7. 想い人の調査
「あまりにも酷すぎますわ!私、エレクシア様のお話を聞きながら途中で怒りに震える体を抑えられませんでした!」
普段柔和な仮面を剥がさないカシオペアが、リチャードの屋敷から帰ってきた後ずっと感情を露わにしている。
「そんなに酷い有様だったのかい?ご夫人は憔悴していた…?」
「エレクシア様はなぜかシスターのように地味な服装をされていましたけど、それはそれで清貧で美しかったですわよ!そうではなくて、リチャード卿の仕打ちがあまりに酷すぎると申し上げたのです!」
カシオペアがパチンッと扇を閉じる音で、私の体はビクッと跳ね上がる。
まるで私が悪いことをして怒られている気分だ。
「リチャードが悪いのは、それはそうなんだけど…。あのリチャードが、どんな手酷いことをしたというんだい?」
「……私、エレクシア様に房事の頻度を伺いましたの」
他人様に何てことを聞いているんだ、我が妻は。
「そしたら何と答えたと思いますか?」
「うーん…。白い結婚ではないから初夜は済ませたんだろうけど。子供がまだだから、初夜から閨を共にしてないとか?」
カシオペアが先ほど閉じた扇をバッと開いて、また私の体はビクッと跳ね上がる。
「毎日、とお答えになりましたのよ。それが普通だと思っていたと」
へ?
あのリチャードが、毎日、房事を?
夫婦仲が良いと自覚している私たちですら、多くて3日に1回ほどだ。
まだ新婚だということを含んでも、少なくとも仲が良くないと毎日睦み合うことはしないのではなかろうか。
「ということは、離縁を言い渡した前日も……その、房事を?」
「恐らくそうなのでしょうね」
何てことだ…………。
夫人を毎日好き放題抱いておいて、いきなり離縁を突きつけたのか、あの男は。
私は頭を抱えた。
「……夫人は。エレクシア夫人はどんな様子だった?」
「私が訪問したことに恐縮してらしたけど、思ったよりは元気そうでしたわよ。少なくとも泣き濡れて暮らしているようには見えなかったわ。まあ、ある意味当然かもしれませんわね。いきなり離縁と言われて、しかも意味の分からない理由を並べ立てられれば百年の恋も冷めるというものよ」
「…そうか」
私は父譲りの金髪をガシガシと掻き回す。
「これは…修復は不可能かもな」
項垂れる私の乱れた髪を、カシオペアが手で梳いて整える。
「…エレクシア様とお会いする前にカトレナからも話を聞いたのだけど。エレクシア様は離縁後は修道院に入られるおつもりらしいわ」
私が驚いて顔を上げると、カシオペアのルビーの瞳が真っ直ぐ私を捉える。
「エレクシア様はね、公爵領でいくつか事業を興すほど優秀な方なの。そんな人材を、みすみす修道院に行かせてもいいの?」
「エレクシア夫人が事業を…?」
公爵領の事業で目新しいものといえば、最近では花束の定番となった霞草と、日持ちのする魚として人気が出た干物を思い浮かべる。
そのどちらかを夫人が興したのだとしたら、確かにその才能は捨てるに惜しい。
「……いかん、修道院は。最悪の場合は、誰か再婚相手を見繕うか…」
確か辺境伯は奥方が亡くなってしばらく経つのではなかったか?
歳は一回りほど上だが、まあ許容範囲だろう。
「まさか、元公爵夫人をずっと歳上の適当な爵位のところに後妻として嫁がせたりなどしませんよね…?」
カシオペアの言葉に、ギクリとして肩が揺れる。
カシーは私の心が読めるのか……?
「……まさか。エレクシア夫人に相応しい嫁ぎ先を探さねばな……」
冷や汗を流す私を、カシオペアが意味ありげな目線で見ている。
「あくまでも、エレクシア様に瑕疵はないということは念頭に置いてくださいましね」
カシオペアに釘を刺され、私は無言で首肯する。
少なくともこれだけカシオペアが肩入れするくらいには、エレクシア夫人は素晴らしい女性なのだろう。
◇◇◇
私はルーカス殿下に言いつけられた通り、離れた場所からクーデリア様の生まれ変わりの女性を見つめている。
名前がまだ分からないから、分かるまでは心の中でクーデリアと呼ぶことにしよう。
クーデリアは出会った時と同じ窓際の席に座り、本を読みながら時々窓の外を眺めている。
窓の外を見つめては何か面白いものを見つけたのかニッコリと笑う彼女を見て、心が沸き立つ。
一刻も早く話しかけて彼女のことを知りたい……。
いやしかし、ルーカス殿下に言われたように、1週間は観察し続けることにしよう。
クーデリアをしばらく見ていたが、クーデリアは窓の外に何かを見つけたのかハッとして立ち上がり、早足で図書館を出る。
私も気づかれないように距離を置いて、クーデリアの後を追う。
図書館と王城を繋ぐ渡り廊下に差し掛かると、クーデリアはそこに立っている一人の騎士に話しかける。
私はバレないように物影に身を隠して様子を観察するが、残念ながらこの位置から会話の内容は聞こえない。
クーデリアはその騎士と顔を寄せ合い、笑顔で何やら楽しそうに話している。
かなりボディタッチも多く、二人の関係は親密そうだ。
もしかしてあの騎士はクーデリアの恋人なのかもしれない……。
不安が頭をもたげるが、思い込んで突っ走るのが私の悪いところだとルーカス殿下に指摘されたのだから、もうしばらく観察を続けようと思い直す。
しばらく話すと2人は別れ、クーデリアは再び図書館へ戻り、私は後をつける。
図書館に入ると、クーデリアはまた同じ窓際の椅子に腰掛ける。
あの場所が相当なお気に入りなのだな、とほっこりした気持ちになる。
小一時間経つとまたクーデリアは窓の外を見て席を立ち、足早に図書館を後にする。
跡を追うと、今度は王城の廊下で背の高い文官らしき人に声をかける。
あの男は……財務部のルウェイン伯爵令息だったか?
側近の仕事で何度か話をしたことがある。
クーデリアはまたもや笑顔で楽しそうに話をしている。
ボディタッチも多めで、これまた私を焦らせる。
しばらく話した後、クーデリアは図書館の定位置に戻っていった。
今日は計5時間ほど張り付いて彼女を観察していたが、彼女の行動パターンはひたすら『窓を見る→図書館を出る→人と話す→図書館に戻る』のループだった。
しかし声をかける人は様々で、騎士だったり文官だったり、統一性のないように思われた。
もしかしてクーデリアは、何か秘密の業務の一環でこうやって色んな人と情報交換しているのか?
調査を開始して2日目だが、クーデリアのことはまだ分からないことだらけだ。
彼女に話しかけてしまいたい心を押し込めて、図書館を後にする。
ここ最近、ルーカス殿下が王城の仕事を他の人に振ってしまったので、これ以上王城でやる事がない。
だが、屋敷には領地の仕事が山積みだ。
ならば私が今からやることは一択。
屋敷に帰ろう。
私は馬車に乗り、王城を出る。
こんなに明るい時間に帰宅するなんて何年ぶりだろうか。
ルーカス殿下の側近として多忙な日々を送る中で、どんなに遅く帰っても笑顔で迎えてくれたエレクシア。
そして寝る前にエレクシアを抱くことが、どれだけ癒しと次の日への活力となっていたか……。
エレクシアの笑顔を思い出すと、胸がチリチリと痛む。
この痛みはきっとただの罪悪感だろう……そう思いたい。
馬車が屋敷に着くと、玄関からカールが飛び出してくる。
「リチャード様!なぜ今日はこんなにお帰りが早いのですかっ!」
まるで当主が早く帰ると困るような口ぶりに、少しムッとする。
「今日は仕事が早く終わったから家の仕事を片付けるために早く帰ってきたんだ」
「本当に間が悪い人ですね…」
カールは苦虫を噛み潰した顔をしている。
「良いですか、もうゆっくり説明している暇がありませんのでこちらに来てください!」
カールに無理やり手を引っ張られて、道の脇の植木の中に押し込まれる。
「ちょっと!何だ、カール!当主になんてこと…」
「シッ!契約違反になりたくなければ黙ってそこに隠れていてください!」
カールは私をギロリと睨むと、玄関に戻っていく。
私は何が何だか分からないが、とりあえずカールの言う通りしばらくここで隠れていることにする。
しかし、契約違反とは何だ……?
なぜ当主である私がこんなに気を遣わねばならぬのだ?
そうこう考えているうちに、俄かに玄関先が騒がしくなり、私は息を潜めて様子を窺う。
屋敷の中から出てきたのは、何と第一王子妃のカシオペア様、そしてそれに続いて出てきたのはエレクシアだった。
約1週間ぶりに見たエレクシアに、私は息を呑む。
社交に出ていた時とは違う質素なワンピースに身を包む彼女は、清楚ながらも溢れ出る美しさを隠せてはいない。
いや、あれはむしろ……。
隠しているがゆえに漏れ出る色気が……。
私は一体、何を考えているんだ。
不埒な妄想で下半身を熱くしている間に、いつの間にかカシオペア妃もエレクシアもいなくなっていた。
私は植木の隙間から出ると、トボトボと執務室へ戻った。
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「義姉と間違えて求婚されました」
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