「顔も見たくない」と罵る氷の辺境伯様に、ウソでさえずるからくり小鳥を作ったのですが、朝から晩まで鳴きやみません
「幸せな結婚などありえないというのは本当だな。幸せな死が無いのと同じことだ」
婚約者のブリザルド様は朝食の席で、盛大なため息とともに、続けてこう漏らした。
「それにしても、毎朝この醜悪な顔を見させられるとは……。そろそろこの罰に、名前を付けたくなってきたな」
わたし、ロッテが北の辺境伯家に来てひと月になるが、こんなことを毎朝言われている。
ただ罵倒はひとつとして同じではなくバリエーション豊富で、昨日は「貴様と私の間にあるものは、空気すら疎ましい」だった。
……♪ピピッ、ピピピッ!
わたしの肩の上で、木彫りの小鳥が胸をふくらませていた。
ブリザルド様は『叢氷の辺境伯』と呼ばれている。
銀の髪に、不純物のない氷みたいな澄んだ青い瞳。
誰もが見とれるほどの容姿だけれど、口を開けば誰にでも罵倒の吹雪が吹き荒れる。
「特にその髪型はありえんから、二度とするな。次にやったら、庭師に刈らせてやる」
……♪ピピピッ!
ちなみにこの小鳥は、わたしの手作り。
知り合いのいない雪国で、寂しさをまぎらわせるために作った『からくりバード』だ。
鳥笛を改造して、ウソを聞き分ける魔石を仕込んだもので、ウソをつくとさえずる仕組みになっている。
「紅茶がまずい。貴様が淹れると、なんでも泥水になるな」
……♪ピピピピッ!
ブツクサ文句を垂れながら、おかわりを三杯飲み干して食堂を出ていった。
わたしは小鳥のおなかをつつく。
……壊れたのかな?
だってあの人の言葉には、ぜんぶ鳴るんだもの。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
それから数日後。
中庭を歩いていると、頭の上でミシッ! と嫌な音がした。
見上げると、頭上から槍みたいなツララが……!
思わず目を閉じる。
しかし、痛みはいつまでたってもやってこない。
おそるおそる目を開けると……。
わたしは、ブリザルド様の腕の中にいた。
彼の腕にはツララが突き刺さっている。
「ぶ……ブリザルド様……!?」
「勘違いするな、貴様の汚れた血で庭を汚したくなかっただけだ。死ぬのなら野良猫のように、私の目の届かないところで死ね」
……♪ピーチクパーチク、ピピピピーッ!!
彼は罵りつつ、わたしのコートの雪を払い、マントでくるんでくれた。
「二度とこの庭には立ち入るな。景観が悪くなる」
……♪ピピッ!
それから彼は庭師の数を倍に増やし、ツララができないように屋根の掃除を徹底させた。
思い返せば、目が合うたびに暴言を吐かれてきたけど、手を上げられたことは一度もない。
扉は必ず先に開けてくれるし、凍った道で転びそうになったら必ず抱きとめてくれる。
口は北風、行動は紳士。
まるで、包み紙と中身を逆に詰めたプレゼントみたい。
……もしかして、この人は……。
わたしは彼への印象を改めつつあったけど、彼の部下の騎士さんたちは限界だったらしい。
ある時、騎士団長のゲルトさんが騎士たちを集めてなにか話していた。
「辺境伯様には、もうガマンの限界だ! 毎日毎日『無能』『役立たず』と罵られて……!」
「「「そうだそうだ!」」」
「みんなで一斉に辞めてやろう! そうすれば……!」
ぐうぜんそれを耳にしてしまったわたしは、ギョッとなって彼らの前に飛びだした。
「ちょ、待ってください! ブリザルド様は、本当はおやさしい方なんです!」
わたしは『からくりバード』で、彼の罵りがウソであることを見抜いた話をした。
「……そういえば……」と騎士さんたち。
「俺が熱を出したとき、『這ってでも働け』って言いながら、三日も休みをくれたな……」
「おふくろが倒れたときも、『二度と戻ってくるな』って、里帰りの馬車を出してくれた……」
「殴られたヤツなんて、ひとりもいねぇよな……」
しかしゲルトさんだけは信じてくれなかったので、わたしは『からくりバード』の効果をみんなの前で披露することにした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
その日の夕方。
屋敷に戻られたブリザルド様は、どこから見つけてきたのか泥だらけの子犬を抱えていた。
出迎えたわたしの後ろには、ゲルトさんをはじめとする騎士さんたちが勢揃い。
「なんだ、雁首揃えて。暇が欲しければいくらでもくれてやる。二度とその顔を……」
「あの、ブリザルド様、そのワンちゃんは……?」
そういえば、この屋敷にはやたらと犬や猫が多い。
そして彼が帰ってくるなり、家じゅうの犬猫が彼の足元に集まってきていた。
わたしの問いに「この犬か?」と視線を落とす彼。
「気に入らないので水責めにすることにした」
……♪ピピピッ!
「水責めにしたあと、生まれてきたことを後悔するほどの、まずいメシを食わせてやる」
……♪ピピピピッ!
「粗末な箱に詰めて、一生苦しめてやる」
……♪ピーチクパーチク!!
小一時間後、拾われてきた子犬は見るも無惨な……。
ではなく、ふっくらした毛並みになり、満腹になったおなかを丸出しにして、毛布の敷き詰められた木箱の中で、生まれてきたことを感謝するような顔でグッスリ眠っていた。
かたや彼は、相変わらずの鬼のような形相でいる。
「なんだ貴様ら、いつまでそうやって雁首を揃えている。私が気に入らぬのなら、いつでも暇を……」
わたしと騎士さんたちは、笑いをこらえるのに必死だった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ブリザルド様と騎士さんたちとのわだかまりが解け、騎士団の結束は強固なものとなった。
おかげで功績を次々と打ち立て、ブリザルド様は伯爵に昇格。
その活躍は新聞にも取り上げられて、順風満帆。
そんなある日のこと、妹のベリンダが押しかけてきた。
「こんなに優秀で美しいお方が婚約者なんて、ずるい、お姉様!」
彼女は「ずるい」が口癖で、実家ではわたしのものをなんでも欲しがった。
わたしが婚約するときは、ざまぁの小躍りをしていた。
『叢氷の辺境伯って、氷の悪魔みたいな人だってウワサですわ! そんな人の奥さんになるなんて、あ~あ、かわいそぉ~!』
しかし今になってブリザルド様の姿を新聞で目にしたのだろう。
彼女はブリザルド様をひと目見るなり、ネズミを見つけた猫みたいに目をギラつかせる。
ブリザルド様は、氷のナイフより冷たく鋭い目で彼女を見下ろし……。
「……なんということか。あの醜女にこんなにも、美しい家族がいたとは。まるで性格の良さが容姿に滲み出したかのようだ」
……♪ピーチクパーチク、ピピピピーッ!!
「その美声は、一日じゅう聞いていたいくらいだ」
……♪ピーチクパーチク!!
「キミのような才女は大歓迎だ。いつまでもこの家で過ごすといい」
……♪ピピピピピピピーッ!!
小鳥はもう、息つぎもできていない。
そう、この人は本心の逆しか言わない。訳すとぜんぶ「とっとと帰れ」だ。
「聞いた、お姉様!? ブリザルド様ったら、ベリンダにメロメロじゃない!」
脈なんて、ひとつもない……はずなんだけどなぁ。
わたしは彼が他人を褒めるのを聞いたのはこれが初めてだったので、少し不安だった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
それから数日後、ブリザルド様の昇進を祝う夜会が行なわれた。
その最中、ベリンダはわたしのそばでワインを頭から浴びて倒れ、泣き叫んだ。
「いやあぁぁっ!? おやめになって、お姉様っ!」
「は?」
「み……見ましたか、みなさん! お姉様がベリンダにビンタして、ワインをぶっかけてツバを吐きかけるところを!」
まわりには、ベリンダが田舎から呼んだ令嬢たちがいて、わざとらしい悲痛な声をあげていた。
「ああっ、おかわいそうに、ベリンダさん!」
「実家でいつもされていたことを、こんな公の場でもされてしまうなんて!」
取り巻きたちは一斉に、非難の目をわたしに向ける。
「ひどいわ、ロッテさん! いつまで妹をいじめれば気が済むのですか!」
「いくらベリンダさんが美しく性格も良いからって、妬むなんて!」
……♪ピーチクパーチク、ピピピピピピピピーッ!!!!
夜明けの森がいっせいに目を覚ましたみたいな大合唱。
ベリンダはしおらしく言った。
「いいえ、ベリンダはいいの。お姉様にいじめられるのは、慣れっこだから……でも……」
と彼女の視線はブリザルド様に移った。
「おかわいそうなのは、悪魔の化身のような女に取り憑かれた、ブリザルド様です!」
ベリンダは「わぁーっ!」と泣きながら這っていって、ブリザルド様にすがりついた。
「ベリンダの両親にはすでに話はしてあります! ですので両家の関係を気にされることはありません! もう、本当のことをおっしゃってよいのですよ! さぁ、さぁ、さぁ!」
はやしたてる取り巻き。狂ったようなさえずり。
しかし、
「……黙れっ!!!!」
それらは一瞬で打ち消された。
「……ロッテは、悪魔などではない……!」
小鳥は、ぴくりとも動かなくなった。
「ロッテは……私にとっての、天使……! かけがえのない女性だ……! 私が愛した、ただひとりの女性……だ……!」
初めて聞く、この人の本当の言葉。
次の瞬間、ブリザルド様は胸を押さえ、その場に崩れ落ちた。
「ブリザルド様ぁぁぁーーーーっ!?!?」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
寝室のベッドで、ブリザルド様はうっすらと目を開けた。
「キミが責められているのを見て……ガマンできなくなってしまった……ううっ!」
ひと言しゃべるたびに、額に脂汗が噴き出す。
わたしは「もうしゃべらないでください」と止めたのだが、彼はうわごとのように続けた。
そして、真実が明らかになる。
この家には代々、『ウソしか言えない呪い』がかかっていて、当主は本心を口にすると命が削られる。
呪いのことを明かしても命が削られるので、誰にも打ち明けることができなかったそうだ。
「それでいいと思っていた……。私は誰からも愛されずに死んでいくのだと……。でも、キミと会ってから気持ちが変わった……。もう私は、ウソをつきたくない……。日増しにそう思うようになっていったんだ……」
すっかり青白くなった顔で、彼は力なく笑った。
「打ち明けてしまった以上……私はもう、長くはないだろう……。でも、これでいいんだ……。愛を知れて、本望……」
小鳥は、ずっと黙っていた。
「そう……幸せな、死だ……!」
「そんなの、いやですっ!」
わたしは立ち上がると、震える拳を握りしめた。
「せっかく、あなたの本心が聞けたのに、お別れなんて……! それに、あなたは言ったではないですか……! 幸せな死などありはしない、って……!」
わたしはそのまま、寝室を飛び出した。
調べたところによると、この呪いは神官さまでも消せないらしい。
ただ唯一できることは、他人に移すこと。
なら簡単だ。わたしに移してしまえばいい。
そうすると、今度はわたしがウソしか言えなくなる。
この人に、二度と本当の「好き」を言えなくなる。
……でも……でも……!
この人が助かるなら、喜んで受け入れられる……!
それからわたしは三日三晩、作業台にかじりついた。
作ったのは、呪いを吸いとって、もう片方の手の主に移す『身代わりのブローチ』。
心臓部は、母の形見の魔石。
この世にひとつだけだから、チャンスは一回きり。
ブリザルド様とわたしの手で、ブローチをはさむ。
虫の息の彼は、わたしになにをされても茫洋とした瞳で虚空を見つめたままだった。
「愛しています、あなた……。最後の愛の言葉が届かないのは、残念だけど……」
こんなことなら、もっと言っておけばよかった。
ブローチが、ぽうっと光りはじめる。
そのとき。
「ベリンダの旦那様から、手を離して!」
扉をバーン! と開けて、ベリンダが取り巻きを引きつれて飛びこんできた。
彼女は取り巻きと協力してわたしを押さえつけ、ブローチを奪い取った。
「とうとう現場を押さえたわよ、この悪魔!」
……ピカーッ!
黒いモヤがブリザルド様から抜け出し、ベリンダへ吸いこまれていった。
彼の顔色は雪解けの朝みたいに明るくなり、彼女の顔は土気色にかわっていく。
役目を終えたブローチは、ただの石ころみたいに光を失っていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ベリンダはそれから屋敷を飛び出していって行方不明に。
風の噂では、その負の力を活かして魔女として裏社会で活躍しているそうだ。
肩の小鳥は、さえずらない。
ブリザルド様も、もう苦しまない。
そして、こちらは毎朝の恒例。
「おはよう、ロッテ。キミの顔を朝いちばんに見たくて、ここまで目を閉じていたよ」
彼の瞳に映るわたしの顔がどんどん大きくなって、やがて唇どうしが触れ合った。
「ああロッテ、なにもかもが愛おしい人よ。振り向いて目が合ったときのまなざしも、あくびの時に出る涙も、笑ったときに見える八重歯も、そして私だけが知っているホクロも……」
「きょ、今日はそのへんにしてください! わ、わたしも、愛してますからっ!」
彼の愛の言葉は洪水だった。
肩の小鳥はそれからずっと、ちょこんと首をかしげたまま、ひと声も鳴かずにいる。
このお話が連載化するようなことがあれば、こちらでも告知したいと思います。
それとは別に「面白い!」と思ったら、下にある☆☆☆☆☆からぜひ評価を!
「つまらない」の☆ひとつでもかまいません。
それらが今後のお話作りの参考に、また執筆の励みにもなりますので、どうかよろしくお願いいたします!




