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光の祝福4

「カナン、そのまま目を閉じていてください!」

 

 グレイが私をローブの中に包み込みながら言う。グレイがその右腕で私を自分の胸の中に閉じ込める。

 

 

 ――光よ。大いなる光よ。我が問いに応え闇を打ち消す力を与えよ!

 

 グレイが静かに唱えたのは光の魔法。

 

 光の攻撃呪文。とは言ってもそれは肉体にダメージを与えるものではなく、主に視覚にダメージを与える所謂『目くくらまし』。

 

 

 グレイが光を放つ。

 

 私は彼の腕の中で目を閉じているだけ、それでも圧倒的な光の存在を背後に感じていた。

 

「グレイ!」

 

 グレイが戒めを解いたので、私は自由になった体を巡らせグレイを見上げる。

 

「グレイ! グレイ?」

 

 彼は戒めを解いたのではなく、解かざるを得なかったのだ。

 

「すみません、カナン。少々疲れました」

 

 彼は膝をついて肩で息をしていた。無理もない彼の力の源とは違う魔法をずっと使っていたし、今もまた使った。この結界の中で。

 

「私の力だけでは光の魔法はこの程度までです。結界を破る決定的な力とはならない。炎の力を開放すれば或いは……けれど」

 

「けれど?」

 

「それはできません。今は貴女に私の力は制御できない、貴女を巻き込んでしまうでしょう。そしてあの獣も……仮令炎の力が付加されていても元は……」

 

 グレイは突然の発光にダメージを受け蹲る炎の獣を見遣る。苦しみながらもダメージを与えられながらもその戦意はなくなることなく、私たちに変わらぬ敵意を向ける獣を。

 

「望まぬ力を与えられ、望まぬ憎しみを植え付けられ、苦しむモノ、アレは私たちが探している子犬。私の力を受けきれぬでしょう」

 

 グレイの眉は顰められ、その瞳は忌々しげに細められる。此処にはいなけれど、確かに存在を此処に感じさせる目に見えぬ敵に対して。

 

「そんな!」

 

 あの炎の獣が……私たちが探していた子犬?

 

「……カナン。解放してやってください」

 

「グレイ?」

 

「あのモノを痛みから苦しみから……」

 

 グレイが私に言う。他の誰でもない私に。

 

「私が?」

 

「そう、貴女が」

 

 グレイの声は揺ぎ無い。

 

「そんなの無理だよ。私にはできない」

 

 

 無理! 無理だよ。私にはそんな力なんてない。私は自他共に認める劣等生。

 

 ずっと……愛想笑いして……自分の気持ちを誤魔化してきた。何一つ満足にできない自分を誤魔化してきた。

 

 そんな私に何ができるというのだろう……

 

「貴女しかいない、此処には貴女しかいないんです。助けてやれるのは!」

 

 グレイの両の腕が私の肩を掴む。グレイの真直ぐな視線が私を捕らえる。灰色の瞳が真剣な光を帯びて私を放さない、ううん、私が離れることができない。

 

 ……グレイ?

 

 其処にはいつも綺麗に彼を隠す彩が薄らいでいる。

 

「信じてください、貴女の力を。誰の声も届かなかった私を呼び覚ました貴女の力を」

 

 グレイの声が沁みいって私を染め上げる。

 

 グレイは信じてくれるの?

 

 グレイは……どうして私を信じてくれるの?

 

 私を信じて貴方には得るものがあるの?

 

 私はその思いに応えてあげられるの?

 

 

 違う!

 

 応えてあげなければならないんだ。―――それがマスターとしての努め。ううん、そんなおこがましいことじゃない。こんな私に力を貸してくれる仲間に応えるなんて当然なことなんだ。

 

 私を信じて、一緒に歩いてくれる大事な仲間に。

 

 蹲っていた獣が起き上がろうとしている。低い、低い唸り声が止むことはない。痛みと憎しみに牙をむける。

 

 そして、助けを必要としているこのコの為に。

 

 

「グレイ」

 

 私は木の杖を握り締める。

 

「……駄目かもしれない……」

 

「……カナン」

 

「駄目かもしれないけど、やってみるから私、できるだけのことやってみるから力を貸して。」

 

 グレイが明るい瞳を向ける。

 

「また無理させちゃうけど、それに上手くいかないかもしれない……けど……」

 

 自信がないから声が震える、小さくなる。今まで、本当にどんなに頑張ったって上手くやれたことなんてない。

 努力は……してきた方だと思う……でも……

 

 誰もが言った。

 

 ―――優秀なお兄さんとお母さんがいながらなんでこんなに何もできないんだろう――と

 

 ―――お前は何もできない愚かな人間だ――――と

 

 そんな風に言われるから私は自分のことなんて信じられないから……

 

 

「『けど』はありえません。必ず上手くいきます」

 

 グレイは私の肩を掴んだまま、真直ぐに私に言い聞かせる。

 

「なんで?」

 

 なんでそんな自信を持って言えるの?

 

「貴女は仮にもこの私のマスターですからね」

 

 グレイが微笑む。

 

 相変わらずだ。相変わらず、何処からこんな自分に自信を持てるのか呆れるのを通り越してなんだか感心してしまった。

 

「何それ~~、すっごい自信だね~」

 

「そうですか?私ぐらいの実力を持てば当然だと思いますが」

 

 グレイが如何にも心外だとばかり応える。

 

 そうかもね……、ううん、そう信じよう。

 

「まぁ、そゆことにしとく」

 

 グレイが納得できないような表情をしたけど……まぁいいや。

 

 

 闇を打ち払えるのは光の力。

 

 私はこれまで一度もその魔法を成功させたことなんてない、それも初級レベルの魔法だって。それをグレイの力を借りるとはいってもできるかどうか、はっきり言えば成功しない方の確率が高い。それに上手くいっても私のレベルじゃこの結界を破れるかどうか……

 

 でも……

 

 でも、何もしないで諦めるのはもっと嫌だ。

 

 元はと言えば私の不注意の所為でこんなことになってしまったのに、私を見捨てれば一人なら此処から抜け出せる可能性を捨てて付き合ってくれるグレイ。

 

 せめて、少しはマスターとしてできる限りのことしたい。

 

 だから……

 

 

 低い唸り声を聞きながら私は瞳を閉じた、集中する為に。持てる力を集める為に。

 

 光の魔法は祝福の魔法。光の魔法は邪なるモノを斥ける魔法。

 

 誇りと幸いを輝かせ照らし出す魔法。人はその為に願い、祈る。

 

 

 私は……?

 

 私は委ねられた命と私自身の誇りの為に願い、祈る。

 

 

 ―――光よ。輝かしき光よ。

 

 ―――この世の全てを照らし出す大いなる輝きよ。

 

 ―――我が祈りを聞届け、この深い闇を打ち払い、我が元にそが道を示せ

 

 

 杖を握り締め、強く祈る。

 

 光が届きますように……

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 ―――光よ! 大いなる光よ!

 

 

 こうして人間界に出てくるのはどれほど久方ぶりか。

 

 あの時以来どれほどの時間が経ったのか……精霊王の云う所の過ちを犯し深く、深く眠っていた。

 時に浮かぶ意識の中でその贖いとして奪われたモノだけを思っていた。

 

 取り戻したいと切に切に望んだ。

 

 けれどもそこに在ったのはどうにもならないという焦燥感だけ。

 

 

 待っていた。

 

 待っていた、呼ばれるのを。

 

 待っていた、力を取り戻すことを、奪われたモノを取り戻す為に。

 

 

 貴女は私の光。

 

 やっと私に与えられた光。

 

 

 ―――我がマスターに祝福を……

 

 

 

 カナン、貴女は誰の声も届かなかった私を呼んだ。

 

 信じてください、貴女の力を。

 

 

 彼は祈った、永くそうであったように自分の為にではなく、彼女の為に

 

 

 

 ―――――何者にも惑わされることなく、正しき道を歩む者よ。汝に正しき祝福を

 

 

 闇を切り裂くように耳に届いたのは……祝福

 

(これは……光の精霊王の祝福なのか……? ……まさか!?)

 

 

 だが、それは確かに……

 

 

 深い深い闇が閃光に切り裂かれる。祈る乙女の願いに闇は取り去られる。

 

 その降り注ぐ光は聖なる裁きの矢となって破魔の矢となって悪しきモノのみを刺し貫く。

 

 それは『聖なる矢』と呼ばれる呪文。魔導師が使う初歩的な攻撃呪文である筈だ。

 

 だが……

 

 天を轟かせ、怒れる雷の如く魔を打ち尽くすこの光は……所謂それではない。

 

 

(これではまるで……)

 

 まるで、神官か僧侶のそれも極めて高位の、聖なる祈りのようだった。

 

 

 

 光が闇を貫く。

 

 

 これは彼女の力なのだろうか?

 

 彼女は魔導師、それも極めて駆け出しの低位の魔導師に過ぎない。彼女の素質こそ認めていたが……ありえない……

 

 闇は徐々に真実を暴かれ消されてゆく……

 

 

 遠く、遠く、結界の主の断末魔が聞こえたような気がした。

 

 


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