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風と大地と3

  笑ってる……ワラッテイル……

 

  ドウシテ……

 

  ワタシタチにワラッテクレルの?

 

 

 

「ああぁ……」

 

 

  伝えられたらいいのに……

 

  他のヒトみたく。訊ければいいのに。

 

  ドウシテ……って。

 

 

「うあ……あ……」

 

 

 

「エル?」

 

 ルカくんが振り返った。エルちゃんの様子が変だ。何かを……何かを言いたいの? 何かを訴えているの?

 

「どうしたんだよ?エル?」

 

 ルカくんがエルちゃんに問う。けど、エルちゃんはそれを通り越して別のモノを見ている。別のモノ……え? 私? 私を見てるの?

 

「エル?」

 

 エルちゃんが手を伸ばす。庇われているその背から。

 

「駄目だ、エル! 他のヤツらなんか、駄目だ! 近付くな!」

 

 それを必死で留めるのはルカくん、それは彼自身の拒絶だった、他のモノへの。彼の傷ついたココロは信用できないんだ。私は伸ばしていた手をぎゅっと握った。何も……何もできない、してあげられない。馬鹿みたいに同じコトを繰り返すだけ。笑うだけ。

 

 情けなさに何だか目頭が熱くなって……涙が滲んできた。泣いたってショウガナイのに……

 

 

「……どうやら、貴方に欠けているのは風の精霊(かぜのたみびと)精神こころのようですね。風の精霊たちは人の心に新しい風を吹き込む。新しいことに立ち向かわせる勇気を与える。だが、貴方はただ恐れ怖がっている」

 

 グレイが突然口を挟んだ。

 

「な! どういう意味だよ!」

 

「言った通りの意味です。貴方が勇気をもって新しい一歩を踏み出せないでいるから何時までもこんなところで縮こまっていなくてはいけないのです。ここに留まり続ければ、ただ人に疎まれ続けると分っていながら」

 

 ルカくんが顔を真っ赤にしてグレイを睨みつける。酷く忌々しげだ。私は……と言えばグレイがどうしてこんなことを言ったのか測りかねていた。

 

「貴方に彼女を止める権利はない。新しい一歩を踏み出そうとしている彼女を」

 

 私はグレイを見詰めた。グレイは攻撃の意志を手放していた。周囲に霊力の高まりを感じない。幾ら呪文の力がなくっても炎を召還できる彼でもこの状態からでは直ぐには攻撃できないだろう。それはルカくんにだって解るハズだ。

 

 今、攻撃すればルカくんの力は充分グレイに届く。なのに……なのにルカくんの力は誰も傷つけなかった。行き場を無くした風の力が時々ウチの中のモノを壊したけれど。

 

 

 エルちゃんが手を伸ばした。遮るモノはもう何もない。

 

 手を伸ばした先……それは、『私自身』がいた。

 

 

 エルちゃんが手を伸ばして何かを訴えようとしている。

 

「あぁ……うあ……」

 

 言葉にならない声が私に届く。

 

 私は必死でその声を聴いていた。

 

 泣いているのではない。

 

 嘆いているのではない。

 

 悲しんでいるのではない。

 

 私はその声に耳を傾け続けた。

 

 

 

 エルちゃんの手が私に触れる。

 

 まるで触れると火傷するかのような……違う、火傷させてしまうかのように恐る恐る手を伸ばしてくる。私はそれを見守った。私から動いたらエルちゃんは近づけないかもって思って。

 

 そっと、そっと触れるのは血が流れる腕。そっと触れて私を見上げてくる。

 

 あ……心配してくれているんだ。

 

「大丈夫だよ、痛くないよ」

 

 けっこうぱっくり切れてて(うわ~)改めて見ると痛そうなんだけど、今はそんなこと麻痺してて感じてなかった。けれど、そう言ってもエルちゃんは痛ましそうにその傷を見る。

 

 何かが私の腕に落ちた……

 

 それはエルちゃんの瞳から零れ落ちる涙だった。

 

「あぁ……」

 

 やはり言葉にならない声。

 

 だけど……伝わった。……伝わったって思う。

 

「ありがとう、そんな心配しなくても大丈夫だよ。本当にありがとう」

 

 エルちゃんは心配してくれてた。そして、私たちを信用してくれたんだって思う。だから、伝わってるその思いを……私は手を伸ばして伝えた。怪我をしていない手でエルちゃんの頭を髪をそっと優しく撫でた。

 

 エルちゃんが私を見上げた。不思議そうに。そんなエルちゃんに私は笑いかけた。

 

 きょとんとしているエルちゃん、だけど次の瞬間、ゆっくりと笑った……笑ってくれた。

 

 労わりの心。慈しむ心。癒しの心。そんな笑顔。

 

 それが伝わる。

 

「……え?」

 

 伝わる霊力……それは大地の癒しの霊力。呪文はなかったけれど、それは確かに大地の精霊の霊力。

 

 傷ついた腕がみるみる治っていく……

 

 それは暴走して唯悪戯に何かを誰かを傷つける霊力(ちから)ではなくて意志を以って癒そうとする霊力(ちから)

 

「これ……エルちゃんの?」

 

 見る間に結構深かった傷が塞がり、何の跡形もなく綺麗に治った。凄い……こんなヒーリングなんて魔導師でも僧侶でもなかなかできないレベルだよ。

 

「凄い! 凄い! ありがとう、エルちゃん!」

 

 気がつけばさっきまで恐る恐るだったのが思いっきりエルちゃんに抱きついて、抱き締めていた。嬉しかった。唯嬉しかった。感謝していた。

 

 ヒトにいっぱい傷つけられてきた彼女がそれでも私っていうヒトに見せてくれた優しさが嬉しくて堪らなかった。

 

「ありがとう……」

 

 今度はそう繰り返してた。やっぱり私って馬鹿だよね……もっといろいろ言いたいのに思いつかない。でも、どんなに呆れられたって今伝えたいのはその言葉だけだった。

 

 ありがとう……って言葉だけ。

 

 

 

  ねぇ、「ありがとう」って使うのこのヒトは。

 

  それはとってもアッタカクってとってもヤサシイの。

 

  「ありがとう」って……

 

 

 

「ありがとう」って言葉にエルちゃんが笑った、微笑んだ。

 

 2人で顔を見合わせて笑った、とてもとても優しい笑顔だった。彼女が私を治してくれた霊力(ちから)みたいに。彼女の霊力の本性はきっとそう……こんな優しさ……傍で微笑みかけてくれるような優しさ。慈愛の力。

 

 

 ルカくんは黙って一部始終を見守ってくれていた。グレイの言葉がルカくんの心に響いたんだって思う。だからルカくんはエルちゃんをそれ以上止めなかった。私はそんなルカくんにも腕を伸ばした。抱き締めたかったから。ルカくんにも「ありがとう」って伝えたかったから。

 

 照れくさそうなルカくんを強引に引き寄せて2人一緒にぎゅってした。

 

 溜まらなく優しくなれるって気分だった。

 

 


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