4. 前世の恋人との邂逅
その日は私が側近として仕える第一王子ルーカス殿下の命で王宮図書館に資料となる本を探しに来ていた。
本を探しながら、私は昨夜の妻エレクシアとの情事を思い出していた。
◇
エレクシアとは2年ほど前に婚約し、1年半前に結婚した。
エレクシアは2人が会ったのは婚約前の顔合わせが初めてだと思っているが、私はエレクシアのことを3年前から知っていた。
きっかけは、私の幼馴染のカトレナとエレクシアが仲良くしていたことだ。
透き通るような亜麻色の髪に大きなアイスブルーの瞳、小ぶりで整った鼻と、ぽってりと潤う赤い唇。
遠くからでも目を引く美しさに、エレクシアに懸想している令息もたくさんいると聞いた。
かくいう私も、エレクシアを見かけるたびにその姿を目で追っていた。
カトレナからエレクシアが婚約者を探しているという話を聞いた時、一も二もなく立候補した。
たまたま公爵領で鉄鉱の加工が盛んなためにエレクシアは政略結婚だと思ったようだが、実際は私が望んで進めた婚約だった。
一刻も早く結婚してエレクシアを自分のものにしたい……その一心で、婚約期間を長く置かずに結婚した。
エレクシアとの結婚生活には満足していた。
というより、控えめに言って最高だった。
エレクシアは私が大切にする分、大切にし返してくれるし、家のことも領地のことも積極的に仕切ってくれる。
社交界での評判もかなり良く、公爵夫人として100点満点だった。
それに何と言っても閨のエレクシアは私を虜にした。
美しい肢体を持つのにいつまでも恥じらうし、かといって消極的なわけでもない。
できるだけ長く新婚生活を楽しむために、避妊薬を飲んでいるのはエレクシアには内緒だ。
◇
そんなことを考えながら本を探すから、いつまで経ってもお目当てのものが見つからない。
本を求めて図書館を彷徨っていると、不意に椅子に座って本を読んでいる女性が視界に入る。
その瞬間、頭の中に稲妻が走り、何らかの記憶がフラッシュバックした。
◇◇◇
私はエドガー・ドリモア。
我が国の第一王女クーデリア殿下の専属護衛だ。
私が現世の女神と称される美貌のクーデリア殿下と結ばれたのは三月前のこと。
月が美しい夜に、クーデリア殿下の寝室で互いの愛を確かめ合った。
今日はクーデリア殿下の誕生祝いの宴。
18歳の成人を祝う特別な日である。
私は、この夜にクーデリア殿下にプロポーズをするつもりだ。
身分の差はあれど、愛がある限り共に結ばれるよう陛下を説得し続けようと思う。
宴も進み、クーデリア殿下が祝いに対する謝辞を述べるまさにその時。
―――バリバリッ!
けたたましい音を鳴らして2階の窓が割られ、複数の黒ずくめの男達が会場に乱入する。
男達はまっすぐにクーデリア殿下の方に向かって来る。
狙いはクーデリア殿下のようだ。
私は剣を出し、黒ずくめの男達に対抗する。
何としても、殿下をお守りするんだ!
1人、また1人と男達を切り伏せていく。
もうすぐで全員仕留める、そう思った時。
―――グサッ
……………え?
自分の胸元を見ると、剣の切先が飛び出して、周りが血で滲んでいる。
背中から剣を一突きされたようだ。
後ろを振り返ると同時に剣を引き抜かれる。
胸から鮮血が飛び出す。
―――殿下…。クーデリア殿下は……?
朦朧とする意識の中、何とか振り返ると、クーデリア殿下が血に染まっているのが見えた。
嘘だ、嘘だ、嘘だ!!
私は……殿下を守れなかったのか……?
ああ、出来ることならば……。
来世でクーデリア殿下にお会いできるならば……。
今度こそ必ずお守りしてみせる………。
………………。
◇◇◇
ハッと気がつくと、私は図書館の中にいた。
そして目の前の椅子に座っている女性に目を遣ると……あ、あれは………クーデリア殿下!?
髪色や瞳の色こそ違うが、その顔の造形は間違いなく現世の女神と称されたクーデリア殿下の美貌そのものだった。
私はフラフラと女性に近づき、声をかける。
「あなたは……。あなたは私を覚えていますか……?」
椅子に座っている女性は私を見上げ、ニッコリと美しく微笑む。
「……ええ。覚えているわ」
◇
それから、私の頭はその女性でいっぱいになった。
私は前世の記憶を思い出してしまったのだ。
あの女性との出会いは運命だ、今度こそ殿下を命をかけてお守りするのだ……。
しかし、私はエレクシアと結婚している。
今世で守り抜くと心に決めた女性が現れたのに、エレクシアを側に留めておくことは最早できない。
エレクシアには悪いが、離縁してもらおう。
こちらが有責ということにすれば、エレクシアも悪いようにはならないだろう。
だが、エレクシアは納得してくれるだろうか。
私からすれば前世からの約束だが、エレクシアから見ればただの心変わりに映るに違いない。
泣かれるか、縋られるか、はたまた糾弾されるか…。
どちらにしろ、言わないことはできない。
もう己の運命に気づいてしまったのだから……。
◇
私はその日のうちに執務室にエレクシアを呼び出す。
エレクシアは相変わらず可憐で美しいが、私の心の中は既にクーデリア殿下で占められている。
本当に心苦しいが、エレクシアに離縁を願い出る。
エレクシアはその可愛らしい目を丸くしている。
それはそうだ、彼女にとっては青天の霹靂だろう。
私だってこんなことを言うのは辛い、だが、もう心に決めてしまったのだ。
私は深く頭を下げる。
君には悪いようにしない、だから私の願いを聞き入れてくれ………!
そんな思いで離縁の条件を告げたところ。
「分かりました。半年後に離縁ですね。私からも条件を追加してもよろしいですか?」
あ、あれ?
やけにあっさり受け入れてくれたな……?
いや、それこそが私の願いだったんだ。
エレクシアが受け入れてくれたことに感謝しよう。
「………… それから、今までの内容はすべて書面にして誓約書を作成してください。
後で条件が違うと言われても困りますから」
早口で追加の条件を捲し立てられ、頭がついていかない。
あれ…?離縁を申し出たのって私だったっけ……?
そんなことを考えているうちにエレクシアはさっさと席を立つ。
「……今日限りでもうお会いすることはありませんから。まだ離縁まで時間はありますが、先にお礼を申し上げておきます。今までありがとうございました、公爵様」
今日限りで会うことはない……?
エレクシアと、もう会えない……?
カーテシーから顔を上げたエレクシアのアイスブルーの瞳からは、昨夜の情事の際に宿っていた熱など一切なく、何の感情も読み取れない。
執務室を出ていくエレクシアの後ろ姿を見ながら、先ほどまでのやり取りを思い返していた。
これは本当に私が望んだことだったのか?
私は取り返しのつかない失態を犯した気がして、頭を抱えた。
「旦那様、最低ですね」
執事のカールがそう呟いて、執務室を飛び出していく。
ああ、私は最低だ……。
しかしどうすれば良かったと言うのだ?
他の女性を心に秘めながらエレクシアを抱くことなどできないだろう。
できない……のか?
私はエレクシアをもう抱くことはできないのだな………。
◇
それから夜になるにつれて、段々と罪悪感が増していった。
カールはあれから一言も口を利いてくれないし、他の使用人もどこかよそよそしかった。
私は手につかない仕事を放棄し、寝室へ向かう。
私の寝室にはエレクシアの寝室へ繋がる扉がついている。
エレクシアは傷ついただろうな…。
やっぱり、離縁を言い出したのは早計だったか…?
ちゃんと向こうの言い分を聞かなかったから、こんなに罪悪感を感じるのかもしれない。
ならば、もう一度きちんと話し合ってはどうか?
今ならばまだ分かりあうことができるかもしれない…。
そんな身勝手な考えから、私はエレクシアの寝室への扉を開ける。
しかしそこには………誰もいなかった。
寝室から続くエレクシアの私室ももぬけの殻だった。
いつの間にかエレクシアはいなくなっていた………私の手の届くところから。
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全14回で完結。
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11/6 新連載開始しました!
「義姉と間違えて求婚されました」
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