プロローグ
岡崎 竜也容疑者 二十六歳
川口 李衣菜容疑者 二十一歳
広本 歩夢容疑者 二十六歳
とある田舎の町で、三人の若者が引き起こした事件は世間を震撼させた。
―――事件は、彼らの勤務先であるスーパーマーケットで、広本が店長代理を任されていた立場を利用して、同僚であった岡崎、川口と共謀し、店の売上金を繰り返し横領していた事が、店長に気づかれてしまったことから始まる。
彼らは、横領の隠ぺいと罪を店長に被せるために自殺に見せかけて殺害を決行した。
店長の殺害が自殺で処理された事で、犯罪を犯しても上手くやれば捕まる事はないのだと、彼らに間違った自信をつけさせてしまった。
店長殺害から数か月後、店の事務所の前で三人は自分達の犯罪がバレる事無く、すべて上手くいった事を称賛しあっていた。その会話を同僚に聞かれてしまった事で、第二の犯罪を決行する事になってしまう。
三人で同僚の家まで後をつけて行き、自宅へ入ったところを襲撃し、またもや自殺に見せかけて殺害。
この事件もまた自殺として処理され、三人の犯行が明るみに出る事はなかった。
彼らは、完全に無敵になった気分でいた。どんな犯罪を犯しても上手くやれば絶対に捕まる事はないと。
ところが、自分達を疑っているかもしれない人物が現れたのだ。その人物も職場の同僚だった。
自分達を疑う者は危険人物とみなし、口封じをしなければならないと考えた。
第三の犯行を企てた三人は、人気のない山奥へ同僚を拉致し、殺害後には山中に葬る計画でいた。
しかし、第三の犯行を起こした事で、三人の悪行が世に明るみに出る事になるのであった―――
―――時は十五年前に遡る。
広本が小学五年生の時に、同じクラスへ岡崎が転校して来た。
後に、この出会いが広本の人生を狂わせる事になるのだ。
「今日からこのクラスに、新しいお友達が増える事になりました。皆さん仲良くしてくださいね。では、自己紹介お願いします」
「花山小学校から転校してきました。岡崎 竜也です。よろしくお願いします」
担任から促されて、転校生は挨拶をした。
声はハスキーで、少し大人びた雰囲気を漂わせていた。
休み時間になると、転校生の岡崎の周りには、興味津々にクラスメイト達が集まっていた。
広本はその輪には入らずに、休み時間は一人で過ごしていた。
“入らずに″ではなく“入れずに″が、正しいかもしれない。
広本は風変わりな子として、クラスメイトから避けられていた。
自分の意見をうまく伝える事ができず、クラスメイトと会話のキャッチボールができなかったため、クラスでいつしか孤立し、性格も温厚だったため、いじめの対象にもなっていた。
ある日、下校途中で広本は、クラスメイトの男子数名に囲まれて、からかわれていた。
「お前の名前、あゆむって女みたいな名前だな」
「変な名前」
「変な名前だから、変な奴になったんじゃない」
皆でゲラゲラ笑っていた。
広本は泣きそうになっていたが、いじめっ子たちを睨む事しかできないでいた。
言い返そうにも、うまく反論ができないからだ。
いじめっ子のリーダーは「なに睨んでんだよ。言いたいことがあれば言えよ」
と広本をこずいた。
それが合図かのように皆で広本をこずき始めた。
いじめっ子のリーダーは、ランドセルを取り上げた。
「返してよ!」
泣きそうになりながら必死に取り返そうとする広本をあざ笑い、皆でランドセルをまわし合った。
「そんなに返して欲しい?ほらよっ」
いじめっ子のリーダーはランドセルを逆さにして中身をぶちまけた。
「お前ら、楽しい?」
突然、転校生の岡崎が現れ、いじめっ子達に尋ねた。
いじめっ子のリーダーは「お前に関係ないからあっちに行けよ!」
とすごんだが、岡崎は動じずに「答えになってなくね?楽しいかって聞いてんの」と冷静に言った。
「もう行こうぜ!」
気まずくなったいじめっ子達は退散して行った。
岡崎は背が高く、体格の良い子だった。
クラスメイトの男子達は、岡崎の体格の良さと、どこか擦れているというか、ませているいうか、何となく逆らうとやばいんじゃないかと警戒していたのかもしれない。
「ありがとう」
広本は涙をぬぐいながらお礼を言った。
「泣くなよ」と岡崎は笑顔を見せ、ランドセルからぶちまけられた教科書や筆箱などを拾い始めた。
その光景はまるで、兄が弟の面倒を見ているかのようだった。
岡崎は拾い集めた物をランドセルに詰め込むと「はいよっ」と、広本に渡した。
広本が礼を言って受け取ると、二人は歩き出し、岡崎が「何人兄弟?俺、三人兄弟で兄ちゃんが二人いるんだ」と話し出した。
「お、俺は五人兄弟」
「何番目?」
「一番上」
「下は、何歳?男?女?」
「すぐ下は女で四年生。次も女で二年生。次は男で幼稚園。一番下は今年生まれたばっかりの女」
「『今年生まれたばっかりの女って』ウケる。しかも何歳?って聞いてるのに学年で答えるし」と、岡崎はゲラゲラと笑った。
馬鹿にされた気持ちになり、広本は顔を真っ赤にした。
その様子を見た岡崎は「広本って面白い奴だよね。友達になろうぜ!」と、くったくのない笑顔で言った。
広本は夢のような言葉に舞い上がった。
「えっ?う、うん。こ、今度家に遊びに来て!」
「うん。Wii持ってる?」
「うん。持ってる」
「なんのゲームあるの?」
岡崎が会話をリードしながらコミュニケーションをとっていった。
広本と岡崎はすっかり仲良くなり、岡崎は同級生ながら、広本の兄貴分のようにな存在になっていた。
いつしか広本を馬鹿にする者はいなくなっていた。