第23話 猫人、詰問する
その後。都合よく近くにあったヴィルガ村に向かって、その村の酒場「波打つ麦亭」に腰を落ち着けた俺たちだ。
そしてその場でシルビオたちが話したことを聞いて、目を見開くと同時に呆れ返った俺たちでもある。
「は?」
「ウソでしょ」
「やれやれ」
俺も、エルセも、ヒューホも呆れた声を漏らすしかなかった。それほどまでに二人の話は、冒険者として理解しがたかった。
アンベルが額を押さえながら、うめくように言葉を吐く。
「すまない、貴君ら。私の聞き間違いやもしれないので、改めて確認させていただきたい」
もう脱力するより他にないと言わんばかりの様子で、アンベルが言う。そして彼女は、一つ一つ言葉を切りながら、強い口調で二人へと念を押した。
「嵐竜の『卵』を、換金目的で、巣から盗んだ、と言ったな?」
眉間にしわを寄せるアンベルの表情に、シルビオもマリオも口をつぐんだ。
ドラゴンの巣から卵を盗む。それも換金目的で。その行為が犯罪だとか法に触れるとか言うわけではないが、どれほどまでに冒険者としてのモラルに反するか、分からない二人ではないはずだ。
「……」
アンベルの問いかけに、二人は黙って答えない。否定も反論もない。となれば、その行為は何よりも力のある主張だ。
この場を取り仕切る役目も担う彼女が、腕を組みながら告げる。
「沈黙は肯定として受け取らせていただく。しかし、愚かな真似をしたものだ」
アンベルの言葉に、二人ともが何も言い返せなかった。
ドラゴンは個体数が多くない故に、家族愛がとても強い。ドラゴンの子供を見かけたらそばに親がいる、というのは常識だ。
そういう生き物の巣から、卵を盗み取る。親が怒らないはずはない。
「一般のドラゴンの卵だとしても褒められたものではないが、よりにもよって神獣であるテンペストドラゴンの卵に手を出すとはね」
「逆に、よく山から高原まで三人も逃げてこれたよね。山で全滅しててもおかしくないのに」
ヒューホが呆れたように言えば、エルセもため息混じりに告げた。
彼女の言うとおりだ。むしろ山を抜けるまでに二人しか殺されなかったことが奇跡に近いのだ。一つでも下手を打てば、確実に山の中でパーティーが全滅していただろう。
俺もたまらずに、シルビオに向かって声をかける。
「ヴァヴァッソーリ山だぞ。神獣の住処だってことは明らかじゃないか。なんでそんなバカな真似をしたんだよ、お前ら」
俺が口を挟んだことに、いよいよ二人ともが我慢ならなくなったらしい。シルビオも顔を上げて、文句を発するより先にマリオが弁明を始めた。
「お、お、俺はよそうって言ったんだ! でもそれを、シ、シルビオさんが! シルビオさんが『仕事ついでに神獣の巣を覗きに行こう』とか言うから!」
「なっ」
パーティーメンバーからの予期しない言葉に、シルビオが目を見開いた。そのままマリオの口をシルビオが抑えようとするが、マリオも抵抗して、なおもわめいている。
二人の醜態にため息をつきながら、アンベルが腕を組みつつ言葉を発する。
「申し開きは、じきに到着するであろう冒険者ギルドの方々に、査問会の中で行うのだな。私は一切それを聞かない」
アンベルの言葉に、またしても押し黙る二人だ。
冒険者ギルドには、重大な問題を起こした冒険者を呼び出して事情を聞く、査問会という仕組みがある。余程のことがない限りは開かれないため、これに喚ばれるということはパーティーにとって解散宣告に等しい。
シルビオたちも、査問会への召喚はまぬがれないだろうし、何らかの処分が下されることは予想できる。冒険者ランクの下降か、あるいはクエスト受注の制限か。いずれにせよ、Sランク相当の活動はこの先出来なくなるだろう。
と、腕を組みながらアンベルが口を開いた。
「ところで貴君ら、盗んだという卵はどうした」
「う……」
彼女の言葉に、シルビオが言葉に詰まった。マリオに至っては顔面蒼白になっている。
これは、何かあったはずだ。俺は追求するように言葉を重ねる。
「そうだよ、お前ら卵盗んだってんなら、それを持って逃げたはずだろう。どこにあるんだ」
俺が問い詰めると、二人そろって大きく下を向いた。
シルビオの、マリオの言葉を待って、酒場の中に沈黙が流れる。やがて、マリオが観念したように口を開いた。
「それは……ファビオが持ってて……」
「あの野郎、ドラゴンの起こした風にあおられてよろけて……その拍子に」
「なっ」
次いで発せられたシルビオの言葉に、アンベルの顔からさっと血の気が引いた。
思わずの行動だったのだろう、アンベルが立ち上がって板張りのテーブルに両手をつく。そして彼女は、信じられないという表情をしながら言った。
「まさかとは思うが貴君ら、卵を落として割ったというのではあるまいな!?」
アンベルの問いかけに、俺だけではない、エルセもヒューホも目を見開いて絶句した。
ドラゴンの卵を、盗んだ挙げ句に落として割ったなど。それは、殺されても文句の言えない愚行中の愚行だ。
エルセが肩を落としながら言葉をこぼす。
「うわ、最悪じゃん」
「Sランクが聞いて呆れるな」
ヒューホも心底から呆れたと言う風に告げた。見た目は子供な二人から告げられたこの文句に、しかしシルビオもマリオも何も言い返せない。先程に正体を明らかにしているから余計にそうだ。
状況を整理できたところで、再び座ったアンベルがぎりと自分の指の爪をかんだ。険しい表情をしながら言葉をこぼす。
「まずいぞ……これは非常にまずい。ヒューホ、確かかのテンペストドラゴンは……」
ちらと彼女はヒューホに視線を向けた。話を振られた彼は、大きくうなずきながら口を開く。
「ああ、『颶風帝』ノールチェ・ダーレン。後虎院の一人、『白の賢竜』オーヴェ・ダーレンに連なる、れっきとしたXランクだ」
ヒューホの出した名前に、アンベルとエルセが大きくため息をついた。
俺もノールチェの名前こそ聞いたことはないが、「颶風帝」の称号だけは耳にしたことがある。魔王軍の最高幹部である後虎院、その一人の血筋に連なる、風を操り、アンブロシーニ帝国のドラゴンの頂点に立つ、凄まじく強力なドラゴンだ。
肩を落としながら、アンベルが言葉をこぼす。
「やはりか……ノールチェ殿は気性が荒く、一度怒りに火が点いたらなかなか収まらないことでよく知られる。このままではヴァヴァッソーリ山、ヴァッサロ高原、それどころか高原に点在する村々まで、跡形もなく破壊されてしまうぞ」
彼女の発言に、マリオが息を呑んだ。シルビオも口を開いたまま、小さく震えている。自分たちがやってしまったことがどれほどのことか、ようやく自覚できたらしい。
「どうするんだよ、アンベル」
「このままじゃ、あたしたちも死んじゃうよ」
俺とエルセがアンベルに声をかけるも、彼女は力なく首を振るばかりだ。その振る舞いからも、打つ手がないことがありありと分かる。
「……こちら側の準備が整うまでは、迂闊に手出しは出来ん。冒険者ギルドに緊急クエストとして申請し、応援を要請する他ない」
そう言ってから、アンベルは真剣な表情で俺たちの方を向いた。そしてはっきりと断言する。
「だが、それでもだ。Xランクの神獣を抑え込むことなど容易なはずもない。Aランク以上のパーティーを集めたとて、相当数の死人は出よう」
彼女の言葉に、いよいようなだれるシルビオとマリオだ。
自分たちのしでかしたことで、何人もの冒険者が、それも力のある冒険者が死ぬ。これほどまでに、冒険者として屈辱的なことは無いだろう。
「ぐ……」
「うぅっ……」
うつむき、涙を流し始める二人。押し殺した声で泣き始める二人に冷たい視線を向けながら、ヒューホが言った。
「神獣の怒りを買うとは、こういうことだよ。査問会でどういう判定が下されるかはまだ分からないけれど、肝に銘じることだね」
「ま、命があっただけでも幸運だった、と思うしかないんじゃない? あんたたちはさ」
エルセも一緒になって、シルビオたちに無慈悲な言葉を投げかける。
神獣の怒りを買い、冒険者として恥ずかしいことをやらかすとはどういうことか。それがどんな影響を他の冒険者にもたらすのか。
言い逃れのしようのない失態を前に、S級冒険者としてこの上ないはずかしめを受けるであろう二人を見ながら、彼らに馬鹿にされていた俺はうっすらと目を細めるのであった。




