早春、変わる街
黒髪を背中で三つ編みに束ねた青年は、早朝、店の前を箒で掃いていた。見目が良く、よく働く青年を、娼妓たちは眼福だとからかったり、華やかな声で挨拶をしたりする。かしましい声に、いつものように柔らかな笑顔で返事をしたあと、ふと風に漂う香りに青年は頭を上げた。頭上には、梅の花が咲いていた。
朱は今年で二十になる。この年頃になると、男の客は減り、女の客が増える。もう、女装が似合う歳ではない。同輩は物足りないと嘆いていたが、性交に快感を覚えない朱としては、男の相手は疲れるので、特に問題はなかった。
「ふあ…」
朱は手をとめ、欠伸をする。目の前を花街の外から遊びに来た子供たちが駆け抜けていくのを、目を細めて見つめた。最近法が変わり、朱たちは表の存在になった。なので、官吏たちが時折青楼を訪れ、女や男を買うのではなく、彼らの様子を見に来る。あまりひどい扱いを受けている場合は、その店は罰金を取られたり、最悪取り潰しだ。
朱の店は、中流ながら、待遇は悪くない。婆さんは妓女や男妓に手を上げない。しかし彼等が暴力を受けたり、ろくな寝床を貰えないことはよくある。2軒先の店は潰れたが、然るべき処置だろう。雇われていた男女は、他の店に買われたり、宮廷の下働きに連れて行かれた。もっとも、宮廷も全ての者を雇う余裕はないので、余程目に余る場合でなければ、罰金で済む。
官吏もはたらいているんだな
朱は枯れ葉をかき集めながら、先日店に来た若い官吏のことを思い出す。彼より僅かに年下の素朴な青年は、全く歓迎されていない空気の中、衛生管理等について、目ざとく指摘していた。
「朱!新しい美女入った?」
急に肩に重みを感じ、朱が振り返ると、きらきらした目がこちらを見ている。
「どうせ買わないのに、毎回聞きますね」
青年はため息をつく。女帝の夫であるはずの皇子が、花街に居るとはどういうことか。しかも彼の目的は色恋ではない。単に飲んで食べて、愚痴を言いたいのだ。
「野次馬根性かな。あの人に敵う女はいないだろ……嗚呼、美女じゃなくて大哥でいい、話を聞いてくれよ」
朱はさらに大きなため息をついた。皇帝への愚痴など、ただの男妓が聞きたいわけがないだろう。
「高いお酒を買っていってくれるなら」
「俺たち、兄弟だよね?」
「ただの愚痴ならいいけど、それなりに聞く側も勇気がいる愚痴でしょう。はあ、あの娘やこの間の青年に言えばいいのに」
気楽に愚痴を言える家族や友人がいない身分には同情しながら、朱は心底迷惑そうな表情をつくった。
「桃花は拳法馬鹿だし、洛珊は胃が痛いとか言って逃げるんだよ!優しい朱大哥しか頼れるやつはいないんだ〜」
それなりに背丈のある少年が肩にのしかかってくる。重い。
「大哥の悩みも聞くからさ。」
「俺は特にないけど…」
朱は人の頼みを断り難い性格だ。肩に手を回され、朱はそのまま皇子と店に入った。
皇子…名前を燕青(仮)。女帝の夫。騎馬民族の皇子で、亡くなった兄は女帝の前夫。女帝とは十以上年が離れており、余り相手にしてもらえない。立場上周りに色々ぶちまけられず、金を払えば口が固い花街に来る。