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連作短編集『 十六の標本 -愛の物語- 』

【標本No.11】愛情の形

作者: 湯琉里羅
掲載日:2026/10/13


――風化していく。




暗転した世界。夕焼けの空は青かった。


なにもかもが焼き払われた日本の中心。


鼻を突くのは、文明が灰に変わった焦げ臭い風の味だけだ。


男はひとりキャンパスに向かっていた。


まっすぐに続く地平線。その先は、歩いても歩いても陸だった。


誰も彼もが死んだ世界で、男は筆を動かし続ける。


筆先が乾いた布を削る、サッ、サッという無機質な音が、唯一の心音のように響く。


熱が男の体を侵食しようとも、男は筆を動かし続けた。


肌を焼く熱気は、すでに感覚を奪い去っている。


その世界で、男は確かに不死身だった。



脳細胞が爆ぜる。


火花の散るような幻光が、男の網膜を焼き、脳を突き刺す。


男の目から涙が流れる。その雫が頬を伝う冷たさすら、彼にはもう判らない。


それでも手は動き続ける。


ひとりの女性を、何枚でも書き続ける。


絵の中の女性は、笑っていた。


まるで地平線のように続く、草原の中心で。


それはまるで彼のように。


ふと、手の動きが鈍くなる。


指の関節がギチギチと悲鳴を上げ、乾いた絵具が爪の間でこびりつく。


それでも彼は止まらない。


動く。


動く。


動く。


動く。


動く。


動く。


動く。


動く。


動く。


動く。


動く。


動く。


動く。


動く。


動く。


動く。


動く。


動く。


動く。


太陽が傾き始めたそのとき、男の手はようやく止まる。


地球最後の人類が、その鼓動を止めた。


大陸の真ん中に、新たな生命が芽吹く。


湿った土の匂いが、死に絶えた世界にわずかな香りを添える。


時は過ぎる。その笑顔は、風化していく。


そしていつかは、本当に最後の命が止まる。


時は続く。その惑星がそれらを飲み込むまで。


その先の破壊が終演を迎えるまで。



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