6. 第一王子妃の来訪
私宛に届いた一通の手紙を見て、溜息をついた。
それは公爵様のお母様…前公爵夫人からのお手紙だった。
---
親愛なるエレクシア
先日出した手紙は届いたかしら?
いつもならすぐお返事をくれるあなたなのに、今回は待てど暮らせど返事が来ないから心配しているの。
もしかして、体調を崩しているのではない?
リチャードはちゃんとあなたを気遣っているのかしら?
心配だから、王都へ行く日程を早めます。
夫も心配して、付いてくると言っています。
3日後には着くと思うから、待っててね!
あなたのもう一人の母 グレイス・サウザンヒルより
---
「これって……。公爵様は返事を出してくださらなかったということよね…?」
私の問いかけに、カールは無言で頷く。
「エレクシア様に離縁を突きつけてから、リチャード様のポンコツぶりに拍車がかかり、仕事が回らなくなってしまったのです。恐らく、純粋に返事を書く余裕がなかったのだと思います」
執事が主人に言うには少々酷い物言いだが、カールは公爵様の乳兄弟なので2人は気安い間柄なのである。
「そう…お仕事に身が入らなくなるほどお相手の方に恋焦がれているのね…。何か手伝えたら良いのだけど、何もできなくて申し訳ないわね」
「そういうことでは……いえ、全てリチャード様の自業自得ですね。あの馬鹿……ポンコツには自分の犯した罪の大きさを分からせましょう。前公爵夫妻の相手はリチャード様に一任しますので、エレクシア様は何もご心配なさらず」
馬鹿からポンコツに言い直しても、全然マイルドな表現にはなってませんよ。
でもとりあえずは公爵様にお任せするしかないものね。
それにしても、まさか返事を出してくださらなかったなんて……。
お世話になった前公爵夫人への不義理で胸が引き裂かれそうに辛い。
「それでは、全面的にお願いするわ。それから大体仕事も片付いたし、緊急でなければカールはこちらに2日に1回来てくれれば良いから」
私がそう言うと、カールは悲しげに眉尻を下げる。
「……エレクシア様。そのようなことは仰らないでください。私はあなたの執事でもあるのですから」
「カール……。あなたには何から何まで頼りっぱなしだったわよね。ここまで頼りない私を支えてくれて感謝しているわ。私ね、あと1〜2週間したらここを出て、伯爵領に戻ろうと思うの。もちろん、離縁までは家から出ずに大人しくしておくから安心して」
「それは………いえ、私には止める資格がありませんね。リチャード様の暴挙すら止めることができなかったのですから…」
カールは項垂れて首を振る。
「分かりました。……その旨、リチャード様にお伝えしてもよろしいでしょうか?」
「………?ええ、ご自由に」
なぜリチャード様に伝える必要があるのかしら?
もう私のことなんてすっかり記憶から消えていると思うけど。
どうせもう会うこともないのだから、伝えようが伝えまいが関係のないことだわ。
カールが部屋を出ると、私はふぅ、と息をつく。
先ほどカールには1〜2週間後と言ったけど、本当はもうほとんどすることもなくて、今日にでも出て行って構わないくらいなのだ。
それでも何となくここを去り難い気持ちがあって、1〜2週間などと猶予を持たせてしまった。
何と未練がましいことだろう。
この家も、この家の人も、みんな私のものではないというのにいつまでも縋りついて、みっともない。
ソファに浅く座り、背もたれに頭を乗せる。
こんな端ない格好は普段ならしないのだが、部屋に一人の時くらい良いわよね。
もう何度となく見慣れた天井を見上げると、眦から涙が一筋溢れる。
はぁ……私、悲しいんだわ。
たぶんずっと泣きたかった。
でも、溢すのはこの一粒で終わりにするの。
今でも十分惨めなのに、さらに大泣きするなんて私の矜持が許さない。
ちっぽけでつまらない矜持だけどね……。
眦の涙を拭き取り顔を前に戻すと、ちょうど扉がノックされる。
「エレクシア様、緊急なのですがよろしいですか」
扉を開けてカールが入ってくる。
「ええ、もちろん。どうしたの?」
「それが…先ほど先触れが来まして、午後に第一王子妃様がこちらにいらっしゃると……」
「えっ!?第一王子妃様?公爵様宛に来られるのよね?」
「いえ、それが……エレクシア様にお会いになりたいと」
第一王子妃のカシオペア様とはお茶会で何度かお見かけしてご挨拶申し上げた程度の間柄。
わざわざ屋敷を訪問していただくような関係性ではない。
「どうしましょう……いくら何でもこの部屋でお迎えするわけにはいかないわよね?」
「……本日もリチャード様は王城に行かれておりますし、本邸の方でお迎えしましょう。万が一来客対応中にリチャード様がお戻りになっても、エレクシア様とは遭遇しないようにいたしますので」
「……そうね、そうするしかないわよね。それでは、準備をお願いするわ」
私が頼むと、カールは慌ただしく部屋を後にする。
それにしてもなぜカシオペア様が……。
公爵様との離縁が、私に原因があると疑われているとか?
……よくよく考えたら、私に原因があるとも言えるのかもしれない。
もっときちんと公爵様との関係性が築けていれば、このように惨めに棄てられることもなかったのだろう。
もしそれを糾弾されたり処罰されるのならば、謹んでお受けしよう。
私はそう心に決めたのだった。
◇
その日の午後、第一王子妃カシオペア様が公爵邸を訪問された。
私は本邸の玄関でカシオペア様を丁重にお迎えし、応接室にお通しする。
「突然の訪問になってごめんなさいね。少しお話を聞きたいだけだから、気に病まないでくださる?」
カシオペア様は柔らかな笑顔で優しく話しかけてくださる。
どうやら、私に敵意は向けられていないようだ。
「いえ、大したお構いができないことが不安ではありますが…。それで、どのような御用向きでしょう?」
「リチャード卿の話、と言えば分かるかしら?」
その一言で私の身体が強張る。
「そんなに緊張しないで。あなたの側から話を聞きたいと思っただけなの。あなたがどこまで把握しておられるか分からないけど、リチャード卿は今、心ここに在らずで仕事がまともにできない状態なのよ」
「……はい、先ほど執事もそのようなことを申しておりました。それほどまでに、お相手に恋焦がれておられると」
「………?とにかくその状態を解決するために、あなたのお話も聞いておきたかったのよ」
カシオペア様は一瞬首を傾げたけど、すぐに柔和な笑顔に戻る。
「何をお話しすれば良いのやら見当もつかないのですが…。公爵様の恋煩いを解消するには私が早く離縁するのが良いのでしょうけど、この国の法律でまだそれはできないそうなのです。申し訳ありません」
「この国の法律で、というのはリチャード卿が仰ったの?」
「ええ、離縁を申し出られた時に。『白い結婚でない場合は婚姻後2年経たないと離縁ができない』と」
カシオペア様は扇で口元を隠しているが、その眉間には皺が寄っている。
「……ちなみに不躾なことを聞くようだけど、その……房事の頻度はどのくらいだったの?」
「頻度とは……?毎日行うのが普通だと思っておりました」
そういえば女性の友人とそういう話をしたことがないから、他の人がどのくらいの頻度で閨事を行っているかなど考えたこともなかったわ。
カシオペア様はいつの間にか顔全体を扇で覆って、肩をフルフル震わせていらっしゃる。
笑って……おられるのかしら?
そう思ったけど、次に扇を下ろした時に出てきたお顔は微塵も笑っていなかった。
「答えにくいことをお聞きしてごめんなさいね。そもそもお2人の結婚はどのような経緯で?」
「父親同士で決めた政略結婚だと思います。公爵様には2度お会いして、すぐに婚約が決まりました。さらにその3ヶ月後に婚姻いたしました」
「婚約してたった3ヶ月で結婚……?そんなに婚姻を急いだ理由は何かしら?」
「さあ、そこまでは…。婚約時の契約条項に『3ヶ月後に婚姻する』とありましたので、最初から決まっていたことのように思います」
カシオペア様は私の話を聞きながら、何か深く考え込まれているような仕草をされる。
「 ……結婚してからのお二人の仲はどうだったの?」
「悪くはないと、私は思っておりました。喧嘩もありませんし、家のことや仕事のことも任せていただいて少しは信頼していただいていると……そう思っていたのですけど」
「……仕事を手伝っていらしたの?」
「ええ……手伝うというか、私が公爵領で興した事業がありまして、それを任せていただいておりました」
私がそう言うと、カシオペア様が目を丸くする。
「事業を興されたの?……エレクシア様は優秀なのね。それで、その事業は今はどうしているの?」
「私はもう携われませんから、公爵様に引き継ぎいたしました」
カシオペア様は再び扇で顔全体を隠されるが、その直前にひどく顔を顰めていらしたのは見間違いだろうか。
「……そう。色々お聞きして、悪かったわね。あとはこちらで上手くやるから、エレクシア様は何も心配なさらずに過ごしてくださいね」
「いえ、私の不手際でわざわざこのように御足労いただき申し訳ございません。公爵様のことは、どうか今後ともくれぐれもよろしくお願いします」
優雅に手を振って王宮の馬車に乗り込むカシオペア様をお見送りしてから、私は別邸へ戻る。
まさかその様子を植木の隙間から覗き見ていた人がいるなんて思いもせずに。
9/30日間ランキング5→4→3位!ありがとうございます(=^▽^)
★感想、いいね、評価、ブクマ★
いただけると嬉しいです!
全14回で完結。
毎日17時更新。
********
11/6 新連載開始しました!
「義姉と間違えて求婚されました」
https://ncode.syosetu.com/n4350im/