【標本No.11】愛情の形
――風化していく。
暗転した世界。夕焼けの空は青かった。
なにもかもが焼き払われた日本の中心。
鼻を突くのは、文明が灰に変わった焦げ臭い風の味だけだ。
男はひとりキャンパスに向かっていた。
まっすぐに続く地平線。その先は、歩いても歩いても陸だった。
誰も彼もが死んだ世界で、男は筆を動かし続ける。
筆先が乾いた布を削る、サッ、サッという無機質な音が、唯一の心音のように響く。
熱が男の体を侵食しようとも、男は筆を動かし続けた。
肌を焼く熱気は、すでに感覚を奪い去っている。
その世界で、男は確かに不死身だった。
脳細胞が爆ぜる。
火花の散るような幻光が、男の網膜を焼き、脳を突き刺す。
男の目から涙が流れる。その雫が頬を伝う冷たさすら、彼にはもう判らない。
それでも手は動き続ける。
ひとりの女性を、何枚でも書き続ける。
絵の中の女性は、笑っていた。
まるで地平線のように続く、草原の中心で。
それはまるで彼のように。
ふと、手の動きが鈍くなる。
指の関節がギチギチと悲鳴を上げ、乾いた絵具が爪の間でこびりつく。
それでも彼は止まらない。
動く。
動く。
動く。
動く。
動く。
動く。
動く。
動く。
動く。
動く。
動く。
動く。
動く。
動く。
動く。
動く。
動く。
動く。
動く。
太陽が傾き始めたそのとき、男の手はようやく止まる。
地球最後の人類が、その鼓動を止めた。
大陸の真ん中に、新たな生命が芽吹く。
湿った土の匂いが、死に絶えた世界にわずかな香りを添える。
時は過ぎる。その笑顔は、風化していく。
そしていつかは、本当に最後の命が止まる。
時は続く。その惑星がそれらを飲み込むまで。
その先の破壊が終演を迎えるまで。
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