短編 俺は世界を救わない
夢の中に現れた神と名乗る存在は冷酷に告げた。
「1ヵ月以内にあなたが死なないと、世界が滅びます」
目を覚ました俺は、目覚まし時計を止めて小さく息を吐いた。
ただの気味の悪い夢。
そう思おうとした。
だが、胸の奥に刺さった妙な胸騒ぎだけは、どうしても消えてくれなかった。
1週間が過ぎた頃から、世界は目に見えて崩れ始めた。
ニュースは連日、世界中で起きる大地震や前例のない異常気象を報じ、やがて俺の住む街でもインフラがすべて止まった。
停電し、水が出なくなり、街の灯りがひとつ、またひとつと消えていく。
まるで、この世界そのものが病に侵され、カウントダウンを進めているかのようだった。
暗闇の部屋で、缶詰を口に運びながら、俺はふと思った。
——俺が死ねば、この災害は止まるのか?
お前が死ぬか、世界が死ぬか。
世界が壊れていく感覚は、そのまま俺自身の身体が蝕まれていく感覚と恐ろしいほど重なっていた。
世界が死んでいく。
俺の命が削られていく。
「俺が死んで救われるような世界など、知ったことか……!」
俺は恐怖で震える手で、壁から落ちて破れていたカレンダーを拾い上げた。
そして、生き延びた今日の日付の上に、血を吐くような思いで太いバツ印を書きつけた。
死にたくない。
ただ、生きたい。
この狂っていく世界に生きて抗うことが、自分という命を諦めないことに他ならなかった。
俺は雨水を汲み、泥を噛み締め、何としても明日を迎えるために必死で足掻いた。
誰のためでもない、俺が生きるために。
俺は破って持っていたカレンダーに生き抜いた証のバツ印をつけ続けた。
そして、夢から30日目の夜。
世界は最終末期の病のように、激しい痙攣を起こしていた。
地鳴りが絶え間なく響き、大地が割れ、周囲の高層ビルが次々と悲鳴を上げて倒壊していく。
神が俺という存在を殺そうと追い詰めているのか。
それとも、俺が死を拒み続けたことで、世界が崩壊に向かっているのか。
もう境目すら分からなかった。
ただ、世界が死に瀕している激痛が、全身を打ちのめす。
「ハァ……ハァ……っ!」
煤と血にまみれ、折れた足を引きずりながら、俺は這いつくばって進んだ。
全身が悲鳴を上げ、視界が途切れかけても、泥に爪を立てて前へ腕を伸ばした。
生きさせてくれ。
俺はまだ、生きている。
その時、頭上で悲痛な破壊音が鳴り響いた。
見上げると、巨大なビルの残骸が、真っ直ぐ俺の頭上へと落ちてくるところだった。
逃げる場所も、力も、もう残っていなかった。
視界が一瞬で漆黒の影に覆われていく。
抗い続けた俺の体から、ふっと力が抜けた。
俺は血の混じった唾を吐き捨て、倒れ伏したまま、どこか憑き物が落ちたように笑った。
「これで世界が救われるのか? ……まぁ、もう俺がいなくなる世界だからどうでもいいか」
視界は暗闇に閉ざされ、ただ静寂に包まれた。




