誓い
「……おはようございます、咲夜さま。よくお眠りになれましたか?」
「……おはようございます、風護さま。ええ、お陰さまで」
「そうですか、それは良かったです」
柔らかな陽光が仄かに差し込む、ある麗らかな朝のこと。
柔らかな毛布の中で、柔和に微笑みそう口にする秀麗な男性。そんな彼があまりにも可愛く、そしてあまりにも愛おしい。これが夢だと言われても何ら驚きはありませんが、幸いなことに紛れもなく現実で。
あれから、およそ一年――風護さまと私は、今や夫婦として共に時間を過ごしていて。
『……光冶さまと私が、結婚……?』
あれは、一年ほど前のこと。
思いも寄らない光冶さまの言葉に、ただただ茫然と呟く私。……えっと、どゆこと? だって、光冶さまは私ではなく――
『――うん、そうだよ。知っての通り、僕が好きなのは朝乃さん――君のお姉さんだ』
すると、私の心を読んだかのように微笑み告げる光冶さま。……そう、彼が好きなのはお姉さま。なのに、どうして私に……もしや、今や既婚の身であるお姉さまへの想いは叶わないから、せめて妹である私と――
『……ああ、心配には及ばないよ。朝乃さんへの叶わぬ想いを、君で代用しようなんて微塵も思っちゃいないから。ただ、これは――僕らの結婚はいずれ、お互いが望んで止まない結果に導いてくれると確信しているんだ』
『……どういう、ことでしょう?』
すると、再び私の心を読んだかのように告げる光冶さま。……だけど、全く意味が分からない。望んで止まない結果に導く? いったい、この人は何を言って――
『……そう、結婚は必要なことなんだ。僕が愛して止まない君のお姉さん――そして、君が愛して止まない僕の兄さんとそれぞれ結ばれるためにね』
一人困惑に陥る最中、不敵とも言えよう笑みで告げる光冶さま。何故、そこで彼のお兄さま――風護さまのことが出てくるのか……なんて、流石に確認するまでもなく。私が幼少からずっと彼へ――風護さまへ叶わぬ想いを寄せていることなど、昔からの馴染みである光冶さまが知らないはずがありませんし。
『――これでも、僕は朝乃さんをずっと見てきた。だから、知ってる。彼女が君を――自分より遥かに優れた妹である君を、ずっと羨み妬ましく……そして、今も思っていることを。彼女が兄さんと交際し結婚したのも、それが最たる理由と言っても過言じゃない。なにせ、朝乃さんにとって唯一君に優越を感じられる部分だからね』
『…………』
『……まあ、それでも兄さんのことを愛してはいるだろうけど……だけど、愛情は幻の如く儚く脆い。たった一つのきっかけで、容易く移ろうくらいには。そう、例えば――彼女にとってこの上もなく羨み妬ましい君が、他の誰かとこの上もなく幸せそうに過ごしていたら? そう、必ずやその誰かへと心が移る。なにせ、彼女が本当に欲しいのは《《君が心から大切に想っているもの》》なんだから』
『…………』
そう、淡く微笑み告げる光冶さま。彼のお話を纏めると――お姉さまが風護さまと交際し結婚したのは、お姉さまにとってこの上もなく羨み妬ましい私が風護さまを心より深く想っているから。そして、そんな光冶さまの推測は、私の知るお姉さまの印象と怖いくらいに何ら違うところはなくて。……だけど、だからと言って――
『――朝乃さんに振られた兄さんが、君を選んでくれるとは限らない、と?』
『…………はい』
すると、またしても私の――それこそ、気味の悪いほどに私の懸念を言い当ててくる光冶さま。……うん、なんなのこの人? 超能力でも備えてるの?
『……それこそ、間違いなく杞憂だよ。そもそも、僕から言わずとも君なら十二分に知ってるでしょ? 君の大好きな兄さんが、いったいどれほどにお人好しなのか』
『…………』
そんな私の畏怖を余所に、何とも楽しげな笑みでお尋ねになる光冶さま。ここで簡単に頷くのも癪ですが……ですが、否定など皆目できなくて。
……ええ、もちろん知っています。彼が、どれほどに優しいかを。自身の弟に裏切られ捨てられた私を、自分には関係ないからと放っておける人じゃないことを。私が望めば……いや、望まずとも私を選んでくれる。誠心誠意を以て私を愛そうと、幸せにしようと努めてくれる――彼が、そういう人であることを。
『――さて、改めてだけど……僕と、結婚しない?』
すると、改めて尋ねる光冶さま。妖しく光るその透き通る瞳には、どこか確信めいた色さえ宿っていて。そんな彼に、私は――
「ところで、珈琲でもいかがですか? 咲夜さま。実は昨日、とても上質な豆が手に入りまして」
「……はい、是非頂きます。風護さま」
小鳥の声が優しく響く和の居間にて、穏やかな微笑でそう問い掛ける風護さま。そんな彼に、同じく微笑み頷く私。ちゃんと笑えてるといいのですが。
そっと、庭園の方へと視線を移す。そこには、見事に輝く黄金色のイチョウの姿。そのあまりの眩さに、思わず目を逸らしてしまうほどで。
「……あの、風護さま。……今、幸せですか?」
「……ええ、お陰さまで。咲夜さまは?」
「……それなら、よかったです。ええ、もちろん幸せです。……この上もなく、幸せです」
「……そう、ですか。それなら、よかったです」
そう、躊躇いつつ尋ねてみる。すると、優しく微笑み答えてくださる風護さま。尋ねずとも分かっていた、望み通りのお返事を。……うん、ありがとう。そのお言葉だけで、私は本当に救われますから。
……うん、分かってる。私は、罪を犯した。風護さまのお気持ちを――お姉さまに対する大海よりも深いその愛情を痛いほどに知っていながら、無慈悲にも二人の関係を断ち切った。お姉さまでなく、私のものになってほしい――そんな、身勝手で醜いこの願望のためだけに。
柔らかな陽射しが優しく照らす空間で、そっと目を瞑り瞼を閉じる。……うん、我ながらほんとに罪深い。彼を傷つけ罪悪の念さえ植えつけていながら、私は今こんなにも幸せなのですから。
……ですが、このまま苦しめ続けるつもりなどありません。必ずや、私と同じ……いえ、私以上に貴方を幸せにすると誓います。だから……どうか、どうか――
――これからも、そばにいてもいいですか?




