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面接練習

作者: 蝮原狐狸

 今日の放課後は進学希望者のための面接練習だ。うちの高校は大体が就職希望だから、進学クラスって結構結束力が強い。私はそういうのは好きではないけど、勉強が辛いとき愚痴れる相手がいるっていいことだと思う。

その面接練習にタイジが来ている。みんなタイジをチラチラ見ている。怪訝な顔ってああいう顔のことだと思う。タイジは近所のお屋敷のバカ息子で、就職クラスのくせにとうとう就職しなかったのだが、何で進学組の面接練習に来ているのだろうか。冷やかしか。こっちは必死なのにイヤな感じ。


そろそろタイジの番らしい。と、思いきや名前を呼ばれる前にノックもせずに部屋に入った。タイジはバカだけどあそこまでバカだと思わなかった。タイジは幼なじみで今も一応会話はするし、見た目だけはいいから、私の友達にもよく冷やかされたけど、あんまりにもバカだから友達もいつの間にか冷やかさなくなった。最近は講習が忙しかったりして顔さえ見ていなかったけど、何考えているんだろう。面接練習したい人はいっぱいいるのに、タイジ1人分待たされると思うと、ちょっと許せない。先生も先生だ。タイジなんかの面接練習に何の意味があるんだろうか。早く追い出して欲しい。

 


 次はタイジか。想像しただけで頭痛がすると思ったら、呼んでもいないのにタイジが入室して来た。もちろんノックもなし、当然ドアは後手で閉める。

「タイジ、その入り方は何だ。まだ呼んでもないぞ。ノックをしろ。後手でドアを閉めるな」

「やる気アッピールっすよ。うしろででって何すか?」

ため息を一つ吐いて隣に座っていた女性教師が実演した。

「なんかオカマっぽいね。オレもやんなきゃだめ?」

女性教師が微笑んで、急に右手を上げてタイジの前髪を崩した。タイジが悲鳴をあげる。

「あ、何すんだよですか!俺、わたくしの髪!」

「こんな前髪作るくらいなら礼儀を学びなさい」


仕切り直しだ。今度は呼ばれてからノックをしたが、どうぞと言う前に入って来て、ドアの閉め方はよかったが、何も言われないうちに椅子に座り、剰え脚まで組んだ。それなりに緊張しているのか深呼吸までした。

「言われるまで椅子に座るな。脚を組むな。名を名乗れ」

「じゃ、何で椅子あるんですか?先生、俺の名前知ってるでしょ。俺も知ってるからさ、無駄は省きましょうよ」

「本番の面接官は初対面なんだぞ」

「オッケーオッケー、アイスィー」


去年、タイジの家に交換留学生をホームステイさせた。タイジの家は一応地元の名士なのだ。家は伝統的な日本家屋であり、、タイジのおばあさんというのが語学に堪能なので、留学生の受け入れには御誂え向きだったのだ。しかし、タイジは決してまともな英会話をしようとせず、留学生は留学生で怪しげな日本語をせっせと学び、本人同士はとても仲良くなったのだが、留学生の本国からは来年以降の留学生の派遣は差し控えるとのお達しが来た。どういう訳か本国の税関でタイジからのお餞別だったDVDのセットを隈なく調べられ、危うく警察のご厄介になるところだったそうだ。この経験を通してタイジの英語力は上がらなかったが、身振り手振りがやたら外国かぶれになったのだ。


「あなたはどうしてこの学校を志望したのですか?理由をお聞かせください」

「えっと、あ、一番上に書いたやつだ、何だっけな、先生見ていい?」

「バカヤロー!お前何しに来たんだ!やる気ないんなら帰れ!」

とうとう学年主任がキレた。

「やる!やるから勘弁して、じゃなくて堪忍してください、頑張るから…」

タイジは学年主任に弱い。学年主任は怖いし、何度も退学になりそうになったタイジを庇ってきた。タイジを本当に庇ったのは教師の中で彼だけだ。私自身もタイジは退学させてもよいのではないかと、心の中では思っていた。しかし、3年になったタイジを見ていると卒業させることに意味があるのだと思える。さすがと言わざるを得ない。タイジもそれを分かっていて、学年主任に対してだけは態度が違うのだ。



 タイジが面接練習してるいる部屋から学年主任の怒鳴り声が聞こえた。学年主任はいつも怒鳴ってばかりいる。正直苦手だ。しかも女子のスカート丈検査の時だけニヤニヤ嬉しそうで気持ち悪い。タイジが懇願する声も聞こえる。やっぱりバカなのだ。タイジの面接練習なんて時間の無駄だ。早く終わらせて欲しい。タイジなんてどうせ進学も就職もできないのだから。



 「志望動機は、当校の建学の、精神に、深く感銘、を、受けて、将来は公共の福、祉、の公僕になりたいな、と思ってます。」

タイジの前髪を崩した女性教師が、タイジに聞こえるようにため息を吐いた。

「あのね、全然志望動機になってないし、日本語もおかしいし、このままじゃあなたは絶対に落ちます」

そこまでハッキリ言わなくても、と思うがタイジにはハッキリ言わなくてはならないのかもしれない。

「え、そんなこと言うんじゃねーです。お、わたくし、言霊って信じてるから、本当になったら怖いです」

「言霊なんて知ってるの?」

「イェイ!」

やはりこれはダメだろう。他にも待っている生徒がいるのに時間の無駄ではないだろうか。


「言霊を知っているのならもっとまともな日本語を話しなさい。世間はあなたのことなんか見ていないの。あなたの表面でしか評価しないの。というより、表面で認められない限り、あなたは評価さえされない。あなたがそんな態度である限り誰もあなたを分かろうとしないし、あなたとは関わらないようにするのよ。」

「なんかひどいこと言われてるのしかわかんないよ、どういうことなんだよ、ですか」

女性教師はタイジを一瞥して言った。

「今のままのあなたを認める人間は皆無、誰もいないということ。あなたは誰にも相手にされません。私たちがあなたを相手にしているのは単に仕事だからです」


タイジの目が決壊した。

「俺のこと嫌いなのかよ。俺だってテメーなんか超ムカつくんだよ。俺はテメーの仕事のための人間じゃねーんだよ!」


「それは言い過ぎなんじゃないですか、仕事だからって、そんな言い方はない!謝罪すべきだ!彼だって人間です。心があるんです。私達は機械を相手にしているんじゃないんです。」

今年初めて受験生を担当する若い男性教師が怒鳴った。何かのドラマの見過ぎかもしれない。

「人間だから言わなきゃいけないんです。機械なら決まった言葉しか話さないからこんな風にはならないでしょう?この生徒は、なりはこんなですけど、一度取り掛かれば丁寧に取り組みます。とても器用です。使いようによっては使えますよ。強きには阿る性格ですし。でも彼を認めてもらうためには彼の態度を改めさせなければならないでしょ。」

 タイジにも、どうやら自分の味方をしてもらえてる、ということは理解できたらしく、おんおん泣き始めた。どいつもこいつも自分が学園ドラマの主人公だと思ってやがる、いくら今年のスローガンが「誰もが人生の主人公」だからと言ってもひどい。ひどすぎる。辞めてやる、こんな学校。



 タイジが面接練習している部屋から怒鳴り声やら泣き声やらが聞こえてきて、廊下は騒然としている。たまに厳しい追及に答えられなくなった女子が泣き出すというのはあるらしいが、ここまでひどいのはなかなかないだろう。これは長引きそうだ。今日、本当に私の面接練習はあるのだろうか。もう下校時刻も迫っているし、日も暮れて来た。今日は親が迎えに来られないから私は早く帰りたいのに。

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