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永遠の壁

作者: 桜井 広海

前回の”秘密”と話は違います。起こった事件は同じです。

 1.切なる想い




 ねぇ憲二…あなたの居ない世界は、どんよりとした曇り空の様に希望の光は見えてこないね…傘を持たない私は今にも降り出しそうな雨にビクビク怯えながら、一行に晴れない曇り空を眺めている毎日だよ…いつか…この曇はなくなって…青空に手を伸ばし笑える日が来るのかな?



          憲二のいないこの世界に…




 2・ 動揺


 曇り空が一転して、晴れ渡り、白い雲が現れたその日、憲二を見た。私の心の様に泣き出しそうな空が、まるで嘘の様にみるにるうちに変わって行くのを真理香は只、なんとなく眺めていた。


青空から視線を外し、ゆっくり正面を見たその時だった。



 憲二…!?



私は動揺を抑え切れず必死で自分の震える体を押さえつけた。


 これは錯覚だろう…。




憲二がいるはずはないのだ。






 −落ち着いて、落ち着いてー




 目を閉じた真理香は必死で高鳴る感情を押さえつけた。


これは何かの見間違いだろうか?それとも夢…?憲二に会いたいが故に自らが生み出した幻想だろうか…


 真理香はゆっくり目を開いた。



 憲二だった。




 白いポールスミスのシャツに黒いジャケットを羽織り、薄汚れた感じのジーパン。ドルガバの茶色のショートブーツ。どこか抜けている憲二は後ろ髪だけピンと跳ねていて私を笑わせてくれた。





 あの時と同じだ。間違えない。





全てがあの時と同じだった。白いポールスミスのシャツも黒いジャケットも髪の跳ねさえも、あの時と同じなのだ。



全てが壊れたあの日、死んだ日と同じ姿で…憲二が目の前に立っていた。



 「憲二!!」


大きな声で叫んだ。


会いたかった。もしかしたら万が一、奇跡的に、こんな日が来るのではないかと、真理香は心の何処かで思っていた。ずっと願っていたことが今、ようやく現実となったのだ。


 しかし憲二は真理香に全く気が付く様子もなく、瞳は何処か遠くをみている。


真理香は再び叫んだ。


 「憲二!!」


やっぱり憲二には真理香の声は届いていないようだ。


二人の距離は4メートルくらいあって、憲二は呆然と立ち尽くしている。 


気の抜けた様な顔で無言のまま、ずっと事件現場にいる憲二が痛々しく見える。



  「憲二!!」



再び叫んだ真理香には全く気が付く様子はない。真理香は憲二にゆっくりと近づいた。


手の届く距離にいる憲二の顔を、そっと包み込む様に触れ様とした手は、空気を掴む様に彼の体をすり抜けた。





      !!!!!!!!





絶望と孤独がのしかかる……今ここにいるはずの彼に触れる事も、声を届ける事も出来ないのだ。


真理香はその場にしゃがみ込んだ。


  「憲二…」


小さな声でつぶやいて、目の前に立っている憲二を見上げた。


 傍にいる。


真理香にとってはそれだけでも嬉しい。


憲二を見上げていた。


無言で今にも消えてしまいそうな憲二を…。




ねぇ憲二。覚えてる?初めて私たちが出会った日の事…


優しく語りかける。


憲二に届かなくてもいい。


真理香はそう思った。



初めて私たちが出会ったのは、もう四年前になるんだね…



 物流会社の事務をしていた私が荷物を運んでいた時、坂道で手を滑らせて荷物バラまいちゃって、たまたま通りかかった憲二が拾うの手伝ってくれたんだよね…重いし大変だからいいですよ。って言ったのに憲二 ”大丈夫ですよ。” って言って一緒に拾ってくれたよね…優しい人だなって思ったよ。でも、それで終わりだと思ってた。名前の連絡先も知らない通りすがりの人。けれど再び仕事帰りの電車の中で偶然、憲二を見かけた時、運命なんだと思った。


              



                 私の一目惚れだったんだよ。




だから思い切って食事に誘ったの。お礼も兼ねて、また会いたかったから…


連絡先交換してから毎日ソワソワしてた。連絡したいけど迷惑かなっとか、仕事中だったらどうしようとか考えてたら連絡出来なくて…憲二からメールきたときは嬉しかったんだ。


それから何回か会って憲二が告白してくれたんだよね。


憲二、顔を真っ赤にしてさ、緊張して声が裏返ってたよね。



幸せだったなぁ…好きな人から告白されるなんてさ、そんな奇跡に感謝してた。


憲二の事ならなんでも知りたかったし、知ってるつもりだった。


 血液型はA型。真面目で何事も最後までやり遂げる典型的なA。大ざっぱの私は憲二を度々イライラさせてないかちょっと不安に思う事もあったけど、憲二は、いつも笑ってくれたね。


「もう、しょうがないなぁ…真理香はいつもそうなんだから…」って…。


 体は太らないタイプで細身の痩せ型。私が作った料理をいつも残さず食べてくれたね。料理作るの好きだから、憲二が美味しそうに食べてくれるのを見て嬉しかったよ。   


 でも、私がダイエットをしている時、沢山ケーキ買って来て、 ”真理香も一緒に食べようよ。女の子は少しぽっちゃりの方がかわいいよ。 ”なんて言って、ケーキを嬉しそうに食べてたよね。

 ”女心判ってないなぁ… ”っていったけど憲二の太らない体質が羨ましかったんだ…。



 好きな食べ物は甘い物全般と塩辛とするめ、枝豆にホッケ、酒飲みみたいな食べ物が好きなくせに憲二、全く飲めないんだもん。いつもウーロン茶だったよね…私が一口飲ませただけで憲二凄く苦そうな顔して言ったよね… ”よく、こんな物飲めるな ”って…おかしかった。


 好きな色はブルー海が好きで青が好きになったんだぁって少年のような顔で言ってたね。

だから私は青いハンカチをプレゼントしたんだよ。


憲二、大切に使ってくれてたよね…。


 それから二人で色んな所に行ったよね。


 初めてお台場に行った時、私、観覧車に乗りたいって言って憲二の腕を引っ張って観覧車に乗ったけど、実は高い所が苦手で終始無言で一切下を見なかったよね…私がはしゃいで立ち上がると ”危ないから座って ”って…もしかして、高い所苦手?って聞いたら無言で頷いたよね…言えばいいのに、って私がいったら、 ”君が乗りたいなら我慢するから、とりあえず座って ”って、言って少しでも揺れると怖がってたね。


 神宮の花火大会も行った。人ごみが苦手な私の小さな手を憲ニの大きな手がガッシリと握っていてくれて ”迷子になったら大変だからね ”って、いっつも私を子供扱いしたよね。でも、憲二といると凄く安心出来たんだよ。私より大きな体にすっぽり包み込まれる感じがたまらなく好きだった。





花火、綺麗だったね…。





 海にも行ったね。砂浜で砂のお城作って、真剣に ”なぁ真理香は部屋いくつ欲しい? ”なんて言うから、思わず噴き出しちゃったよ。子供みたいに可愛くて、暖かくて大きな憲ニが、とってもとっても好きだった。


砂のお城…私たちが築きあげようとしていたのはまさに砂のお城だった。もろく、波によって一瞬で消えてしまう儚いお城。私の幸せはそんな中にあったのかもしれないね。


 秋には紅葉を見に箱根にも行ったし、冬にはスノーボードや雪祭りにも行ったね。 


 寒い中、二人で暖かいココア飲みながら、ずっと一緒に居ようねって誓ったね。


憲二…誓ったよね。


 ディズニーランド、ユニバーサルスタジオ、富士急ハイランド、品川水族館、上野動物園、横浜中華街……いろんな所に行ったよね…


こんな事さえ起きなければ…二人はずっと一緒にいられたのに…


 あの日、起きた事件に巻き込まれ、二人は離れ離れになった。


見えない透明な壁に挟まれた絶対に触れる事の出来ない私達。今ここにいるには人間と幽霊。


こんなに近くにいるのに憲二には触れる事さえ許されない。


憲二は全く動く事も喋る事もなく立ち尽くしている。


濁った瞳は事件現場の黒くなっている地面を見つめている。


死んだ場所を見つめる憲二はいったい何を想っているのだろう。


 憲二…大好きだったよ…その想いは今も変わらないからね…


真理香はつぶやく。


 あなたと出会えて世界一幸せだと思った。


これから色んな出来事を二人でなら、乗り越えていけると、思ってた。


なのに、残酷にも神様は私から憲二を…。


 どうしてこんな風になっちゃったんだろうね…。


自分には関係ないと思ってたのに…テレビや新聞の中だけだと思ってたのに…神様は私から何もかも奪い取った。


憲二がいない毎日は苦痛でしかないよ…。


見上げる憲二の顔は青白く無表情だった。


ゴツゴツした手は男らしくて大好きだったな…だらりと力なく下ろされている手にふっと触れたくなった。震える手て掴もうとしてもすり抜けてしまうのは判っているのに…もしかして…と奇跡を願ってしまう。



 ”もう元には戻れないんだよね…”



憲二の反応はない。



あの日、私がヒールじゃなくスニーカーで行けば…急いで前のバスに乗っていれば…もしくは、歩いて行けば…




    バスジャックに巻き込まれずに済んだのに…





真理香は零れ落ちる涙を隠す様に空を見上げた。








 3.事件



 8月30日…午後4時32分…憲二はチラリと時計を見た。


「40分にバスが来るから待とう。真理香ヒールだから、疲れたでしょ!無理する事ないよ」


「無理はしてないよ?大丈夫!。」


二人で手を繋いでバスを待った。


あの時、歩いていれば…良かった。そしたら繋いだ手を離すこともなかった…


 そして、私たちの人生の狂ったバスがやって来た。



杖をついたおばあさんがゆっくりとバスに乗り込む。


その後を私達二人が乗り込んだ。


中にはサラリーマン風の男が一人と若いカップルが一組、お年寄りが4人いた。


私達は空いていた真ん中の席に座った。


暫くして事件は起きた。



「お客さん…無理ですよ…」


運転手が小さな声で言った。


「うるせんだよ。いいから言う通りにしろよ!!」


私達はその二人のやり取りに目を向けた。


運転手にナイフを突きつけている男。手が振るえ、両手で握りしめているナイフが追い詰められた表情と共に今にも運転手を刺してしまいそうだった。


 ”キャアァァァァァ!!”


私達の二列後ろにいた若いカップルの女性が叫んだ。


ビックッ!!っと男は過剰に反応しこちらを振り向いた。


「し、静かにしろ。このバスは乗っ取った。お前ら持ってる携帯電話を通路に置け。妙なマネしたらぶっ殺すぞ!!」


興奮した様子でナイフを振り回す。


声は振えると共にに裏返り泣き出しそうな様子だった。


皆が怯えているのを横目に男は背広のボタンを開けた。


背広の中に爆弾を仕込んでいた。


ナイフをこちらに突きつけたまま、泣きながら男は怒鳴る様に喋った。


「俺の人生、いい事なんて何一つなかった。彼女なんて出来た事もねぇし職にもつけねぇ…面接官

は言ったよ。君は強調性がないんだよ。ってな。何度面接受けてもダメだったよ…諦めかけてたその時、一社だけ俺を採用したんだ。頑張ろうと思ったさ!一生懸命やるつもりだったのによ…入社前の健康診断で癌が見つかってよ…若いから進行が早いから、もう手遅れだってよ…そんなことってあるか?」


乗客は皆黙ったまま何も出来ない。不安だった。怖かった。私は憲二の手を握りしめた。



憲二はそれに答える様に黙って頷くと私の手をギュッと握りしめた。大丈夫だよの合図。私は少しだけ安心したんだよ…




今、男を逆撫でして逆上されたら困る。しかし、黙っていただけでは男は乗客を巻き込んで死ぬつもりだ。




どうする!!




男は持っていたスーツケースを開いた。


中から出てきたのはダイナマイトだった。


「一人で死ぬくらいなら、お前らも巻き沿いにしてやる!!」


男が言うと乗客の女性が叫んだ。


「イヤよ。死にたくないわ!死ぬなら一人で死になさいよ。」


強面の男が出てきて女性をなだめた。


「落ち着け美弥子。」


「だってこのままじゃ私達殺されるわ。」


泣いている女性に強面の男は肩を掴んで席に座らせた。


「いいから…」


男は涙でぐちゃぐちゃになった顔で泣き喚いた。


「いい事なんて一つもなかった。一人で死ぬのなんてごめんだ。」


その時だった。


憲二が鋭い顔で男を睨み付けた。


私の手をゆっくり離すと男の前へ飛び出した。


「あっ!!」




ほどけて行く手がスローモーションの様に見えた。




「周りの人を巻き込んで、傷つけて、残された家族や友人を苦しませて何になる?君は一人じゃないし、まだ死ぬかどうかなんて判らないじゃないか!奇跡が起こるかもしれない。だから、生きるんだ。」


 憲二は男に呼びかけた。


だが、男はそれを無視しし、憲二を突き飛ばした。


「うるせい!!お前には判るか!彼女もいて、健康なお前に何がわかる!!」


倒れたまま、憲二は男の言葉を聞いていた。


「憲二、大丈夫!!」


私が駆けつけようとしたその時だった………。


男は早口で何かを言い、爆薬に火をつけた。


 その時の男の顔を私は一生忘れない。微かに微笑んみ濁った目を…



ドバァーン!!




物凄い音と爆風に私達は吹き飛ばされる。ガラスは飛び散り炎が私達を包み込んで行く。


わけの判らないまま真っ暗闇に叩き落とされた感じだった。


「憲…二…何…処…」


私は蚊の鳴く様な頼りない声で必死に憲二を探した。


真っ暗で何も見えなかった。



そうだ、最後に憲二の声を聞いたのはこの時だった。



レスキュー隊の声が響き渡る。悲痛な叫び声やパチパチと何かが焼ける音と臭いがした。


そんな中、幻のように憲二の声が微かに聞こえた。










「おい!真理香!!大丈夫か!!」


「真理香。目を開けてくれ。頼む。死ぬな…死ぬな…返事をしてくれ真理香ー!!」


次第に薄れていく記憶の中、大きな光に包まれて、気がついたら憲二が私の体を必死で揺すっているのが見えた。


「あぁ…真理香…戻って来い…戻って来いよ…」


 ポールスミスのシャツ、黒いジャケット、ドルガバの靴…全てあの時と同じ。





              私が死んだあの時と…



 憲二は私が死んだ事件現場をじっと見つめていた。あの日、私が全てをなくしたあの場所で立ち尽くし、いったい、」何を感じているのだろう…


やつれた表情で悲しく佇むその姿は私よりも幽霊に近い気がした。


「真理香…ごめん…」


憲二の声を久しぶりに聞いた。


 うんうん。憲二のせいじゃないからね…


もちろん憲二に私の声は届かない。それでもいいと思った。



 大好きだったよ。今でも好き。だけど、もう忘れて。憲二の心にいつまでも私がいたら憲二幸せになれないよ…




         ”楽しかった日々をありがとう”



 真理香が言うとそれに答えるように憲二は涙を流した。



「真理香…何処かで見てるかな…君に渡すはずだった指輪…ここに置いて置くから…」



憲二は私に背を向けてゆっくりと歩き出した。



 ありがとう。バイバイ。憲二。私はずっとここにいるから…



離れてゆく後ろ姿に真理香がつぶやいた。




「私はずっと憲二を思っているからね…ずっとここにいるからね」



私は置いて行った指輪に触れようとしたが指輪に触れる事は出来なかった。


だんだん見えなくなって行く憲二の後ろ姿を見つめながら真理香は追いかける事の出来ない運命を恨んでいた。


































男性が幽霊かと思いきや、実は女性が幽霊だったというオチ。三話目もバスジャックで起きた出来事を書くつもりです。


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― 新着の感想 ―
[一言] 一つの事件から見える乗客たちの人間模様。 面白いですね。 こういう書き方もあるのかと感心してしまいます。
2010/03/10 23:48 退会済み
管理
[一言] 本当に私は男性が幽霊だったと思ったので驚きました。本当に真理香さんから何もかもを奪ったバスジャックが憎いです。
[一言] 驚きの展開でした。とても悲しく切ないお話ですね。
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