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気配のない観察

 朝焼けがカーテンの隙間から差し込み、生徒会室の空気に淡い金色を混ぜていた。静かな空間には、ペンの走る音と、窓の外から聞こえる野球部の掛け声だけがリズムのように響いている。


 ──ガラッ


「お・は・よ・う〜」


 間延びした声が、その静けさを破った。

 ソウタが、前髪を片手でぐしゃっと整えながら入ってきた。目だけで笑っている。


「おはよう……朝からテンション高いな」


 レンヤがぼそりと言う。


「いやさ、ちょっと気になっててさ」


 ソウタはずかずかと部屋に入り、ソファにドサッと腰を下ろすと、妙に真剣な目つきでレンヤを見た。


「あのさ…… もしかして桜井と付き合い出した?」


 唐突すぎる一言に、レンヤの手が止まる。ペン先が紙の上で宙ぶらりんになり、視線だけがゆっくりとソウタへ向く。


「……なんでそう思うんだよ」


「いや、昨日の“ミク”呼び。あれはもう、そうでしょ」


 レンヤは軽くため息をつき、机の隅に置いた紙カップからコーヒーを一口飲んだ。


 ──昨日の放課後。学園祭の片付けを手伝っていたミクが、脚立の上から落ちそうになった。とっさに手を伸ばしながら、思わず口から出たのだ。


「ミク!」


 彼女を抱きとめたとき、呼び捨てにしたことに気づいて、お互いに目を合わせて、少しだけ笑った。


 それだけのことなのに、それだけで何かが変わった気がした──



「……まぁ、そんな感じだな」


 レンヤは、窓の外に視線を向けたまま呟いた。


「マジかよ、レンヤお前、そういうの照れずに言えるタイプだったっけ?」


 ソウタが身を乗り出してニヤつく。


「で? 何て言ったんだよ」


「いや、自然な感じで」


「はぁ? 自然にって、何かやったのか? お前、真面目なふりして、へー!」


「うるさいな……そういうのじゃない」


「くっそー、ちゃんとやることやってんじゃん」


 ソウタが悔しそうに唇を尖らせる。


 レンヤは、少しだけ口角を上げて、反撃に出た。


「で? お前は紺野とどうなんだよ?」


 その瞬間、ソウタの顔がピタリと止まった。


「……桜井のやつ、言いやがったな」


「いや、見てたら分かるし」


 レンヤは今度こそはっきりと笑った。ソウタの目が泳ぐ。


「……こないだ、ちょっと手、繋いだだけだよ。帰り道で、なんとなくな」


「へー!」


「……うっせぇな」



 そこに、音もなく影が差した。まるで気配ごと空気から切り出されたかのように──


「うわっ」

「なんだよ急に!」


 シズカ先生が、目の前に立っていた。無表情のまま淡々と発言する。


「神津レンヤは、観察対象です」


 沈黙が落ちた。


「……こわ……」

 ソウタが小さく呟いた。

 レンヤは曖昧に笑おうとしたが、上手くいかなかった。

「……まだ、あの時の事を?」


 シズカ先生は一瞬、かすかに笑ったように見えた──それが何の意味を持つのか、誰にもわからなかった。


「今日は午後から特別講義があります。AIの倫理と社会的役割について、外部から専門家をお招きしています。場所は第二講義室です」


 そう告げると、彼女はひとつの言葉もなく、部屋を出ていった。



 ソウタが呟く。

「...そういえばレンヤ...... 初日のシズカ先生に、結構...言ったよな」

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