釈迦の掌より広く
これは、新田 葉月さんが企画してくださった『君に捧ぐ愛の檻企画』への参加作品です。
ヤンデレ企画、のはずがちょいと外し気味になってしまいました。申し訳ないです。
懺悔するー。土下座セットでー。
ふぁ、と大きな欠伸が出た。噛み殺すつもりはない。自宅だし。
読んでた雑誌を置き、伸びをしていたらアラームが鳴る。支度しないといけない時間のようだ。今日は夏服を買いに行くって言ってたし、化粧は控えめで着替えのしやすい恰好かな……あぁ、うん、いつもと変わんないジーンズでいいや。
化粧品って、自分の部屋に置いとくタイプと洗面所に置くタイプとに分かれる気がする。ほんとはどっちが正しいんだろう。
淡い色のシャツを羽織ってからベッドを背もたれに胡坐をかく。ちゃぶ台みたいに小さなテーブルの上に置きっぱなしの小物たちで手早く顔を整えた。今日のお出かけは買い物がメインだとわかってるから、ベースだけキッチリと作っとけばいい。口紅も控えめに。
自室から階下に行くと、もうそこには恵吾がいた。しまった、もうそんな時間か? と壁を見上げるも8時だ。
待ち合わせまでにはまだいささか早すぎる。
「おはよう。何か用が?」
「おはよう、ノリコさん。いや、僕が待ちきれなかっただけ」
「そうか」
軽くうなずいて冷蔵庫から麦茶を出す。恵吾の前にも……いや、もうあるな。
なら自分の分だけだとコップに注ぎつつ、ちろりと見回しても母の姿がない。どこかに行ったか?
「おばさんは買い物だよ。僕とさっき話してるうちに急にバナナミルクの気になったみたい」
「またお前はそんな飯テロ行為を。私の今朝はベーコン目玉チーズトーストだ」
「……ノリコさんは、もうずっと朝ごはんをそれから変えないじゃない。たまには僕の作ったオムレツとかフレンチトーストとか」
「悪くないが、今はコレが食べたいんだ」
流しの下からミキサーをかけてセットしておく。恵吾がときどき母に、どこぞで仕入れた美味しいメシ情報を写真付きで流すことは知っていた。それを飯テロ行為というのだとも。
なにも今回みたいに早朝から仕掛けてこなくてもいいとは思うが、乗る方も乗る方だから特に言及はしないでおく。
機械のパーツをざっと水洗いしてカゴに伏せる。母という人は気が変わって何を買ってくるかわからん人だ。バナナミルクの材料を買いに行って、帰ってからうっかりチヂミ用の海鮮と野菜を買い物袋から取り出してきても、私は驚かない。
このミキサーも、だからもし使わないのなら、そのときは仕舞えばいいだけのこと。ついでにフライパンを取り出して冷蔵庫から材料を出す。…………ふむ。確かに、たまには恵吾の作る朝メシも悪くないか。
「明日の朝」
「あ、僕に作らせてくれるってこと? 何がいい?」
「オムレツ」
パンにチーズをのせてトースターに突っ込みながらねだる。よし、これで明日の朝メシが確保できた。休日にまできっちり朝を食べるのは習慣だが、作るのって意外と面倒なんだよな。
うんうんと頷いてる恵吾に卵を見せると、少し考えて指を一本出してきた。
「半熟?」
「今日は完熟で」
「ん」
指の本数からすると、目玉は一つでいいってことだ。完熟ね。
恵吾にいちいち確認を取るのは好みが決まってないからだけど、そういえば、と思いついてトースターを見やる。
「や、僕はいい。生のパンにのせたいし」
「わかった」
視線をやっただけで何を聞きたいのか理解してくれる幼馴染は、本当を言うとありがたい。朝イチで喋れるほど私の朝は気持ちいいモノじゃないから。化粧をするのだってわりと朝の流れとしてしているようなところがある。
フライパンの中のベーコンがパチパチいいだしたところで卵を投入。蓋をして中火で二分。その間に皿にパンを載せた。焼かない分と、チーズトーストにした分と。自分のパンに目玉焼きをのせたあとで余熱のフライパンで卵に火を入れる。ジュースを注いで、パンに恵吾の分の目玉を載せて差し出せば、朝飯の出来上がりだ。
「他には」
「いらなーい。ありがとう、ノリコさん」
「ん」
簡易極まりない会話とメニュー。だいたい、野菜なんて朝から食えるか? 少なくとも私は無理だ。冷たいジュースだけで十分だろう、ビタミン。
もくもく食べていると母が買い物から帰ってきた。バナナ、牛乳、れ、……練乳アイス。
ふむ。アレを今から味見するとなるとカロリーオーバーになるな。
「お母さん。私はご飯を食べたからソレはいらない」
「おっと残念。じゃあ僕がおばさんと飲もうか」
「ふふーん、駄目よ。お母さん今日はこれ、一人で飲むの。改良して、香澄さんに上げるまでアンタたちには内緒なの」
「……恵吾」
「や、……ノリコさん? 僕のせいなの? 違うくない? 一週間は同じメニュー出されることは同情するけど……。あ、それなら僕が飲みに来ようか。代わりに」
「よろしく」
話が付いたので自分の皿を片付ける。恵吾がコップを下げてくれるので洗う方は任せた。ちろりと視線を流すと母はうきうきと買ったものたちをミキサーの横に並べている。
香澄さんというのは父の名前だ。ラブラブばかっぷる、の彼らは年中仲良しで、こうして母が新メニューを開拓するときには必ず、私がその新メニューの味見役をやらされた。一回で済むならなんということもないが……アンタたちには内緒、というのがキーワードだ。
統計からいけば母があの単語を出した以上、一週間近くおやつには同じメニューが並ぶ。いや、バナナシェークなら朝ごはんだな。……私は、ここ何年かのブームに従って朝ごはんのメニューを変えたくない。ならば、と恵吾の名前を呼ぶ。
恵吾はきちんと私の会話の欠けているところを埋めて、そこから代替案を出してくる。会話にならないほどに我ながら言葉が圧倒的に足りないとは思うが、これは恵吾が悪い。
こいつが幼稚園時代からずっと私の顔色を読んでくれ、代弁してくれていたからこうなってしまったわけだから。
責任だって、恵吾が取るとも。
全部。
母がガンガンにミキサーを回しているのを横目にして恵吾の袖を一瞬引く。そのあとは別に視線さえもいらない。年下の幼馴染は第二の私かというくらいに私を理解している。今だってほら、私が一瞬だけ靴をどれにしようか迷った隙をついてドアを開けてくれた。
「恵吾」
「えっと、その服ならこのあいだ買った濃い紫はどうかな」
「わかった」
大人しく玄関から外に出たところで携帯と財布を忘れてたことに気が付く。しまった。取りに戻るときに母に見つかれば強制味見コースだ。さっきに何をどれだけ言ってようが結局、母は今朝から私と恵吾を巻き込むに決まっている。
「恵吾」
「お金か……どうしようね。僕が立て替えてもいいけど。ノリコさん、ポイントカード欲しくない?」
「携帯」
「そっちはいらないでしょ。僕が一緒だし。お財布とカバン、取ってこようか?」
「……。困らないなら」
「ノリコさんがチョー高額の服を買うならともかく、立て替えるくらいは持ってるよ。どこ行く? コーヒー飲める?」
「恵吾」
「僕の家かぁ。ん、いい案だね。じゃあデパートが開く時間まで、おいで」
「ん」
母のテンションに付いていく気がなくて実家から避難したはいいが、後先考えずに出たためにカバンを持ってないし時間さえも早すぎた。コーヒーショップを恵吾が提案してくれても、朝飯を食べたばかりだから困る。恵吾の家に行って時間をつぶしたいと提案してみた。のが今の流れだが。
…………我ながら、単語をはしょるくせがひどすぎだな。デメリットしか見当たらないから矯正しないと。
これに慣れると他人とコミュニケートするのが面倒になるんだ。会社での会話とか本気でうんざりするし。
するりと恵吾の手が私の手を握り誘導する。なんだか知らないがこうしてると声をかけられにくくなるから、高校生時分くらいから恵吾はこうして、移動するときに手をつないでくるようになった。友人は生温い目で見ていたが、どうも手をつないでないと迷子になったり知らない人に声をかけられるという私の情けない一面を心配してくれていたようだ。恵吾はあれでいて案外と心配りの男だから、私のみっともないところを秘密にしてくれようと、あれこれ言い訳をしない。
心配だって一言で私の友人や自分の友人たちにも説明を済ませたらしい。
家から恵吾の家までは徒歩5分だ。あっちの実家となるともう少し遠くなるが、一人暮らしをしてみたい年頃の恵吾がニコニコと笑ったまま我を通して私の家の近くに越してきた。そういえばその時も『心配だから』で済ませてた気がする。なにがだろう。
「おじゃまします」
「お帰りとただいま、ノリコさん。あ、そうだ新刊があるよ」
「読む」
恵吾のマンションは、奥が広いくせに玄関から廊下の幅が狭い。しかも恵吾はこんな場所でも私の手を離さないから、自然と廊下を通るときには距離が近くなる。そのせいで恵吾の足を何度踏みそうになっても、こいつは怒らない。意味もなく寛容だ。
寛大だというなら本もそうだ。私の好きな作家の新刊は、たいがい恵吾の方が先に手に入れる。それで、自分が読むより先に私に貸してくれるんだ。まぁ、恵吾の上から新刊を持ち出さないようにって縛りはつくけどな。借りパクって言葉もあることだし、自衛の手段としては普通だろう。
「時間まで読んでる?」
「んー。……恵吾は」
「僕の買い物のこと? そうだな、それも見たいかも。どっちにしろ、デパートの開店時間が変わんないんだからノリコさんはここにいればいいよ」
「ありがとう」
どういたしまして、の声を聞かないままに恵吾のソファに座る。あっちはあっちで何かの作業をPCで始めたから、私は遠慮なく架空の戦士の恋愛と冒険にのめり込んでいく。
すぅ、と本に集中していくノリコさんをPCの画面越しに見る。ああほんと、かわいい。じーっと見てたら気にしちゃうから僕としてはこんな手段を取るしかないけど、本当は、ずっと、一分一秒もノリコさんから目を離したくない。
いったん本の中の世界に飛んでしまったノリコさんはまず滅多なことではこっちに戻ってこない。だから僕は、ノリコさんが十分にブックダイブしたのを見て取ってからPCチェアをくるりと回した。うぅ、本気でかわいい。なんだこの美味しそうなほっぺ。白くてさわり心地のよさそうな肌。口紅が邪魔で仕方なくて、剥ぎ取りそうな衝動を常に戦う羽目になる魅惑的な唇。
ノリコさんが寝てる時しか今は食べられないけど、僕は彼女の口がどんなに甘くて美味しいか知ってる。
……いやいや、言葉にすれば確かに卑怯で犯罪臭もするけど、眠っちゃってる時のキスくらいは許されると思うんだ。
僕が、引き出しの中に入れてるノリコさん直筆の婚姻届を役所に出さない代償としてはね。
ぷにって引き結ばれた唇を触りたくて、ついうっかり自分の舌を噛みそうになる。ああくそ、ノリコさんの舌を味わいたい。自分のなんかじゃなくて、ノリコさんの意志で僕を欲しがらせたい。
……うん。婚姻届を出さない理由だよね? そんなの、待ってる一択でしょ。
何もかもを僕に依存するように仕向けてきたかわいい幼馴染のおねぇさん、大好きで愛してるノリコさんが、『なぁ、恋人が欲しい時ってどうするんだ』って、僕に聞いてくる日まで。
僕は、じっと待ってる。
ノリコさんに初めて会ったのは、いつだったかちょっともう思い出せない。同じ幼稚園に通ってたから、いつの間にか一緒に遊ぶようになってたんだ。外遊びにも中でのお絵かき、積み木にも気持ちよく付き合ってくれる、隣の女の子。
僕にとって、いつの間にかノリコさんは家の外で会う自分の姉弟みたいな感覚になってたんだと思う。たった一つ、されど一学年。僕とノリコさんは何か月も誕生日が違わなかったし、園での進級自体は些細なことだった。
けどねぇ、唐突に僕はポカンとしたんだ。つまり、ノリコさんが年長さんになってしばらくして、ある日いきなり僕は『この人はもうすぐ、この園からいなくなるんだ』って気が付いちゃったんだよね。
うん。入学しちゃうんだよ。
一個上の学年にいる、ノリコさんは。僕を置いて。
もう、あれはちょっとしたカルチャーショックっていうか、側頭部をぶん殴られるようだった。いつもニコニコしておっとり優しいノリコさんが、毎日一緒には遊べなくなるわけだよ。朝来てもノリコさんのいない園。
なんだそりゃって、僕はものすごくムッとしたし駄々をこねた。言葉にすればこれだけだけど、僕の両親がこの時の話を持ち出すたびにヒクヒクって口端を引きつらせるから、並大抵のごね方じゃなかったみたいだ。
ご飯食べずに泣きわめいてぶっ倒れた僕に、ノリコさんはできるだけ毎日、僕のところに遊びに来るねって言ってはくれたんだけどね。それで逆に僕としては思い知ったわけだ。
この人にとって、僕がどれだけ他人なのか。
幼稚園生の頭じゃたいしていい考えは出なかったけど、僕はその時から強烈にノリコさんと家族になりたくなった。彼女とか恋人じゃなく一足飛びに、姉弟を飛び越えて、ずっと一緒にいられる約束が欲しかった。
ノリコさんの言質をいいことに、それからできるだけたくさんの時間を彼女からもぎ取った僕は、いっぱい本を読んで、呆れるほどの質問を繰り返して決意した。
ノリコさんが欲しい。そのためには、何でもする。
そうやって小学校でも幼馴染の位置を確保しつつ、傍に張り付いたままでよくよく考えること10年。地域に幼稚園と小中学校全部が一つずつしかなかったことを神様に感謝した時期にノリコさんはどんどん綺麗になっていった。
蝶がさなぎになるなんて、あれは嘘だよ。こめかみと心臓と足と股間とにいっぺんにズガンと来た。これも、ある日とうとつにね。前振りなくね。羽化なんて一晩でするもんだ。そんなこと、小説は教えてくれなかったのに現実はまざまざと僕に見せつけてきた。
このひとは、すごくきれい。
女子、から、女の人になっていくノリコさんはそのあいだも変わらず僕のそばにいてくれて、心と体のバランスが崩れて自分でも苦しくて制御できない中学生の時に、僕も気が付いた。
ノリコさんが、欲しい。けど、欲しいって言っても心だけなんて論外で、体だけでも話にならない。
僕は、ありのままのノリコさんの、全部を、僕のものにしたかった。視線? 感情? いいや、そんな当たり前のものじゃない。
僕がいなくちゃ息もできないくらいに依存してほしいんだ。
何一つ自分じゃ決められない人になってしまえばいい。もちろん、人形のようにニコニコしてるだけの子なんて問題外。そんな彼女はノリコさんじゃない。自分の意志は必須だよ。
つまるところ、全身全霊でこのまま伸びやかに健やかに育ちあがったノリコさんが、僕だけを欲しがればいい。
うん。そう仕向ければいいんだ。
僕だって普通の男だからね。ほんというと少しだけ、こんなこと考えるなんて当時の僕は自分のことを執着がひどいのかなぁってウダウダしてたから、この時の天啓には必死で縋り付いたね。
ちっぽけな独占欲とか、嫉妬はきっと、ノリコさんを手に入れたら軽くなると思うんだ。いつになるか、それは今でもまだわからないけど、好きだって感情に比べれば些細な黒いモノは僕の腹の中に沈めておけばいい。
それよりも、ノリコさんが僕の元から離れていかないような環境を作ればいい。
思いついた時、僕は本当は天才なんじゃなかろうかって思った。心の底から、一人の人間としてこの人が、ノリコさんが好きなんだなぁって、しみじみした。
言葉は悪いけど、そう、檻を、作ればよかったんだ。
ノリコさんが自分でその檻の端まで飛ぼうと思わないほど大きな檻を作ればいい。ああ違う。
檻があるって気が付かないほど、鈍感にしてしまえばいいんだよ。
孫悟空が釈迦の手のひらで踊ったように大きな、おっとこれも違うか。うまく言えないけど、僕が許してる世界に上限があるってことも気が付かないくらいに、自分は自由に、自分の意志で人生を泳いでるって錯覚できるような状況にしてしまえばいい。
だったら、僕は、世界の上限を知らせないその努力ごと知られることなく、ノリコさんの意志に枷を嵌めよう。
そうすればきっと、彼女は、僕から離れていかない。
檻を作ろう。鈍感な君が、気がつかないくらい広い檻を。
これが、中学生以降の僕の在り方を決める決心になった。
楽しかった。わくわくした。どうしても僕はノリコさんから手を離せないんだから。天秤にかけるまでもなく、彼女に、僕を、選んでもらわないといけない。
まぁね、それだって檻の中に他の存在を入れなければ、ノリコさんだって最終的に僕を選ぶしかなくなるけどさぁ。
現在の僕たちの関係は、すごく仲のいい幼馴染だ。大学時代に起業して、僕はサークルメンバーと一緒になって会社を経営してる。ノリコさんを食べさせるためだもん、手は抜かないよ。
専務になってるのは、当たり前だけど会社に専念しないように。僕の第一義がノリコさんだって、みんな知ってるメンバーだから安心して僕も、ノリコさんを秘書にしたんだ。会社の外には出さないけど。電話にも出さないけど。
彼女はとても有能だから、一人で役員たちのスケジュール管理ができる。なんていうかな、会社の中を回す人、って扱いなんだよ。提案した今日の買い物も、夏用の社内ブラウスだしね。
半袖が欲しいって言ってたノリコさんと、腕なんて見せるわけないって言う僕のひそやかなる信念は、会社のエアコン設定をこっそり低めにしておく行動でバランスを取ってる。
そんなに広いオフィスじゃないし、キツめに効いた冷房は外回りの子も助かる。ノリコさんだってカーディガンを羽織る、なんて一石二鳥。ちなみに、お昼を外に食べに行くときにはUVカット効果も抜群のヤツを勧めようと思ってる。
そう、そろそろ服だって僕に買わせてくれてもいいんだけどなぁ。ブラウスとか洋服とか、自分の買い物なんだから自分でお金を出すことがノリコさんのスタンダードだ。お茶もご飯も、大体が僕と一緒に取るように計算して行動を決めさせてもらってる。専務だって肩書も持ってるのに。ノリコさんは基本的に自分のことは自分でしてしまう。
まぁ、自立してるだけで僕のことはノリコさんの生活の中に食い込ませてるけどね。ほら、今朝のこともそう。
あんな早朝から、幼馴染とはいえ男が自分の家に来てるって言うのにノリコさんは決して慌てない。焦る必要がないって、これまでに過ごしてきた膨大な時間で学んでるんだ。
僕の食べ物、衣食住、会話の好む方向を、実に細かいことまですべて把握してるし把握されてる。
それが常態になってる僕の努力、意外と誰も認めてくれないんだけどさ。すごくない?
ちなみに、外で食べるときは交代でお金を出し合ってるよ。割り勘も味気ないからって、そこは僕が頼んでしてもらって。
こういうふうに、自分の意志って見せかけられるように選択肢の幅をうまく狭めて、彼女には自分を守る方向に進んでもらってる。
デパートに行く途中、何の気なしに見せかけて、そろそろ僕の誕生日だってアピールしてみる。自然な流れを意識して作って、買い物に行くついでに役所に付いてきてもらった。目的は婚姻届。
ノリコさんの意志で、これもちゃんと書いてくれてる。
何年も前に言いくるめて、僕の誕生日に二人して婚姻届を書く習慣を付けたんだよ。
だってほら、いざ書くって時に失敗したら困るでしょ? って説明すれば、ノリコさんは深く考えない。僕にも自分にも、その手の恋愛沙汰が降って来ないって、なんとなくふわっと理解してるっぽい。
これをいつのタイミングで正式に役所に出すか。だからそのきっかけを僕は待ってるんだけどなぁ。
ノリコさんは性欲とか、ないんだろうか。ひと肌が恋しくなることってないのかな。
彼氏ってどういうものか、興味をひとかけらでも示してくれたら。
多分その時が『僕の付け込み時』で、最初の、ステップアップするチャンスだと思うんだよね。
買い物に連れだすと、本気で面倒そうな顔をして自分の服を選んでいくノリコさん。僕が女の人の買い物に付き合うことを苦にしてないからって、僕の意見をほぼ丸飲みしていく。
こんなことするの、ノリコさん相手にだけ、なんだけどな。
甘い声もやさしい顔も、絶対にうんざりした態度を取らないのも。
檻の中にいる、君に向けてだけなのに。
はい。そういうお話でした。
きっとこの後、恵吾は自分が思った以上にノリコさんを自由にさせてたことに気が付くんだと思います。ノリコさんの女友達(います。恵吾さんが許可した人が)に、さらりと唆されて人生初の合コンに行ったあと、ノリコさんは恵吾から実に強引に役所に連れていかれ、混乱しているうちに書類を提出させられ、美味しくいただかれてしまうのでしょう。
そこまで書けばちょいと長すぎる、と思い切りました。
これは、新田 葉月さんが企画してくださった『君に捧ぐ愛の檻企画』への参加作品です。
『檻を作ろう。鈍感な君が、気がつかないくらい広い檻を。』という一文をどこかに入れようね、という、非常に緩やかな縛りで始まった企画です。
ひゃっふーヤンデレだぜ檻だぜ!と勢い込んで書いたはいいのですが……なんかこう、もっとページがいるな、という結論でした。
まとめ:ヤンデレは無理。
毎回の反省がひどいですね。そろそろガチで反省が必要か。