8話4 一番高価なブローチ
爆弾魔は、燃える床に地団駄を鳴らす。
「説教されたって、この状況は変わんねえだろ?」
地団駄に反応するように、大きな音を出して揺れる。
「そんなに火が回ったようには見えねえが、焼け崩れるんだなあ」
爆弾魔は悠長に天井を見上げる。天井はもう一度大きな音を出して、突き破られた。
青い長い髪の、汐ちゃんくらいの女の子が箒に乗ったまま、天井から降りてきた。あの髪、さっき窓を覗いていた子だ! 着地しないまま箒で宙に浮いているその子に、爆弾魔は驚いて指をさす。
「てめえ、何のつもりだ! ……というか、青い長い髪、黒いマント……悪魔の眷属!?」
「えぇっ!?」
うちも思わず声が出る。
「あなた!」
六花ちゃんがその子の方へ駆け寄る。
「覚えていますか。私を桑畑に行かせて……」
その子は頷いた。
「うん。覚えてるよ。あのときは巻き込んでしまってごめんなさい。でも、今日は助けてあげる」
「え?」
六花ちゃんは頼りない返事をする。
「――ウオハモ・ナムカ」
女の子が不思議な呪文を唱えると、お店の炎は一気に消える。そして手をかざすと、壊れたガラス瓶とこぼれた絵の具が元通りになる。天井もきれいに直っている。
驚いている爆弾魔に、女の子が近寄った。
「っ、魔法に反応する爆弾が、なんで!」
「単純だよ。その爆弾も魔力で動いてる。だから、それ以上の魔力で打ち消せばいいの」
爆弾魔は怒りだす。
「そんな! 打ち消すには倍以上の魔力がいるんだろ! そうそうできるわけ」
「できたよ。ボクの魔力も計れないくせに文句言わないでくれる? ――ウオハモ・ナムカ」
女の子の呪文で、爆弾魔は倒れた。意識を失ったみたい。女の子の手には、光る玉が一つ。女の子はそれを触って面白がる。
「大きな『心のカケラ』。……それだけ不満があったんだね」
人形に話しかけるみたいに、優しい声。
「ねえ、それは……。その人はどうなるの」
うちは勇気を出して聞いた。女の子は箒を降ろして、うちに近づいてくれた。
「これは、妖精の負の感情だよ。特別な魔力を秘めてる。それを奪われた妖精は……」
女の子は指を唇に当てる。
「しばらく魔法が使えなくなるけど、また使えるようになるし、悲しいとか寂しいとか、悔しいとかが一旦少なくなって、気分は良くなるんじゃない?」
汐ちゃんが言っていた、「最近兄ちゃんや父ちゃんたちの機嫌が良い」という言葉を思い出す。汐のお兄さんたちやお父さんも、負の心を奪われたから、少しの間魔法が使えなくなって、でも気分はすっきりしたってこと? それはいいことなのかな……。ううん、そのためにいきなり襲ったり、魔法を使えなくしたりするなんておかしい!
「どうしてそんなことをするの」
うちは質問を重ねた。
「お父さまの命令だから」
お父さま……って確か、大人の方の悪魔のことだ。女の子の答えが単純すぎて、何て返せばいいのか分からない。言葉に詰まっていると、店員さんが体を起こした。
「命令でも、この店とお客さまを守ってくださって、ありがとうございます」
店員さんは、うちたちにしたときと同じように丁寧にお辞儀した。
「お礼に、商品を一つ差し上げます」
店員さんの言葉に、うちも六花ちゃんも、女の子も目を丸くする。
「私がこの店を開いたのは最近で、まだ準備にかかった借金があります。今この店が焼けてしまったら、この先何十年も立ち直れなかったと思います。あなたが悪魔の眷属でも、悪魔の命令でしたことでも、そうならなかったお礼をどうしてもしたいんです」
女の子は箒の上で足を組む。頬が『乙女が摘んだばら色』みたいになって、口をぎゅっと閉じてる。うちは思った。この子は怖い悪魔の眷属なんかじゃない。普通の、ちょっぴり恥ずかしがりな女の子だ。
「ボクにお礼をするなんて、どうかしてる。覚えられてもいいの?」
女の子は店主さんの顔を一瞬だけ見て、すぐに目をそらした。
「えっと……それはどういう……?」
店主さんはしどろもどろになる。
「ウオハモ・ナムカ」
女の子は、魔法で一本のペンを出した。軸は深い紫のつややかな素材で、あじさいの絵が描いてある。それを、店主さんに手渡した。
「何かあったら、このペンで手紙を書いて。ボクに届くから、助けに行ってあげる」
「私からお礼をしたいのに、こんな……」
「いいからお礼のアクセサリー、早くちょうだい。淡い色のがいい」
店主さんは催促されて、店内を見渡して、魔法でピンクの家菊と、白っぽいガラス棒、金色の丸型の金具、『乙女が摘んだばら色』の絵の具、透明で軽そうなリボンを集めた。
「サハル・ルンジーエ」
月の光を映すガラスが小さな家菊を包み込んで、金具にぷっくりと入る。リボンが『乙女が摘んだばら色』に染まって、金具の後ろで大きく結ばれる。
「きっとあなたに似合うブローチです。どうぞ」
店主さんが差し出して、女の子が受け取ろうとする。
そのとき、勢い良くドアが開いた。
「大丈夫ですか! 火事みたいな……あっ!」
商品棚や絵の具が燃える匂いと、窓から見えた火を心配して、通りの妖精たちが来たんだ! お店の中に入ってくると、女の子を指さした。
「悪魔の眷属! 店主さん、離れて!」
「えっと……」
店主さんが説明するより先に、女の子はブローチを受け取って、魔法で杖を出し、店員さんの胸に押し付けた。
「そうだよ。私は悪魔の眷属、ネオン。そこに倒れてる爆弾魔からこの店を守った代わりに、このひょろい店主さんを脅して、一番高価な商品を奪ったの。ほら、きれいでしょ?」
女の子はブローチを眺めて、笑顔を見せる。入ってきた大人たちが怖がって腰が引けているのを確認すると、「じゃあね」とブローチを持ったままの手をふって、姿を消した。店員さんは混乱して、床に座り込んでしまった。
「大丈夫かい? ああ、そこのお嬢さんたちも、怖かったね」
入ってきた大人たちは、うちたちを心配して、けががないか、泣いていないか見てくれた。
「店主さん、災難だったな。いくら爆弾魔から守ってもらっても、悪魔に対価なんて払いたくないよな」
「呪いにかかってないか? 騎士団の医者に診てもらうといい」
何も知らない大人たちに押されて、店主さんは本当のことを話さなかった。でも、ただ何となくうなずくだけにして、噓のことも言わない。




