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サハル・ルンジーエ  作者: 在原白珪
第2章
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10話4 地獄からのクマ

「みんな、もっとスピード出して! クマ走ってくる!」

 梢の悲鳴に、子手毬が答える。

「サハル・ルンジーエ――タジーズン・イヤック」

 強化魔法だ! 薊も俺も子手毬自身も、箒の速度が上がる。

「ていうか何だよ! 空中走るクマとか聞いたことねえぞ!」

 風の中で薊が聞く。

「魔力で足場を作りながら移動しているんだろう。そこらの魔法生物が使える技じゃない」

「じゃあ何だよアレ!」

「……!」

 街に近づきすぎたことに気づいて、俺は進行方向をゆるやかに変える。クマとの距離が近づいちまうけど、街にこんなクマを連れ込むわけには……。

 突然、バカでかい魔力が現れた。俺たちの後ろ、クマとの間に現れた。何とも比べられない魔力に、俺たちは箒を止めて振り返る。

 黒いマント、鞭のような尻尾、コウモリのような羽、ヤギの角。

「悪魔…………!」

 うっかり声を漏らした俺の口を子手毬が塞ぐ。悪魔は俺たちに背を向けたままだ。

「――ウオハモ・ナムカ」

 悪魔がつぶやくと、クマは段々小さくなっていって、黒い光の球になった。それが悪魔の手に収まる。

 悪魔は俺たちの方を向いた。

「ケガはないか」

 悪魔の顔は、目から下がベールで隠れていてよく見えないけど、穏やかで、敵意は感じなかった。でも怖くて、言葉が出てこない。

 薊が俺の前に出る。

「ああ。助かった。ありがとう」

 子手毬が怒っているような、心配しているような表情を押し殺す中、薊は会話を続けようとする。

「あれは何だったんだ? 俺たちは、空を飛んで高度な魔法を使うクマを知らない」

 悪魔は箒の上で足を組む。

「あれは魔獣だ。本来は地獄にいて、妖精界にいるはずはないのだが、エサを求めてやってきて君たちの高い魔力に反応したんだろう。すまない」

「なんであんたが謝るんだ」

 薊の質問に、息が止まる気がした。悪魔は目を大きく開く。

「私の力をもってすれば、魔獣の横暴など容易く防げる。しかし別のことに気を取られていて、今回は信号弾が上がるまで気がつかなかった」

 俺の背中で、梢が震える。

「君たちが傷つくと、先生が悲しむだろう? 危険なところにはあまり行かないでくれ」

「あんた、俺たちのこと知ってるのか? こないだ、ネオンも俺たちを……」

 悪魔はほっと息をつく。

「……そうか。全てを語ることはできないが、先生には良くしてくれ。この山一帯に細工をしてあるから、信号弾は騎士団には届いていない。このことを他言すれば、どうなるか分かるな?」

 悪魔はふっと姿を消した。

 俺たちは呆気にとられて、力が抜けて、子手毬の強化魔法も切れた。梢は勝手に俺の箒から下りて自分の箒に乗った。

「怖っ!」

 俺は言いたかったことを全部言うことにした。

「魔獣も悪魔も怖すぎだろ! あとなんで薊は悪魔と知り合いなんだよ!」

 薊は胸をなでおろしながら話す。

「あいつとは初対面だ! 娘の方と、子手毬と出くわしたことがあって」

「え?」

 聞き返すと、子手毬は不機嫌そうに頷いた。

「全くだ。あのときも今日もキミは勝手に前に出た。むやみに接触するなと言っただろう!」

 キミ、と指さされた薊がやけになって反論する。

「むやみじゃねえし! ネオンが俺たちに攻撃しなかったから、今回もいけると思ってだな」

「父と娘で考えが違うことくらいあるだろう! 油断するな!」

「命令で動いてんならどっちも同じだろ? 合ってたし」

 子手毬と薊の言い争いは、この後一時間続いた。


「危なかった……」

 お父さまは調薬中に急に出て行ったかと思うと、三分で帰って来た。温室から出られたのに兄さまが勉強中だから、お父さまの部屋に遊びに来たのに放っておかれて最悪だった。

「おかえり」

「ただいま。紫陽花、あの子たちに会ってきたよ。遊園地で君が会った……」

「薊と子手毬?」

「それだ」

 お父さまは笑顔になる。

「良い子たちだった。薊は年下の子たちを守って、子手毬は薊を心配していた」

「ふうん。年下の子たちって?」

 お父さまは椅子に座る。

「名前を聞き忘れたが……見た目からするに、梢とムギ……だったと思う。五月雨の情報は細かくて助かる」

 部屋にお父さまとボクしかいないのに、兄さまを褒められるとちょっとむかっとする。兄さまのことは好きだし褒められて当然だとは思うけど。考えてることがばれたのか、お父さまはボクのほっぺをつつく。

「やめてよ。それで、何してきたの?」

「計画に使う予定だった魔獣が誤作動を起こして、彼らを襲っていたから一旦封印した。改良してしばらくしたらまた仕掛けに行く」

 せっかくボクが守ってあげてるのに、お父さまのせいで兄さまの友だちがケガするなんて、信じられない。でも、それを一番望んでないのはお父さま自身だろうし。

「大変そう」

「紫陽花も大変だろうが、前回よくやってくれたから、君の任務はあと数回で終わりだ。体調が万全になってから行くといい」

「万全ってどのくらい?」

 お父さまは少し考える。

「……朝、目が覚めたときに息が苦しくないくらいでどうだ?」

「もう何日かかかりそう」

「では、大人しくしておいてくれ」

 分かってるけど、大人しくするのも飽きたから遊びにきたんだよな……。

「じゃあ、色鬼するから鬼やって」

「話聞いてたか?」

 お父さまは眉間にしわを寄せる。

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