うけれど、今そんな事を気にしている場合じゃない。要は自力で脱出できればいいんだ。簡単じゃないけど。

「すぅー、はぁー」

 深呼吸して息を整える。

 未だ収まらない動悸を鎮め、気持ちを落ち着かせる。

 これから長いようで短い自分との戦いが始まる。勝利すれば夢に近づき、失敗すれば命を落とすかもしれない。頼れるのは自分の力のみ。そんな極限の状況に今から自分を追い込んでいく。

「緊張しているの?」

 花菱に声をかけられびっくりしたが、俺は冷静を装いつつも正直に答える。

「緊張くらいするさ。今から死ぬかもしれない場所に行くんだから、当たり前だろう。でも同時に楽しみでもあるんだ。なんて説明したらいいか分からないけど、多分初めての事だから感覚が麻痺してるんだろうな」

「そんな事で魔法が身に付くのかしら? 心配になるわ」

「心配してくれるのか?」

「えぇ、心配よ。私との決着を付けないまま逝くかもしれないのだから」

「笑えない冗談だな、そういう可能性もあるから。約束はできないけれど、一応政治家がマニフェストを立てるように俺も一つ明言するよ」

 少し笑みを見せながら、俺はリュックを強く握る。

「どんな結末になっても、俺は絶対に帰ってくる。仮に魔法がなくても、ここに帰ってくる」

 無謀な賭けかもしれない。絶対に実現不可能なマニフェストかもしれない。

 それでも諦めなければ何かの形で結果が帰ってくる。だから魔法使いしか行き来できない場所でも、魔法がなくても通れるかもしれない。無理だと決めつけるからできないのであって、案外頑張ってみれば通れるかもしれない。魔法を覚えるのが一番いいんだけど。

「魔法を覚えなかったら帰ってこないでくださいね。そんなあなたと再戦しても意味はありませんから」

「はははっ、手厳しいな。まぁ頑張ってくるよ」

「絶対、絶対帰って来いよ!」

 一歩踏み出してきた陽二が叫ぶ。薄ら目元が湿っているように見えたが、泣いてくれているんだろうか。まだ死ぬと決まったわけじゃないので泣くのは勘弁して欲しいんだが。

 俺も陽二に応えるように叫び返す。

「おう! 一週間後にまた会おうぜ!」

 伝えたい事は全て伝えた。

 覚悟ももう決まっている。

 後はまっすぐ進むだけだ。

「じゃあな! ちょっと行ってくる!」

 走り出した俺は後ろを振り返る事なく森へと直進する。後ろから陽二の応援が聞こえてくるが、走っている間に段々と遠ざかっていった。

 二分程走っただろうか、もう周りに建物は見えなくなった。高くそびえ立つ木々が囲み、リス等の小動物が辺りを駆け回る。

 入った時が既に夕方だったので、段々と日没が近づいているのが暗さで分かる。

 まずは開けた場所を数分かけて見つけ、そこで俺はリュックを下ろした。

 今日の分の食料はある。大事なのは寝床の確保だ。

 買っておいた簡易テントを太陽の光が差し込んでいる間に説明書を介しながら組み立てる。やがて日が落ち、これまた用意しておいたランプで作業を続け、一時間程でようやくテントが出来上がった。一週間の間、この一畳程の広さしかないテントが俺の家となる。案外一人で組み立てられるものなんだな。この手軽さには驚くばかりだ。

「しかし、本当に来てしまったな。こんなとこまで」

 非常に濃厚な二日間だった。

 あの試験から始まり(いや、終わったのか?)、花菱に出会いボコボコにされ、学園長にお世話になって。挙げ句の果てに一般人では帰還不可能と言われている森に自ら進んで行き。今日はいろいろあって疲れた。

「今日はもう寝よう」

 横になった瞬間、重い瞼が自然に閉まり、考えるよりも先に暗闇に落ちた。

 明日から大変な毎日が始まる。そんな不安と静かな興奮の中、俺は意識を閉じた。



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