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主人公は不幸な少年です

コメディ……になるといいな、と思いつつ書きました。

シリアスは少なめ(※当社比)です。

 飯島孝樹は、お世辞にも幸運と呼べない少年だった。道を歩けば車が飛ばした汚水がかかり、鳥の糞に襲われ、くじを引けば必ず外れを引き、事故も絶えない。

 そんな不幸体質にあっても、孝樹は真っすぐな青年に育っていた。

「それでさ、昨日曾根崎さんを本屋で見たんだよ。新刊の推理小説を読みながら『ふふっ』って感じで笑みをこぼしてさ。そりゃあもう可愛かったよ」

 大仰に身振りを加えた友人の堀宗次郎が話すのは、クラスメイトであり、男子から高嶺の花のように思われている女子生徒の話だった。

 孝樹が相槌を打つたびに、頭頂部のアホ毛のような寝癖がゆらゆらと揺れる。やや長めの黒髪は耳を半分ほど隠し、さらには学ランの襟にも軽くかかっており、校則ギリギリだった。肌は白く、ひょろりとしたその姿が一層不幸感を強めているのだが、孝樹はその事実に気づかない。

 対する友人の宗次郎の髪は短く、体格からもスポーツ少年であることが一目で見て取れた。サッカー部に所属する彼は普段は朝練のために早くに登校するのだが、今日は前日の雨のために朝練が中止となっており、久しぶりに孝樹とゆっくり登校していた。

「へぇ、推理小説かあ……くすっと笑えるようなライトなやつなら僕も読んでみようかなぁ」

「いや、そこは曾根崎さんが読んでた小説が何かってあたりを意識しないか?これだから絶食系男子はなぁ」

「絶食系?」

「あ、いや。なんでもない。お前にこの手の話をしたってバレるとクラスの女子がうるさいんだよなぁ。『純真無垢な飯島君を汚すな』ってさぁ。どうかしてるよ。高校生にもなって楚々とした雰囲気を放つお前も、それを維持させようと必死な女子たちもさぁ」

「僕ってそんな、純真なように見えるの?」

「どこからどう見てもそうだろ。まったく、これだからお子様は。男子高校生たるもの、学校の女子の可愛さで盛り上がれないといけないんだよ」

「それは……難しいかなぁ」

 へにゃりと眉尻を下げた孝樹を見て、宗次郎は大げさに肩を竦めて見せる。それからふと視線を鋭いものにして、周囲を油断なく見回す。

「どうしたの?」

「いや、俺の孝樹不幸センサーに反応があった気がしたんだよ」

「またそんなこと言ってるの?気のせいじゃない?」

「バッカお前、最近ますます精度が増してるんだぞ?これもほいほいと悪運に襲われるお前のせいなんだからな?」

 どこか呆れを滲ませた宗次郎を見て、孝樹はくすりと笑ってみせる。

「いつもありがとうね。おかげで宗次郎といるときは怪我が減って助かるよ」

「だろ?さすがは俺。孝樹を不幸から守る能力はもはや人類一だな」

 そう胸を張って見せる宗次郎の耳に、ふとか細い鳴き声が聞こえて来た。宗次郎が足を止める少し前、先に動きを止めた孝樹が声のした方へと視線を向ける。

 二人が歩く歩道の横。それほど交通量が多くない車道の中央に、一匹の猫がいた。足を引きずるその真っ黒な猫が、もう一度鳴きながら車道をゆっくりと進む。

 孝樹の視界の端に、近づいて来る車の姿があった。けれどそれを意識することなく、孝樹は無意識のうちに猫を救うために車道へと一歩を踏み出し――

「馬鹿かお前は!?」

 悲鳴のように叫ぶ宗次郎が孝樹の襟をつかんでその体を歩道に縫い留める。次の瞬間、車が鳴らすクラクションに驚いた猫があらん限りの力で跳び、その体は車体にぶつかって宙を舞った。

 血が飛び散り、体が曲がり、猫は孝樹たちの数メートル後ろへと落下して小さく痙攣を繰り返す。その体から、血が流れだしていた。

「おい、孝樹!?」

 驚愕の光景を前に緩んだ宗次郎の手から抜け出した孝樹が、真っすぐに猫の下へと歩み寄る。美しい黒の毛並みはだいぶ血で汚れてしまっていた。

 物言わぬ骸となった猫を前に、孝樹は静かに手を合わせる。それから、慣れた動きでポケットからビニール手袋を取り出して装着し、猫の遺体を抱き上げた。

「……またか」

「うん。このままここにいるのはかわいそうだからね」

 そう言って、孝樹は首輪をしていないその猫を抱いて学校への道を進んだ。

 孝樹がこうして動物の遺体に遭遇するのは珍しいことではなかった。むしろ、犬も歩けば棒に当たるというように、孝樹が歩けば動物の遺体に出くわすものだった。とはいえこうして目の前で死んでしまうのは珍しいことだった。何しろ、いつもの孝樹であれば宗次郎という制止なしに猫や犬を守るために危険に飛び出すのだから。それで大けがを負わない辺り、孝樹は不幸だが悪運に恵まれているようだった。

 学校の裏庭。林のようになった一角に穴を掘り、遺体を埋める。乱立する石や枝による墓標はもはや数え切れず、そして今日、その端に新たに一つの枝が立てられることになった。

「……宗次郎まで一緒になることなかったのに」

 すでに朝礼の開始を告げる鐘が鳴っている中、二人は墓で猫がゆっくり眠ることができますようにと祈りを捧げていた。立ち上がって手袋をビニール袋に仕舞った孝樹は、困った顔をしながら宗次郎へとそう告げた。

「いや、ここでお前一人に墓づくりを任せて教室に行くような薄情者になるつもりはないぞ」

「でも、いつも大変でしょ?正直、宗次郎に迷惑かけてばっかりだし」

 身長180センチになる孝樹に見下ろされながら言われても、十センチ近く背の低い宗次郎はひるむことなく鼻で笑って見せた。

「別に迷惑じゃないな。第一、もう日常になりつつあるし、担任も理解がある奴なんだ。今日も苦笑しながら遅刻を取り消しにしてくれるさ」

「そうだね。それじゃあ一限の授業が始まる前に教室に戻ろうか」

 そう言って、二人は校舎に向かって走り出そうとして。

 ふと、小さな鳴き声が聞こえた気がして、孝樹は足を止めた。

「完全に遅刻するぞ?」

「あ、うん。すぐ行くよ」

 墓を見ながら動きを止めていた孝樹は、宗次郎に呼ばれて慌てて駆けだす。

 その後、運動部の宗次郎に荷物を奪われた孝樹は、ヘロヘロになりながら教室に滑り込み、一限の授業に何とか間に合ったのだった。当然、担任の計らいによって遅刻扱いにはならず、二人は内申書の悪化が阻止されたことに胸を撫でおろしたのだった。


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