第1話「死んだら昭和だった件」
俺の名前は霧島蓮。享年二十歳。死因は工場のラインに挟まれるという、なんとも締まらない最期だった。
音楽専門学校を出て、バンドで売れる夢を追いかけた。ビジュアル系が好きで、ギターを抱えて生きてきた。でも現実は甘くなかった。ライブハウスのノルマは払えない、メンバーはバラバラ、バイトと練習の繰り返しで気づいたら貯金はゼロ。結局「とりあえず」で地元の工場に就職して三ヶ月。「とりあえず」のまま死んだ。
我ながら情けない。
気づいたら知らない天井を見ていた。
「蓮!いつまで寝てんの!学校遅刻するよ!」
知らない声だった。でも不思議と怒鳴り声の温度感だけはわかる。母親のそれだ。
(…母親?俺の母親、こんな声だったか?)
体を起こすと、見慣れない部屋だった。勉強机、本棚、カレンダー。
カレンダーに目が止まった。
『1982年 4月』
(…は?)
俺はしばらくそのカレンダーを眺めた。窓の外は春の朝だった。どこかで鳥が鳴いている。のどかだ。のどかすぎる。
(1982年。俺が生まれる前やん。)
とりあえず鏡を探した。勉強机の横に小さな手鏡があった。恐る恐る覗き込む。
知らない顔だった。
黒い短髪、丸い目、どこにでもいそうな少年の顔。悪くはない。悪くはないけど、これは俺じゃない。
引き出しを漁ると生徒手帳が出てきた。
『山田 蓮』
俺はそれを三秒間眺めた。
(…山田。)
もう一回読んだ。
(山田。)
(山田って。)
(やまだ、レン。)
声に出してみた。「山田蓮」。響きを確かめた。どこにでもいる名前だった。駅前の定食屋にいそうな名前だった。
(霧島ちゃうんかい!!)
心の中で叫んだ。霧島蓮という名前に、俺はどれだけのアイデンティティを乗せて生きてきたか。ビジュアル系をやるために生まれてきたような名前じゃないか。それが山田。山田って。
蓮だけ引き継いでいる謎のこだわりが余計に悲しかった。
「蓮!聞こえてるの!?」
「…今起きる」
自分の口から出た声も知らない声だった。少し高い、まだ声変わりが終わりきっていない少年の声。
(俺、高校生になってる。)
制服に着替えながら状況を整理した。転生、というやつだろう。漫画で読んだことがある。ただ俺が想像していた転生は、異世界で魔法使ったりするやつだった。1982年の日本に高校生として放り込まれるとは思っていなかった。
しかも山田として。
(山田て。)
まだ引きずっていた。
階段を降りると味噌汁の匂いがした。食卓には知らない女性が立っていた。この人が母親らしい。
「何ぼーっとしてんの、早く食べて」
「…うん」
朝ごはんを食べ終えて、母親に小遣いを渡された。手のひらに硬貨が落ちてきた瞬間、俺は固まった。
見慣れない硬貨だった。銀色で、500と書いてある。
(500円玉…?500円玉って、こんなんやったっけ…?)
なんか違う気がする。でも何が違うのかうまく言えない。現代と微妙にデザインが違うような、そうじゃないような。
(…あ、そういうことか。)
じわじわと実感が湧いてきた。これは本物の1982年だ。知識として知っている時代じゃない。俺が今まさに生きている時代だ。
玄関を出ると、春の風が吹いた。
どこかで売れる前のZが、ギターを鳴らし始めている。
俺には、それがわかった。
(やったるか。)
(…でも山田か。)




