10話4 地獄からのクマ
「みんな、もっとスピード出して! クマ走ってくる!」
梢の悲鳴に、子手毬が答える。
「サハル・ルンジーエ――タジーズン・イヤック」
強化魔法だ! 薊も俺も子手毬自身も、箒の速度が上がる。
「ていうか何だよ! 空中走るクマとか聞いたことねえぞ!」
風の中で薊が聞く。
「魔力で足場を作りながら移動しているんだろう。そこらの魔法生物が使える技じゃない」
「じゃあ何だよアレ!」
「……!」
街に近づきすぎたことに気づいて、俺は進行方向をゆるやかに変える。クマとの距離が近づいちまうけど、街にこんなクマを連れ込むわけには……。
突然、バカでかい魔力が現れた。俺たちの後ろ、クマとの間に現れた。何とも比べられない魔力に、俺たちは箒を止めて振り返る。
黒いマント、鞭のような尻尾、コウモリのような羽、ヤギの角。
「悪魔…………!」
うっかり声を漏らした俺の口を子手毬が塞ぐ。悪魔は俺たちに背を向けたままだ。
「――ウオハモ・ナムカ」
悪魔がつぶやくと、クマは段々小さくなっていって、黒い光の球になった。それが悪魔の手に収まる。
悪魔は俺たちの方を向いた。
「ケガはないか」
悪魔の顔は、目から下がベールで隠れていてよく見えないけど、穏やかで、敵意は感じなかった。でも怖くて、言葉が出てこない。
薊が俺の前に出る。
「ああ。助かった。ありがとう」
子手毬が怒っているような、心配しているような表情を押し殺す中、薊は会話を続けようとする。
「あれは何だったんだ? 俺たちは、空を飛んで高度な魔法を使うクマを知らない」
悪魔は箒の上で足を組む。
「あれは魔獣だ。本来は地獄にいて、妖精界にいるはずはないのだが、エサを求めてやってきて君たちの高い魔力に反応したんだろう。すまない」
「なんであんたが謝るんだ」
薊の質問に、息が止まる気がした。悪魔は目を大きく開く。
「私の力をもってすれば、魔獣の横暴など容易く防げる。しかし別のことに気を取られていて、今回は信号弾が上がるまで気がつかなかった」
俺の背中で、梢が震える。
「君たちが傷つくと、先生が悲しむだろう? 危険なところにはあまり行かないでくれ」
「あんた、俺たちのこと知ってるのか? こないだ、ネオンも俺たちを……」
悪魔はほっと息をつく。
「……そうか。全てを語ることはできないが、先生には良くしてくれ。この山一帯に細工をしてあるから、信号弾は騎士団には届いていない。このことを他言すれば、どうなるか分かるな?」
悪魔はふっと姿を消した。
俺たちは呆気にとられて、力が抜けて、子手毬の強化魔法も切れた。梢は勝手に俺の箒から下りて自分の箒に乗った。
「怖っ!」
俺は言いたかったことを全部言うことにした。
「魔獣も悪魔も怖すぎだろ! あとなんで薊は悪魔と知り合いなんだよ!」
薊は胸をなでおろしながら話す。
「あいつとは初対面だ! 娘の方と、子手毬と出くわしたことがあって」
「え?」
聞き返すと、子手毬は不機嫌そうに頷いた。
「全くだ。あのときも今日もキミは勝手に前に出た。むやみに接触するなと言っただろう!」
キミ、と指さされた薊がやけになって反論する。
「むやみじゃねえし! ネオンが俺たちに攻撃しなかったから、今回もいけると思ってだな」
「父と娘で考えが違うことくらいあるだろう! 油断するな!」
「命令で動いてんならどっちも同じだろ? 合ってたし」
子手毬と薊の言い争いは、この後一時間続いた。
「危なかった……」
お父さまは調薬中に急に出て行ったかと思うと、三分で帰って来た。温室から出られたのに兄さまが勉強中だから、お父さまの部屋に遊びに来たのに放っておかれて最悪だった。
「おかえり」
「ただいま。紫陽花、あの子たちに会ってきたよ。遊園地で君が会った……」
「薊と子手毬?」
「それだ」
お父さまは笑顔になる。
「良い子たちだった。薊は年下の子たちを守って、子手毬は薊を心配していた」
「ふうん。年下の子たちって?」
お父さまは椅子に座る。
「名前を聞き忘れたが……見た目からするに、梢とムギ……だったと思う。五月雨の情報は細かくて助かる」
部屋にお父さまとボクしかいないのに、兄さまを褒められるとちょっとむかっとする。兄さまのことは好きだし褒められて当然だとは思うけど。考えてることがばれたのか、お父さまはボクのほっぺをつつく。
「やめてよ。それで、何してきたの?」
「計画に使う予定だった魔獣が誤作動を起こして、彼らを襲っていたから一旦封印した。改良してしばらくしたらまた仕掛けに行く」
せっかくボクが守ってあげてるのに、お父さまのせいで兄さまの友だちがケガするなんて、信じられない。でも、それを一番望んでないのはお父さま自身だろうし。
「大変そう」
「紫陽花も大変だろうが、前回よくやってくれたから、君の任務はあと数回で終わりだ。体調が万全になってから行くといい」
「万全ってどのくらい?」
お父さまは少し考える。
「……朝、目が覚めたときに息が苦しくないくらいでどうだ?」
「もう何日かかかりそう」
「では、大人しくしておいてくれ」
分かってるけど、大人しくするのも飽きたから遊びにきたんだよな……。
「じゃあ、色鬼するから鬼やって」
「話聞いてたか?」
お父さまは眉間にしわを寄せる。




