正義とは
あれから広本は、親に嘘をついては何度か岡崎の家へと足を運んでいた。
冬休みに入ると、岡崎の兄である、諒太に連れまわされることもあった。
諒太は男女7人グループで常に行動しており、日々、喧嘩や万引きなどに明け暮れていた。
弟も兄に習い、万引きという名の窃盗を繰り返していた。
岡崎兄弟とつるむようになった広本は、初めのうちは、彼らの行動に驚き、非行という行為に罪悪感を抱いていたが、それに対して、とがめる者もなく、彼らと一緒に居ると、とがめらるどころか、周りの者は恐怖を感じて自分達に気を遣ってくれているように感じた。
つい最近までクラスメートから見下される立場にあった広本は、岡崎兄弟と一緒にいる事で、クラスメートどころか、世の中の人々でさえも上から見下ろす立場になれたのだと、優越感を覚えてしまった。
年が明け、広本は岡崎兄弟から初詣へと誘われた。
広本は、約束の時間に神社へ向かうと、境内には出店が並び、初詣の人々で賑わいを見せていた。
境内を見回しても、“岡崎一派″の姿は見当たらなかったので、時間を間違えてしまったのかと焦っていた。
とりあえず境内を一周して、見当たらないようなら帰宅しようと考えていた時だった。
歩き出してすぐに、出店の並びの端の方で、数人の若者が何かを取り囲むように、集まっているのが見えた。
(ん?あれは岡崎兄弟?)そう思いつつ、近づいていくと、やはり岡崎兄弟のグループであった。
「岡崎!」
集団に向かって声をかけると、凄い形相で岡崎の兄が振り向いた。
あまりの眼光の鋭さに広本は恐怖を覚えた。
声を掛けて来たのが広本だとわかると、表情は一変して、いつもの優しいお兄さんに戻っていた。
「なんだ、お前かぁ。岡崎って紛らわしく呼ぶなよ。弟の事、竜也って呼べよ」と笑って言った。
「よっ!あけおめ!」
集団の中から、岡崎がひょっこりと出てきて挨拶をした。
「今度から、竜也って呼びます。岡崎、明けましておめでとう!あっ、竜也だった」
皆ゲラゲラと笑った。
その中に、笑わずに暗い表情をした男子が二人いた。
「こいつら、さっきカツアゲしてた悪い奴らなんだぜ。弱いものから金を巻き上げるなんて許せねえよな?だから俺らが神様の代わりに、天罰を下してやってるのさ」
広本の視線に答えるように岡崎の兄は言った。
「天罰⁉」
広本の方がビビッてしまった。
「まあ、見てな?」
岡崎がニヤリと笑みを浮かべて言った。
岡崎兄は、カツアゲ男子二人ににじり寄ると、軽くこずいた。
「おい!てめえら、どこ中の奴だよ?俺の縄張りで何してくれてんだよ!それなりの落とし前つける覚悟、あるんだろうなぁ?」
べらんめえ口調で脅しをかけ、中学生とは思えないほどの凄みを見せた。
取り囲まれた二人組男子も完全にヤンキーそのものに見え、広本には十分怖い存在に思えたが、彼らでさえも岡崎一派には敵わないようだった。
「南中です。どうすれば良いですか?」
左側の男子が震える声で言った。
「そりゃ、おめぇ、痛い目に合いたくなっかったら、どうすりゃ良いか考えなくてもわかるだろうよ」
「これで勘弁してもらえませんか?」
左側の男子が財布を出すと、右側の男子も習って財布を差し出した。
岡崎兄と仲間の一人がそれぞれ中身を確認した。
「すげえ!11万も入ってんじゃん!」
仲間の一人が言うと、他の仲間のテンションも上がり、色めき立った。
岡崎兄の方は今一な表情であった。
「こっちは、3万2千円しか入ってねぇわ」
広本は(中学生で3万も持ってたら凄いと思うけど)と金銭感覚のギャップに驚いた。
二人とも貰ったお年玉をそのまま持ち歩いていたのだろう。
岡崎一派とカツアゲ男子とのやり取りは続いた。
「これ、さっきカツアゲした分も入ってんの?」
「はい」
「いくら巻き上げた?」
「いや、一万しか持ってなかったみたいで、後で五千円ずつ分けようと思ってました」
「ふうーん。流石に全部は可哀相すぎるから、一万ずつは返すわ」
と、それぞれの財布に一万円を残して返した。
「お前ら、誰かに言うんじゃねえぞ!言ったら、お前らのカツアゲもばれてお縄だぞ!まあ、自分で恥をさらすほどお前らアホじゃあ、ねえよな?なっ?」
岡崎兄は、語気を荒げて二人を脅迫した。
「はい!この事は誰にも言いません」
「よし!じゃあ君たち、お家に帰りたまえ」
岡崎兄は急に優しくなり、カツアゲ男子の肩をポンポンと叩いた。
カツアゲ男子達を開放すると、手に入れた金を仲間たちに配り始めた。
仲間達には一万円ずつ配り、弟と広本には「お前ら小学生だから五千円な。後で分けろよ」と一万円札を弟に渡した。
残ったお金は“ボス″である岡崎兄のものになった。
広本は(これって、カツアゲっていうんじゃないのか?)と疑問を抱き、このお金は受け取ってはいけない気がしていた。
そんな思いを察してか、岡崎が「悪い奴を成敗したんだから、遠慮なく使おうぜ!」と、屈託のない笑顔を見せた。
広本は(そうか、弱い者から巻き上げたわけじゃないもんな。悪い事をした奴らだから、何されても文句を言える立場にないよな)と、正義を振りかざせば何でも許されると、納得してしまった。
岡崎一派と広本は参拝を済ませて、境内の出店で散財して回った。