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サハル・ルンジーエ  作者: 在原白珪
第1章
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2話2 新しい生活

 翌日、私たちは城の外にいた。城下町の空き家を女王さまから貰って塾を開くことになり、生活拠点も同じにするため引っ越しをしたのだ。城の部屋にあった色々な家具は、鹿の子さんと猪目さんが魔法で圧縮して一回で持ち出してくれた。

 新しい我が家は二階建てで、建築素材はよく分からないけれど外壁は柔らかい黄色、屋根は白。汚れが気になりそうだけど、街の他の建物や城もそんな色をしていてきれいなので、多分魔法でどうにかなるんだろう。大部屋と物置がある一階で授業をして、台所やお風呂のついている二階で生活をすることにした。通いでもいいと言ったけど、メイド長になるべく会いたくないという鹿の子さん、毎日通うのが面倒だという猪目さんにもそれぞれ個室をあげることができた。ううん、本当は二人とも、私が夜一人になるのをかわいそうに思ったのかもしれない。

「ここが一番広いから人間さま……いや、先生の部屋だな」

 猪目さんはそう言って、二階の四つある小部屋のうちの一つに、城から持ってきた荷物を広げてくれた。魔法はすごく便利で、ぴったりと丁度良く家具が並べられる。壁はもともとこの家にあった落ち着きのある模様のまま、ベッドは天蓋付きの大きなものからビジネスホテルにあるようなシンプルなものに変わり、居心地はむしろ良くなったくらいだ。

「どうだ?」

「いい感じです。ありがとうございます」

「良かった。じゃあ、俺は他のとこもやってくるから、先生は休んでて」

 私は魔力を持たない人間で、鹿の子さんはまだ子ども。私たちの中で一番力があって魔法が使えるのは猪目さんだ。猪目さんは静かに引っ越し作業を終えてくれて、疲れた素振りは見せずにその報告をしてくれた。

 確認のためにと連れられてリビングに行くと、城の部屋にあったソファとテーブルが置かれている。それとは別にダイニングには広いテーブルと木の椅子があって、台所で鹿の子さんがお茶を淹れてくれていた。

「お二人とも、お疲れ様です。なんか、私だけ何もできずにすみません」

「いやいや、これから先生としてのお仕事があるからな。今のうちに楽にしていてくれ」

 猪目さんはやはり気楽そうに構えていて、紅茶をすする。

「その……先生の仕事を具体的に何をすればいいのか分かっていないのですが……」

「私が女王さまから伝言をお預かりしております」

 鹿の子さんがポケットから手紙を取り出して、壁に掛けてあるカレンダーの横に立つ。立ってはみたけど背が届かないので、羽で飛んで、赤いマーカーを差し棒代わりにする。羽って移動以外にも便利だ。

「平日、半休の日に生徒さんの中学校・高校の終業時間のあたりから、夜遅くならない程度の時間でお願いされています。週に何回されるかや、授業内容についてはお任せで、と」

 羽ばたきは穏やかなのにうまくホバリングしているなあ、と感心するが、そんな場合じゃない。カレンダーを見るところ、妖精界は一週間七日で、順番に平日が二日、次は半休、また平日を二日、そして休日が二日らしい。いいなぁ。もちろん、鹿の子さんや猪目さんみたいな、直接誰かを支える仕事には通用していないんだろう。申し訳ない。

「学校は何時くらいに終わるんですか?」

「平日は三時、半休の日は正午くらいです」

 私は愕然とする。

「先生、どうかしたか?」

「この国の学生さんは、そんな授業時間で勉強が足りるんですか」

「足りる足りないっつうより、これ以上やったら教師が過労でもたないだろ」

 妖精界で教師はそれほど悪い職業ではないのかもしれない。それにしても、そんなに短い授業時間が成立しているなんて! 人間界で私が、いや、他の生徒も先生たちも、一日中くたくたになっていた学生時代は何だったの!

「おい、先生?」

「何かお気に障ることでもありましたか……?」

 猪目さんと鹿の子が心配してくれているのにも答えられず、私はしばらく呆然として、もう一つの問題を思い出した。

「すみません、気にしないでください。ところで授業内容がお任せ、というのは困りますね。ただでさえ教師なんてやったことがないので」

「女王さまは、『妖精界辞典』の内容と人間界の違うところをお話しすることを提案なさっておられました。他にも人間界を身近に感じてもらうため、遊びをするのも良いだろうとおっしゃっていました」

 なるほど。座学中心っていうより、能動的な学習も取り入れろってことだろうか。会議でのやり過ごし方は何となく分かってきたつもりだったけど、授業を進行するとなると全く分からない。子どもたちの集中力を途切れさせず、確実に記憶に残るような話し方で、レクリエーションは全員が楽しめるように……そんな達人技、私なんかにはできっこない。

「ゆっくりお考えになられては? まだ生徒さんの募集も始まっていませんので」

 そっか。まだどんな子が何人来るかも分からないんだ。まだ子どもなのに、将来違う世界に行きたいって思う子なんてそうたくさんはいないだろう。四、五人くらいだったらすぐに顔と名前が覚えられて、緊張せずに授業ができるかも。そうだ、そのくらいがいい。とりあえずは、募集が終わってしまうまでに授業の予定を組んで『妖精界辞典』を読まないと!

「頑張ります!」

 鹿の子さんも猪目さんも、不安げに私を見ている。自分が頼りないのは分かる。だからこそ、努力して何とかするんだ!

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