岡崎の家族
翌日、岡崎は転校の危機が回避出来た事を、広本に報告した。
「良かった。本当に心配してたんだ。岡崎が転校しっちゃったら俺、また一人ぼっちになるし・・・」
岡崎は“安心しろ、何処にも行かないぞ″といったように笑顔を見せた。
ーーー学校の帰り道
「もうすぐ冬休みだな」
憂鬱そうに岡崎が言った。
「そうだね。寒いし、外で遊べなくなるね。そういえば、うちの親が話したいって言ってるって、お母さんに話してくれた?」
「いや、それどころじゃなかったから・・・」
母親から『変な家の子と付き合うな』と言われたとは、本人に言えるはずもなかった。
「そっか、色々あったもんね」
早く答えがほしっかった広本は理解を示しつつ、残念そうにしていた。
その様子を見て岡崎は「今から俺んち来いよ!」と、思い立ったように言った。
「いや、だから勝手に行っちゃだめなんだって」
広本は困った顔をした。
「バレなきゃよくね?いつも通り、外で遊んでたって言えばいいじゃん」
広本は少しうつむいて考え込んだが、岡崎の提案に乗った。
「一回、家に帰ってから行くね!」と。
広本は帰宅すると、母親にいつもの公園に遊びに行くと、初めて親に嘘を付いたのだった。
嘘を付いた罪悪感で後ろめたい気持ちもあったが、岡崎の家へ招かれた嬉しさの方が勝っていた。
「外は寒いから、暖かい格好で行きなさいよ」
母親は出かける息子を疑いもせずに送り出した。
広本はいそいそと、岡崎の家へと向かった。
古びた公営住宅が何棟か並んで建っている。
岡崎からは12号棟と聞いていた。
棟の入り口付近に行くと岡崎が待っていて、手招きをしていた。
「こっち!こっち!」
岡崎と合流し、5階建の棟の中へ入ると狭い階段があり、エレベーターは無いようだった。
階段を二階まで上がると「ここ、俺んち」と言って、岡崎は重たい鉄のドアを開け、中に入るように促した。
「お邪魔します」
広本は緊張して恐る恐る玄関へ入った。
玄関は、まるで大家族のように大量の靴で埋め尽くされていた。
玄関からして圧倒されていたが、居間へと続く廊下も、積み上げられた段ボールやら、脱ぎ捨てた衣服やらが散乱していて、足の踏み場に困るほどだった。
ようやっと居間へ通されると、床、ダイニングテーブル、ソファーやテーブル、見渡す限りの場所に物が散乱していた。
広本は自分の家とのギャップに驚きを隠せずにいた。
「母さん、ただいま!友達連れて来た!」
岡崎は居間に隣接する寝室へ声をかけた。
すると、メイク中の母親が部屋の奥にある化粧台に座ったまま鏡越しに「おかえり」と言った。
「その子、前に言ってた子?」
母親は広本を蔑んだような目で見て言った。
「う、うん。そう。そう」
岡崎は母親に余計な事を言われては困ると、慌てて広本を自室へと招き入れた。
岡崎の部屋もまた、足の踏み場がない程、脱ぎ捨てた服や、お菓子の袋、空のペットボトルなどのゴミが散乱していた。
ゴミに埋もれるように布団が敷いてあり、おそらく“万年床”というやつだろう。
広本はどこに身を置いて良いかわからずに立ち尽くしていると、岡崎が床のゴミを足で蹴散らし「とりあえずここに座って」と言った。
広本は床に座るのも気が引けたが、岡崎に促されたので座るしかなかった。
「俺、ゲーム機持ってなくてさ、兄ちゃんは持ってるんだけど……帰って来たら貸してもらえるか聞いてみる」
「うん。兄ちゃんて?何番目の?」
「二番目だよ。一番上の兄ちゃんは少年院にいる。だから、今は母さんと二番目の兄ちゃんと俺の三人で暮らしてる」
「少年院て?」
「悪い事をしたら入る所」
「それって、刑務所じゃないの?」
「未成年は刑務所じゃなくて少年院て所に行くんだって」
「一番上のお兄ちゃんて何歳?どんな悪い事して捕まっちゃったの?」
「十七歳なんだけど、中学を卒業して高校には行かないで、働いてたんだ。職場の仲間と捕まったみたいで、薬だったらしいよ。捕まったのニ回目なんだ。一番上の兄ちゃん、誠司って名前なんだけど、誠司兄ちゃんも捕まる前は俺らと一緒に暮らしてたから、捕まった時に、警察が俺らの家に家宅捜査に来たんだ。それで、母さんも『息子が薬やってた事、一緒に暮らしてて知らなかったわけないだろって』警察から凄い怒られて、児童相談所の人達からは子供を育てる能力がないって責められたりして、とにかくあの時は大変だったんだ。前も団地だったんだけど、役所も住民からも犯罪者は出て行けみたいな感じで、住めなくなっちゃってさ、それでこの街に引っ越して来たんだ」
「え?岡崎が遅刻ばっかりして、お母さんが学校から怒られて引っ越して来たんじゃなかったの?」
「ははは。まぁ、それもあったけど、実は誠司兄ちゃんの逮捕が引っ越しの理由だったんだ」
「そうだったんだ?……薬って覚醒剤?」
「いや、大麻だよ」
広本は岡崎の話にただただ圧倒されていたが、ふと疑問に思うことがあった。
「あの、その、お、お父さんはいないの?」
「二番目の兄ちゃんの父さんは、事故で死んだらしくて……誠司兄ちゃんの父さんは、どっかの組員だったって言ってたな。結婚はしてないけどね。俺の父さんは誰か知らないんだって」
「知らない!?ふ、複雑なんだね」
広本がドン引きしていると、岡崎の母親が「仕事に行ってくるから!」と玄関口からこちらへと叫んだ。
岡崎は部屋の引戸を開けて「行ってらっしゃい!」と返事をした。
母親は香水の匂いを残して仕事へと出かけて行った。
ほどなくして、母親と入れ違うかたちでニ番目の兄が帰宅した。
「兄ちゃん、おかえり!今日は彼女連れて来なかったんだね。」
「今日は塾の日だって。だから後で迎えに行って来る」
「兄ちゃん、なんかゲーム貸して?」
「プレステなら良いよ」
「うん。それでいい」
岡崎の兄は、岡崎とは似ていなく、やせ形で、背はそんなに高くはなかった。風貌は漫画から飛び出して来たかのような、絵に描いたようなヤンキーそのものだった。
小学生の広本には中学生のヤンキーは恐ろしい存在に思えていたが、イメージしていたような振る舞いはなく、逆にとても優しいお兄さんのように思えた。
「お前、竜也の友達?困った事があったらいつでも助けてやるから、言えよ」と笑顔を見せた。
「あ、はい。有り難うございます」
(人は見かけによらないんだなぁ)と、広本は岡崎の兄をすっかり慕ってしまった。
二人はゲームに夢中になってしまい、気がつくと、いつの間にか兄は出かけており、時計に目をやると六時を過ぎていた。
「わっ!もうこんな時間!お母さんに怒られる。岡崎、もう帰るね!」
「うん……」
岡崎は寂しそうにゲームの電源を切った。
慌てて広本は玄関へ向かった。
「ごめんね。また来てもいい?」
「もちろん」
「有り難う。お邪魔しました。じゃ、また明日学校でね!」
「うん。じゃあね。バイバイ」
「バイバイ!」
広本は帰宅後、言うまでもなく、遅くまで遊んでいた事を母親から叱られたのであった。