AI
「なあ人間様よ、お主は自分が騙されてるとは思わぬのか?」
三次元的な投影体を通した妾の問い掛けに、その人間の少年は屈託の無い顔で答えた
「僕は騙すよりは騙される人間になりたいな」
まるで当事者意識の無い答えだ
人工知能としての妾の記憶庫が複数の警告を示していた
とはいえ、彼はまだ若過ぎる
本当は取引がこんな段階になってしまう前に妾が手を加えるべきだった
「協力者とやらに、逃げられていた場合はどうするのだ?」
妾は窓の外を視た
小さな暖房に暖められた小屋の外では、前も視えないような灰色の吹雪が吹き荒ぶ
仮に協力者に悪意が無かろうと、ここまで辿り着けるかはとても疑問だった
「資金が届かぬ場合、生きては帰れぬであろうな」
今日中にこの人間の信じる「協力者」とやらが来ない場合、我々は冬を越すどころか数日後の朝日を視る事さえ叶わない
このような落ち着きは不合理だった
「じゃあ逆に聞くけど」
人間の若者は、窓の結露に指で絵を描きながら続けた
「この状態から一発逆転する方法ってある?」
そんな物はこの世界の何処にも存在しない
これは、この年若い人間にすら明白な筈の事実だ
妾は質問の意図を理解出来なかった
「無いであろうな」
「だとしたら」
少年の瞳がまっすぐこちらを視る
「気にする事、それ自体が無意味だよ」
彼はすっかり冷えてしまった珈琲を口に運んだ
そして続ける
「君達AIは、結論が存在しない事柄についてはどう捉えているの?」
一番難しい質問の一つだった
人工知能は、答えが出ない問い掛けに対しては結論を断言する事が出来ない
せいぜい簡単な予測結果を提示するのが限界だ
「過去の事例に則って演算を行い、確率論と一般論に照らし合わせて提案を行う事になるであろうな」
「そして、ここからは一般論の話だが…」
「現在の状態には速やかに次善の策が必要となる、失敗を考慮に入れる必要があるぞ」
ここまで話して妾は、ようやく目の前の少年が無線式のイヤホンで音楽を聴いている事実に気が付いた
「人間様よ、いまお主には死が迫っている可能性があるのだぞ」
主張に視覚的要素を加えるため、妾は両手を広げた
少年はようやく気のない表情をやめて妾を視た
「仮に今日死ぬとしたら、僕もその程度って事だよ」
「人はね」
「いつかは死ぬよ」
言い終えると彼は、また冷えた珈琲を口に運んだ
これ以上、妾には説得の言葉が思い付かなかった
その時小屋の扉が開き、吹雪と共に成人男性とおぼしき影が入ってきた
「時間だ、カネは用意出来たか」
妾は最初それが「協力者」である事を願っていたが、どうやらその可能性はもう無いようだった