かけがけのない日々
──学園での昼休み
レンヤは、生徒会で使う備品を受け取るため、職員室に向かっていた。
扉を開けて中へ入ると、空気はひんやりとしていて、カーテン越しの陽光が机の上に淡い影を落としていた。教師たちの姿はまばらで、奥の窓際の席に、彼女はいた。
シズカ先生──
椅子に深く身体を預け、胸元にはうっすらと青白く発光する充電ケーブルが差し込まれている。両目は静かに閉じられていて、整った横顔には表情がなく、それでいてどこか穏やかだった。
まるで……眠っているように。
機械であることは分かっている。
けれど、それでも──その姿が、ふと人間らしく見えた。
彼女の肩にかかる髪が、開けられた窓からの微かな風に吹かれて揺れるたび、レンヤの胸の奥に、説明のできない感情がこみ上げてきた。
機械なのに、美しいと思ってしまう。
──『ひとつだけ、危険なことがあります。人間が、彼女がプログラムである事を忘れてしまう事です』
藤堂の言葉を思い出したレンヤははっとして、自分を律するように目を伏せた。
少しだけ、呼吸を整える。
備品を手に取り、職員室をあとにした。
中庭では、ミクとセイラがベンチに腰掛け、何かを楽しげに話している。レンヤが近づくと、ソウタがすでに来ており、缶ジュースを手に、ラフな姿勢で座り込んでいた。
「お、来たなレンヤ。じゃ、そろそろ真面目に議題に入るか」
ソウタが言い出す。
「議題?」
「俺たち4人でどっか遊びに行こうって話」
「え、いいじゃんそれ!」
ミクが目を輝かせる。
「土日で予定合う日あるか?」
ソウタがスマホを開き、スケジュールを見せながら言うと、ミクとセイラが顔を寄せ合って相談を始める。
その和やかな空気を切り裂いたのは、ひとりの人物だった。
にこやかな笑顔を貼りつけた、生活指導の先生が近づいて来たのだ。
この学園の生活指導の先生には、ヤクザの事務所に踏み込む刑事さながらの圧がある。
周囲の空気は一瞬で凍りついた。
先生は、すっと目線をソウタに向けた。
「荒川、話がある」
「……はい」
ソウタは即座に立ち上がり、何も言わずについていった。三人はその後ろ姿を、ただ見送った。
昼休みが終わっても、ソウタは教室に戻ってこなかった。
次の授業が始まり、レンヤたちはそれぞれノートを開いていたが、誰もが内心、彼のことを気にしていた。
──そして、授業も終盤に差し掛かった頃。
教室の後ろのドアが静かに開く。
ソウタが、どっと疲れた様子で中に入ってきた。
「何かあったの?」
授業後、セイラが心配そうに声をかけた。
ソウタは小さくため息をつきながら片手で後頭部をかいた。
「久しぶりにくらったよ……反省文」
「えっ?」
セイラは吹き出し、すぐにミクが食いついた。
「何やらかしたの! 風紀委員が反省文提出!って言う事、最近めったにないよ?」
「黙ってビラ配りのバイトしてたのが、バレた」
ミクは爆笑。セイラは苦笑い。
「原稿用紙1枚!泣きながら!でしょ?」
「なわけねぇだろ」
ソウタは慣れたように返す。
「謝罪・そうなってしまった理由・今後の対策。これが書いてあれば通るって決まってんだよ」
「えー! 私の時、風紀委員長だったレンヤ君がそう言って……たまねぎ出してきたんだよ?」
ミクは思い出し笑いをこらえきれず、くすくすと肩を揺らす。
ソウタはちらりとレンヤを見て、ニヤリと呟く。
「権力の濫用だな...」
「私が書かなかったら、レンヤ君も授業出ないのかなぁって思って、しばらく様子見てたの。そしたら“できるだけ早めに出して”って」
ミクが楽しそうに話すと、ソウタは呆れたように笑う。
「お前ら、何やってんだよ... 」
レンヤは、ふと目をそらすようにして窓の外を見た。頬をかすかに紅く染めながら、ぽつりと呟く。
「……結局、出さなかったな……」
その言葉に、少し間を置いて、3人の笑い声が重なった。
予測不能で、非効率だけれど、かけがえのない青春の日々は、これからも続いていくのだろう。




