蒼い宝珠
「やった~! これでワタシも立派な魔導師なんだね~~」
何を喜んでいるかって? だって、これが喜ばずにいられますか! ようやく念願の卒業の証を手に入れたってのに!
「ありがとう~、妖精さん。お蔭で本当に卒業できたよ~」
ワタシは妖精さんの手を握りぶんぶん振って喜びを現した。
そう、ワタシはついに念願の卒業の証を手入れたのだった。魔法学院への申請はこの妖精さんに『おまかせ』って状態だったからちょっとばっかり……ううん、かな~り不安だったんだよね~。
なにはともあれ……
「何はともあれ、これでもっと様々な依頼を受けて私を養ってくださるってことですよね?」
ぐっ。
そ、それは私にもっと鍛えて精神力を上げろってこと?今でも充分いろんなこといっぱいあってぜぃぜぃ言ってるのに~―――と私は心の中で叫んだ。
実際口にすれば何倍にも何十倍にもなって返って来るに違いない……から……とほほ。
「じゃあ、ボクはこれで~」
そうこうしていると卒業の証を持ってきてくれた妖精さんが如何にもそそくさって感じで立ち去ろうとしている。そう言えば妖精さんてば何んだか知らないけれどグレイが苦手みたいだ。ワタシと二人の時は陽気でおしゃべりだったのに、グレイが傍にいると怯えてるみたいに縮こまってるんだよね。
深く追求しようにもワタシにはもうこの妖精さんを引き止める術はない。旅支度でお金を使い果たしたし、子犬を助けた時に貰った賃金も今後のことを考えたら無駄に使えない。だからもう彼を雇用するお金はない。初めて人を(というか妖精さんだけど……)使えるようになった思い出があるから、ちょっと淋しいけど仕方ないね。
――と。
「お待ちなさい」
グレイが妖精さんを引き止めた。
「ボ、ボク? ですかぁ~」
妖精さんが本当に恐る恐るという感じで振り返る。
「ええ、そうです貴方です」
一体どうするんだろう? 妖精さんを引き止めて?
ワタシはグレイの行動の先が読めずその行方を見詰めるだけだった。
「私が貴方を雇いましょう」
「「っへ?」」
二人の、というかワタシと妖精さんの声が重なった。
「うえ? グレイってばお金なんて持ってるの?」
ワタシが驚いたのも無理はない。精霊さんはワタシたち人間界の生物とは価値観が違うから人間の使うお金なんて彼らには何の価値もないのだから。どっちかって言うとそういうのは馬鹿にしてるって聞いてたんだけど……
「お金というものは持っていませんが……」
グレイはそう呟くと右手を前に差し出して瞳を閉じる。その右手の平を見せてそれが何かを掴むような形で止まる。……気を集中しているようだ。あんまりそういうことに聡くないワタシでもそれが分かるほどに。
やがて……炎が立ち昇る。
赫く輝き燃え上がり、それは次第に色を変えていく。その色は陽の光をとりこむように淡い色になり、そして、白く……白く、青白く……それから蒼く、強く蒼く輝いた。その変化の妙は誰もが惹きつけられずにはいられない。気が付けばワタシも妖精さんも身を乗り出してその様子を見ていた。
炎はグレイの掌で生き物のように蠢いて、蒼く、蒼く輝いた。それが一際燃え上がったかと思うとだんだんと小さく、ううん、凝縮されていったという方が相応しい感じでそれまでとは違う輝きを放ち始めた。
「貴方も一人前の妖精ならばこの輝石の価値は知っていますね?」
グレイの手の平には蒼く、蒼く燃え上がるように輝く宝珠。
グレイはそれをワタシたちによく見えるように差し出した。それを見た妖精さんは目を見開きながらグレイの問いにぶんぶんと肯定の意味で首を激しく上下に振る。
「ならば異論はないでしょう?」
妖精さんは今度は大きく一つ頷く。
「では、これで契約成立ですね」
それからグレイは暫し逡巡して再び口を開いた。
「さしあったっては貴方には連絡係でもしていただきましょうか? カナンの自宅や学院などから彼女宛の連絡があったら伝えてください。また私たちが連絡をする場合や他にやってもらいたいことができたら呼び出しますから。では、とりあえず待機していてください」
グレイが命令を下さすと妖精さんは一目散に命令に従い元いた場所へと戻っていった。
「ねぇねぇ、グレイ。今の何? すんごく綺麗だったけど……」
蒼く、蒼く燃え上がる炎にも似た宝珠。誰もが目を奪われずにはいられない。
「自分のエナジーを圧縮させたものですよ。上級精霊ならば誰でもできますが、そうしてできた宝玉はその精霊の力そのものです。その魔力によって身を護ることもできるし、またそれをもっていればその精霊の加護ある者と認められます。それに石としての価値も高い。人はあれを高値で取引したいと望んでいましたよ」
「へえ~」
と声を洩らしてから慌てる。また無知な奴だって思われたかなぁ~
「嘘か誠か……『蒼いルビー』と呼ばれました、あれは」
グレイが何処か瞳を細めて何かを懐かしそうにしていた。
つきり。―――と痛むのは何故?
胸が痛い。
◇ ◇ ◇
「……『蒼いルビー』」
カナンが呟いた。
皮肉な名を付けられた宝珠。それでいてこれほど相応しい名はないだろう。嘗ての自分の愚かさを、自分の力を過信していたあの頃を戒めるに相応しい名。決してありえないという意味で『虹の橋』と似ているだろうその名は嘘と偽者と役立たず。何の役にも立たなかった護りの力。もう二度と使わないものと思っていたが……
「欲しいのですか? でも貴女にはさしあげませんよ。そう何度もできないので」
口の端に笑みを貼り付けた。殊更に。
守れない約束も護れなかったという後悔も一度きりでいい。
「何それそんなこと思ってないもん! それにグレイのケチ!」
カナンが噛み付くように言った。私はくすくす笑う。嘘吐きと思われるよりはケチと言われる方が何倍もましだなと感じながら。
「貴女には必要ありませんからね、この私自身が貴女を護る為にいるのですから」
カナンが何故か息を呑むのを感じた。
もどかしい。光を失ってからこの方不便さを感じることは何一つなかったというのに、カナンと共にいると何故だかそう感じることが日増しに多くなる。今も彼女の表情が見えないのがそう感じる。誰にどう思われようとどうでもいいことだし、実際そうなのだが……
ただ、想像する。彼女は分かり易い。すぐに思っていることが分かってしまう。きっと、その表情にも生き生きとそれが表れているに違いないと。
ならば……見たい。笑う彼女を見ていたい。それが叶わないとしても、いやそれだけに尚、彼女には笑っていて欲しい。
「あのさ、ありがと」
はにかんだようなカナンの声が言う。
「はい?」
「や、あのさ、妖精さん。グレイが雇ってくれたのってワタシの為でしょ?ワタシがどっかがっかりしてたから……ごめんね、そんな気を使ってもらちゃって、なんかさ……失格かなグレイのマスター」
「別に貴女の為ではありませんよ、私が必要だと思ったからそうしたのです。実際、私たちには仲間が必要です。それに……」
「それに?」
「それに私たちは仲間なのでしょう?変な気遣いは無用です」
「そっか。そうだね。ありがと、グレイ」
彼女が笑う。きっと、今の彼女は私が望んだ通りの姿。
取り返せない過去の望み。失ってしまったモノ。その代わりには決してならないけれど、今一時だけでもそれを護ってやりたい。
代わりには決してならないけれど……
今一時だけでも見ていたい夢だから。
もしも……
何かで代わりになるのならこうして何もかも差し出すのに……