岡崎の家庭環境
広本は岡崎と交流ができる場所がなくなってしまう事に不安を感じていた。
今までは、校庭や近所の公園などで遊んでいたが、これから外で遊ぶには厳しい季節がやってくる。
広本は母親とのやり取りを岡崎に話し、早く母親に連絡を取って欲しいと伝えた。
「わかったよ。うちの母さんにも話してみる」と岡崎も納得した様子だった。
ーーー古びた公営住宅の二階に岡崎の自宅があった。
岡崎が学校から帰宅すると、母親はシャワーを浴びて風呂場から出てきたところだった。
下着姿の母親は髪をタオルで拭きながら「あら、おかえり」と息子に一言だけ言い、出勤のために身支度を始めた。
「母さん、今度さ、友達連れてきても良い?」
化粧台に座り、メイクを始めた母に尋ねた。
「そんな事、いちいち聞かなくても勝手に連れて来ればいいじゃん」
母親は、面倒臭そうに返事をした。
「いや、それが友達の親が母さんと話したいって言ってるらしいんだよね」
「は?何のために?」
母親はメイクをしながらも眉間にしわを寄せた。
「知らないけど、相手の親の許可がないと行ったらダメだから、母さんと話をしたいんだって」
「わけわかんない親だね。そういうの面倒くさいから。その友達に、母さんが『良いよ』って言ってたって言えば終わる話じゃん」
「いや、そんな簡単にはいかないみたいなんだよね」
「話す必要ないし。親がそう言ってるなら、別にその友達連れて来なくていいじゃん」
「えぇ?せっかくできた友達なのに?」
「じゃあ、その友達の家で遊べばいいじゃん?」
「その友達の家に、俺は行っちゃいけないんだって」
「はぁ?頭おかしくない?自分んちはダメで、人んちで遊べって?やめな!やめな!そんな変な家の子、付き合うのやめな!」
母親は手ではらいながら言った。
岡崎は母親にそれ以上、何も言えなくなってしまった。
しばらくすると二番目の兄が彼女を連れて帰ってきた。
「おじゃましま~す」
可愛いらしい声で彼女が母親に挨拶をした。
母親は鏡越しに「いらっしゃい。髪伸びたね」と声を掛け、にっこり微笑んだ。
兄は彼女の手を取り、自室へと連れ込んだ。
ほどなくすると兄の部屋から、大音量で音楽が流れ出した。
メイクを終えた母親は煌びやかな仕事着に着替え、仕上げに香水を身にまとった。
「じゃ、母さん行ってくるから!ご飯はそれね」
ダイニングテーブルを指さしながら言い、息子の頭をポンポンとなてで、“お取り込み中″であろう次男には声を掛けずに出勤して行った。
岡崎はレトルトご飯を電子レンジにかけ、ダイニングテーブルに座った。
母親が用意していったのは冷凍餃子を焼いた物だった。
食後にドカッとテレビの前のソファーに座り、ポテトチップスとアイスクリームを食べ始めた。
兄が部屋から出て来て「これから遊びに行くけど、お前も一緒に行く?」と弟を誘った。
「いや、見たいテレビがあるから今日はいい」
岡崎が断ると、兄はうなずいて、夕食も取らずに彼女と出掛けて行った。
見たかったテレビが終わり、時計に目をやると、23時を過ぎていた。これからシャワーを浴びて、歯を磨いて、寝床に入る頃には日付が変わっているだろう。
岡崎は毎日、このような不摂生な生活を送っていたのだった。
翌朝、寝室に母親の姿はなく、家に帰って来なかったようだ。
兄も夜中に帰って来たようで、まだ爆睡中だった。
岡崎はいつものごとく、登校時間に間に合う時間に起きれず、また遅刻をする事になりそうだったが、
『遅刻しても学校へ行け』と文句を言う母親もいなかったので、ズル休みをする事にした。
岡崎は二度寝をして、昼近くまで寝ていた。
ピンポーンとインターホンが鳴った。
最初は無視していたが、あまりのしつこさに渋々玄関へ出向いた。
こんなに騒がしくインターホンが鳴っているのに兄は部屋から出て来なかった。
玄関のドアを開けると、担任の先生が立っていた。
「岡崎君!どうしたんですか?具合でも悪いんですか?学校に連絡がないので先生、心配してお母さんの携帯に連絡を入れたんですがお母さんは出なくて……困って自宅へ来てみたんです。お母さんは居ますか?」
先生は怒りを噛み殺したような口調であった。
「母は今、家に居ません。僕は頭が痛くて休みました。家に電話が無くて学校に連絡ができませんでした」
「お母さんは家に居ない?お母さんは、あなたが学校を休んでる事を知っていますか?」
「いや……」
岡崎は頭を抱えた。
「お母さんは今どちらに居るのですか?」
「わかりません」
「岡崎君?お母さんは家に帰って来ていないのですか?」
岡崎はまずい方向に向かっている事を察したが、担任の電撃訪問という不意討ちを食らい、しかも寝起きで頭がボーとして、うまい事ごまかす知恵が回らなかった。
「……だけど、大丈夫です」
「何が大丈夫ですか!お母さんは、いつから家に帰って来ていないのですか?あなたが具合が悪い事をお母さんは知らないのですよね?大変な事ですよ!これは学校だけの問題では終わりませんよ!あなたに話しても仕方がないので、後程、お母さんと話す事になります。
岡崎君、頭が痛いとの事ですが、先生が病院へ連れて行きましょうか?」
「いえ、大丈夫です!頭痛薬を飲んだら治ったので」
「そうですか」
担任は岡崎の仮病を見抜いており“でしょうね”と言った感じで言い放った。
岡崎は(“また”転校する事になるのかぁ)と落胆した。