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闇と炎と2

 ……はぁぁ~とシュクヤさんが大きな溜息をついた。

 

 ううぅ~本当にごめんなさい。

 

「つまり何、この敵に有効な攻撃手段がない……ってワケだ」

 

「そ、そういうことになるんでしょうか……」

 

「そういうこと。その程度の炎の呪文何発喰らわしたって逃げ道すら作れないよ」

 

 そんな……どうしよう……

 

「……いいかい、カナン、アンタ魔法力温存しときな」

 

 え?

 

「でも、それじゃ……一体どうすれば……」

 

 ここ逃げられるんだろ?もう見渡せば空も大地もワタシたちの周りは……

 

「目覚めたばっかで魔力落ちてんだけどさ……」

 

 シュクヤさんの声の彩が変わる。違う。さっきまでの彼女とは違う。

 

「しかも、炎の呪文ってばまるっきり力の源が違うけど、このアタシとアタシのマスターに喧嘩売ったこと後悔させてやるよコイツラに。幸い、炎の触媒はあるしね」

 

 そう言って身体を温めていた焚き火を見返る。

 

 ……さっきまでは身体全身を温めることができた闇を照らし出す頼もしい灯りだった、けれど、今では、周囲の全てをおぞましい敵が覆い尽す中ではそれは酷く心細く見えた。

 

「……そして、よくお聞き」

 

 声は鋭くそして抑えられる。

 

「は、はい」

 

「緑の結界ははれるかい?」

 

 緑の結界は緑の力を源に身体の異常状態を防ぐ呪文の総称だ。

 

「……毒治療ぐらいなら……」

 

 こんなとこでも情けなさ丸出し。

 

「まぁ、仕方ないね。それでいいから自分にかけときな」

 

「で、ここからが大事だよ」

 

 どきり――――とした。何だか重大な決意を迫られるような嫌な予感。

 

「アタシが魔法を放ったら……」

 

「シュクヤさん……?」

 

「振り返らないでそのまま此処を逃げるんだ。できるだけこの森を離れて街へ。街の結界と人の気配、明かりをコイツラは嫌がる、其処までは追ってこないから」

 

「……それ、どういうこと……?」

 

 そしたら……シュクヤさんは?

 

「言ったまんまさ」

 

「だけど!」

 

「全滅するよりはマシだろ! 今のアタシの炎の力じゃコイツラを全部焼き尽くすことはできない。かと言って闇の呪文は大した効果は得られないんだよ、コイツラ相手じゃ」

 

「そんな……シュクヤさんを犠牲にするなんて嫌だよ!」

 

「何言ってんだい! それが守護精霊の正しい使い方ってもんなのさ」

 

「正しくなんかない! そんなのが正しいなんて思えない」

 

 シュクヤさんが目を瞠った。

 

「そう言ってくれるのは嬉しいけどさ、大丈夫だよ。アタシらは『死』にはしない、力が弱って暫らくまた眠りにつくだけさ。けど、アンタはそうはいかないんだよ」

 

「けど!」

 

 確かにそう考えられるかもしれない、けれど嫌だ。仲間を見捨てて逃げるなんて。

 

「頼むよ、『虹の橋』一緒に探すんだろ?こんなトコで終っちまうなんて嫌じゃないか。アタシ信じてるからさ、暫らくは一緒に行けなくなるかもしれないけど、見つける時は一緒だから……」

 

 綺麗な黒い瞳が真直ぐにワタシを射抜く。それは妥協や弱さを許さない。

 

「……シュクヤさん……」

 

 そこまで言ってもらえて、信じてもらえて更に言い募ることはできなかった……

 

「じゃあ、分ったね。言った通りに……」

 

 ……ワタシは手を握り締めた。強く、強く……

 

 これまで感じたことのないくらいに自分の不甲斐なさを感じる。

 

 ……ワタシは何て無力な存在なんだろう。

 

「――緑の君、癒しの君、汝が御手を我がもとに……」

 

 ワタシは呪文を唱える。それは大地の魔力、優しき加護の呪文。

 

「用意はいいね」

 

 シュクヤさんが確認をとる。

 

 ワタシはこくりと小さく頷いて返事をする。シュクヤさんの決心を無駄にするワケにはいかない。

 

「じゃあ、いくよ!」

 

 炎が揺らめく。

 

 触媒とする為の炎が。

 

 ……魔力を集中させている時に感じる独特の霊気がシュクヤさんを取り巻く。

 

 それは……

 

 それはこんな時でさえ美しい光景。彼女の切れ長の瞳が炎を見詰める。魔力の昂ぶりがびりびりと感じられるくらいにまでなった時、炎は一際強く燃え盛る。炎によって起こる気流が魔力の中心である彼女の髪を服を舞い上がらせる……

 

 滑らかな手の動き、身体の動きはまるで神に奉納する舞を舞うかのように見えた。

 

 言の葉が……

 

「……炎よ、猛々しき炎よ……」

 

 炎に息吹を与える。

 

 どくん。どくんと。脈打つように炎が蠢く。

 

「我、汝に命ずる者……」

 

 それは命じる者のままに胎動し命を与えられる。

 

「我は炎と契約する者、我が命に依り汝が力を解放せよ」

 

 炎は彼女を内包するように燃え上がり、その力を最高潮にまで高めた・・炎は私が今まで見たこともない彩に染まる……彼女の力故か、それは深い深い紅の色に……

 

 美しい炎……胸が痛くなる……

 

「カナン、行くよ!」

 

 シュクヤさんが合図する。

 

 胸が痛い・・ずきずきと傷む。だけど、彼女の思いを無駄にするワケにはいかない。

 

「――――炎の連弾、我が敵を焼き尽くせ」

 

 炎の礫が降り注ぐ、それは空を覆う蟲を焼き、地に落ちては地を覆う蟲を焼く。炎の連弾は複数の敵に有効な術だけれど、このほど凄い威力があることを初めて知った。炎は止むことなく燃え上がる。

 

 気がつけば、その炎は一つの路を創りだしていた。意図的に効力の範囲を限定したのだろう。炎の熱さと明るさが群がる蟲たちから創りだす路。

 

 ……私は走り出した。

 

 振り返らないで走り出した。

 

 立ち止まってはいけないと私の中の何かが言う。頭を空っぽにしてその命じる侭に走り続けた。

 

 ……きっと……命じるのは弱い私の本音。

 

 どんなに格好いいことを言ったって本当は怖いんだ……怖いんだ……

 

 

 息が切れるほどに走った時にはシュクヤさんの創り出した炎は勢いが衰えていた。

 

 一匹、一匹……と覗うように闇から蟲が湧いて出てくる。一体何処にこれほどの蟲がいたというのか……

 

 だが、まだ炎は燻っている。これならば私の炎の呪文を連続で使えばこの森を抜けることができるかもしれない。森を抜ければ街の結界も近い。

 

 ―――――逃げられる!

 

 これで安全な場所へ辿り着ける……

 

 

 ようやく空っぽだった頭に安堵が拡がる。

 

 これで、助かる……

 

 そうだ、これで助かるんだ……

 

 

 走りつづけて上がった息を整えるのに足を緩めた。けれど足を止めるワケにはいかない、私の足元の続いていた路はまた少しずつ少しずつ塞がれようとしているのだから。

 

 

 ……シュクヤさんはどうなったんだろう……

 

 必死だった時には空っぽだった頭にそんなことが浮かぶ。

 

 ……大丈夫だっていったけど……

 

 ……だけど……

 

 

 駄目だ――――そんなこと考えちゃ……

 

 集中しなくてはこの場を逃れることはできない。魔法の威力は施術者のレベルもさることながら集中力に大きく左右される。況してや私のレベルではせめて集中力を上げなければ駄目なんだから。

 

 頭を大きく振った。そうしたら少しは他のことを考えないで済むかもしれない。

 

 

 ……シュクヤサンハダイジョウブナノ?

 

 ……シュクヤサンハ……・

 

 

 魔力を集中させる。

 

 今は何も考えちゃいけない。

 

 もっと安全な場所までいくまでは何も考えちゃいけない……

 

 

 請い願う。

 

「……炎よ……」

 

 そうだ、今はただ呪文に集中するんだ。

 

「……炎の昂ぶりよ……」

 

 ……クヤシイ……

 

 ……チカラノナイジブンガ……

 

 ……モットチカラガアレバ……

 

 ……ミンナヲマモルコトガデキルノニ……

 

 

 

 何時だか『彼』が言っていた。あの夕陽に染まる時。

 

 不思議だった言葉がようやく私の中で意味を持つ。

 

 

 ……もっと強くなりたい。

 

 皆を護れる力が欲しい、誰も見捨てたくない。

 

 誰も。

 

 そう誰も!

 

 

「……我が願いに応えよ。ファイヤーボム!」

 

 

 私は炎の呪文を放った。

 

 放たれた炎はさっき見たものとは比較にならない程に小さな小さな塊。

 

 淡い淡いオレンジ色の炎。

 

 

 けれどさっきの魔法の効果が辺りを包んでいる。その相乗効果と―――余韻がより大きな影響を齎す。だから私の炎の魔法でも辺りに潜む蟲たちを追い払うには充分だった。それを確認しながら私は緩めた足をまた速めた。

 

 

 行かなくちゃ!

 

 早く、行かなくちゃいけない。

 

 

 路はある。

 

 拓かれた路はまだ続いている。だから……

 

 

 目指すべきもの……それは……

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

「シュクヤさん!」

 

 息を弾ませながらワタシは叫んでいた。

 

 目指すべきもの……それは……安全な逃げ道なんかじゃない。

 

「ちょ……なんでアンタ……」

 

 シュクヤさんは絶句した。

 

 ごめんね、あれほどワタシのこと思ってくれたのに……

 

「アタシの精一杯じゃ森を抜けられそうになかったのかい?」

 

 美しい眉を顰め彼女が言う。

 

「ううん」

 

 首を振って答えた。

 

「じゃあなんで!」

 

 口調に強いものが篭っている。……彼女の気持ちを無にしたのだから……それが分る。

 

「頑張れば……頑張れば二人一緒に逃げることだってできるかもしれないって思ったから!」

 

 だから彼女の気持ちに負けないくらいの勢いを込めた。

 

「さっきの魔法の効果で霊力がこの一帯に強く引かれてるもの。ワタシの魔法力でもいつもよりはマシになる筈だもん。炎の魔法が駄目なら、……それに近い光の魔法だって……」

 

 ……そんなに自信はない。胸をはって大丈夫だといえる呪文じゃない。この間一度成功しただけ、しかもワタシにはまだレベルに合わない魔法。使えばワタシの魔力は空っぽになちゃうだろう……

 

 失敗したら……

 

 失敗したらもう逃げ場はない。

 

「光の魔法? 馬鹿だね、アンタこのアタシが闇の精霊だってこと忘れてないかい? アタシがこの場に居ることで光の魔法の効果は減じるんだよ。しかも、アタシには補助してやることもできないよ」

 

 ……そうだ……

 

 あの時は『彼』がいた。

 

 ううん、この旅に出てからいつも傍には『彼』がいた。

 

 だからこそ……

 

「それでも、ワタシにはもうその呪文しかないんです。自信ないです、さっき使わなかったのだって全然成功したことないから……でも、もうやるしかないんです!」

 

 これだけ強い口調で誰かに何かを訴えたことなんてなかった。何時も誰かの顔色を覗っていたような気がす。でも、今、何故か言葉が出てくる。訴えるべき言葉が。

 

「……アンタほんとに馬鹿だよね。とっとと逃げればよかったのにさ……」

 

 シュクヤさんは呆れ気味に呟く。

 

「……だけどさ、嫌いじゃないよ。そういうの」

 

「……え?」

 

「じゃあそういうことで……まだアタシの魔法の効果が残っているうちにやろうじゃないか? ね、マスター」

 

 彼女が優雅な仕草で右胸に手をあて跪く―――それはマスターへの忠誠の証。

 

 

「……シュクヤさん」

 

 心が決まった。ワタシの心が強くなったような気がした。

 

 

 ……あの時はただ必死だった。

 

 初めてこの魔法を使った時。ワタシは何を思っていたんだろう。ほんの少し前のことなのにすごく遠いことのようだ。

 

 ……あの時は……ただ強く願った。

 

 それだけだった。

 

 今も同じ。

 

 違うとしたら……

 

 違うとしたら……

 

 

 

 一つ大きく息を吸った。余計なことを考えてはいけない。

 

 

 違うのは……

 

 

 強く杖を握り締めた。まだ強い魔力が放出された余力で霊力が集い易い筈だ。

 

「―――光よ。輝かしき光よ……」

 

 

 願う。請い願う。

 

 あの時と何も違うことなんかない、ワタシは委ねられたんだ、信じられたんだ。

 

 

「―――この世の全てを照らし出す大いなる輝きよ……」

 

 何を迷うことなんてあるっていうんだろう……

 

「―――我が祈りを聞届け、この深い闇を打ち払い、我が元にそが道を示せ……」

 

 

 杖に宿る霊力(ちから)

 

 光―――闇を切り裂くその霊力(ちから)

 

 迷ってはいけない。

 

 迷いは弱さ。

 

 誇り高き光は弱さを……精神(こころ)の弱さを厭う……

 

 

 けれど……

 

 心の片隅に燻る。

 

 ……違うのは……『彼』が傍にいない……

 

 

 片隅に燻っていた思いは追い出せないほどに深い。

 

 ―――今、此処に『彼』はいない。

 

 

 その不安。

 

 隠していた不安に気がつく。

 

 

 意識して忘れていた。

 

 でないと自分の弱さにまた打ちのめされそうだったから。

 

 

 ……こんなに……こんなに『彼』に頼っていたんだ。

 

 


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