十六、先のこと
黒が次に来たのは、十六の時だった。背はスラリと伸び、冷たい美貌は更に大人びてきた。流石に自分の方が年上には見えるものの、並ぶと何だか、黑の方がキリっと凛々しい。聞くところによれば、友達も少し増えたらしい。
黑は朱のためにお金を払うと言ったが、朱は頑なに断り、二人で近くの安い食堂に入った。古びた木の椅子に腰掛け、小籠包を頼んだ後、ぽつりぽつりとたわいのない話を始める。
「恋人はできた?」
思いつきで、少しからかってみたら、冷えきった漆黒の目で見つめ返された。初めて向けられた冷たい表情に、朱は少し怯んだ。
まだ二十三だが、中年臭い冗談だったろうか。もしかすると、恋人と別れたばかりなのかもしれない。
そんな風に気を揉んでいると、平坦な声音で黑が問うてきた。
「朱は、お客さんじゃなくて、恋人はいないの」
「お店にいる限りはつくれないな。相手に不誠実だから。」
黑を揶揄ったものの、朱に恋人がいたことはない。恋人が居る同僚もいるが、他人を抱きながら恋人を持つというのは、朱には難儀なことだった。
「……年季、いつあけるの?」
どういう話の流れか、黑に年季のことを聞かれた。普通、花街に売られる者達の年季は10年程度だったが、朱はあと数年長い。昔、親が買い戻したいと言ってきた「弟」の分を肩代わりしたのだ。どうしてそんなお人好しなことをしたのか今では思い出せないが、多分、弟と母親を哀れに思ったのだろう。
婆さんはあの分は忘れてやってもいいと言っているが、朱はきっちり働いて返したかった。朱をはじめ、ここでしか生きられない家族はたくさんいる。いたずらに店の財産を減らすことはしたくない。
「当分あけないな。それに、今すぐ店を辞められても、他に働き場所もない。老けると花街の中でも外でも需要が減るし、そろそろ探さないといけないんだけど・・・」
餃子屋かなあ、などと暢気に呟いてみる。
「君のボディガードもいいかも。雇ってくれる?」
冗談めかして言えば、当たり前、と男前な返事が返ってきた。