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5. 第一王子の戸惑い

「待て待て待て。前世の……恋人?」


 私はここ数日仕事に身が入らず、挙動がおかしい側近のリチャード・サウザンヒルを呼び出し、執務室で事情を聞いている。

 するとたった今、彼の口から何とも馬鹿らしい……信じがたい話が飛び出し、私はこめかみを押さえる。


「そうです。彼女を見た瞬間、ビリビリッと頭の中に稲妻が走り、前世の記憶を思い出したのです」


「ビリビリ……」


 目の前の男、リチャードは良くも悪くも融通の利かない男だ。

 金髪碧眼で大変見目が整っているのにこれまで女性にあまりモテなかったのは、肝心な時に気の利いたことが言えなかったり、場を和ませる冗談が言えないからである。

 つまり、このような荒唐無稽なことを冗談で言える男ではないということである。


「はぁ……。それで、その女性とは誰なんだ?」


「それは……分かりません」


「はぁ!?」


 分からないとは…どういうことだ?

 得体も知れない女性のために、瑕疵もない妻を棄てるというのか?


「リチャードよ…。その女性と話もせず先走って離縁を決めてしまったのか?」


「いえ!話はしました…。その女性に『私を覚えているか』と聞いたら、『覚えている』と。彼女が前世を覚えていると知って舞い上がり、つい名前などを聞くのを忘れてしまったのです……」


 本当にこの男は一体何を言っているんだ?


「それじゃあ、その女性に夫がいたらどうするんだ?」


 私が指摘すると、リチャードの顔が青くなる。


「……っ!……私と同様に……選んでもらいます。そして彼女が今の夫を選ぶのであれば……遠くから見守ります」


 リチャードは今にも倒れそうなほど真っ青だ。

 これ以上詰問するのは止めておいた方が良さそうだ。


「…はぁ……。とにかく、ずっと君がその状態だと私としても困る。決着をつけるためにも、その女性がどこの誰なのかきちんと調べなさい」


「かしこまりました。ルーカス殿下……ご迷惑をかけまして申し訳ございません」


 リチャードは頭を下げて、今にも倒れそうなフラフラとした足取りで執務室を後にする。

 これは…どうしたものかな。

 こういうことは、私のような政治一辺倒の堅物よりも、ロマンス小説などを好む女性の判断を仰ぐ方が良いのかもしれない。



◇◇◇



「まあ…それで。リチャード卿は離縁なさると?」


 私はリチャードから聞いた話を妻のカシオペアに話し、女性の意見を聞いてみることにした。


「本人はそう言っているが…。それにしては顔色も悪いしスッキリしないんだ」


 カシオペアは扇で口元隠し、何やら真剣な表情で考えている。

 私は普段は柔和だがその裏には賢さや小聡明さを隠し持つこの妻を大変気に入っている。

 そんな私でも…前世の約束を突然思い出したら、その出会ったばかりの女性に心変わりするものなのだろうか?


「それは……。リチャード卿は、奥様に離縁を申し出たのを後悔なさっているのでは?」


「えっ?でも、自分で言い出したんだよ?しかも、他の女性に心変わりして……」


「リチャード卿の詳しい心のうちは分かりませんけれど。心は寄せられないが棄てるには惜しい事情がある、とか?例えば、家の仕事を手伝ってもらっているとか……」


 うへぇ。

 そんなの、最低極まりない男じゃないか。

 私も品行方正ではないが、さすがにそんな下衆なことは考えない。


「リチャードはそんな男じゃないと思うけどな…。あの男は嘘がつけない実直な男なんだ」


「……嘘がつけないからこそ、正直な心が顔色に出てしまうのではなくて?」


 心なしか、カシオペアの目つきがどんどん鋭くなっているし、声も冷たくなっていっているような……。


「……カシー。怒っているのかい?」


「……あなた、お気付きですか?最初から今まで、あなたの口からリチャード卿の奥様を心配する言葉がひとつも出てこないのです」


 カシオペアに指摘され、喉がヒュッと鳴る。


「その時点で、あなた自身も『心変わりしたのだから離縁は致し方ない』、そう思っているのでしょう?」


 弁解させて貰えば、リチャードの話があまりに突飛すぎてそこまで考えが至らなかったというか……。

 いや、完全にそれは言い訳だな。

 リチャードの様子がおかしくて仕事に支障が出るから、どうにか元に戻そうという利己的な考えしか頭になかった。


「……そうだな、思慮が全く足りなかった」


 私が項垂れると、カシオペアはクスッと笑う。


「私、以前リチャード卿の奥様をお茶会でお見掛けしましたけれど、とても美しくて聡明な方でしたのよ。実際にあの方に懸想する殿方もたくさんいらしたらしくて、すごく競争率が高かったのではないかと思うの」


 リチャードの奥方…か。

 確か生まれは伯爵家のご令嬢で、名前はエレクシア…だったか?


「……つまりその結婚を望んだのはリチャードだった、と?」


「恐らくね」


 エレクシア夫人の生家の領土で鉄鉱石が採れるから完全に政略結婚だと思い込んでいたが、実はリチャードが望んだ縁談だったと……?

 それならば話は変わってくる。

 請われて妻になったのに心変わりしたから棄てられるなど、そんな酷な話はない。


「はぁ………。そのあたりはリチャードにもう一度聞いてみるしかないな」


 私が項垂れていると、カシオペアが私の頭を撫でてくれる。


「それならば私は奥様から話を聞いてみましょうか?」


「カシーが奥方と…?でも、接点はないのだろう?」


「接点はあるわ。確か奥様はカトレナと仲が良かったはずよ」


 カトレナ嬢……いや今はカトレナ夫人、か。

 元は公爵家の令嬢で幼い頃から王城にも上がっていたから、カシオペアとも面識がある。


「それならば、そちらはカシーにお願いしよう。私はもう一度リチャードの話を聞く。……その前世の恋人の生まれ変わりの女性とやらについても調べねばな」


「ちなみに…その女性、どんな女性ですの?」


「あー……何て言ったか?出会いの場は図書館で、一番奥の窓際に腰掛けて本を読んでいた……黒髪で薄紅色の瞳の女性、だったかな?」


「黒髪に……薄紅の瞳?」


 そう呟くとカシオペアの片眉が上がる。


「そう……カシー、心当たりが?」


「ルーカス様。それってもしかして……」


 私はその後に続くカシオペアの言葉を聞いて、驚愕した。



◇◇◇



「リチャード。それで、運命の女性とやらのことは何か分かったのか?」


 私は第一王子ルーカス殿下の執務室に呼ばれ、先日の話の続きをされる。


「それが……仕事が忙しく、そこまで手が回っていない状況で…」


 エレクシアに離縁を申し出たあの日から私の頭の中はグチャグチャで、仕事が全く捗らない。

 最近は家にも帰らず王城で仕事をしているのに、全く片付く気配がないのである。


「まあ、そうだろうな。そう思って、お前に振っていた仕事は他に回した」


「えっ!それは……解雇ということでしょうか…?」


 これからの人生を思って青くなる。


「違う違う!そうやって勝手に思い込んですぐに突っ走るのがお前の悪いところだ。そうではなくて、1週間ほど時間をやるから例の女性について調べて来い。ただし、お前はその女性に直接声を掛けるな。その女性のことを遠くから観察するんだ」


 それは……何のために?

 ルーカス殿下の意図が全く読めない。


「それはどういうことですか?その女性に聞いた方が早いのでは……?」


「さっきも言ったが、お前はすぐに突っ走る。直接声を掛けたら舞い上がってすぐ求婚などしてしまうだろう。まだ離縁もしていないのにそんなことをしたら、どんな噂が立つのか想像くらいはできるだろ?

 それに、人は嘘をつく。その女性が本当のことを言わない可能性もある。だから、まずは遠く離れたところからその女性について客観的な目で見てみるのだ」


「確かに…殿下の仰る通りです」


 前世の記憶に舞い上がり、よく考えもせずにエレクシアに離縁を突きつけた私のことだ。

 確かに突っ走ってもっと良くない事態を引き起こす可能性が高い。


「かしこまりました。まずは遠くから、女性を観察することにします」


「うん。そうしろ。……それから、前世の記憶についてだが、お前の前世の名前はエドガー・ドリモア。恋人の名前はクーデリア。これで間違いないか?」


「ええ…。それが、どうかしましたか?」


「いや、気になることがあってな……。もう下がっていいぞ。今日の仕事はもう良いから、さっそく調査を始めろ」


「お気遣い、感謝いたします」


 私は一礼して執務室を後にする。

 そしてその足で図書館に向かう。

 あの女性は今日もいるだろうか?彼女のことを考えると自然と早足になる。

 前世では低位の貴族だったが、今世は違う。

 彼女を守れるだけの地位と財産がある。

 何の憂いもなく彼女を幸せにするために、しっかりこの調査をやり遂げよう……私はそんな風に心躍らせたのであった。




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11/6 新連載開始しました!


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― 新着の感想 ―
[一言] 心躍らすんじゃない! リチャード、アホだわ〜。と思ったけど、仕事前に読み始めるワタシはもっとアホ。 がんばれ、ワタシ!がんばれリチャード!
[一言] ええ……?こんなに後先考えない脳筋な直行動タイプなのに王太子の近しい部下?…………いや、逆に、こんなんなのに近くに置くって事は、めっちゃくちゃ仕事できるタイプなんかな……書類の。
[良い点] 夫の良い所は避妊薬を使ってた所だけ [気になる点] どうとでもとれる言葉を交わしただけで、離婚しようとするポンコツ夫 公爵家の婚姻が、どこのだれかわからない状態で前世の恋人だからって結婚で…
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