10. 『前世の恋人』の真相
視点切り替えが分かりにくいとのご指摘をいただきましたので、視点が切り替わるところは▼▼▼▼▼で区切ります。
「黒髪に……薄紅の瞳?ルーカス様。それってもしかして……ヒラリー・デュークス男爵令嬢ではございませんか?」
「カシーはその令嬢を知っているのか?」
カシオペアはゆるゆると首を振る。
「私はお会いしたことはありません。けれど、『噂』は聞いたことがございましてよ」
「『噂』?どんな?」
「ヒラリー・デュークス嬢は毎日王城の図書館に出向いて、窓から殿方を物色していると」
「ブッ!!」
私は思わず飲んでいた紅茶を吹き出した。
カシオペアが「汚いわね」と言いたげな顔で見ている。
「男を物色?それはどういうことだ?」
「さあ?私も侍女から聞いただけなので真相は存じませんが、生家の男爵家があまり裕福でないから、裕福な結婚相手を探しているとか何とか。
図書館の話だけでなく、彼女…夜会でも有名みたいですよ」
確かに王宮職員や護衛騎士は、貴族ばかりではないが給与はきちんと出るし福利厚生も整っている。
市井で働くよりは良い暮らしができるだろう。
そういう意味では、王城で婚活というのは理に適っているのかもしれない。
………などと感心している場合ではないな。
「夜会で有名って……どんな風に?」
続きが怖いが、ここまできたら聞くほかあるまいよ。
「娼婦のように露出したドレスを着て、手当たり次第に殿方に声をかけるのだとか。最初は引っかかった殿方もおられたけど、最近では噂も出回って誰も引っかからないと嘆いているらしいわ」
あー……何か、頭が痛くなってきた。
それはいくらなんでも……リチャード、見る目なさすぎだろう。
「リチャード…。今更なぜそんな女に引っ掛かるのだ」
「あらだって、運命の『前世の恋人』なのでしょう?今世で色狂いだろうが、関係ないのではなくて?」
カシー……相当怒っているな。
「いやしかし。破滅すると分かっているのに見過ごせないだろう」
「私たちがいくら言っても、リチャード卿は耳を貸さないと思いますわよ。周りのことが全く見えないぐらい、彼女に夢中のようですから」
確かに……それは一理ある。
「じゃあどうすればいいのだ……」
私は頭を抱えた。
何でリチャードのことでこんなに頭を悩ませないといけないのだ。
私は第一王子だぞ?
ただでさえ業務が山ほどあるというのに……。
「そんなこと、簡単ですわよ」
私はカシオペアの言葉に顔を上げる。
「リチャード卿自身で、彼女の素行調査を行えば良いのです。自分の目で見たものなら信じられるでしょうから。彼女の素行を見た上でそれでも彼女と一緒になるというのであれば、もう私たちにはどうしようもないではありませんか」
「確かに……そうだな。あの男は堅物だから、彼女と直接話すなと言えばそれに従うだろう。離れたところから黙って観察させて、彼女の正体を自分の目で確かめさせよう」
うん、それが一番良い方法に思える。
やはりこういう色恋沙汰は、カシオペアの意見が参考になったな!
「ところで……『今世の恋人』は随分とお盛んな方のようですけど、本当に『前世の恋人』はリチャード卿が言うような清廉な方だったのでしょうか?」
「……………」
カシーの勘って当たるんだよなぁ。
▼▼▼▼▼
焦燥感にも似た気持ちを抱え、足早に目的地へ向かう。
王宮の一角にある扉には、『財務部』の掛札がかけられている。
「失礼する」
財務部の扉を開くと、室内の者が一斉にこちらを向く。
そしてなぜか、口をあんぐりと開けて私をジロジロと見ている。
………ああ、そうか。
そういえば私の顔はボコボコだったな。
「第一王子補佐のリチャード・サウザンヒルだ。ルウェイン伯爵令息はこちらにいるだろうか?」
―――えっ?あれが公爵閣下?
―――あのお顔はどうされたんだ…?
室内が俄かに騒がしくなる。
「…はい、私がアルベルト・ルウェインです。どのような御用でしょうか?」
室内の一角から、白銀の髪を一つに結った背の高い美丈夫がこちらに近づいてくる。
「ああ、貴殿に少し聞きたいことがある。良いか?」
ルウェイン伯爵令息の許可を取り、場所を移動する。
「それで…貴殿に聞きたいのは、ヒラリー・デュークス嬢のことなのだ」
「ヒラリー……?ああ……」
む?
何だかあまり感触が良くないが、本当に知り合いなのか?
「貴殿とヒラリー嬢が話しているのを何度か見たことがあるのだか、彼女とはどういった知り合いなのだ?」
「知り合い……ですか?知り合いというほどのものではありませんが」
何だ、その歯切れの悪さは?
はっきりものを言わぬ男は好かん!
「知り合いでないのになぜあんなに親しげだったのだ?」
私が語気を強めると、ルウェイン伯爵令息は驚いたように目を見開く。
「閣下!あの女が何の悪いことをしでかしたのかは存じませんが、私は無関係です!私はある夜会で少しだけ言葉を交わしたことをきっかけに、あの女に付き纏われているのです。ああ、あの女を牢に入れるというなら早めにお願いします。私は結婚を控えておりますので」
私は本日2本目の鈍器で頭を殴られた。
牢に入れることを願われるほど、彼女は迷惑な存在なのか……?
いくら目を逸らそうとしても、もう誤魔化しようがない。
……今世の彼女は品行方正の淑女とは程遠いようだ。
◇
フラフラと生気を失った私の足はルーカス殿下の執務室へ向いた。
「おお、リチャード。それで、真相は分かったか?」
殿下は意味ありげな顔で私を見据えている。
ああ、この反応は……。
「殿下。……初めから、知っていたのですね?」
「知っているって、何を?」
「とぼけないでください!彼女の…ヒラリー嬢の本性です!」
あまりに腹立たしくて声を荒げてしまったが、殿下は平然としている。
「……知っていたさ。…だが、それが何だ?例えそれを私の口から言ったとて、お前は信じなかっただろう?」
「ぐっ……」
………確かに。
自分の目で見る前に忠告されたとしても、それを素直に聞いたとは思えない。
「それで?お前はどうするんだ?『前世の約束』なんだろう?」
正直言って……。
あの前世を思い出した日をピークに、クーデリア殿下とヒラリー嬢への恋慕は日に日に萎んでいったことは分かっていた。
しかし勢い余ってエレクシアに離縁を言い出した手前、その事実を見ないふりしてきた。
私はヒラリー嬢に惚れているのだと思い込まないと、罪悪感と後悔で押しつぶされそうだったから。
だが自分の目で確認したヒラリー嬢の姿は、私がエレクシアと出会う前に忌避していた『女』そのものだった。
女の武器を使って男に媚び、寄りかかって贅を貪る。
私が最も嫌う人種だった。
それでも彼女を愛せるか?
………否。愛せない。
そもそも、エレクシア以外愛せるわけがなかったのだ……。
私はその事実を眼前に突きつけられて項垂れた。
▼▼▼▼▼
リチャードは現実を突きつけられ、項垂れてしまった。
恐らく、理想と現実の乖離に気づき、ようやく夫人に離縁をつきつけた事実を直視して苦しんでいるのであろう。
「リチャード。傷口に塩を塗るようで悪いんだが…。ちょっと良いか?」
リチャードは憔悴した様子で顔を上げる。
「これを……見てくれ」
私が一冊の本を手渡すと、リチャードはそれを受け取る。
「……王家の…年表?」
「そうだ。それは我が国の歴代の王族と、その王族の主だった出来事が記された本だ。…その、しおりを挟んだところを読んでくれ」
リチャードはゆっくりとしおりを挟んだページを開き、文章を追って目を動かす。
「……863年。……っ!第一王女クーデリア誕生……!」
この本は宮廷公式記録人が代々記している王家の記録で、好きな食べ物や子供の頃のクセなど、割とどうでも良い細かいことまで書かれている。
つまり次代の本には、私のアレやコレやも載ることになるのだが。
「881年18歳の誕生祭……パーティーの途中で刺客が侵入、護衛騎士エドガー・ドリモアが死亡。なお、刺客を送り込んだとして後日逮捕されたレスリー・バッグ伯爵子息は、犯行の動機を……クーデリア王女を巡る痴情のもつれと供述……。
………その後、複数の貴族から訴えられ、クーデリア王女は西の修道院にて生涯幽閉となった………」
リチャードはそこまで読むと、バサッと本を落とし、膝から崩れ落ちる。
前世の恋人と信じて疑わなかったクーデリア王女は、複数の令息達を誑かす毒婦だったのだ。
少し周りを見回せば気付きそうなものだが……リチャードの前世、エドガー・ドリモアもリチャード同様に色々と突っ走るタイプだったんだろう。
「リチャード。お前は『前世の恋人』を死なせていないぞ?エドガーは王女を守り切ったんだ」
リチャードは項垂れた首を持ち上げ、涙を浮かべた瞳を私に向ける。
「お前が今世で守るべき約束なんて、最初からなかったんだ。……それで、今世のお前が大事にしているものは何だ?」
「私が……大事にしているもの………」
そう呟くとリチャードは再び下を向き、涙をハラハラと落とす。
「今となっては取り戻すのはもう難しいかもしれないが……。私も協力するから、もう一度向き合ってみてはどうかな?」
「向き合う資格が……私にあるでしょうか……」
「資格があろうがなかろうが、このままだと未来はひとつだ。みっともなく地面に額を擦り付けてでも、縋り付いて足掻いてみろ」
はぁ……何で私がこんなことを…と思うけれど。
幼馴染みであり右腕でもある、不器用な美貌の貴公子リチャードのために一肌脱いでやるか。
執務室には、しばらくの間リチャードの嗚咽が響いていた。
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