2. 身辺整理
別邸の部屋に移ると、シンプルな客間のクローゼットに元の部屋から運び出した宝石やらドレスやらが詰め込まれている。
「……ドレスや宝石はもう要らないわ。新しい奥様が中古品を気に入らないと言うなら、公爵様に言って全て売ってしまって」
ドレスやらを仕分けしていた侍女のアメリが泣きそうな顔で振り返る。
「奥様……。こんなの、あんまりです……」
アメリは俯いて、ついにハラハラと泣き出してしまう。
「アメリ…。泣かせてしまってごめんね。せっかく『公爵夫人の専属侍女になれた』と喜んでくれたのに。新しい奥様にも、今まで通り誠心誠意お仕えしてちょうだいね」
私は涙腺が緩むのを堪えながら、アメリの綿毛のようにフワリとした栗毛を撫でる。
「そうだ!気分を変えましょう?美味しい紅茶と、お菓子を準備してくれない?」
できるだけ明るい声で提案すると、アメリは顔を上げ、コクリと頷いた。
「……はい!すぐに準備いたします!」
アメリはペコリと一礼してから部屋を出ていく。
部屋の中に1人になると、私はふぅ、と溜息をついて再び手紙を書き始める。
手紙を半分ほど書き終えた時、アメリがお茶の準備をして戻ってきた。
「奥様、お待たせしました!パティシエが、奥様が大好きなモンブランを作ってくれましたよ!」
アメリが嬉しそうにお菓子をテーブルに並べる。
一つ年下のアメリを、私は妹のように可愛がってきた。
カールもそうだ。
カールは執事だけど、時には兄のように頼ってきた。
他の使用人たちにも良くしてもらい、公爵家での思い出は良いものばかりだ。
離縁は半年先だけど、徐々にここを離れる実感が湧いてきて寂しさが込み上げる。
アメリが淹れてくれた紅茶を飲みながら、モンブランを一口食べる。
「……美味しい」
涙が溢れそうなのを笑顔で必死に隠す。
頑張れ、頑張れ。泣くな、私。
小一時間ほどアメリとお茶をして、また手紙を書く作業を再開する。
取引先への手紙が書き終わる頃には、すっかり夜中になっていた。
◇◇◇
目が覚めると、部屋の中はもうすっかり明るかった。
昨日は眠れないだろうと思っていたのに、手紙を書くので疲れていたのかいつの間にか眠ってしまっていた。
我ながら自分の図太さに笑いが出る。
「あ!奥様、お目覚めでしたか!」
部屋に入ってきたアメリが明るく声をかけてくれる。
「ええ、今起きたわ。おはよう、アメリ」
「おはようございます、奥様!」
「アメリ。私は実質もう奥様ではないわ。名前で呼んでくれる?」
「………はい、エレクシア様」
アメリがまた泣きそうに目を伏せる。
ああ、悲しませたいわけではないのだけど。
ベッドから出ると、持ち物の中で一番質素なワンピースに着替える。
アメリが着替えを手伝おうとしてくれたが、それは断った。
これからは何でも1人でできるようにならなくては。
着替えが終わると、見計らったように扉がノックされる。
「エレクシア様。エレクシア様宛のお手紙をお持ちいたしました」
「ありがとう、カール。そうだ、これは昨日書いた手紙なのだけど、出しておいてもらえる?量が多くて申し訳ないわ」
「とんでもないことでございます。かしこまりました、すぐに手配いたします」
そう言ってカールは一礼してから部屋を出る。
カールには朝と夜、2回私の部屋に来てくれるように頼んだ。
本邸と別邸は少し離れているからカールには負担だろうけど、半年だけ我儘を聞いてもらうことにした。
「エレクシア様、朝食をお持ちしてよろしいですか?」
「ええ、お願いするわ」
アメリが朝食の準備のために下がると、私はカールが持ってきた私宛の手紙を確認していく。
パッと見た感じ、ほとんどが茶会やパーティーの招待状のようだ。
私はこの1年半、公爵領の特産品を広めるために積極的に社交の場に顔を出していた。
元々そんなに社交は得意ではなかったし、もうこれからは無駄に着飾って上べの話をしに行く必要もないわね。
夜にカールが来たら全て断るようにお願いしよう。
大量の招待状の中に、招待状でない手紙を二通見つける。
一つは公爵様のお母様、つまり前公爵夫人からの手紙、もう一つは親友のカトレナ・サヴィアス侯爵夫人からだ。
まずは、前公爵夫人からの手紙を開封する。
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親愛なるエレクシア
変わりはないかしら?
リチャードとは上手くやってる?
病気で臥していた友人のガーレット侯爵夫人の快気祝いのパーティーにお呼ばれしたから、来月王都に行きます。
パーティーにはエレクシアも同行してくれるわよね?
可愛くて賢い娘を早く自慢したいわ!
あなたのもう1人の母 グレイス・サウザンヒルより
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ああ、困ったわ。
お義母様……前公爵夫人がこちらにいらっしゃるなんて。
パーティーはもちろんお断りするけれど、私から事情を説明するのもおかしいわよね?
かと言って返事をしないわけにもいかないし。
……こちらは公爵様に対応をお願いしましょう。
私はそっと手紙を封筒に戻す。
ちょうどその時、アメリが朝食を持って部屋に戻ってきた。
客間の狭いテーブルに所狭しと皿が並べられていく。
「…アメリ。これを私が1人で食べるのは量が多すぎるわ。マリオには、これから私用の食事はメイン1皿とパンとスープ、それからデザートだけで良いと伝えてくれる?」
マリオは公爵家のメインシェフだ。
私がそう言うとアメリが悲しそうに眉尻を下げる。
「マリオが悲しみます。……エレクシア様に喜んでいただくのを毎日楽しみにしておりますのに」
そんな風に言われると、私も困ってしまう。
「マリオにはごめんなさいと伝えて。……それから、新しい奥様にその腕を存分にふるって差し上げて、と」
「……エレクシア様はお優しすぎますっ…」
……優しい?私が?
要らないと言われて黙って出ていくことが『優しい』ということなの?
優しさって何なのかしら?
私は小さく笑って朝食を食べ始める。
◇
朝食を終えると、私はカトレナからの手紙を開ける。
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私の親友 エレクシア
2週間の新婚旅行を終えて、昨日王都に帰ってきました。
あなたに渡したいお土産や、話したいことがたくさんあるわ!
来週そちらに伺いたいのだけど、都合はいかがかしら。
お返事を待ってるわ。
愛を込めて。
あなたの親友 カトレナ
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カトレナは2週間前に長く婚約者であったサヴィアス侯爵と結婚式を挙げたばかり。
私は招待を受け、夫婦で式と披露宴に参加した。
まさか2週間後にこのようなことになるとは、その時考えもしていなかった。
カトレナには事情を話すべきよね。
私はペンを取ると、簡単に事情を説明する文章と、来週の初めに会おうとメッセージを書いた。
手紙の確認を一通り終えたので、公爵領の取引についての引き継ぎ資料を作ることにする。
私はランチ、ティータイムを挟みながら資料を作り続け、資料が出来上がった時には辺りは暗くなっていた。
部屋のノックが鳴り、カールが入ってくる。
「カール。この手紙をまた出して欲しいのと、これらの招待状は全てお断りしてちょうだい。
それから、これは取引の引き継ぎ資料。公爵閣下にお渡しして、疑問があればカールが聞いてきて。
あと、もう一つ相談があるのだけど…」
カールに前公爵夫人からの手紙を見せる。
「前公爵夫人が来月王都に来られるそうなの。私から事情を伝えるより、公爵閣下から伝えたほうがいいと思って。私から返事はしないでおくから、公爵様からお断りするように伝えてくれる?」
「……はい。かしこまりました」
カールは一礼して部屋を後にする。
部屋に静寂が訪れ、手持ち無沙汰がやけに気になる。
ふと窓を見ると、綺麗な月が浮かんでいるのが目に入る。
私はガウンを羽織るとバルコニーに出て、月を見上げる。
今日は満月だ。
私がどんな人生を送ろうとも、月は変わらず昇り続けるのだ。
頑張れ、頑張れ、私。
そうやってひっそりと自分を鼓舞するのであった。
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全14回で完結。
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11/6 新連載開始しました!
「義姉と間違えて求婚されました」
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